11 卒業パーティーにて
「……まぁっ。素敵ですわねぇ。ステファン王太子殿下とキャロライン様。さすが将来の国王陛下と王妃殿下。美しさといい気品といい、既に威厳さえ感じますわね」
……などと、こちらが聞いても恥ずかしくなるような声が本人達にも聞こえる中、俺はキャロラインをエスコートしながら王宮の卒業パーティー会場に進んだ。
キャロラインをチラリと見ると、彼女もこちらを見ていた。そして2人クスリと笑う。
「……威厳、あるかな?」
「ふふ。ステファン殿下は充分おありになりますわよ?」
そんな風に2人で楽しく歩いて行くと、益々周りも俺たちの仲睦まじそうな様子を微笑ましく噂した。
――そしてパーティーが始まろうとした……、その時。
「ちょっと、待ちなさいよッ!」
女性の叫び声がした。
そして声のした方を見ると、そこには白く美しい聖女のドレスを着たサーシャが立っていた。
そしてその後ろには教会の……大司教?
「私はこの国の『聖女』よ! 私はここに『神のお告げ』を持って来たの!」
サーシャはそう言って広間の中心をずんずんと歩いて来た。
「今日のこの場所は王立学園の卒業パーティーで生徒達を祝う為のもの。ここに宗教を持って来られるのは場違いではないでしょうか?」
……どういう事だ? サーシャは『聖女』としてやって来たと言った。本ではそんな展開など無かったはずだが……。
そう思いながら、俺は今この会場にいる中で一番身分の高い者として『聖女』に対応した。
「……お待ちくだされ。ステファン王太子殿下。私共は『聖女』様を通じて神よりのお告げを、特に貴方様にお聞きいただく為にこちらに持って参ったのです。
……それによりますと、神はそこにおられるキャロライン ルーズベルト公爵令嬢はこの国の王妃には相応しくない。……そうお告げになられたそうでございます!」
そこにサーシャの後ろからついて来ていた大司教達がとんでもない話をして来た。サーシャは得意げな顔で頷く。
それを聞いたキャロラインは驚きで目を見開き、『神からのお告げ』とやらの内容に身体が震えていた。俺は、そんな彼女の手をそっと握りキャロラインの目を見た。キャロラインも俺を見たので微笑みかけ頷く。
――大丈夫。必ず、俺が守るから。
そして、俺はサーシャと大司教をしかと見据えた。
……『神のお告げ』? そんなはずがない!
ねーちゃんの本の中のように『悪役令嬢』でもなんでもない、身も心も美しい愛するキャロライン。そんな彼女が『王妃に相応しくない』などと!!
どう考えてもこれはサーシャの罠だ。……しかし、なぜ教会の大司教がそこまでサーシャの味方をするんだ?
「……これはおかしな事を。偉大なる神が敬虔な信者であり国の為に尽くす覚悟を持つ一人の女性を訳もなく『相応しくない』と断ずるなど。どういった理由でそのような事を仰るのか」
俺は、怒りを必死で抑え彼らに対峙した。王家の、しかも未来の国王が感情を露わにすることなどあってはならない。
「……それは! その女が神の使いである『聖女』を蔑ろにし、国の平穏を壊そうとしているからよ! その女は私とステファン王子との仲を邪推して私を貶めたのよ!? 『聖女』である私を貶め、学園で孤立するように仕向けた! これは神に逆らうのも同じことよ! この国の王妃に相応しくなんてない!」
サーシャはキャロラインを指差してそう叫んだ。
キャロラインは驚いていた。
「……私は貴女と同じクラスですけれど、今までご挨拶する程度の関係です。そのような事は決していたしておりません」
キャロラインは気を取り直しそう言ったのだが……。
俺は、その彼女の言葉に何やら既視感を抱いた。
……そうだ。今のはねーちゃんの本の『キャロライン』が卒業パーティーでヒロインに言ってたのとほぼ同じセリフじゃないか!
どういうことだ? やっぱり『本の強制力』でどうやっても同じようになっていくって事なのか!? このままキャロラインは『悪役令嬢』呼ばわりされ、俺もサーシャに惑わされて……?
……いや……! まだだ……!
俺は絶対に、キャロラインに辛い思いはさせない!
勿論自分がその後ザマァされての転落人生なんてゴメンだというのもあるけど、俺はキャロラインと……、愛する人と共に生きる未来を掴む為、絶対に本の通りになってやる訳にはいかない!
この後、ねーちゃんの本ではこのまま俺はサーシャに加勢しキャロラインを断じる。確か次の王子のセリフは『聖女サーシャにそんな事をするなんて、あり得ない! キャロライン、君には失望したよ。そのような者には王妃としての資格がない!』だ。
ふと気を緩めればそんな言葉が俺の口から出そうになる。
……けど、俺は愛するキャロラインを必ず守る!!
今日も頼むぞ! 『ねーちゃん!!』
「聖女殿と私の仲……? そもそも貴女と私はクラスメイトというだけで彼女が邪推などする仲ではないではありませんか。それでキャロライン嬢が何かをするというならば、彼女は私の周りの全ての女性を蔑ろにしていかねばならないこととなる。
何より、私は婚約者であるキャロライン嬢を誰よりも大切に思っている!」
俺は絶対に操られない! という強い意志のもと発言した。
……心の中では、『ねーちゃんねーちゃん……』と念仏の様に唱え続けていたのだが。
パーティー会場の人々はいわば王子の婚約者キャロラインへの愛の告白にほうとため息を吐いた。
「ステファン殿下……!」
そして、キャロラインも。
彼女も感動したように俺を見つめた。俺も彼女を見つめ返し安心させるように微笑む。……貴女を愛している、という熱い気持ちを込めて。
そんな俺たちを、人々は温かく見つめた。
……しかしサーシャはそれを見て顔を歪め、爪が食い込むほどに手を握りしめた。
「……いいえ!! その女は私を貶めたのよ! 本人が言っているのだから間違いないんだから! それに、……そうよ! ステファン王子の妃には他に相応しい女性がいる、と神は仰せになったわ!」
更に叫んだサーシャに皆が目を向ける。
……他に相応しい女性? …………まさか。
「それは、大司教である私から申し上げましょう。
……ステファン殿下。この王国の未来の王妃には『聖女』こそが相応しいのです。……そう、『聖女』サーシャこそが相応しい! これは神のお告げなのです!」