6 婚約者との距離
「……うん。このお茶は特に香りがいいね。味は少し苦味があるけど慣れればクセになるかも。しかもこれで身体の冷えに効くとなれば皆が飲みたがるんじゃないかな?」
ルーズベルト公爵邸の庭がよく見渡せる部屋で2人でお茶をいただいている。今日は少し風が強いので屋敷内となったのだ。
「ありがとうございます。やはり先に効能をお伝えしてからお試しいただくと美味しく召し上がっていただけますわよね。今度親しい友人にも飲んでもらおうかと思ってますの」
「まあ効能も言い過ぎると期待し過ぎて『効果がない!』って言われては困るから程々がいいとは思うよ。とりあえずは親しい友人に限定し様子を見ていく方がいいかもしれないね」
……どこにでも厄介なクレーマーはいるだろうから慎重にいくに越したことはない。『そうですわね』とキャロラインは納得したようだった。
「……いよいよ、明日がオリエンテーションですわね。準備は何度も見直しましたが、やはり無事に終わるまでは少し心配ですわ」
「……ああ。想定外の事がないように願うよ」
……いや、このままでは確実に起こる。
明日のオリエンテーション中に迷うサーシャと俺ステファン王子は会う事になる。……ある意味想定内か。
だから俺は考え、『生徒会長は常に本部にいなければならない』と新たなルールを決めたり、『案内所』を作ったりとサーシャと俺が鉢合わせしないようにかなりの予防線を張ったつもりだ。
イヤ、本当は当日学園に行かないのが1番いいのだが、生徒会長がズル休みをする訳にもいかない。何より一緒に頑張ってきた仲間達に迷惑をかけてしまう。
……そう、目の前で笑う愛しいキャロラインにも。
そして何より、彼女を悲しませるような未来を引き寄せないように、俺は必ずねーちゃんの本で見た未来を変えてみせる!!
◇ ◇ ◇
「会長! 喧嘩です……! しかも公爵家嫡男と隣国からの留学生が……! どちらも引く様子もなく、このままでは国際問題となってしまいます! ここは王子である会長に仲裁してもらうしか……!」
オリエンテーション当日。
絶対本部から離れないと固く決めていた俺が動かざるを得ない事件が起こる。
「……ッ! ……分かった。……行こう」
……ああ、分かってたよ、このまま本部で居られないだろう事くらい! やっぱりどうしても『王子はヒロイン』と会ってしまうようになるって事か……!?
オリエンテーション当日。色んな予防線を張ってねーちゃんの本の『王子様とドキドキイベント』が起こらないようにしてたっていうのに……!
……いや、まだだ! とりあえず俺が1人にならなければなんとかなるはず……!
現場に行くと2人はまさしく殴り合い寸前で、お互いの胸ぐらを掴んでいる状態だった。それぞれ立場のある2人を止められず周囲の生徒も教師も右往左往していた。
「……やめないか! ここをどこだと思っている! 冷静に各々の立場を考えよ! 君たちは自分の立場に合う行動をしていると言えるのか?」
そしてこの国の王子たる俺が、公爵家嫡男と隣国の留学生との間に入り彼らの喧嘩を止め話を聞く。
「2人共自分の立場を考え、お互いの考えも尊重しよく話し合うように。こんな事で国際問題となっては取り返しがつかないぞ」
喧嘩の原因は、チームを組んだ2人がどこから進めるかで揉め始めたのだそうだ。普段は仲が良いようだが、まあ仲が良いほど喧嘩もするのだろう。話をしていると2人はすぐに仲直りをした。
仲裁した後私は彼らと共に人の多い方に行こうとしたが、仲直りをした2人はそのままオリエンテーションを進める為に私に礼を言った後すぐに行ってしまった。
そして、先程まではあれ程喧嘩の野次馬がいたというのに、何故か周りには今は誰も居ない。
……俺は、何やらとてつもなく悪い予感がした。
……いや、なんとか人の多そうな所を通って本部にまで辿り着ければ……!
俺は嫌な想像を振り払い、とにかくいつも皆がよく通る道順で足早に本部に向かう。……が。
「……あ! ステファン王子様ッ! ……私、友達とはぐれちゃってぇ……。あの、良かったら一緒に回りませんか?」
いつもよりワンオクターブ高い声で、ヒロインサーシャが声を掛けて来た。
……何故。
何故、ここにいる? そして何故他に誰も居ない?
――これは、運命が『ステファン王子』を嵌めようとしているのか?
俺の気持ちはキャロラインにある。俺は、キャロラインとずっと一緒に居たいと心から思っている。
……それなのに、何故今俺はあの本の話の通りの行動をしてしまっているんだ?