第15話 穢れた私
「決着だねぇ★」
アウレアが楽しそうに笑う。いつだって、誰かが苦しむのは見ていて楽しい。それがアウレアという淑女だ。
「くだらぬ、予定調和の決着か」
アリフィリアが興味を失ったかのように映像から背を向ける。
「いや、あれを!」
しかし、セセリスが珍しく声を荒げた。
そこには――
◇
どうするか。
いや、すでに勝利へのロードマップは描き終えている!
「!!」
拷問令嬢に、ゴブリンやウルフ、オークが背後から襲い掛かる。
拷問令嬢は慌ててそれらの魔物を迎撃する。
◇
「あの魔物はいったい……」
「ふふふ、面白い事をしでかすでござるな、あの男子」
ツルギが面白そうに笑う。
「どういうことだ?」
アリフィリアの問いにツルギは答える。
「あの男子、拷問令嬢が叛逆令嬢に集中していた時に、裏に回ってあの魔物ども……拷問令嬢が捕らえていた魔物どもを介抱して魔法で癒していたのでござるよ、こっそりと」
「なんだと?」
「へぇ、男らしくこすっからい卑怯な作戦ねぇ」
アウレアが笑うが、ツルギは首を横に振る。
「いや、なかなかどうして肝の座った男子ではござらぬか。拷問で弱っているとはいえ魔物、一歩間違えれば自身が襲われて食い殺されていたやもしれぬというのに」
「……そうか」
アリフィリアは向けていた背を翻し、再び映像を見る。
「でもさぁ、これって校則違反じゃあないの?」
「クルスファート王立魔法学園校則第四条補足、決闘には魂約者も同席し戦う事は許される。ルールに抵触しているわけではない」
アリフィリアが冷たく言う。
「……ただ、今まで戦いの場に出る男がいなかった、それだけの事だ」
◇
「ギイイイッ!」
「ブモォオオッ!」
「ガアアアッ!」
モンスターたちが次々と拷問令嬢を襲う。頑張れ!
「っ……!」
モンスターたちの襲撃を次々と拷問器具でいなし、あるいは捕らえる拷問令嬢。
しかしその隙に……
「――はぁあああああっ!」
ユーリの魔力が爆発する。高まった魔力が拘束している鎖を吹き飛ばした。
「!!」
その姿に拷問令嬢は慌てて迎撃態勢を取る。が――
「遅いッ!」
ユーリの光剣が一閃。
拷問令嬢の鉄の処女の頭部に直撃した!
「――ぐっ!」
そのまま衝撃で弾き飛ばされ、壁に激突する拷問令嬢。
「……」
それでも立ち上がる拷問令嬢。その鉄仮面が砕け、中の空洞が露出していた。
そこにあったのは……
「……お前、は」
その顔を俺は知っていた。
「アイネ・ルゼ・ユングラウ……」
それは、先日出会った、赤い髪の少女だった。
「前言ってた浮気相手ちゃんかあ~。こうやって決闘するはめになるなんて、因果というか運命というか!」
ユーリが軽口を叩きながら、左腕で胸を隠しつつ光剣を構える。
「なぜお前が……」
その俺の問いに、しばし沈黙を守っていた拷問令嬢……アイネが口を開く。
「生徒会よりの勅令です。貴方達を倒せと……それだけです」
なるほど、やはりそういうことか。確かに元々、外国の女が移住、帰化する場合は悪役令嬢と決闘して打ち倒すことが慣例。そう考えると何らおかしいことはない。
「……」
アイネを収納している鉄の処女が、音を立てて瓦解し、中から血に塗れた全裸のアイネの姿が現れる。
「ちょ、フィーグ君見ちゃ駄目!」
ユーリがあわてるが俺はアイネから目を離さない。
別段下心があるわけではない。女の裸など見慣れているし、俺にとっては不快な肉塊でしかない。
しかし、アイネの身体は――なぜか目が離せなかった。
アイネが左手を掲げる。
そこには、悪役令嬢の証たる魂約指輪かはまっていた。
「――Engage」
アイネの指輪が輝き、そして次の瞬間――
彼女の肌の傷は消え、そして胸や股間は革のベルトで隠され、鉄の処女をモチーフにした装甲をまとった姿となっていた。
「……それが君のドレスか」
ユーリが言う。
これが、悪役令嬢としてのアイネの真の姿、というわけか。
「オーケー、改めて……仕切り直しだねっ!」
ユーリは突撃する。そしてアイネも拷問器具を繰り出す。
しかし……まずい。
ユーリの弱点がここに来て足を引っ張らなければいいのだが……。
ユーリの弱点、それは……千年前の価値観の違う時代からやってきたユーリだからこその弱点。
そう、羞恥心だ。
女というものは自分の乳房や股間を出すことに興奮はしても恥ずかしがることは、基本……無い。そういったものを恥ずかしがるのは男の貞操観念であるからだと。
しかし千年前は、今と貞操観念が逆だったらしい。ユーリは裸を見られるのを恥ずかしがる傾向がある。そこが俺としてはたまらないのだが、戦闘では弱点となる。
現に、今ユーリは胸を隠して戦っているので、片手でしか剣を振れない。
対してアイネは無数の拷問器具を繰り出してきている。手数が圧倒的に不利だ――!
「はああっ!」
しかし、それでも。
二人の戦いは拮抗していた。
無数の拷問器具の猛攻をユーリは捌いていく。何度か捌ききれず攻撃を喰らうが、致命傷はことごとく回避している。
「キミ、何を迷っているんだっ!?」
戦いながらユーリは叫ぶ。
「……何も、迷ってなんて……」
「いいや、ボクにはわかる、さっきより技のキレが落ちてるよ!」
「……」
「所詮貴族とは、互いの手袋をぶつけ合わないと互いを理解できない人間だ! 逆に言えば、決闘することによってわかりあえる!」
「何を……世迷い言を!!」
今度はアイネが叫んだ。
「あなたのような、きれいな人に!!」
それは、血を吐くような叫び。
「血と罪に穢れて、私のような賤爵のことの、何が――!」
「それを言うならボクだって、姉に裏切られ婚約者に捨てられ、そして千年間石っころだったよ!!」
ユーリが言い返す。
「だから何だ、ボクはボクで今、この時代に、ここに生きている!
キミも、今戦っているのはこのボクだ、だったら前を見ろ、過去じゃなくい今を見ないと――ボクには勝てないよ!」
ユーリの強烈な一撃がたたき込まれる。防御した巨大な青銅の牛の拷問器具が破壊される。
「うぉおおおおっ!!」
「くっ、あああああっ!!」
ユーリとアイネが叫び、その力をぶつけあう。
共鳴し、爆発的に高まる魔力が衝撃波となりダンジョンの部屋を砕く。
「……っ!」
ユーリと魂約している俺にも、その魔力の奔流が流れ込んでくる。
そして――視界が、世界が真っ白に――塗りつぶされた。




