第10話:聡明な学者
吟遊詩人との出会いを経て、芸術が持つ力の記憶を取り戻したシャルロッテは、次に歴史の街へと向かった。そこには、世界中の古代文献が集められた、巨大な図書館があった。
図書館の奥、埃をかぶった書棚の前で、一人の老学者が一心不乱に書物を読んでいた。彼は、どんな難解な古代文字も難なく読み解き、知の探求に生涯を捧げた男だった。しかし、彼の顔には、探求の喜びではなく、深い苦悩が刻まれていた。
「この知識は、禁忌に触れてしまったのかもしれない…」
老学者が呟いた瞬間、シャルロッテの左手の紋様が、またしても淡く光った。
【フラッシュバック】
図書館の隅で、難解な古代文字を前に頭を抱える一人の若い学者。彼の瞳には、知への飽くなき探究心が宿っていた。 「この世界の真実を、どうしても知りたい…!」 若いシャルロッテは、そんな彼の願いを理解し、そっと手をかざした。 「真実は、知るべき時が来た時に、自ずと明らかになる。この力で、その時を早めてあげましょう」 紋様から溢れ出た光が、学者の体に流れ込んでいく。光の中で、彼は古代文字の意味を理解し、その瞳には驚きと興奮の色が宿った。
【現実】
フラッシュバックが終わり、シャルロッテは目の前の老学者が、かつて彼女から能力を譲り受けた人物だと確信した。
シャルロッテは、静かに老学者に近づいた。
「あなたは、この世界の真実を知ることができたのですか?」
シャルロッテの問いかけに、老学者は驚いたように顔を上げた。彼は彼女の左手の紋様を見て、瞳を大きく見開いた。
「紫紅姫様…!あなた様は、この世界の真実を、私に教えてくださった。しかし、私はその真実を知ることで、禁忌の知識に触れてしまった…」
老学者は語り始めた。
「私は、あなた様から古代の言語を理解する能力を譲り受けた。しかし、その力で読み解いた古代文献には、『災厄』という、世界を破滅させる存在が記されていたのです」
彼は、シャルロッテが譲り与えたのが、単なる知識ではなく、世界の真実に触れるための鍵であったことを理解していた。
「あなたは、ただ能力を与えるだけでなく、その知識をどう使うべきか、その心までも教えてくださった。それは、お姉様との約束なのだと、そう仰いました」
老学者の口から、再び「姉」という言葉が飛び出した。
「お姉様は、この世界の真実を皆が知ることで、皆が『災厄』と戦うことができると信じておられた。そして、その知識をあなた様から受け継いだ者が、その真実を伝える使命を背負うのだと…」
シャルロッテは、失われた記憶の断片を、老学者の苦悩と共に取り戻した。それは、姉と共に、世界の真実を皆に伝えることで、世界を救おうとしていた、壮絶な願いの記憶だった。
彼女は、なぜ姉が、世界の真実を知ることをそこまで願っていたのか、そして「災厄」とは一体何なのか、その答えを求めて、次の旅路へと向かう。彼女の心には、姉の切ない瞳が、鮮明に蘇っていた。




