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第6話 叛逆の悪役令嬢


 悪役令嬢カーマ・ウィ・タッチシザーの総身から殺気が迸る。


「さあ、踊りましょう?」


 カーマは笑う。取り巻きの少女たちと、辱められていた少年は慌てて逃げ出す。

 俺はそこに立てかけてあった園芸用のスコップを手に取った。


「うおおおおおっ!」


 スコップを思い切り振り降ろす。だが――


「!?」


 スコップの柄が、そして刃の部分が、寸断された。


「なっ――」


 カーマは指一本動かしていないのに!

 カーマは微笑む。


「うふふ、お猿のおもちゃみたいで可愛いですわね」


 そして次の瞬間、俺の全身が切り刻まれた。


「かっ――」


 体中から鮮血が噴き出す。

 馬鹿な。奴は何を――


「!」


 そして俺は気づく。


 ――髪だ。

 奴の金色の縦ロールの巻き髪がほどけ、鎌のような鋭利な刃と化していた。

 奴の武器は、決闘の時に見た、腕から生やす鎌だけではないのか!


「うふふ、あはははははははは!」


 カーマが笑う。


「弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い!」


 カーマが笑う。

 そして蹴り飛ばされる。


「ぐあ……!」


 俺は地面に落ちた。だがカーマの追撃は止まらない。


「弱いっ!」


 胸ぐらをつかまれ、持ち上げて、地面に叩きつけられる。


「がっ――」

「あははっ」


 殴る蹴るの暴行が、俺の全身を襲う。


「弱いっ! 所詮は男、下賤なる劣等種――

 女性に手を上げる気概はあれど、男である以上!

 女性に!

 悪役令嬢に!!」


 繰り返される打撃と斬撃が――


「敵う道理などぉ! 微塵も、無し!!!」


 炸裂し、そして地面を大きく穿つ。

 そして砕け穴が開き、崩落していく。


「あーっはっはっは、あっはははは!」


 カーマの哄笑が響く中、俺は落ちていく。


 これが――悪役令嬢の力!


 俺の意識は、闇に吞まれ、消えていった。



 ◇


 ――何もできなかった。


 俺は何もできなかった。それはそうだろう。これが現実だ。

 知っていた。認めていたはずだった。理解していたはずだった。

 分かっていたはずだった。

 この世界で、男が女に歯向かえるはずが無いのだ。


 だけどそれでも、自分でも知らなかったが――俺は耐えられなかったんだ。

 父と母の仇を討つために、父の教えに背を向けて、女に媚びて生きることに。

 ……しかし、それにしたってもっとやり方もあっただろうに。


 つまり俺は弱かったのだ。

 俺が本当に強ければ、自分を殺し、ちっぽけな良心や感傷など踏み躙り、あの少年も犠牲にし、悪役令嬢に取り入る事も出来ただろう。

 しかし出来なかった。弱いからだ。


 そんな俺を、父が見たらなんというだろうか。笑うだろうか、それとも怒るだろうか。


 ……いや、きっと……誇ってくれるだろう。

 それが、それこそが本当の強さなのだと。

 きっと……父は。


 そして闇の中で、温かい光が見えた気がした。



 ◇


「ここは……」


 目を覚ますとそこは石造りの、地下室のような場所だった。

 薄暗いが……見えないほどじゃない。

 上から光が差しているからだ。おそらく俺が落ちてきた穴だろう。


「う……」


 思わずうめき声が出る。幸い骨は折れていないようだ。打撲や切り傷が酷いが……回復魔法でふさぐ事ぐらいは俺でも出来る。


「ここは……」


 まるで遺跡だった。

 明らかに人の手が入ったものだ。しかし手入れされているわけではない。埃と苔にまみれている。

 地下墳墓。そんな言葉が頭によぎる。

 そう思ったのは、まるで副葬品のような、砕けた石像が幾つも立っていたからだ。


「なんだ、ここは……」


 俺は立ち上がり、歩く。回復魔法で傷を塞ぎながらだ。



『見つけた』



 ――?

 声が、響いた……気がした。


「今のは……」


 俺は声の主を探そうと周囲を見回し、気づいた。


「指輪……?」


 俺の左手に、指輪がはまっていた。薬指だ。

 こんなの、つけていた覚えはない。だが……周囲には色々な装飾品も転がっている。

 転げて落ちた時に、嵌ったのだろうか。


「いや、今はそん事よりここを出て、そして……逃げ……」


 ……そして、どうする。


 逃げる?

 また逃げるのか、それとも頭を下げて媚びへつらうのか。

 違うだろう。

 それじゃあ、何も変わらない。


 だが、俺には力が……


『力が欲しい?』


 その時、再び声が響いた。


「――!?」


 俺は周囲を見回す。誰もいない。

 あるのは、石像だけだ。


 そう、石像だ。

 砕けている石像たちの中で――ひとつの石像が俺の目を引いた。

 少女の石像だ。壊れていない、裸の少女の石像。左手を前に付きだした姿をしている。


 ……彼女と、目があった気がした。

 いや、馬鹿な。そんなこと在るはずがない。


 だが。


『欲しいんでしょう? 戦うための力、運命に抗うための力が』


 声は響く。

 俺の頭の中に、直接語りかけるかのように。


『君に力をあげるよ。君に戦う意志があるのなら、その意志を貫く覚悟があるのなら――』


 力……だと?

 どういう……


 その時。


「あらあらまあまあ、生きてましたの」


 悪役令嬢の声が、響いた。


「――!!」


 天井の穴から降りてきたのか、カーマがそこに立っていた。

 残虐な愉悦に顔をゆがませながら、俺を見下ろしている。


「こんな地下に逃げ込んで這い回る、ドブネズミみたいな姿……ああ、やっぱりこれは……

 駆除しなければいけませんわね!!」


 カーマの髪が動く。

 そして真空の刃が生じ、俺に襲いかかる。


「――ぐあっ!!」


 衝撃波が俺を吹き飛ばす。

 俺はそのまま壁にたたきつけられた。


「が――はっ!」


 その時だった。

 からんっ、と床に何かが落ちる。


 ――指輪だ。

 俺の左の薬指にはまった指輪と同じものだった。ペアリング……なのか?

 そしてそれを見たカーマの顔がこわばる。


「……それはッ」


 指輪が――淡い光を放つ。

 それは、俺の指にはまっている指輪も同じだった。


 共鳴している。

 そして――あの石像の少女。

 因果などない。理屈などあるはずない。破綻している。成立していない。


 だけど――そうなのか?

 はめろというのか、その指に!!


「――っ」


 俺は立ち上がり、指輪を拾う。


「――っ! おやめなさい!!」


 カーマが叫ぶ。しかし俺は石像の元へと走った。

 その突きだした指に、指輪を――


『――そう。世界に反逆するための力――』


 そして、力が爆発した。


「――っ!?」


 衝撃。

 爆風が、巻き上がる。

 そして……その中から、ゆっくりと歩み出る、一人の少女の姿。


「……聞いたことが、ありますわ」


 カーマが唸る。


「遡ること1000年前――クルスファート王国建国の時代……

 初代女王陛下に逆らった最初の悪役令嬢の話……

 婚約破棄され力を失い、メデューサ令嬢のスキルにより石にされ歴史から葬られたと聞きましたが……ははっ、まさかこんな所に……いたというんですの!?」


 それは建国神話における悪役。

 女王の妹でありながら、この国を奪おうと反逆し、全てを失ったとされる叛逆の悪役令嬢――

 その名は――



「ユーリ・アーシア・ストーリア!!」



 その少女を見た時、俺の胸は高まった。


 笑える話だ。俺が女に対して?

 俺にとって女なんて、醜くおぞましい肉の塊でしかなかったのに。

 貴族紳士としての表向きの態度ではともかく、内心ではあの日以来、侮蔑と唾棄の対象でしかなかったというのに――。


 その少女は。


「あー、本当退屈だった。

 キミたちににわかるかな。動けず、何も聞こえず、見えないまま、1000年もずっとここにいたんだよ?

 おかしくなると思った」


 一糸まとわぬ姿で現れたその少女は――清廉で可憐で、とても美しいものだと――俺の瞳にはそう映った。


「でもずっと待ってたんだ。

 いつの日か、ボクを目覚めさせてくれる、一緒に戦ってくれる王子様が現れるって。

 ようやく――会えた」


 千年の歴史を誇るクルスファート王国の建国期において、歴史から抹消された少女がいたという。

 初代女王に逆らった最初の≪悪役令嬢≫にして、叛逆の悪役令嬢――


「約束通り、キミに力をあげる。

 この狂った世界と戦うための――叛逆するための力を。

 だから」


 そのは。

 彼女の名は。


「ボクはユーリ。

 ユーリ・アーシア・ストーリア。

 ねえ、キミ――」


 彼女は、俺を真っすぐと見る。


 石造りの薄暗い地下通路の中、崩れた天井から差し込む光が、幻想的に――俺と彼女を照らす。


 そして彼女は、微笑んで言った。


「ボクの、お婿さんになってよ」


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