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「汝に、アカハネの加護があらんことを・・・」


冷たくも、感情のない薄紅色の瞳の奥に、一抹の藍色が現れた。瞳の奥で、燃えるような虹彩の奥で、小さな藍色が揺れていた。藍色は、薄紅色を少しずつ溶かすように侵食していくと、やがて瞳から飛び出し、瞼の縁に溜まって涙のようになった。それは目尻から、つらつらと雪解け水のように頬を伝っていった。


彼女は泣いていた。


燃える体の影が彼女を覆っているせいで、光を反射した彼女の涙が輝いて見える。恐ろしい白翼の異形でありながら、その顔は涙を流す少女だった。


「やる前に、名前くらいは聞いてあげるけど、話をするつもりはある?」

「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」


意識を失っているようには見えない。単に本能的にハルを恐れているだけなのか。あるいは、獣人の禁断症状で、餌にしか見えていないかだ。少なくとも、あの天族の気色の悪い力とは異なるように思えた。兵隊たちのように、感情がなくなっているようには見えないのだ。


「・・・まぁいい。来なさい。せめて楽に葬ってあげるから」


翼を翻し、空中を蹴ったようにして加速し、ハルは少女に迫った、羽毛で包まれた燃える手に拳を握り、手刀で薙ぐように振り払うと、無数の火の粉が飛び散った。

少女は俊敏な動きでそれを躱し続けるも、同時に迫ってくるハルには対応できず、燃える刀の切っ先を目の前にしていた。


刀に纏う炎が、チリっと少女の皮膚を焼いた瞬間、反射的に獣人は逃げていく。速度では優る相手に、ハルは攻撃の規模を広げ、逃げ場を割いていく。

ハルが一歩、瓦礫を踏みしめると、火が波となって獣人の少女へ襲い掛かり、腕を振るうと炎が天幕のように広がり、少女の逃げ先へ広がっていく。


少女も負けじと反撃をしてくるが、火に身を包んだハルの体に近づくだけで、高温の大気に遮られ、触れることすら出来なかった。無理にでも近づこうものなら、皮膚は瞬く間に焼け焦げていくだろう。


だが、残念なことに、炎の主はそうすることが一番手っ取り早いと知っている。

逃げ場を失くした獣人の少女は、炎の壁に囲まれ、その主と対面せざるを得なかった。


「逃げ場はないわ」


ハルの龍化した左腕が、一層強い炎に包まれたと思うと、肉の腕は、実体を持たない火の腕に変化する。

再び空を蹴り、勢いよく加速し、少女にその火の手を伸ばした。


ビュンっ!


そんなハルと少女の間に、大きな金属製の矢が飛んできた。


「っ!?」

「きっ!?」


ハルも少女も、自分たちの間の地に刺さった矢に注目した。

矢は炎の壁を切り裂いていた。おかげでハルの包囲網が破れ、獣人の少女に逃げ道を作ってしまった。


「おやめなさい!その子に手を出すことは、わたくしが許しませんわ!」


炎の出口からは、そんな気高い女の声が聞こえてきた。案の定、獣人の少女も、開かれた出口から逃げおおせ、炎の向こう側へ行ってしまった。


ハルは瞬時に炎の力を弱めると、周囲を見渡して、射手を確認した。


(・・・また獣人?耳の形からして、片方は猫っぽいけど・・・)


そこには二人の獣人の姿があった。小柄で不相応な全身鎧を着ている猫耳の少女。大きなタワーシールドを両手で持っている。そして、もう一人は、おそらく射手だろう。背丈はかなりある。男性と見間違えられてもおかしくはないくらい大きい。ただ、頭部に耳が生えているから獣人なのはわかるが、何の獣人なのかはわからなかった。馬のようでもあり、狼にも似ているように見える。


冷静に考えれば、ケルザレムの勢力の者と考えるのが妥当だが、放たれた矢に殺気は感じられなかったのだ。そもそも、ハルを狙って打っていたわけでもない。


「何者かしら。悪いけど、相手してる暇はないんだけど?」

「わたくしの大事な友人には、傷一つ付けさせない。どうか、お引き取りを」


口ぶりからして、かなりお嬢様か、あるいはそう言う趣味なのか。そんなことはどうだっていいんだが、まったくもって状況が読めない。


引けと言われて引くほど、ハルは素直ではない。そもそも、乱入してきた二人が、ハルを止められるとも思えない。

ハルは迷わず、なおも威嚇してくる兎耳の少女へ駆けた。


「おやめなさいと、申しているのに!!」


謎耳の獣人が、矢を番え、ハルに向けて放った。矢が放たれた瞬間にわかる。当てる気のない攻撃。代わりに、矢はハルの足元へ突き刺さり、行く手を阻んだ。


「フリーデ!こっちへ。脱出しますわよ!」


謎耳の獣人が兎耳にそう怒鳴った。


(フリーデだって?あの子が。じゃあ、あっちの二人は・・・)


フリーデと呼ばれた兎耳の獣人は、まっすぐに謎耳の獣人へと駆けていった。だが、ハルには彼女が何をしようとしているかがすぐに分かった。


「っ、逃げて!」


そう言いながらハルもフリーデを追いかけ、そして、謎耳の獣人の前に進み出た。驚いた様子の二人の獣人。そこへ突っ込んでくるフリーデの目は血走り、八重歯をむき出しにしていた。


謎耳の獣人は、もう一歩のところで、その顔面を食い破れるところだっただろう。割って入ったのは、ハルの右腕だ。人肌に、容赦なく牙が食い込み、骨まで達した。骨と神経を通じて、痛みと同時に、骨が原型を崩す感触が伝わってくる。

これまたあと一歩のところで、ハルの腕は食い千切れていたところだが、火の腕から龍化した腕に戻っていた左腕が、容赦なくフリーデの頭部を打ち飛ばした。


「ギャンッ!」


まるで、犬の悲鳴のような声を上げて、フリーデは離れると、今度こそハルたちから離れていった。


「あ、あなた、何を・・・」

「・・・っ・・・・ぁ・・・ふっぅっ」


今にも食われそうにだった右腕を見て、猫耳の獣人は、幽霊でも見たかのような青ざめた顔をしていたが、謎耳の方は、それほど動揺していなかった。


「はぁ、まったく、随分無茶するのね。生身で転化てんかした者と相対するなんて」

「っ・・・わたくしは、ただ友人を取り戻そうとしただけですわ」


謎耳の少女は、そう言ってこちらきっと睨んできた。背丈の割に幼い顔立ちをしている。年齢は、二十歳がいい所だろうか。ともかく、ハルは彼女たちが何者であるのか、おおよそ見当が付いていた。


「あなたがロイスね?それと、そっちはゴッシュ、だっけ?」

「どうしてわたくしたちのことを?」


こうも簡単に見つかるとは思っていなかったが、タイミングは最悪だ。それに、あの黒く染まりきった獣人がフリーデだという事実も、面倒くさいことこの上ない。どうしたものか。


「あ、あなた。腕が・・・」

「心配してくれるの?大丈夫よ。致命傷にはなってないから」


ハルは、口ではそういうものの、その表情は芳しくなかった。噛まれた右腕は、火に包まれている。しかし、一向に再生していかない。あらゆる外傷を癒す火の力が働いていないのだ。


(やっぱり、あの子はもう・・・)


傷口をよく見ると、血と一緒に、ほんのわずかな黒い靄が溢れていた。本当に僅かで、揺らぎのような靄だ。だが、そこから感じられる、どす黒く、吐き気を催すような、気色の悪い感覚が、腕から離れていかない。肉と骨を傷つけられた痛みよりも、その靄による束縛の方が、ハルの精神に苦痛をもたらしていた。


じっと腕を見つめていると、その腕にさっと帯が巻かれた。


「?」

「何をしているのです!重症ですよ?」


ロイスが持っていたのであろう、綺麗な包帯を慎重にハルの腕に巻いてくれた。包帯は瞬く間に赤黒く染まっていったが、真剣な表情のロイスを見て、ハルは思わず笑顔を浮かべていた。


「話に聞いていた通りの娘ね。まぁ、優しすぎるのも考え物だけど・・・」

「・・・あなたはいったい?」


ようやく目的の人物に会えて、落ち着けるとハルは思っていたのだが、そこへ無数の魔法の矢が飛んできた。ケルザレムの兵隊たちが追い付いてきたのだ。


ハルは炎を広げて、その全てを魔力で圧をかけて消し去った。


「何?」

「とにかく逃げるわよ。どこか安全な場所はないの?」

「へっ?」


ロイスは素っ頓狂な声を上げ、タワーシールドを傘にしているゴッシュと顔を見合わせていた。


「私は、コルクとリースに頼まれて、あなた達を連れ戻しに来たのよ」



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