9:狂狼は恐くない(3)
クローディアが王女であるにもかかわらず、捨てられた理由。
話はクローディアが生まれた十八年前まで遡る。
クローディアが生まれたその日、城の中は大騒ぎになった。
この国の王族は強い魔力を持って生まれてくるはずなのに、第二王女としてこの世に生を受けたクローディアには、その兆候が全く見られなかったからだ。
国王である父とそっくりの、変わった髪の色。
王妃である母とそっくりの、紅い瞳。
二人の実の子であることは疑いようもないというのに、なぜか魔力だけは、どう調べても出てこなかった。
この世界には魔法がある。人の上に立つ者は、その魔法を使うための魔力を持っている。つまり、この国の王族や貴族は魔力があって当たり前。高位であればあるほど、強い魔力を持っていなくてはいけないのだ。
そのため、魔力を持たないクローディアは微妙な立場に置かれることになった。
成人となる十八歳までは、様子を見る。けれど、成人するまでに魔力が発現しない場合は、王族から追放する。
クローディアは、そんな条件付きの王女だった。王女として愛されるか、「魔力なし」の「役立たず」と罵られるか――周囲の反応も二極化していた。
そんな中でも、父や母、姉や兄はクローディアを本当に可愛がってくれていたので、クローディアは「魔力なし」でも王女として何不自由なく生きてこられた。
「でも、十八歳の誕生日。私はやっぱり『魔力なし』のままで、何の魔法も使えなかった。そして、その瞬間、すべてが終わったの」
父や母の驚いた顔。
貴族たちの冷たい視線。
クローディアの十八歳の誕生日は、クローディアを追放する日になった。
あっという間にクローディアは家族から引き離された。誰かが呟いた「王家の恥」という言葉が今も耳に残っている。
抵抗する間もなく侍女にメイドの服を着せられ、城から追い出され、雨の降る王都の街に置き去りにされた。恐い顔の騎士が去り際に残した「もう二度と城には帰ってくるな、この役立たず」という言葉が忘れられない。
「でも、お父様もお母様も本当に優しかったから。だから、私……」
本当に仲の良い家族だった。
だからこそ、すぐに家族が迎えに来てくれると信じていた。
けれど、いくら待っても、彼らが迎えに来てくれることはなかった。
あの優しい家族がクローディアを見捨てるなんて、そんなことありえない。だから、クローディアが城に戻れば、その時こそ家族の誰かが助けてくれると思っていた。
それなのに。
そんな都合のいいことなんて起こらなかった。
クローディアは、捨てられた。
魔力なしの役立たずであるがゆえに。
「どんなに仲良くしていても、役立たずは捨てられるの。だから、ランドルフも私のこと捨てると思った」
クローディアが話し終えると、しんと静寂が訪れた。
静かな秋の夜。遠くで虫の鳴く声が聞こえてくる。
しばらくして、ランドルフがはあと大きくため息をついた。
「……捨てねえよ。俺は、お前を、捨てたりなんかしない」
改めて、はっきりと、ランドルフは言い切った。隣に座るクローディアの瞳をじっと見つめ、言い聞かせるように続ける。
「城へ帰ることが望みだっていうなら、帰るための方法を俺も一緒に探す。帰れないまま半年の期限が来て『ひみつ婚』が白紙になったとしても、放り出したりはしない。その前に必ず、お前が自分の居場所を見つけられるように、何か策を考える。いいか、俺はお前を捨てたりしない……絶対にだ」
「や、役立たずでも? 捨てない?」
「捨てない」
いつもの乱雑な口調ではなく、きちんとした話し方でランドルフが言う。彼の翠の瞳はまっすぐにクローディアを見つめている。その眼差しはとても優しくて、温かい。
クローディアの心にぱっと明るい花が咲いた。
「ありがとう、ランドルフ!」
「うわあっ」
勢いよくランドルフに抱き着くと、その勢いに負けたランドルフがクローディアごと後ろにひっくり返った。図らずもベッドに押し倒された形になってしまったランドルフは、上に乗っているクローディアを慌てて下ろそうとする。
「こら、クローディア! 早く下りろ! というか、人を押し倒すんじゃねえよ。お前、十八歳の大人なんだろ? いろいろとまずいだろうが」
「何がまずいの?」
「あのな、未婚の女性が男をベッドに押し倒すのは……」
「私、『未婚』じゃないよ? ランドルフと『ひみつ婚』してるもん」
「あ、そう言われてみればそうか。なら、問題ないのか……」
あっさり納得しかけたランドルフだったけれど、すぐに「いやいやいや」と正気に戻った。
「『ひみつ婚』はあくまで仮の結婚だろ。それにジルフレードも言ってたよな、『絶対に子どもを作ってはいけない』って」
「言ってたけど……私、よく分からない。『子どもを作る』って変だよね?」
「は?」
「だって、子どもって、結婚したら神様が連れてきてくれるものでしょう? 神様が赤ちゃんを抱っこして、お家まで連れてきてくれるんだよね?」
「まじか」
ランドルフがまるで珍獣でも見るかのような視線を向けてきたので、クローディアはぷうと頬を膨らませた。
「ランドルフ、そんなことも知らなかったの? 大人なのに?」
「……そのセリフ、そっくりそのままお前に返したい」
ランドルフが心底呆れたような声で言うので、クローディアはますます不機嫌になった。
なんでそんな反応をされるのか、本気で納得がいかない。
頬をぱんぱんに膨らませるクローディアに、ランドルフが苦笑する。
「拗ねてないで、そろそろ俺の上から下りろ」
ランドルフはそう言うと、あっさりとクローディアの身体を自分の上から下ろした。乱れてしまった襟元などを整え、ついでにクローディアの服の乱れも直す。
「元気になったみたいだし、もう大丈夫だよな? もう夜も遅いし、自分の部屋に戻れ。ヴァルターもいるんだから、ちゃんと寝られるだろ?」
「……ランドルフと一緒がいい」
「ダメだ」
「ランドルフ、私のこと捨てないって言った! だから一緒に寝る!」
「それとこれとは話が別。戻れ」
冷たく突き放されて、クローディアは涙目になった。
(優しかったり、冷たかったり……やっぱりランドルフって全然分からない!)
口をへの字にしながらランドルフを見上げると、ランドルフは「しかたねえな」と頭を掻いた。やっと一緒に寝てくれる気になったのかと一瞬喜んだクローディアだったけれど、ランドルフにひょいっと抱き上げられて、そのままクローディアの部屋まで運ばれてしまった。
「ほら、ここがお前のベッド。大人しくここで寝ろ」
ぽすんとヴァルターの隣に寝かされる。仕事は終わったとばかりにランドルフが部屋を出て行こうとするので、クローディアは彼を引き止めようと慌てて起き上がりかけた。
けれど。
「ヴァルターが起きる。そのまま静かに寝てろ」
ランドルフがそう言って、優しく頭を撫でてきた。
まるで子ども扱いだ。
クローディアは少しだけ納得がいかなくて、むうと口を尖らせる。
でも、頭を撫でるランドルフの手は温かくて気持ちがいい。今日のところはこれで我慢してあげようかと、クローディアはしぶしぶ言われた通りに目を閉じたのだった。