4:捨てられ王女のひみつ婚(4)
朝、宿屋を出発し、城へ向かう道中のこと。
クローディアはランドルフに大人しく手を引かれて歩きながら、ぷくっと頬を膨らませていた。
「らんどるふ、怒りすぎ。……ちょっと一緒に寝ただけなのに」
「あのな、朝起きてすぐ腕の中にお前がいたら驚いて当然だろうが。本当、なんなんだよお前。子どもだからって何でも許されると思うなよ?」
「子どもじゃないもん……」
昨夜、無断でランドルフの布団に潜り込んだことについて、クローディアはうんざりするほど叱られてしまった。
彼が言うには「未婚の女性がおいそれと男と一緒に寝てはいけない」のだそうだ。でもクローディアはそんなこと全く知らなかった。寂しい夜は、姉もしくは兄と一緒に寝るのが普通だったのだ。
だから、しかたないではないか。そんなに怒らなくてもいいのに。
ぷうう、と頬をぱんぱんにしていると、ランドルフが呆れたような目で見てくる。おまけに、ランドルフの肩に乗っているヴァルターも心配そうにこちらを見てくる。
二人の視線が納得いかなくて、クローディアはまた拗ねる。
「子どもじゃないもん。本当だもん」
「なら、もっと大人らしくふるまうことを覚えろよ」
そんな風に軽く言い合いをしながら歩いていると、城が見えてきた。
真っ白な壁に、空高く伸びるいくつもの塔。円すい状の青い屋根が朝の光を浴びてきらめいている。城を囲む銀の柵は侵入者を威圧するようにそびえ立ち、入口のところには数人の門番が控えていた。
クローディアは今まで通り、普通に門から城へ入ろうとした。けれど、「こらこら」と門番にあっさり止められる。
「君、入城許可証は?」
「にゅうじょうきょかしょう?」
「ないなら、城へは入れないよ。諦めて帰りなさい」
門番につまみ出されて、クローディアは泣きそうになる。けれど、ここで簡単に諦めるわけにもいかない。
ぐっと涙を堪えて、門番を見上げる。
「とにかく入れて。私はここ以外に行くところなんてないの」
「ダメダメ。しつこいよ、君」
「でも」
「それに、君のその髪……王族のふりでもしてるつもり?」
門番がぐいっとクローディアの髪を引っ張る。急なことに驚いて、クローディアは小さく悲鳴をあげた。
クローディアの髪は根元は金色なのだけど、毛先に行くにつれてだんだんと桃色になっている。この髪色はこの国でも非常に珍しく、王族のみに出る特徴だ。ちなみに、国王である父も全く同じ髪色をしている。
「いるんだよね、君みたいな子。髪をそんな風に染めて王族のふりをするんだ。でも残念、そんなことをしても城には絶対入れないよ」
「痛い、引っ張らないで!」
乱暴に髪を引っ張られ、クローディアは涙声で叫んだ。悲痛な叫びに、ランドルフが慌てて間に入ってくる。
「やめろ、相手は小さな女の子だろ。乱暴な真似はするな」
ランドルフの手が、クローディアの髪を掴んでいた門番の手を叩き落とす。そして門番を鋭く睨みつつ、涙目になったクローディアをさっと背にかばった。
ランドルフは振り返ることなく、クローディアに小さな声で問う。
「どうする?」
(そんなこと、聞かれても……)
クローディアは自分の考えの甘さを思い知った。
捨てられたけど、それは一時的なもので、すぐに撤回されるものだと信じていた。
城に行けば、なんとかなるはずだと。
まさか、本気で王女を捨てるなんて、そんなことあるわけがないと。
でも、現実はそうではなかった。
クローディアは、本気でこの国には必要ないと切り捨てられたのだ。
ぞわりと背中に寒気が走る。
目の前にあるランドルフの服を、きゅっと掴む。がたがた震えながらランドルフを見上げると、彼は心得たようにクローディアを引き寄せてくれた。
「行くぞ」
短く、けれど力強くそう言って、ランドルフはクローディアを連れて城から離れた。門番の姿が見えなくなるところまで早足で歩き、大きくため息をつく。
「クローディア、選べ。このまま王都にいるか、俺と一緒に辺境に来るか」
「……え」
「俺は辺境騎士団の団長だ。王都には人探しをするために来ていただけ。これから俺は辺境に帰らないといけない。でも、お前危なっかしいからな……ここに残るなら、誰か信頼できそうなやつを探して、そいつにお前を預けることにする」
ランドルフはしゃがみこんで、クローディアと目を合わせた。新緑を思わせる翠の瞳がまっすぐにクローディアを射貫く。
「クローディア、お前はどうしたい?」
「……私は」
考えるまでもなく、答えは出た。
「らんどるふと、ヴァルちゃんと、一緒に辺境に行きたい」
こうしてクローディアは城を、王都をあとにして、辺境へと旅立つことになった。
「辺境騎士団は、この王都から馬車で十日ほどかかる場所にある。乗合馬車を乗り継いでいくし、宿も安いところにしか泊まらない。クローディアもヴァルターも、それでいいな?」
ランドルフの言葉に、クローディアとヴァルターは揃ってこくりと頷いた。
乗合馬車というのは、一般の人々が多く利用しているタイプの馬車のことだ。乗車賃が高くない代わりに、あまり乗り心地はよくない。座席は固く、馬車が走り出すと振動が直にお尻に伝わってきてしまう。
クローディアはこの乗合馬車に初めて乗って、あまりの乗り心地の悪さに衝撃を受けた。
「……らんどるふ、お尻が痛い」
「音を上げるの早いな」
「あと、なんか、お腹がぐるぐるして気持ち悪い」
「馬車酔いまでしてるのか、お前……」
ランドルフが片手で目を覆い、呆れ声を出す。
でも、クローディアだって別に困らせようと思って言っているわけではない。本当にお尻は痛いし、気持ち悪いのだ。
「辺境まで、あと何分?」
「旅は始まったばかりだぞ。あと十日はかかる。……というか、ヴァルターを見習えよ。こいつ、鞄の中で寝てるぞ」
「ええっ」
見ると、本当にランドルフの言う通り、ヴァルターは鞄の中で丸くなり気持ちよさそうに寝ていた。青いもふもふした毛が、馬車の振動に合わせて小刻みに揺れている。
信じられない。こんなに乗り心地が悪い馬車の中で眠るなんて。
クローディアは涙目でランドルフを見上げた。
「らんどるふ……」
「だから、そんな潤んだ瞳でこっちを見るな。……ああ、もう!」
ランドルフはぐしゃぐしゃと頭を掻き回すと、諦めたようにクローディアを抱き上げた。そして、膝の上に座らせてくれる。
ランドルフの膝の上は座席よりも柔らかくて、温かくて、座り心地がよかった。
クローディアは彼の膝の上にちょこんと座ったまま、馬車の窓から外の風景を眺める。既に王都の町は遠く、うっすらとした影しか見えなくなっていた。
ふわりと風が吹き込み、クローディアの髪をなびかせる。
もうすぐやって来る秋の気配を含んだその風は、どこまでも優しかった。