第14話:決意の夜明け
シャルロッテは静かに姉の手を握り返した。彼女の心は激しく波打っていたが、迷いはなかった。これまでの旅で、たくさんの人々の記憶と希望に触れてきた。裏切りの魔術師の悲しみ、病の少女の純粋な願い、孤独な人形師の温かい心。それらすべての記憶が、彼女の中で「紫紅姫」の物語を紡ぎ、そして「シャルロッテ」という一人の女性の心を強く育てていた。
「姉さん、私は…」
シャルロッテは言葉を紡ぎ出す。その瞬間、彼女の左手の紋様が、これまでにないほど強く、眩いばかりに輝いた。その光は、家の隅々までを照らし、姉の顔に当たると、彼女の瞳が驚きに見開かれる。
「この旅で、私はたくさんのことを思い出した。でも、それはただの過去の断片じゃない。騎士がくれた勇気、農夫がくれた希望、吟遊詩人がくれた愛…。彼らがくれたのは、私の魔法の力だけじゃなかった。彼らは、私に『紫紅姫』としての使命を、そして『シャルロッテ』としての生き方を教えてくれたんだ」
シャルロッテは姉をまっすぐに見つめた。
「姉さんの言う通り、記憶を取り戻せば、封印は解けるかもしれない。でも、私はもう、過去の記憶を失ったまま生きていくことはできない。だって、私はもう一人じゃない。この紋様に宿る、たくさんの人々の想いが、私と共に生きている。私は、その想いを裏切ることはできない」
彼女の言葉に、姉はそっと目を閉じた。涙が、再び頬を伝う。それは、悲しみの涙ではなかった。安堵と、誇らしさの涙だった。
「シャル、あなたは…本当に強くなったね」
姉は、かつての優しい笑顔で言った。その時、彼女の体に黒い影が揺らめき、禍々しいオーラを放ち始める。封印が、ついに限界を迎えたのだ。
「…シャル、逃げて。私の体は、もう長くはもたない。すぐに『災厄』に支配されてしまう」
姉の声は、苦痛に歪んでいた。しかし、シャルロッテは一歩も引かなかった。
「逃げない。私は、姉さんを助ける。そして、この世界も」
シャルロッテは、左手の紋様に力を込めた。その光は、姉の体を包み込み、黒い影を払い始める。だが、それは一時的なものだった。「災厄」の力は強大で、光はすぐに押し返されてしまう。
「無駄よ、シャル。この力は、あなたの想像を遥かに超えている」
姉の声に、別の何かが混じり始めた。それは、この世界に対する深い憎しみと、破壊への渇望だった。
「…そうかもしれない。でも、私には、まだこの力がある」
シャルロッテは、右手をゆっくりと上げた。彼女の左手には「与える」魔法の紋様が、右手には「受け継がれた」希望の光が宿っていた。
「私の魔法は、誰かに力を与えるだけじゃない。その力は、与えた人々の心と、私自身の心を繋ぐ。私は、この世界の希望を、すべての人の心を、この右手に集めることができる!」
シャルロッテは、右手を姉に向けて強くかざした。すると、彼女の右手の甲にも、新たな紋様が浮かび上がった。それは、左手の紋様とは対照的に、純粋な白銀の光を放っていた。
「…『共創の光』」
その光が、姉の体を完全に包み込んだ。それは「与える」光でも、「吸収する」光でもなかった。それは、人々の心が一つになり、共に創り出す、新たな魔法の光だった。




