34:もう泣かない(3)
クローディアはすぐさま反論しようとした。この辺境騎士団は何も悪いことなんてしていない。罪を着せられるなんて、そんな馬鹿なことが起こるはずがない、と。
けれど、すぐ傍に立っている金髪眼鏡の副団長が難しい顔をしているのに気付いてしまった。
(ジルさんは、罪を着せられる可能性があると本気で考えてるの……?)
クローディアは急に不安になってくる。王都の騎士はさらに畳みかけてきた。
「それに、いつまでもこんなところにいて魔物でもに襲われたらどうするんですか。ここで姫様の身に何かあれば、辺境騎士団にいる者すべてがその責任を負い、場合によってはその命で償わなくてはいけなくなるんですよ?」
なんで?
なんでそんなことに?
クローディアの全身から血の気が引いていく。
ここは、捨てられていたクローディアを唯一受け入れてくれた場所。クローディアのせいで、ここにいるみんなの命が失われるなんて、そんなの絶対に嫌だ。
城には戻るつもりだ。だけど、せめてランドルフが帰ってくるまではここに残っていたい。何か、彼らを納得させられる言葉はないだろうか。
(そうだ……!)
クローディアはランドルフと「ひみつ婚」をしている。仮とはいえ、夫婦なのだ。妻が夫の帰りを待つことを咎められる筋合いはないはず。
この「ひみつ婚」は、ランドルフを守るため、そして辺境騎士団を守るための切り札となってくれるに違いない。
クローディアはまっすぐに王都の騎士たちを見据え、口を開く。
「私は、ランドルフが帰ってくるまでここにいる! だって、私はランドルフと」
「クローディア姫!」
ジルフレードがクローディアの言葉を遮った。なぜ、とジルフレードを見上げると、彼はただゆるゆると首を振ってみせる。
まるで、何も言わない方がいい、とばかりに。
ジルフレードは眼鏡の位置を直しながら、クローディアに向かって淡々と言う。
「王命ということであれば従うべきですね。クローディア姫、今すぐ荷物をまとめて城にお帰りください」
「ジ、ジルさん? なんで……」
「私も荷物をまとめるのを手伝いますから。さあ、寮の部屋に行きましょうか。……王都騎士団の方々も帰る準備をお願いします」
ジルフレードはクローディアの背に手を添えて応接室を出るように促しつつ、王都の騎士たちに軽く頭を下げた。騎士たちは当然だろうという顔をして立ち上がる。
「では姫様、馬車の用意をしてお待ちしておりますので、早くいらしてくださいね」
「姫様にはこんな田舎よりも王都の方が似合いますよ。ここは本当に貧相な場所ですから」
なんて失礼な口をきくんだと文句を言おうとすると、またジルフレードに止められた。むむむと口を尖らせてジルフレードを見上げると、今は耐えてくれとばかりに目配せをされた。
クローディアは口を尖らせたまま、なんとか文句を飲み込む。
ジルフレードに促されて廊下に出る。そこで失礼な騎士たちに一旦別れを告げた。
そこからジルフレードと共に寮の部屋へと向かったのだけど、なんだかいろいろと納得がいかずにもやもやしているせいで、ついつい足音を大きくしてしまった。
寮の部屋に辿り着いた途端、クローディアは頬をぱんぱんに膨らませてジルフレードを振り返る。
「ジルさん! なんで意地悪するの!」
「すみません。しかしあの場ではああするのが一番だったんです」
「……どういうこと?」
クローディアがこてんと首を傾げると、ジルフレードが小声で言った。
「クローディア姫と話をしていた騎士とは別に、もう一人騎士がいましたよね。そいつが魔法を使おうとしていました」
「え」
「言う通りにしなければ、この辺境騎士団に火でもつけるつもりだったんでしょう。指先に小さな炎が灯っているのが見えました」
ジルフレードは唇を噛み、悔しそうに拳を握り締めている。
「残念ながら、この辺境騎士団には魔法で攻撃してくる人間を止められる手段は何もないんです。魔力は王族や貴族だけのもの。ここにいる普通の人間は、魔法を使われたら本当になすすべがないんですよ」
クローディアは背筋が寒くなるのを感じた。魔法を使ってひどいことをしようとする人間がいるなんて、そんなの信じられない。信じたくもない。
けれど、本当に火をつけられたらどうしようもないだろうということは、簡単に想像がついた。
クローディアは辺境騎士団が大好きだ。ランドルフがいて、ヴァルターがいて、ジルフレードがいて、シンシアがいて、新人三人組がいる――この騎士団が。
ここが壊されるなんて、そんなこと許せるわけがない。
怒りなのか恐怖なのか、よく分からないけれど震えが止まらない。そんなクローディアの肩を、ジルフレードがぽんぽんと慰めるように叩いた。
「クローディア姫が王都の騎士に言い返そうとしてくださったことは、とても嬉しかったですよ。ありがとうございます」
「ううん、私は何もできてない。……ジルさん。あの人たちに『ひみつ婚』のことを言おうよ。そしたら、みんなを守れるよね?」
いざという時の切り札。今使わないで、いつ使うというのか。
そう考えてジルフレードを見上げたけれど、彼は渋い顔でゆるゆると首を振った。
「クローディア姫が『捨てられた王女』のままであれば、『ひみつ婚』も切り札にできたでしょう。けれど、今のクローディア姫は聖女としての力に目覚めています。何の価値もない役立たずと言われていた時とは、状況が全く違うんですよ」
「え……」
「貴女は王都の貴族たちにとって、ものすごく価値のある女性になっているのです。そのことは、あの騎士たちの態度を見ていたら嫌でも分かります。そんな状況で『ひみつ婚』のことが知られたら……間違いなくランドルフは嫉妬の対象になります」
嫉妬した貴族は何をしでかすか分からない。相手が平民なら、なおさら。
「今の状況では『ひみつ婚』のことは誰にも知られないようにしたまま、急いで白紙に戻すというのが最善だと思います。幸い、あの王都の騎士たちは何も気付いていません。クローディア姫さえ連れて帰れるなら、それで満足しそうです」
確かにあの騎士たちは、クローディアを連れて帰ることを最優先に考えていそうだった。だからこそクローディアが「帰らない」といつまでもごねていたら、何をするか分からないということでもある。
「……そっか。じゃあ私がここにいればいるほど、辺境騎士団のみんなが危険にさらされちゃうんだね」
「そうですね……」
「分かった。それなら私、あの人たちを連れて城に戻る」
本当はランドルフにきちんとお別れを言ってから城に戻りたい。けれど、今すぐここを出て行くことでみんなを守れるのなら、クローディアは迷わずここを出て行く。
そうと決まれば、ぐずぐずなんてしていられない。
クローディアとジルフレードは私物を置いている部屋に行き、荷造りを始めた。とはいっても、持っていくものは意外と少ない。着替えの服がいくつかと歯ブラシなどのちょっとした生活用品くらいだ。
他にも持っていかないといけないものはないかと部屋を見回していると、あるものが目に入った。クローディアはそれを指さし、ジルフレードに尋ねる。
「ねえ、ジルさん。あれ、持っていってもいいかな?」




