はじまりの物語
シャルロッテ
静寂を切り裂くように、左手の甲にある紫紅色の紋様が、脈打つように淡く光った。
「また、これか」
シャルロッテはため息をつき、手袋をはめ直す。紋様は、彼女が強大な魔法を使うたびに現れる。そして、その度に、頭の奥で何かが弾け、失われた記憶の断片がフラッシュバックするのだ。
シャルロッテは自分のことをほとんど知らなかった。覚えているのは、たった一つのこと。この魔法を使いこなせる、ということだけだ。彼女はいつからこの世界を旅しているのか、どこから来たのか、なぜ記憶がないのか、何も知らない。ただ、困っている人がいれば、手袋を外し、その紋様から溢れる力で助ける。それが、彼女が自分自身を繋ぎ止める唯一の方法だった。
その日、彼女は小さな宿場で、旅の吟遊詩人に出会った。老いた吟遊詩人は、暖炉の火を囲み、美しいリュートの音色に乗せて、遠い昔の物語を歌っていた。
「それは、世界の理を司りし、幻想の魔女の物語…」
彼女は、その言葉に思わず足を止めた。吟遊詩人は歌い続ける。
「魔女は、あらゆる事象、能力、存在を吸収し、それを望む者に与えた。人々は彼女を『紫紅姫』と呼び、讃えた。しかし、その力には恐ろしい代償があった。魔女は、大切な記憶を失っていったのだと…」
その歌を聞いた瞬間、シャルロッテの頭の中で、稲妻が走ったかのような強烈な衝撃が走った。フラッシュバックしたのは、誰かの手を取る自分の姿と、「ありがとう、紫紅姫」という、微かに聞こえる声。
彼女は、自分の中に確かな答えがあることを悟った。自分の失われた記憶は、決して消えてしまったわけではない。それは、この世界のどこかに散らばっているのだ。自分が力を分け与えた人々に、記憶の欠片が残っているのかもしれない。
シャルシャルロッテは、吟遊詩人の歌が終わるのを待ってから、静かに問いかけた。
「その、紫紅姫の物語…もっと、詳しく聞かせていただけますか?」
吟遊詩人はにこやかに、彼女の瞳の奥にある強い光を見て頷いた。
これは、失われた記憶と、自分自身を取り戻すための、旅の始まりだった。




