第2話:忘れられた騎士
シャルロッテが宿場を出て数日後、彼女は古びた街道を歩いていた。手にした地図には、吟遊詩人が教えてくれた、かつて紫紅姫が訪れたとされる村の名前が記されている。
道中、彼女は廃墟となった教会を見つけた。その中から、かすかな物音が聞こえる。シャルロッテがそっと中を覗くと、片足を失った老騎士が、錆びた剣を振りかざす練習をしていた。彼の顔には深い傷跡があり、その動きはぎこちなく、すぐに息が切れてしまう。
「もう、昔のようにはいかないか…」
騎士はそう呟き、壁にもたれかかった。その背中は、かつて英雄であったであろう面影とは裏腹に、深く老いと絶望に侵されていた。
その騎士を見た瞬間、シャルロッテの左手の紋様が、再び淡く光った。
【フラッシュバック】
荒れ狂う戦場。血と泥にまみれた地面に、一人の騎士が倒れている。その体には、致命的な傷がいくつも刻まれていた。 「紫紅姫…どうか、この命を…!」 騎士の切なる願いに、若いシャルロッテはそっと手をかざした。 「あなたはまだ、やるべきことがある。この力で、生きてください」 紋様から溢れ出た光が、騎士の体を包み込み、彼の傷を癒やしていく。その光の中で、騎士は力強く立ち上がり、剣を握り直す。
【現実】
フラッシュバックが終わり、シャルロッテは確信した。この騎士こそ、彼女が探していた人物だ。
「あの…」
彼女が声をかけると、騎士はゆっくりと振り返った。警戒に満ちたその瞳が、シャルロッテの左手の紋様を見て、驚きに大きく見開かれる。
「その紋様…まさか、あなた様は…」
騎士は震える声で尋ねた。シャルロッテは、自分が探し求めていた答えが、ここにあることを感じながら、静かに頷いた。騎士は膝をつき、深々と頭を垂れた。
「お久しぶりでございます、紫紅姫。私めは、あの戦場であなたの力に救われた者。しかし、代償として、あなたの記憶の一部を…肉体再生の能力と共に、受け継いでおりました」
騎士は語り始めた。
「あの時、あなた様は『いつか、この紋様を持つ者が尋ねてきたら、この記憶を返してほしい』と、そう仰いました。それは、お姉様を守るためなのだと…」
「お姉様…?」
シャルロッテは、その言葉に胸が締め付けられるような痛みを感じた。騎士は、彼女が姉のことをとても大切に思っていたこと、そして彼女の魔法が、単なる力ではなく、深い愛情からくるものであったことを語ってくれた。
騎士との再会は、シャルロッテに「紫紅姫」がただの伝説ではなく、愛する誰かを守るために戦った、一人の女性であったことを教えてくれた。そして、彼女が最も大切な記憶を失うことになった理由の一端が、姉という存在にあることを示唆していた。
騎士は、シャルロッテの記憶の断片を、肉体再生の力と共に、彼女に返した。シャルロッテは、失われた記憶のほんの一部が戻ってきたことを感じながら、次の旅路へと向かう。彼女の心には、新たな疑問が生まれていた。
「お姉様は、今どこに…?」




