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【コミカライズ開始】悪役令嬢大戦 ~底辺貴族の俺は貞操観念逆転世界で下剋上する~  作者: 十凪高志


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第31話 我が心の師

 おっと、これは失礼つかまつった。懐かしい茶葉の香りがしたものでつい」


 ツルギ・ムラサメ。七大罪令嬢の一人、【色欲】のルクスリア、天剣令嬢ツルギ・ムラサメ。

 その名を聞けば、この学園に在籍する者ならば誰もが身構えるだろう。七つの大罪を冠する、貴族社会の頂点に君臨する七人の令嬢たち。

 中でも【色欲】のルクスリアは、その美貌と裏腹に、時に予測不能な行動で周囲を翻弄すると噂される。

 そんな彼女が、音もなく、まるで幽霊のように、突如として俺たちの茶席に姿を現したのだ。静謐な空間に、一陣の嵐が吹き荒れたかのような衝撃だった。


「……天剣令嬢ツルギ・ムラサメ……」


 俺の口から漏れたのは、警戒と、微かな恐怖にも似た感情が混じり合った声だった。

 七大罪令嬢の突然の訪問。何か良からぬ企みがあるに違いない。


 もしかしたら、俺たちの丹精込めた茶席を、一瞬にして瓦礫と化すつもりなのかもしれない。

 そういった陰湿な、あるいは派手な嫌がらせはこの腐敗した貴族社会において、日常茶飯事と化していたからだ。

 現にいちょっと離れた場所では「あーらごめんあそばせー」と言って物を壊す音が聞こえたりしている。


「お前、何の用でここに来た」


 しかしツルギは、俺の険しい表情にも、荒々しい口調にも、全く動じる気配を見せない。

 彼女はただ、優雅に、そして神秘的に微笑んだ。


「いやはや、お見事な茶席でござるな。まさかこのクルスファート王国において、これほどまでに奥ゆかしく、そして深き趣のある茶席に出会えるとは、夢にも思わなんだ」


 ツルギの視線は、まず俺が丹精込めて手入れした盆栽に注がれた。彼女は、まるで稀代の芸術品を愛でるかのように、その小さな世界を慈しむように眺めた。

 その瞳には、単なる好奇心ではない、深い理解と敬意の色が宿っていた。

 そして、ゆっくりと、まるで何かの儀式を行うかのように、俺の淹れた茶器を手に取った。

 その所作の一つ一つが、洗練され、無駄がなく、そして見る者を魅了する優雅さに満ちていた。彼女は茶器を鼻先に近づけ、その香りを深く、深く吸い込んだ。その瞬間、彼女の表情に、微かな、しかし確かな感動の波が広がったのを俺は見た。


「この茶葉は……アマツの地でしか採れぬ、幻の銘茶『黒龍』ではござらぬか。まさかこのような場所で出会えるとは」


 彼女の声には、驚きと、そして深い喜びが混じり合っていた。その言葉は、俺の胸に直接響いた。アマツの『黒龍』。それは、俺があらゆる伝手を辿ってようやく手に入れた、まさに幻と称される逸品だった。まあこの国ではアマツの茶は別だか高価ではないのだが、それでも入手は大変だった。

 それを、この女は一嗅ぎで看破したのだ。


「……美味しい。まさに故郷の味でござる。いや、これぞ真の『侘び寂び』でござるな。この静謐な空間、そしてこの深き味わい……」


 彼女の言葉は、俺の心に静かに、しかし深く染み渡った。彼女は単に「美味しい」と言ったのではない。「侘び寂び」という、この国の人間には理解しがたい、アマツ独自の美意識を口にした。正直俺もよくわからない概念だが、何か素晴らしいというのはわかる。

 ツルギは再び俺の盆栽に目をやった。その視線は、先ほどよりもさらに深く、その小さな世界に凝縮された生命力と、そこに込められた俺の想いを読み取ろうとしている。そして、感嘆の声を漏らした。


「この盆栽もまた、見事なもの。まさしく自然の縮図、生命の躍動をこれほどまでに表現できるとは……貴殿は、なかなかの『数寄者すきしゃ』でござるな」


 ……数寄者、だと? その言葉は、俺の胸に、かつてないほどの衝撃を与えた。盆栽。それは、この世界では理解されることの少ない、俺の秘められた趣味だった。誰もが花を愛で、華美な庭園を好む中で、俺はただひたすらに、この小さな鉢の中に広がる宇宙を慈しんできた。

 それを、この女は「数寄者」と称したのだ。俺の盆栽を、その真髄まで理解してくれる存在が、この世界にいたとは。俺の心は、あれほどまでに硬く閉ざし、警戒していたはずなのに、ツルギの言葉一つ一つによって、まるで氷が溶けるように、いつの間にか解きほぐされていくのを感じた。


(盆栽好きに悪い奴はいない……!)


 それは確信であり、真理だった。


「……あなたは、アマツの文化に詳しいんですね」

「然り。某はアマツの出身ゆえ。

 この茶席の趣、そして盆栽の深遠なる美に触れ、故郷を思い出した次第でござる。遥か遠き故郷の、静謐な茶室、そして四季折々に表情を変える庭園の光景が、まざまざと目に浮かぶようでござった」

「そうか……」


 俺は内心、喜びを隠せないでいた。まさかこんな場所で、盆栽という、この国の誰にも理解されないと思っていた趣味を共有できる相手に出会えるとは。いや、ユーリもそれなりに理解を示してくれてはいたが、その解像度が違う。

 しかも、相手は七大罪令嬢の一人、ツルギ・ムラサメだ。

 これは、今後の俺の野望のためにも、大いに利用……いや、協力を仰げるかもしれない。


「ツルギ殿は、アマツの茶道の作法に詳しいのですか? よければ、俺に教えてはくださらないでしょうか」


 俺は真剣な眼差しでツルギに尋ねた。

 ツルギは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優雅な笑みを浮かべてくれた。


「もちろんでござる。某でよければ、いくらでもお教えいたしましょう。

 しかし、貴殿は男でありながら、これほどまでにアマツの文化に造詣が深いとは……実に稀有な存在でござるな。

 この国では、男が花を愛で、庭園を造ることは嗜みとされますが、盆栽の奥深さまで理解する方は、滅多にお見かけいたしません。

 貴殿のその探求心と、真の美を見抜く眼差しに、某は心から敬服いたす」

「ふん、この国では男が花を愛でるのは嗜みだが、盆栽となると理解者は少ないですからね」


 俺は得意げに鼻を鳴らした。


 ツルギはくすくすと上品に笑い、そして俺の茶席で、アマツの茶道の奥深さについて語り始めた。

 彼女の言葉は、単なる作法の説明に留まらなかった。茶道に込められた精神性、季節の移ろいを茶器や茶菓子に込める美意識、そして一期一会の出会いを大切にする心。その全てが、彼女の淀みない言葉によって紡ぎ出されていく。


「うわあ、ボクたち完全に蚊帳の外だ……」

「そうですね……」


 それは仕方ない。別に彼女たちをないがしろにする気は無いが、しかし今はこの時間を楽しみたい。


 俺の茶席は、すでに俺の理解者であるユーリ、アイネ、フェンリ、そして新たな理解者であるツルギによって、温かい、そして深遠な対話の空間として満たされていた。

 ちょっと離れたところでは「決闘ですわー!」「死ねやゴルァ!」「Engage!」という叫びが聞こえているが心の底からどうでもいい。


 ツルギ・ムラサメ……彼女の事は師匠と崇める事にしよう。は師匠と崇める事にしよう。

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