第十話 ヴェルシュタイン侯爵家 その2
意気込んで交渉に来た俺だったが、それとは裏腹に眼前の侯爵は常に笑顔で話してくる。
「いやぁ、今日は娘も10歳になったことだし、これまでの魔法の修練の試験として魔物との戦闘を体験させようと思って魔の森に騎士たちと行かせたのだが、まさか中層まで迷い込んだ挙句オーガの変異種まで出てくるとはね。君がいなければ娘や騎士たちは死んでいただろう。もう一度感謝の意を伝えておこう、ありがとう。」
「いえいえ、俺は当たり前のことをしただけですよ。娘さんがご無事で良かったです。」
「ふふ、謙虚だね。そういえばなぜ君はあの時魔の森にいたんだい?君が強いのは分かっているが、君のような少年がいる場所でもないだろう。」
「実は物心ついた頃、親にあの森に捨てられてしまい、それ以来ずっとあの森で暮らしてきました。」
「なるほど、それは大変だっただろう。魔の森には強力な魔物がうろついている、生き延びるだけでも至難の業だ。」
「ええ、本当に大変で」
「だけどそれは、ある程度の強さが備わっていることが前提となる。君の話を聞く限り、捨てられた時君はまだ6歳ほどだろう?そんな年齢の子供が魔の森に入れば生き延びることは不可能だ。だけど君は生き延びてきたと言った。どうやって?ここであり得る答えは大きく分けて二つだ。一つ目は、6歳の時点で君は魔の森で生き延びられるレベルの強さを持っていたという場合。二つ目は、君はそもそも魔の森で暮らしていたわけではない。つまり君の経歴は嘘だという場合だ。正直、この二つなら後者の方がよほど信憑性が高い。だが、私にそれを確認する術はない。だから単刀直入に聞こう。君はどうやって魔の森で生き延びたんだい?」
ここで刺してきたか!侯爵!横でアイリスが不安そうに見てくるが、その質問は想定の範囲内だ。影魔法のことを明かせばいい。それでもダメな場合は偽装したステータスを見せるしかないな。割と適当だがまあいいだろう。考えをまとめ、俺は答えを返す。手に影を出すことによって
「な!?」「ほう」
侯爵は驚いている様だが、その後ろにいる執事は興味深そうに見てくる。まあインパクトとしては十分だろう。
「コレが答えですよ、侯爵様。コレが俺の力、影魔法です。」
「聞いたことのない魔法…ユニークスキルか!」
ユニークスキルという言葉を知っているんだな。つまり俺以外にも持っている人間はいるということだろう。ここでいい情報が手に入った。内心ほくそ笑みつつ、俺は侯爵に答える。
「ご名答、流石は侯爵様、物知りのようだ。」
「隠そうともしないか。それだけ強力なのだろうな。だが、コレで疑問は解消されたよ。ユニークスキル持ちならあの森で生き延びることも可能だろう。」
「ええ、いい力に恵まれました。これで疑いは晴れましたか?」
「いや、君はまだ私に隠し事をしている、そうだろう?」
「っ!?」
「その反応からして本当みたいだね。カマをかけた甲斐があったよ。」
クソ!してやられた!侯爵は俺が隠し事をしていると確信があったわけじゃない。それを確かめるためにカマをかけてくるとは。これはそんな博打に出ることはないと考えていた俺の油断だな。
…いや、本当にそうなのか?俺が油断していたのは事実だが、実は侯爵は俺の隠し事に確信を持ってたんじゃないか?相手は貴族だ、他人の嘘を見破るスキルを持っていたとしてもおかしくない。なら、こっちもカマをかけてみよう。
「性格が悪いですね、ユルゲン様。まさか他人の嘘を見破るスキルを持っているとは。いや、持っているのはそちらの執事でしょうか。」
「ふふふ、どうしてそう思うんだい?」
「影魔法への反応ですよ、ユルゲン様。あなたは俺の魔法に驚いていたが、そちらの執事は驚かなかった。恐らく俺の言葉が嘘だとわかっていたからでしょう。」
「へぇ、思ったよりも頭が回るみたいだね。正解だよ。確かにセバスは看破というスキルを持っている。見直したよ。だけど影魔法についての申告が嘘だと言ってしまうのは悪手だね。それを言ってしまうと君は侯爵である私に嘘をついたことになってしまう。」
「それは、貴方が俺を害そうとしていた場合の話でしょう?貴方は俺に危害を加える気は無いはずだ。」
「へぇ、どういうことだい?」
よし、食いついたな。もう少しだ。
「貴方はアイリスから俺の話を聞いたときに俺に利用価値があると思った。だから俺を屋敷に招き入れたし、俺に対して対話の場を設けた。恐らく俺が力を持つだけのバカじゃないか見極めたかったのでしょう。」
「正解だ。確かに私は君に価値を見出した。だけど、別に利用するためだけに話の場を設けたわけじゃないさ。親心もあってのものだよ。」
「というと?」
「ふふ、君はもう分かってるんじゃないか?私は君に娘の護衛を頼みたいのさ。高待遇を保証するよ。ま、そのためには君の隠し事を話してほしいんだけど、いいかな?」
異世界人であることは隠し通すつもりだったが仕方ない。どうせ嘘を見破られるのなら全て正直に話そう。
「分かりました。では、先に防音をお願いしたいですね。それと絶対に他言無用でお願いします。僕がこれから話す内容はそれだけのものでしょうから。」
「大きく出たね。安心しなさい、この部屋はそういう話をするために作ったんだ。防音もバッチリさ。」
それを聞いて安心しつつ、俺は覚悟を決める。俺が持つ中で1番の秘密を初手で明かす。その笑顔を期待以上の内容による驚愕に変えてやるさ。
「では、核心から。俺は異世界人です。」
そう言った瞬間、侯爵の表情は笑みから驚愕へと変わった。




