3:捨てられ王女のひみつ婚(3)
「いや、ちょっと待て。なんでそうなる。お前、女だろ? 男に着替えを手伝わせるなんて、どう考えてもおかしいだろ!」
「うん。でも一人で着替えたことないから」
「どこのお嬢様だよ!」
王女様だよ、と答える前に、ランドルフは真っ赤な顔をして部屋を出て行こうとする。もちろん、素早くヴァルターも回収して。
「とにかく俺は手伝わねえ。一人でやれ。お前ならできる」
「えええ」
無情にも扉はぱたんと閉められ、クローディアは部屋に一人ぼっちになってしまった。
こうなると、ランドルフの大きな服を手に、むむむと唸るしかない。
(とりあえず、一人で頑張ってみるしかないよね)
クローディアは濡れたままのワンピースに手をかけ、ゆっくりと着替えに挑戦し始めた。
そうして、五分後。
扉が遠慮がちに開き、ひょこっとヴァルターが顔を覗かせた。
「クローディア、お着替え終わった? ……って、大変大変! ランドルフ、クローディアが大変なことになってるんだぞっ?」
「なんだって?」
続いて、ランドルフの顔が覗く。と、その顔が一気に赤く染まった。
「どういう状況だよ、これ!」
いや、どういう状況と問われても、正直困る。だって、クローディアにもどうしてこうなってしまったのか、さっぱり分からないから。
今、クローディアは、濡れたワンピースを脱ごうとして盛大に失敗していた。
肩や鎖骨の部分は思いきり肌が見えているし、スカートもめくれあがってしまっている――けれど、これだけは言いたい。
別に、こうなりたくてなったわけではない、と。
「らんどるふ、助けて。私、一人じゃ上手くできないの」
「なっ」
「お願い、らんどるふ……」
「分かった。分かったから、そんな潤んだ瞳でこっちを見るな」
真っ赤な顔をしたランドルフはヴァルターごと部屋に入ると、急いで扉を閉めた。きっちりと鍵まで閉める音がする。
そして、不自然に目を逸らしながら、クローディアの元にそろそろと歩み寄ってきた。
「こ、今回だけだからな」
「うん」
ランドルフはクローディアの身体をなるべく見ないようにしながら、ぐしゃぐしゃになったワンピースに手をかけた。けれど、やはり見ずに服を脱がせるのは難しかったらしく、ランドルフの指がクローディアの素肌に何度も触れる。
触れられるたび、なんだかくすぐったくて「んっ」と小さく声を漏らしていると、耳まで真っ赤になっているランドルフに「静かにしろ」と叱られた。
声が漏れるのはランドルフのせいなのに。クローディアは納得がいかず、頬を膨らませた。
ようやく着替えを終える頃にはとっぷりと日も暮れて、お腹もすいていた。クローディアのお腹の音が聞こえると、ランドルフは非常に疲れた顔をしながらも、宿屋の食堂まで連れて行ってくれた。
もちろん、ご機嫌にしっぽを振るヴァルターも一緒だ。
「おれさまは昨日、ランドルフに拾ってもらったんだぞ!」
夕食を食べながら、ヴァルターが笑顔で教えてくれる。
ヴァルターは王都で迷子になっていたところを、ランドルフに保護してもらったのだそうだ。
「おれさま、ここに来る前はパパとママと旅をしてたの。でも、この国でおれさまのことを待っている人がいるんだって。だから、おれさまだけこの国に残って、パパとママは次の国に行ったんだぞ!」
「そうなんだ。わあ、小さいのに一人で偉いね!」
クローディアが褒めると、ヴァルターは嬉しそうにしっぽをぶんぶん揺らした。
「時が来たら、その人が誰なのかわかるんだって。だから、とりあえず今は、ランドルフと一緒にいることにしたの。それで、ランドルフはこれから辺境に帰るっていうから、おれさまもついていくことにしたんだぞ!」
ヴァルターの言葉に相槌を打ちながら、クローディアは少しだけ落ち込む。
こんなに小さなもふもふ竜でさえ、クローディアよりもしっかりした目的を持って生きている。あっさり捨てられて、戸惑うばかりのクローディアとは大違いだった。
夕食を終えて部屋に戻り、寝る前になっても、クローディアの気持ちはなかなか浮上しなかった。
白いシーツの敷かれた、木製のベッドの上。ヴァルターを抱っこしたまま寝転んで、ぼんやりと天井の木目を眺める。
とりあえず、明日は城へ行く。「おかえり」と城に迎え入れてもらえたなら、そこでランドルフとヴァルターとはお別れだ。
でも、「おかえり」と言ってもらえなかったら、その時はどうすればいいのだろう。
ちらりとランドルフの様子を窺う。彼は一つしかないベッドをクローディアに譲っているため、薄い布団にくるまって床に寝転んでいた。
「ねえ、らんどるふ」
「なんだよ」
「えっと……一緒にベッドで寝ようよ」
「嫌だ。暑い」
ランドルフの返事は冷たいものだった。
クローディアはぷうと頬を膨らませる。
みんなで一緒に寝たら、確かにちょっと暑いかもしれないけど、この不安な気持ちが少しは紛れると思ったのに。
ランドルフは、よく分からない人だ。
優しくしたり、冷たくしたり、突き放したり、助けてくれたり。
王女として城で暮らしていた時には、こんな風にふるまう人になんて会ったことがなかった。
一部の貴族にはよく思われていなかったクローディアだけど、基本的にはみんな優しい人ばかりだったから。
クローディアはそっと目を閉じる。城でのことは、今は思い出さないようにしよう。思い出したところで事態は好転なんてしないし、辛いだけだ。
腕の中のヴァルターは既に眠っているようで、規則正しい寝息が聞こえてくる。しばらくすると、ランドルフも眠ってしまったらしく、寝息が二つになった。
(……眠れない)
なかなか寝つけないクローディアは、目を開けて起き上がり、眉をへにょりと下げた。
カーテンを少し持ち上げて窓の向こうを見ると、真っ暗な夜空が広がっている。その夜空は、なんだかとても寂しい色をしているように見えた。
クローディアはヴァルターをベッドの上に残し、一人だけでランドルフの傍に行く。
ランドルフは瞳を閉じ、ぐっすりと眠っているようだった。
「らんどるふ……」
彼の体を少し揺すってみたけれど、彼は全然起きてくれない。クローディアはどうしようもなく寂しくなってきてしまって、ぐすりと鼻を鳴らしてしまう。
なんで起きてくれないの、と心の中で文句を言うクローディアだったけれど、ここでふと気付く。
起きないなら、ランドルフの布団に一緒に入ってしまえばいいのではないか。
クローディアはぱっと顔を輝かせると、いそいそと彼の布団へ潜り込んだ。
布団の中は、穏やかな夜の森のような優しい香りがする。
床はとても固かったけれど、ランドルフの隣は思った通りとても心地がよかった。
クローディアはほっと息を吐くと、そのまま彼の腕の中に入り込む。そうして、やっと安心して目を閉じた。とろりと眠気がやってくる。
こうしてクローディアはようやく眠りにつくことができたのだった。
翌朝、クローディアが真っ赤な顔をした彼に叱られたのは言うまでもない。
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