第12話 中庭の逢瀬
「アイネ・ルゼ・ユングラウ様、お話があります。昼休みに中庭のベンチまで来てください」
そう記した手紙を俺は早朝、彼女の下駄箱に忍ばせておく。
ちなみに下駄箱には生ごみが詰まっていたので綺麗にしておいた。女っていうのはなんでこう陰湿で衛生観念も無いのだろうか。
「さて、来るだろうか」
俺は中庭のベンチ……が見える場所で待機する。彼女の性格から予想するに、俺がベンチで待ち構えていたら来ない可能性もあるからな。
「……来たか」
すると校舎の影から一人の女子生徒が出て来る。遠目でも分かるほど鮮やかな赤色の髪と裏腹に表情は沈んでいる。
「あれがアイネって子?」
「ああ……って、なんでいるんだお前」
気付けばいつの間にかユーリもいた。
部屋で待ってろと言ったのに。
「そりゃ婚約者が浮気してるんだししっかり監視しないと」
「安心しろ浮気じゃない。ただ手駒に使えるかどうか見定めようとしているだけだ」
「うーわもっとひどい!」
ユーリがおどけて言う。お互いの目的が一致している共犯者という関係の偽装婚約者、こういう時はさっぱりしてて良い。
「ユーリ、お前は出るなよ黙って見ててくれ」
俺はそう言って、ベンチに座っているアイネの下へと歩いていく。
俺の気配に気づいたのかアイネがこちらを見て驚き目を見開く。そしてすぐにその場から逃げ出そうとする。
「待ってください、ユングラウ嬢。貴女に危害を加える気はありません」
「っ……」
俺とアイネの間にまだ距離はあったがアイネの足が止まる。俺を見るその目は不安に満ちている。
「……何、でしょうか」
「失礼。私はフィーグ、フィーグ・ラン・スロートと申します。女爵家の子息です、以後お見知りおきを」
「……アイネ・ルゼ・ユングラウです。それで何の御用ですか?出来れば手短に……お願い、します」
自己紹介をするとアイネも恐る恐る名乗る。まあいきなり呼び出すような真似をしたんだ、無理もない。しかも自分が何かしたかも分からないんだから緊張するなと言う方が無茶だろう。普段からいじめられているなら猶更だ。
「ご安心を、私も長々と話をするつもりはありませんので」
これは本心だ。長ったらしくも重要な用事なんて特にない、これからの為に仲良くなっておこうって寸法なだけだ。
「……これ、先日落としましたよね」
俺はそう言って学生証を差し出す。
「……あっ」
アイネの目が一瞬だけ大きく見開かれる。やはり落としたことに気づいていたのだろう。自分の鞄に手を入れて自分のものであることを確認すると安堵するように息を吐く。
「すみません……失くしてしまったと思っていたんです」
「構いませんよ、私が拾っておいただけですのでね。お困りだったでしょう」
アイネは俺の持つ学生証に手を伸ばし、そしてその手を止める。
「?」
「……なんで、素直に渡してくれるん、ですか」
アイネはそんなことを言う。なんでって……
「これを返してほしければお金をもってこいとか、這いつくばって犬の真似をしろとか、全裸土下座しろとか言わないんですか」
「言わねえよ!?」
俺を何だと思っているんだ。
「えっ……じ、じゃあこれを返してほしければ俺を全裸にして鞭打ちしながら学園中を首輪つけて練り歩けって……」
「お前は俺を何だと思っているんだ!?」
どんなイメージなんだよ!?
「いやだって……私に関わってくる人は大体そう言ったことをしてくるので……」
アイネはそう言う。なるほど、確かにそういう扱いを受ける環境なのなら納得だ。だがそれなら俺に怯えていたのにも合点がいく。
いや、どんな環境だよと突っ込みたいのはやまやまだが。虐められているというのはまだわかるが、自分を全裸にして引き回せという要求は何だ。倒錯しているにもほどがあるだろう。
「……それはまた大変な事だな」
「は、はい……」
「だけど俺はそんな要求はしないよ。君が穢れているとも思わないし」
穢れているというなら俺の身体のほうがよほど穢れているだろう。
「だがまあ、対価を要求されないと座りが悪いと言うなら……今度食事でもどうかな」
「ごめんなさいそれは嫌です」
即答で断られた。
そして背後で「ブーッ!」と誰かが噴き出している声が聞こえた。あのやろう。
「あっあの、あなたが嫌いとかそういうことではなくて……! わ、私は……穢れていますから……」
またそれか。
「……処刑貴族、だったか」
俺はそれを口にする。その言葉に、アイネはびくっと体を震わせる。
「国に従い、罪人や反逆者を処刑してきた一族。なるほど、君がそれを苦に思うのは確かにわからないでもない。だが……」
俺は少々腹が立って言う。
「親の因果は、子に報いない。親は親、子は子だ」
俺自身は両親を尊敬し誇りに思っているが、しかし親の全てに縛られるつもりは毛頭ない。俺は俺だ。
「ましてや一族がどうとか、知った事じゃないだろう。アイネ・ルゼ・ユングラウ、君はただ君だ」
俺は彼女の腕を掴み、そしてそのまま抱き寄せ、そして中庭の木にその身体を押し付ける。片手を木の幹に叩きつけ、彼女を木に押し付ける。
「……俺が、汚いものに触れているように見えるか?」
「……っ」
アイネは木の幹に押し付けられたまま動かない、逃げようともせず俺をただ見ている。
……卑屈っぷりに妙にいらだってこんな事をしてしまったが、よく見ると……顔の造詣は決して悪くない。むしろ美少女と言っていいだろう。
赤い前髪に隠れたその瞳が俺を見ている。血のような深紅の瞳だ。
髪に隠れてわかりづらいがこうしてみればその顔立ちはかなり整っている。今は怯えたように目を伏せているが、普通にしていたらかなり人目を引くことだろう。
そんな彼女が今、俺を見上げながら固まっている。今までされたことのない対応だったのだろう。そりゃあ驚くよな、俺だって驚いている。俺は何故こんなことを。
「……」
「……」
見つめあう二人、お互い硬直して動けない状態が続く。だがそこでふと我に返ったようにどちらからともなく動き出す。
「す、すまない」
「いえ……私の方こそすいません」
互いに謝罪の言葉を述べ合う。いかん、つい勢いで色々やっちまって気まずい空気が出来上がってしまった。
「あ、あの……」
そして気まずそうに顔を背けた状態で声をかけられる。顔は赤く、声も震えている。
「なんだ……?」
「……もう、行ってもいいですか。授業があるので」
「あ、ああもちろんだ! 引き止めてしまって悪かったよ」
そう言うと彼女は足早に去っていった。
……失敗したかな。
「青春だね」
「うるせえ」
隣を見るとニヤニヤ笑うユーリがいる。こいつ絶対ずっと見てただろ。
「いやあいいねえ~ラブロマンスってやつだね~、千年前を思い出すなあ。ボクもよく友達の恋愛相談に乗ってさぁ」
「お前自身は?」
「それは……ボクは戦う事に専念してたから、色恋にうつつをぬかしてる暇なかったっていうか……」
ユーリは声を小さくして言う。だから失敗だったとかなんとか。
「……そうだな、俺もそうだ。俺にはやるべきことがある、色恋がどうとかは興味がない。それに……」
俺はユーリを見て言った。
「婚約者ならすでにいるからな」
その言葉にユーリは顔を赤くし、
「ふ、ふーん。おだてても何も出ないもんね!」
そう言いながらそっぽを向いて歩き去ってしまった。
……ふん。やはり羞恥に顔を赤くする女というのは新鮮で見てて面白いし、良いものだな。
そういう意味では、あのアイネ・ルゼ・ユングラウも……中々だったと思う。
また話せればよいのだが……あの反応だと難しいか。
そう思うと、少し残念だった。




