47:おかえり(1)
王都を出発してから十日後。クローディアはようやく辺境の地へ帰ってきた。
約一ヶ月ぶりの辺境。そんなに長く離れていたわけではないけれど、なんだかすごく懐かしさを感じてしまう。
レンガ造りの高い塀。濃い灰色の石壁の建物。規則正しく並ぶ四角い大きな窓。明るい太陽に照らされた辺境騎士団の建物は、クローディアを優しく迎えてくれる。
馬車は入口近くまで進み、ゆっくりと止まった。
ランドルフは待ちかねていたように馬車の扉を開けると、さっと地面に降り立つ。それからくるりと振り返ると、クローディアに向けて両手を広げた。
「おいで、俺のお姫様」
「うん!」
クローディアはぱっと顔を輝かせると、ランドルフの胸に飛び込んだ。ぎゅっと優しく抱き締められて、少し恥ずかしいけれど幸せいっぱいになる。
このままずっと、こうして抱き締められていたい――。
けれど、クローディアのささやかな願いは、後ろから聞こえてきた声にあっさりと阻まれた。
「ランドルフにクローディア姫。いちゃいちゃするのは後回しにしてもらえますか」
金髪眼鏡のジルフレードはうんざりしたような顔でそう言った。彼は馬車から降り、ランドルフとクローディアのすぐ傍までやってきたかと思うと、遠慮なく二人を引き離す。
「さて、これから二人にはやってもらいたいことがあります。というわけで、ランドルフ。君はこちらに来てくださいね。ヴァルターくんはクローディア姫の方をお願いします」
「おう! おれさまにまかせろ!」
あれよあれよという間に、ランドルフはジルフレードに引きずられていってしまった。
残されたクローディアはヴァルターに引っ張られつつ、ランドルフたちとは逆の方向へと連れていかれる。
「え? え? ヴァルちゃん、一体どこに……」
「こっち、こっち! 早く早くなんだぞ!」
騎士団の建物の中でも、あまり使われていない小さな部屋へと誘導される。その部屋の扉を開けると、そこにはシンシアが立っていた。
「クローディア姫! 待ってたわよ、ほら急いで!」
「シンシア師匠……? 急ぐって、何を」
その時、部屋の中央に飾られている真っ白な衣装が目に入り、クローディアは息を呑んだ。
腰のあたりからふんわりと広がるスカートはフリルが段状に重なっていて、とても可愛らしいシルエットをしている。上半身の部分はシンプルで装飾は少ないけれど、肩を大胆に出すタイプになっているおかげでとても華やかに見えた。
薄く透けるチュール素材の白いヴェールは、大きく開いた背中を隠すように後ろの部分が二段重ねになっている。後ろ姿が美しく上品に見えるように工夫されているデザインで、クローディアは思わず感嘆の息を吐いた。
キラキラした純白のドレス。これはもしかして――。
「ウェディングドレス……?」
「そうよ。ランドルフとクローディア姫は正式な夫婦になったんでしょう? だったら結婚式をしないといけないわよね。そう思って、騎士団のみんなでいろいろと準備してたのよ」
シンシアは手際よくクローディアにウェディングドレスを着せながら、クローディアが不在だった間の騎士団の様子を教えてくれる。
クローディアがいなくなってから、ランドルフの元気がなかったこと。
ようやく「救いの天使」よりもクローディアが大事だと気付いたランドルフに、騎士団のみんなで「遅い!」「鈍感!」と突っ込みながらも、クローディアを迎えに行くように促したこと。
二人の結婚が正式に認められたと聞いて、みんなで大喜びしたこと。
クローディアはその話を聞いて、思わず笑みを零した。
「みんな、私とランドルフのことを応援してくれてたんだね。知らなかった」
「ふふふ、みんな本当に二人が幸せになるのを待ってたのよ。だから、二人がここに帰ってきたらすぐに結婚式をやろうと思って」
クローディアがシンシアの手によって可愛らしい花嫁姿へと変身すると、最後の仕上げとばかりにヴァルターがウェディングヴェールを持ってふわふわと飛んできた。小さなもふもふの手で、クローディアの頭にヴェールをそっとのせてくれる。
「これで準備完了なんだぞ! さあ、結婚式の会場へ行くんだぞ!」
ヴァルターがしっぽをぶんぶん振りながら、早く早くと手招きをする。
クローディアは微笑みを浮かべて、こくりと大きく頷いた。
結婚式の会場は騎士団の食堂だという。本当は「ひみつ婚」をしたあの神殿でやりたかったらしいのだけど、そこは狭くて、二人を祝福したいと張り切る騎士たちが全員入るのは無理だったので諦めたのだそうだ。
ウェディングドレスも既製のものを手直ししただけだし、王女の結婚式にしては寂しいものになってしまったけれど、と申し訳なさそうな顔をするシンシアに、クローディアはふるふると首を振る。
「大好きな人と結婚できて、それを心から祝ってくれる人がたくさんいる。私は、それだけで、すごくすごく幸せだよ!」
食堂の前に着き、クローディアは大きく深呼吸をした。それから隣にいるシンシアに向かって、こくりと頷いてみせる。
それを合図に、シンシアが食堂の扉を開けた。
金や銀の紙で作られた飾りが壁一面に施され、食堂はとても華やかになっていた。長いテーブルには眩しいくらい真っ白なテーブルクロス。その上に飾られているのはピンクや黄色といった明るい色の装花。
大きな窓からは柔らかな日の光が差し込み、会場内を優しく照らしている。そんな会場の奥で、花婿姿のランドルフがクローディアを待っていた。
辺境騎士団のみんなが見守る中、クローディアはランドルフの元へと歩いていく。
この小さな結婚式を取り仕切ってくれるのは、二人の「ひみつ婚」を見届けてくれたあの神殿の神官だ。
神官は、ランドルフとクローディアに温かな眼差しを向け、祝福の言葉をくれる。
「『ひみつ婚』から正式な婚姻へ――本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
ランドルフとクローディアの声が重なった。
そして、穏やかに二人の結婚式は始まった。ランドルフとクローディアは、騎士団のみんなの前で永遠の愛を誓う。
「夫ランドルフ。あなたは妻クローディアを永遠に愛することを誓いますか?」
「誓います」
「妻クローディア。あなたは夫ランドルフを永遠に愛することを誓いますか?」
「誓います」
クローディアが誓いの言葉を口にして隣のランドルフを見上げると、彼は幸せそうに目を細めて微笑んでくれた。クローディアも釣られるようにふにゃりと笑みを零す。
仲睦まじい二人の姿に、騎士団のみんなも明るい顔をしていた。ジルフレード、シンシア、新人三人組――みんな笑顔で見守ってくれている。
式は順調に進み、次は指輪の交換だ。
「……って、俺、指輪なんて準備してねえんだけど」
「わ、私も準備してないよ?」
ランドルフとクローディアは二人揃ってさっと青ざめる。目の前の神官を仰ぎ見るけれど、神官はにこにこするだけでこのピンチを分かってくれていない。
どうしよう、このままではせっかくの結婚式が台無しになってしまう。
祝福してくれているみんなの笑顔が曇ってしまう――。
と、その時。
絶妙なタイミングで扉が開く音がした。
ブックマークなどの温かな応援に、いつも元気をもらってます。ありがとうございます!
次回は最終話。二人の恋のお話、最後まで見守ってもらえたら嬉しいです♪
さて、ここで、このお話を書くために参考にした本をご紹介しておきますね。
《参考文献》
編集 林崎豊 『暮らしの実用シリーズ 決定版 基本のお菓子』 株式会社学習研究社 2008年
小沢のり子 『おいしく作れる! 専門店のシフォンケーキ』 株式会社大泉書店 2011年
鈴木理恵子 『バリエーション豊かなディップをつけておいしい! 小さなシフォンケーキの本』 株式会社誠文堂新光社 2014年
シフォンケーキの作り方について、写真つきで分かりやすく書かれている本ばかりです。
『基本のお菓子』の本は、私がシフォンケーキを作る時に参考にしていたものになります。これ、分かりやすくてお気に入りです♪




