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天国でもついてますから。

「――ち、近付かないでくれぇぇぇえぇ! 俺に近付く男は皆っ、皆ホモなんだぁぁぁああ! 皆俺の明日を狙ってるんだあぁぁあぁぁぁ!」


「へいよぉ、応援が必要って言うから来てみりゃあ……おいおい白昼堂々人様の往来で何大声で口走ってくれてんだぁこいつはよ?」

 様々な店々が建ち並ぶお昼時のストリート。その道ばたで蹲りご大層に頭まで抱えてガタガタ震えている男が一人。叫び散らかした男の周りにはそれなりに分厚い人垣ができあがっている。

 その人垣を掻き分けたアタイは、アタイをここへ呼び付けた同僚を見つけ、声を掛けたのだった。

 同僚は道ばたで蹲る男から一定の距離を保ち、どうすることもできず困り果てている様子だった。

 隙間に嵌まって出られなくなってしまった猫を助けてあげたい、けど問題の猫が威嚇してきてにっちもさっちもいかない、どうでもいいがそんな状況によく似ているなと思った。

 同僚は応援が駆けつけてくれたことに安堵し、ホッ、と息を漏らし――たかと思いきや、吐いた息は安堵というよりか落胆の音に近かった。

「予想より早く来てくれたか――と感謝したいところだが、お前かぁ……」

 そう言って目を瞑ったままアタイに振り返る同僚――

「あぁ? んだょその失礼な反応は? 明菜が代わりに行ってくれって言うから、駆けつけてやったってのによぉ。応援呼びつけたのはお前なんだろ、サカ?」

 ――『サカ』こと赤仲栄は、どこか諦めたように瞼を開きアタイへ苦笑いを向けるのだった。


「んで、どういう状況だよこりゃ?」

 サカの態度にはイラッとしたが、そんな事よりもアタイの興味を強く引くのが道ばた――服飾店のショーウィンドウの前で蹲ってはビクビクと震え上がっているがたいの良い男だ。大男がまるでお化けに怯える子供の如くなのだ。男の怯えようが尋常じゃないせいか、外見と言動のちぐはぐさを嘲る気も湧かないが、それでも珍妙な光景であることは否めない。大男がもはや幼児退行レベルの怯えようをしているというのに、不気味に思うなというのは無理な話だった。

 サカは一度大男を一瞥した後、アタイと肩が触れ合う距離まで近付いてくる。

「レ○プされたそうだ」と、大男に聞こえないひそひそ声で事の要点を耳打ちしてきて――

「って、は――――レ〇プだぁぁぁぁぁぁ??!!」

「馬鹿お前、声でけぇよ!」

「あっ――!」

 サカがひそひそ声で怒鳴った。

 アタイもやっちまったと思って反射的に口元を押さえる。

「で、でも、れ、レ○プってお前、一体そりゃあどういう……だってお前、こんながたいの良い兄ちゃんが? 一体どんな奴に襲われたってんだよ?」

 そう問うと、サカが一瞬おかしな間を置いた。

 そのおかしな間の直前――問を口にしているまさにその時、『どんな奴』にとは訊いていたが、正確にはアタイの中で既に犯人の風貌は二分の一まで絞れていた。そりゃそうだ。男がレイプされたと聞いたら、まず一番最初に連想する実行犯は‘女’だろう。大多数が反射的にそう連想するはずだ。類に漏れずアタイも、問を口にしている間、ゴリゴリマッチョで日に焼けたマッスルウーマンの姿を勝手に想像していたものだ。

 だが、サカの意味深な間がアタシに、さっき人垣を掻き分けていた間に聞こえてきた、大男がヒステリックに叫んだお昼に流すにはぶっ飛んだ内容の台詞を思い出させる。もう半分の可能性が脳裡を過る。

 俺に近付く男……ホモ……明日……あっ、まさか、『あす』って漢字の明日じゃなくて、カタカナのア――

「そうそのまさかだ」

 サカはどうやらアタイの表情の変化からこちらの思考を読んだらしい。ついでにはっきりと明言するつもりはないらしい。

 まぁでも分かった。つまりはあれだ。男のアレがこの大男のアレにアレしたということだ。

 更に分かったことがあるとしたら、それはサカが明菜に応援を頼み、明菜は手が離せなかったからアタイに代わりを頼んだ――その理由だ。理由と言っても、当然アタイはそこに理由なんてないものだと思っていた。確かにうちの事務所に男手はサカ以外にもいるが、サカが明菜を、明菜が仕事から手を離せなくてアタイに代わりを頼ったのも、ただの偶然だと思っていたのだ。だがそこには確かに理由があったのだ。つまり――

「つまりこの兄ちゃんが男を怖がるから女手を呼んだって、そういう話か」

「理解が早くて助かる」

 ふざけんなっ!――何かに対してそう憤りたくもなったが、ちらと一瞥すれば今も頭を抱え俯き歯をガチガチと鳴らしている大男。こいつは至って真剣にパニックに陥っている正真正銘の被害者だ。

「はぁ…………あぁったよ。アタイがこの兄ちゃんを事務所まで同行させればいいんだろ」

「あぁ、頼んだ」

 事情を汲んだアタイは早速大男を連行しようとした……したが、はたとここまで事の事情が分かっては見過ごせないことがあって、無機質な表情でサカに振り向いた。

「そういえばお前さっきぃ、アタイが来たの見て、「お前かぁ……」って言ってたよなぁ。……あれぇ、どういう意味?」

「いや、別に……今日のお前もスパイクヘアがキュートだなと思ったんだよ」

「あぁそうかいそりゃあありがとよ。お前に誉められても全然カほども嬉しかねぇけどな…………今に見とけよ陰険役人眼鏡」

 後半部はにっくきサカにも聞こえないくらいの小さな声でボソッと吐き捨てた。

 人が前に立った気配を感じ取ったのだろう。ビクッと肩を跳ねさせた大男が恐る恐る顔を上げ――。

 アタイはアタイの知る中で一番女子女子してるお淑やかな女性――明菜の笑顔をモデルに据え、渾身の愛想のいい笑顔をトレースした。あざとく組んだ両手を顎の横に持ってきて、顔も少し傾けて、ニッコリ可愛くスマイル!

「ヘローォ、素敵なガチムチお兄さん! 話は聞いたわっ! 怖かったわね! でも安心して! これからお兄さんを署まで連行するけどぉ、痛くはしないから!? 寧ろ身柄の安全は保証されたも同ぜ――」

「――ほ、ホ、堀、ホモd」

「レディじゃぼけぇっ!!」

 ――撃鉄も目じゃないスピードで打ち出された鉄拳が蹲る大男の脳天を上から撃ち抜いた。

「ぶべしっ!」

「はぁ……やっぱりこうなったか……」

 後ろで深い溜息を吐くのが聞こえた。


「こ、ここは……」

 ショック療法で多少冷静になった大男は、スパイクヘアがトレードマークの‘彼女’に連れられて、とある建物の前まで来ていた。先のストリートからは徒歩二十分程。大通りの十字路の一角に長々と伸びるその建物は、大通りのどの建物よりも威厳を感じさせる佇まい。建物の大きさもさながら、赤煉瓦で築かれているのがその貫禄生んでいるのは間違いない。

 建物を見上げる大男の視界の真ん中、建物の正面玄関を背にするように彼女は振り返る。

「そういや自己紹介がまだだったな。アタイは夏見。瀬子夏見だ。まぁサツの名前なんて覚えても何の意味もねぇけどよ、折角名乗ったんだ、覚いといてくれや」

「っ……」

 大男が眩しげに瞳を細めた。じりじりと空を回るお天道様が赤煉瓦の屋上の縁から顔を出したのだ。建物の中腹に飾られた黒い印字の看板が日光に濡れて光沢を纏う。

「――ようこそ、『あの世44番地屯所』へ。兄ちゃんの安全は保証するから、まぁとりあえず、そこんとこは安心しといていいからな?」

 夏見の背後、看板の『あの世』の字がギラリとひかめく。

 大男の背中――白い翼が驚きに打ち震えた。

 夏見の背中――白い翼が困り人を歓迎した。

 ついでに言えば二人のやりとりを端から見ていた栄も、先のストリートの人垣の一人一人も、今も彼らの横を行き交う大通りの全ての人々も――皆々、背中から白い翼を生やしている。

 ――――――――そう、これは天国の一角の秩序を守る、彼女ら彼らの、退屈しのぎの日々。

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