12 2人の聖女
……おいおい、なんだそれ! てか、やっぱりそう来るんかい!!
王家は教会がいつかそれを言い出すのではないかとは考えてはいた。……『聖女』を王家に嫁がす事で教会が『力』を得る為に。
だから約15年前に王弟である叔父上が『聖女』と結婚された時には、王家側から随分と反対意見も出たそうだった。しかし叔父上の奥方は慎ましく元々子爵家の令嬢で、貴族としての立場をよくお分かりの方だった。そして『聖なる力』も強かった為に本人の意思を貫き教会の思い通りにはなる事はなかった。
だけど、サーシャは違う。
直接確認はしていないが、サーシャは『聖なる力』はそれ程強くないと聞いている。そして今回大司教に後ろ盾となってもらっている事から、万一彼女が王妃となれば教会は国政に大きく口を出してくるようになるだろう。それは王家が最も避けたい事態だ。
そして何より、今回の予言はおそらくサーシャは自分が『王妃』となりたいが為にこじつけで言っているのだ!
「『神のお告げ』と申されましたか。神が一国の王妃を指名されるなどとは聞いた事がありません。……それが可能とされるならば、教会はどんな要求も神のお告げとして叶える事が出来る、……そういう事になりますね」
俺は大司教達が主張する事がどれだけ危険な事なのか、皆にも分かるように言った。
周りの人々はそれを聞いてその事実に気付き、顔を顰め冷たい目で大司教とサーシャを見た。
2人はその周りの視線に少し怯んだ様だったが、大司教は気を取り直し強気な顔で言った。
「ぬっ……。神を冒涜なさるのか!」
大司教達が『神への冒涜』として周りを押し切ろうとした、……その時。
「『神を冒涜』……。なんと恐ろしいことでしょう」
そう言いながらパーティー会場の入口から、1人の貴婦人が入って来た。
――青い瞳に真っ直ぐな銀の髪の神々しい女性。
5年に1人指名される聖女、その三代前の聖女である元子爵令嬢。オリビア プラドン公爵夫人。御歳33歳とは思えぬ年齢不詳なその美貌と類稀な『聖女』としての癒しの力。王弟である叔父上が今も彼女に惚れ込んでいるのもよく分かる美しき貴婦人。
会場中の皆がその美しさに見惚れていたが、一応義理だが甥である俺はいち早く立ち直った。
「叔母上。……どうしてこちらに?」
そう尋ねた俺に公爵夫人……オリビア聖女はニコリと笑った。
「まあ、ステファン殿下。勿論貴方様の勇姿を拝見しに参ったのですよ。……ご立派になられて……。とても嬉しゅうございます。ご卒業、誠におめでとうございます」
そう言って夫人は大層美しいカーテシーをした。……完璧な、貴婦人。
……ん? なのに、なんだ? このおかしな胸騒ぎは……?
「……ありがとうございます。叔母上。……ここへは叔父上もご一緒なのですか?」
俺は何やら湧き上がるこの胸の動悸なのか、胸騒ぎを抑えながら聞いた。
……この胸騒ぎが何かは分からないが、叔父上の奥方ではあるが『聖女』でもあるこの方は……、まさか大司教に味方する、なんて事はないよな?
「まあ、ふふ。公爵閣下は後からいらっしゃいますわ。私はステファン殿下と新しき『聖女』の姿を少しでも早く拝見したくて先に来てしまいましたの」
そう言ってにこりと微笑む姿はまるで10代の少女のようでもあった。
そしてその言葉を聞いた大司教はやっと正気に戻り言った。
「オリビア聖女様! そこにおいでの殿下の婚約者ルーズベルト公爵令嬢は、王妃の器ではございません!」
聖女オリビアは大司教の方を向きその話に耳を傾ける様子を見せた。そんな彼女を見て大司教は更に調子付き演説し出した。
「……なんと恐ろしい事に、ルーズベルト公爵令嬢は今ここにおります聖女サーシャ様を貶め蔑ろにされたのです……! 学園で聖女サーシャ様と王太子殿下との関係を邪推し散々なる虐めや嫌がらせを行ったと……! ああなんと恐ろしき、浅ましき事か!
どうかオリビア様からも、ルーズベルト公爵令嬢との婚約を破棄しここにおります素晴らしき聖女サーシャ様をステファン殿下の妃にするようにお口添えを……!」
大司教とオリビアは当然知らぬ仲ではない。教会にいた時は従順だったという聖女オリビア。結婚してからは王家より教会と関わる事を許されなくなったが、大司教は当然聖女オリビアは自分達に味方しこの場は彼らの勝ちだと考えたようだった。
俺は、そんな勝ち誇った顔をした大司教を見ながら内心冷や汗をかきつつ聖女オリビアを見た。……叔母上が、どう動かれるか俺には全く分からなかった。