勇者へこみち
「すまん、へこみち、この私が自ら樫の木を削って作った棍棒で魔王を倒してくれ」
「無理だろ。魔王なめんな。魔王のせいでこの街の周りもモンスターだらけだぞ」
城の玉座の間で、玉座に座り王冠と赤マント姿で青髪のやつれた若い王と、その前に失礼にも跪きもせず、突っ立った痩せた黒髪の特徴のない青年が話している。
「ブルー王、俺に死ねと?」
「いや、お前みたいな王への口の聞き方も知らん、学校も中退してニートしてるやつの一発逆転を願ってな」
「どういう一発逆転があるか言ってみろ……」
「魔王を倒したらすごいモテる」
青年は衝撃を受けた顔をした。さらに若い王はたたみかけるように
「魔王を倒した勇者として講演会とかで一回百万ヴィラとか儲かる」
青年は固まったまま王を見つめだした。
「さらに、魔王を倒した経験で道場とかやったら、死ぬまで食うに困らない」
青年はブルブルと身体を震わせて
「やるわ。俺、魔王倒してくる」
樫の木でできた棍棒を受け取ると、勇んで玉座の間を出ていった。
玉座の近くの柱から、うれしそうなやせこけた中年女性が出てきて
「ありがとうございます!あの子は、家のお金でカジノに行くわ、キャバクラに行くわ、働かないわで困ってたんです!」
若い王は咳き込みながら
「いいんですよ。彼もこれで少しはたくましくなって帰ってくると思います」
「……大丈夫ですよね?」
急に我に返ったかのような表情をした女性に若い王は憂鬱な顔で
「魔王には勝てないでしょうし、途中で諦めて帰ってくるでしょう。心配しなくても良いと思いますよ」
と述べた。
しかし、王と彼の母親はへこみちの異常性を舐めていた。彼はそれから1年もの間、実家のある王都グリグラン周囲の草原や森をむやみやたらとうろつき回り、勝てそうなゴブリンやスライムだけを狙って、背後からの不意打ちで、樫の木の棍棒を容赦なく振り下ろし撲殺するという行為を毎日欠かさず繰り返し続けた。そして当然のように飯は三食実家で食べ、夜は実家で寝た。
1年が経ち、ムキムキになったへこみちの、樫の棍棒が数千匹のモンスターたちの血で赤く染まりきった頃だった。彼は街の寂れた冒険者ギルドの高齢レベル鑑定士から
「……初めて見た……ニートレベル99じゃ……」
「カンストか?」
「うむ……」
へこみちは、毎日モンスターを狩り続けたことで、よく日焼けした笑顔でニカッと笑うと
「よし、冒険の旅に出かけるか!まずは仲間を探さないとな!」
と宣言した。