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目的地の村は、真夜中にたどり着いた。だが、ハルは、朝まで待った方がいいと、リエナに伝えた。


「夜中にいきなりあなたみたいなのが来たら驚くでしょ?」


「そういうものなのかしら。人間のことはよく知らないから。」


夜になってわかったが、リエナは光っている。それこそ、蛍のような淡い光だが、大きさが蛍火の比じゃないため、結構な光源になっている。一応ハルは、夜目が利くが、これでは逆に目が慣れない。村へは明朝向かうべきだ。


彼女の光が届かないくらい離れてから、草原の中に二人で並んで座った。


「そういえばリエナって、森の外へ出たことないの?」


素朴な疑問だが、出ると長くは活動できない彼女たちは、どうやって人間と交流していたのだろうか。


「何度かあるわ。といっても森を抜けるのはこれが初めてね。」


「そんな身体だと、木人たちも人間と付き合うのは大変だね。」


「エウレシアの樹液を持って行けばいいだけよ。あれがあればすぐに息絶えることはない。」


つまり、栄養源が無くなって死に至るということか。それが可能ならば、彼女たちも力を貸せないというわけではないのではないか?いや、力を貸せないのと、力を貸せるが貸したくないは別ものだ。今更彼女たちを責めることはできないだろう。


「私も聞いていい?」


「何?」


「あなたは、どうして旅をしてるの?」


「どうしてって、好きだから。」


「答えになってない。《《あなたみたいなの》》がゆっくり地上を歩いて旅をする理由が、私にはわからないんだけどね。」


やはり、リエナは感づいている。魔力を感じ取ったのか、あるいは見えているのか。それも興味深いところだが、彼女の質問になんて答えようか迷ってしまった。自分のことを語るのも大変だし、理解してもらえるとは思えない。ただ、何となく思っているのは、


「世界を知りたいから、かな。」


「世界?」


「そう。私、この世界のことをよく知らないんだ。どんな人たちが住んでいて、どんな文化が生まれ、どんな国があるのか。」


旅をする理由、とは少し違うかもしれないが、ハルにとってこれが一番の目的だ。


「それって、誰でもそうでしょう?」


「確かにね。でも、私は知らなくちゃいけないの。義務とは言わないけど、私が今後生きていくのに必要なことだから。」


そう言ったが、リエナは首をかしげていた。まぁわからなくて当然だろう。私が何をしようとしているかまでに見抜かれては困る。


「そういう意味じゃ、私も世界のことを何も知らないのね。いままで精霊の森の地下でずっと暮らしてきたから。」


「案外そういう暮らしの方が、幸せになれるんじゃないかな?知らなくていいことは、世の中いくらでもあるから。」


「そうね。・・・ねぇ、旅の話を聞かせてもらえる。私もあなたに興味がある。」


そう言わても、大した話はできないのだが。なにせ、この旅を始めてまだ一年もたっていない。自慢できるほどの国や地域を回ってきたわけじゃないのだ。しかし、意外にも口はぺらぺらと進み、話はいつになっても尽きなかった。代わりに結晶族の話や精霊の森の話も挿んでもらって、時に小さな笑い声だったり、驚いたような声が、夜の草原に聞こえていた。


ハルは、いつしかぶりの同年代の話し相手だったせいもあって、素の自分が出ていることに気づいた。同年代、というのは精神的にという意味だ。実際彼女は、数十年は生きているという。それでも話の最中の彼女は、かわいい少女そのものだった。




眠ることも忘れて、夜通し話していたが、東の空が白んでくると、二人とも気を引き締めなおし、目的の村へ入ることにした。


早朝だからなのか、村からは全くと言っていいほど人の気配がしなかった。この季節ならば、朝を告げる鳥類がいてもおかしくはないが、それすらも聞こえてこない。何となくだが、入る前から不穏な空気が感じ取れた。ハルが先頭で、その後ろからリエナがついていく形で、一番近くの民家を訪ねた。


「ごめんください。」


玄関口らしき扉を叩くが、返事は帰ってこず、また人の気配すらも感じ取れなかった。何度か扉を叩いたものの、結果は変わらず。ハルの中でよくない思惑が徐々に形を成していった。誰もいないのだろうと判断したリエナが、半分開きかかっている窓を覗こうとすると、彼女は突然口元を抑えて窓から後ずさった。


「どうしたの?」


「・・・この家、鉄の匂いがする。」


最初は、何を言っているのだろうと思ったが、彼女たちの人間への知識の欠如と、独特の表現の仕方を考慮して、血の匂いのことかと察することが出来た。窓から血臭が漂うなど、相当の出血量でなければ起こらないはずだ。中はかなり悲惨なことになっているに違いない。ハルは、刀を鞘ごと抜き、鞘を扉の鍵部分を力いっぱい打ち付けた。案の定、脆くなっていた錠が欠ける音がしたので、ハルは勢いよく扉を蹴った。空いた途端、こちらからも血生臭い匂いがあふれ出てきて、ハルも思わず口元を手で覆った。


民家の中は、悲惨な状態だった。数人の人間が、血まみれで息絶えている。首に斧が食い込んだままの者。数本の長剣に刺殺された者。腕を斬り落とされて、血をまき散らしている者。どの殺された方も残忍で、そして、全て人間の仕業だと断定できるものだった。


後から入ってきたリエナは、臭いがきつそうだが、この惨状にはそれほど気を痛めてはいないようだった。


「ひどいわね、これ。」


反応も薄い。彼女からしたら、人間の死に姿など何が惨いかなどわからないのだろう。ただ、体中がぐちゃぐちゃにされているから、ひどいと言えるだけで。人間ほどの驚きはないように見える。それにしても、死体の状態もそうだが、ひどい匂いだ。肉体の腐臭というより、血の匂いが腐臭を凌駕している。家の壁一面に返り血やら、飛び跳ねた血肉がこびりついている。


「死んでるのは、・・・全部男か。女性は、たぶん人攫いに奴隷として売られているでしょうね。あるいは無理やり奉仕させられているか。どちらにせよ、ひどいことには変わりないけど。」


「人攫いって、こんなことまでやるのね。」


リエナの表情が一層険しくなった。相手はかなり残忍な性格をしている。彼女の妹がどんな目にあっているか、想像もできない。


ここはおそらく、彼らにとっての死体置き場、もしくは死刑場ということだろう。だが、村の家の数と死体の数が合わないから、他にも民家を死体だまりに使っているかもしれない。


「行こう。ここにいても何もない。どこかにこれをやった連中が残ってるかも。」


「・・・そうね。」


リエナは、きっと考えているだろう。自分の妹も同じように無残に殺されているかもしれないということを。


そのあとのリエナの足取りは遅かった。一つ一つの民家を確かめて、そのどれもが無人だったり、死体置き場になっていたりした。ハルは、あえて時間を与えていた訳じゃない。彼女が弱い人だとは思っていない。だが、絶望するにも、意を固めるにも、準備が必要だ。リエナがどちらに転ぶかはわからない。だが、ハルは最後まで見届けなければならないだろう。


村の中心には、里長の館と思われる大きな建物があった。大きいといっても、これまでの民家が二つ重なった程度だが、家の作りが民家よりもしっかりしていた。ここに、この村の姿を変えた張本人たちがいてくれればいいが。


「ハル。」


リエナの声は至って落ち着いていた。


「・・・ううん。なんでもない。」


「・・・最後まで付き合うよ。どんな結果になろうとね。」


ハルはゆっくりと玄関を開けた。

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