3 入学式
「あー! さっきの……! あの、ありがとうございました……!」
さっき校門付近でぶつかったヒロインサーシャ。生徒会としての入学式の準備で講堂の前方にいた俺に、目を輝かせて駆け寄り話しかけてきた。
いや君、編入生だし普通は皆と一緒に席で待ってるべきだよね?
「……どういたしまして。さあ! みんなそろそろ始まるから着席して!」
後半は周囲に向かって声をかける。
皆は初め王子に声を掛けたヒロインと王子の対応に注目し掛けたが、王子の声掛けでヒロインの暴走か、と関心を無くす。……よしよし。
……しかし。ヒロインサーシャはなんというか、やはりなかなか積極的というか空気を読まずに突っ込んでくるタイプだな。
ソウタの世界でもそういうタイプは勿論いたけど、この貴族社会で生きている中では初めて見る。この世界の貴族は身分が上の者にあんな風に気軽に声を掛ける事はタブーとなるからだ。ここは学園だからそこまで厳しくは言われないけれど、それでも学生達はそれぞれの立場を考えている。
……という事は、ヒロインは生粋の貴族ではないということか。そういえば小説でもそんな設定になってたような……。
「……ステファン殿下。どうなさいました?」
そこにそっと声を掛けてきたのは俺の婚約者キャロライン。彼女も生徒会の役員だ。流れるような美しい緩やかな金髪に緑の瞳の美しい少女。公爵令嬢らしく気品を保ちながらも俺の事を気遣い小声で声を掛けてくれたのだと分かる。
「ああ。……大丈夫だ。式の挨拶の事を考えていたんだ。間違ってはいけないからね」
こちらも小声ながらも少し悪戯っぽく言うと、「まあ」とキャロラインはクスリと笑った。……可愛い。
本当に俺はこのキャロラインとの婚約を破棄しようとするのか? そして彼女にざまあ返しをされるのか?
だけどさっきの『小説通り』になる感じ。アレが続くのなら、どうなるのか分からなくなってくる。……その内俺の意志までが洗脳されたらどうしたらいい?
先程のように心の中で『助けて』って思えば、ホントに逃れられるのか?
……俺は不安ながらも舞台に立ち、無事生徒会長の挨拶を終えることが出来た。
……そして気付きたくはなかったが、ヒロインサーシャがそんな俺をキラキラした瞳で見ていて、それに気付いた俺は身震いしたのだった。
俺と婚約者キャロラインはクラスも一緒。そして編入してきたヒロインサーシャも同じクラス。……いや、おかしくね? なんで編入生が成績上位の1番上のクラスに? ……コレも、本のご都合主義……いや強制力を感じる。
「あの私! サーシャです! 朝はありがとうございました! ……王子様、だったんですねっ! 」
教室に入るとすぐに寄って来て、にこやかに上目遣いで俺を見てきたサーシャ。
コレは、俺はきっとサーシャにロックオンされてる……。俺は若干引き気味にサーシャをチラリと見た。目が合ったサーシャは舌舐めずりするようにニヤリと笑った(そんな風に、俺には見えたんだ……)。
「……あのっ。ご存知ですか? 三代前の『聖女』様も学園の同じクラスで、当時の王子様……現在は公爵になられた王弟殿下と恋に落ちご結婚された話……。……キャッ! ヤダ、サーシャ恥ずかしいッ」
あー、うん。聞いてるこちらが恥ずかしいよ。
「……あぁ。私の叔父とそのご夫人だから当然よく知っているよ。それからここは学園で身分は関係ない。皆と同じようにしてくれると助かるよ」
俺はサーシャに『学園で王子って言うな! 王子って事でキャピキャピしてくるな!』と牽制するつもりでそう言ったのだが。
「キャ~~~っ! ……身分を振りかざさないなんて素敵です! 流石は王子様ですぅ!」
サーシャはそう言って更にキラキラな目で見て来た。
……アカン、この子全然分かってないよ。
俺は呆れながらさり気なくクラスの男子学生達の方に向かって逃げた。
◇
――新学期から、1ヶ月。
……クラスでは、男子学生の半分はサーシャに攻略され数人の男子は彼女の取り巻きとなっているようだ。
彼女は見事にクラスの高位の貴族の子弟ばかりを攻略した。……そして勿論、そんな高位の男子とばかり仲良くしていくサーシャはクラスの女子達に遠巻きにされている。
『聖女』として編入してきたサーシャに女生徒達も興味があったようで、初めは仲良くなろうとする女生徒も何人かはいた。この貴族ばかりの学園で『元平民』、国で十人程しかいない『聖女』であるという事でそれなりに注目もされてたし。
この世界には魔法はないが、5年に1人神に仕えるべく選ばれる聖なる力を持つ『聖女』はいる。『聖女』に選ばれたならばその者が平民でも貴族として扱われ、こうして『貴族教育』を受ける事が出来るのだ。
しかし、始まってみれば今回の聖女は女生徒達には目もくれず見目好い高位貴族にばかりにあざとく近寄っていく。その態度にいつしか女生徒やまともな男子学生は近付かなくなっていた。
たった一月でこれだ。……ここにいる女生徒達は厳しい貴族教育を受けたある程度人間が出来た者ばかりだからこんなもので済んでいる。だがこれが長く続けば彼女らの堪忍袋の緒もブチ切れるだろう。
というかこれ多分、キャロラインが彼女らクラスの女子を抑えてるんだろうな。……流石だ。
俺はといえば、勿論サーシャは何度も私ステファン王子の所に来るのだがそれを何とかスルーする事が出来ている。
そして出来るだけクラスのサーシャ以外のクラスメイトと一緒にいるようにしている。
……そう、俺は油断していた。
物語の内容を知っている俺は、このまま何とか乗り切れるんじゃないかと思い始めていた。
――恐ろしい『イベント』がもうすぐやってくるというのに――。