28:目覚める力(3)
医者の言った通り、ランドルフは熱を出した。傷が痛むのか、うわ言のようなものを言いながら、苦悶の表情を浮かべ続けている。
クローディアは濡らした布で一生懸命ランドルフの額を冷やした。冷たい水に布を浸し、それを絞ってランドルフの額に乗せ、布が温くなったらまた冷たい水に浸して――というのを何度も何度も繰り返す。
そんな風にランドルフの看病を始めて一日ほど経過した頃。
「クローディア姫、少し休んだ方がよろしいのでは」
診療所でひとり頑張るクローディアに、ジルフレードが心配そうに声をかけてきた。
「昨夜から眠っていないのでしょう。ほんの少しでもいいので、横になって仮眠をとってください」
「大丈夫。私はまだまだ頑張れる」
クローディアはまたランドルフの額の布を冷水に浸し、ぎゅっと絞る。冷たくて透明な水滴が、すっかり赤くなった指先の隙間からぼたぼたと落ちていく。そうして冷えた布をランドルフの額に戻す。
冷たい水のせいで指の感覚は鈍くなっていた。それでもクローディアは絶対に手を抜いたりはしない。
慣れない手つきで、それでも必死に看病し続けるクローディアに、ジルフレードもそれ以上強くは言えないようだった。静かな部屋に、ランドルフのうめき声だけが響いている。
その時、窓の外から耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえてきた。
「魔物だ! 魔物がとうとうこの村まで来た!」
ジルフレードがさっと顔色を変え、診療所の外へ飛び出した。クローディアもじっとしていられなくて、その後に続く。
遠くの方に、村の建物を壊しながら進む大きな黒い魔物の姿がちらりと見えた。
その数は二体――いや、三体。
ぞわりと背中に寒気が走った。
夜の闇の中から現れた三体の魔物は、少しずつ、でも着実にこちらに向かってきている。
「クローディア姫、ランドルフと一緒に逃げてください」
ジルフレードは魔物に視線を止めたまま、淡々とした口調で言った。クローディアはがたがたと震えながら、頷いていいものかどうか迷う。
「ジルさん、ジルさんは……?」
「私はあの魔物を食い止めてみます。少しでも時間を稼ぐために」
ジルフレードはクローディアの返事を聞くこともなく、そのまま魔物のいる方へと駆けだしてしまった。その背中はどんどん遠ざかっていく。
クローディアはふらふらしながら、診療所の中へと戻った。ランドルフのベッドまでなんとか辿り着き、彼の体を持ち上げようとする。
(逃げなくちゃ。ランドルフと一緒に)
けれど、大人の男性の体は重く、とてもじゃないけれどクローディアひとりでは持ち上げられなかった。しかも、無理に動かしてしまったせいで傷が開いてしまったのか、ランドルフの背中が赤く染まっていく。
「ランドルフ……」
ぽたぽたと涙が零れた。でも、ここで諦めるわけにはいかない。
クローディアはぐっと涙を拭うと、まっすぐに前を向いた。
(絶対助ける。一緒に、生きるの)
そうしてまた、ランドルフの体を持ち上げようとした――その時。
もふもふの手に、ちょいちょいと足をつつかれた。
「クローディア、何してるの? 外もなんだかうるさいんだぞ?」
そこにいたのはヴァルターだった。クローディアはヴァルターも連れて逃げないといけないことに気付き、また泣きそうになる。
恐い。失いたくないものが、たくさんある。
けれど、そんなクローディアの心の中を察することもなく、ヴァルターはのんびりと話しかけてきた。
「あ、そういえば、おれさまがこの国に残った理由、覚えてる?」
「ごめんね、ヴァルちゃん。今、それどころじゃ」
「あのね、この国でおれさまのことを待っている人がいるからなんだぞ。で、その待っている人が誰なのか、今、分かっちゃったんだぞ」
こんな時に何を言っているのかと思ったけれど、思いのほか、ヴァルターが真剣な顔をしていたので言葉が出てこなくなった。
ヴァルターはもふもふの手でクローディアを指す。
「おれさまは、クローディアに会いにきたんだぞ!」
「ヴァルちゃん……?」
「クローディア、手を出すんだぞ!」
ヴァルターの勢いに負けて言われるままに手を出すと、その手のひらにヴァルターがもふもふの手を乗せてきた。
(え?)
ヴァルターに触れている部分が、カッと熱くなった。その熱は腕を伝い、クローディアの全身へと広がっていく。
熱い。
ぶわりと全身に広がったその熱は、少しずつ体の奥へと収束していく。熱が集まったみぞおちのあたりがぽかぽかし始めた。
何が起こったのか分からなくて呆然としていると、ヴァルターがぴょんぴょん跳ねながらランドルフを指した。
「クローディア、ランドルフの傷の手当てをしてあげるんだぞ!」
「え、手当てなんて、私できないよ……?」
「できるんだぞ! ほら、傷のところに手をかざして!」
ヴァルターは有無を言わさずクローディアの手を掴むと、ランドルフの背中に向けさせた。
そして、大きな声で、元気よく叫ぶ。
「いたいの、いたいの、とんでいけー!」
「痛いの、痛いの、飛んでいけ……?」
クローディアがつい釣られてそう言うと、その瞬間、手のひらからふわりと優しい光が生まれた。その光はランドルフの傷の部分を柔らかく包み込む。
じわりじわりと白い光がランドルフの背中に吸い込まれていく。そうしてしばらくすると、全ての光は吸収され、消えていった。
「……どういうこと?」
クローディアがぽつりと呟くと、ヴァルターがえっへんと小さな胸をそらして言った。
「おれさまは神獣ヴァルター。聖女クローディアに会いにきたんだぞ!」
「へ?」
「クローディアは聖女なんだぞ。だから、おれさまはクローディアに癒しの力を与えたの」
ヴァルターは「おれさま、さすが!」と自分で自分を褒めながら、ご機嫌で踊り始めた。もふもふの両手をあげて、しっぽをぶんぶん振っている。その顔は達成感に満ちていて、キラキラと輝いていた。
ちょっと待って、とクローディアは混乱する頭を整理しようとする。
けれど、その思考は長く続けられなかった。なぜなら――。
「クローディア……?」
ずっとずっと聞きたかった声が聞こえてきたから。
「どこだ、ここ? ……というか、ヴァルターはなんで踊ってるんだよ」
まるで寝起きのようなランドルフの声。
クローディアは信じられない思いで彼の方へと視線を向けた。すると、彼はすっかり元気そうな顔をしてこちらを見上げていた。




