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23:救いの天使(4)

 クローディアはぱちぱちと目を瞬かせつつも、三人組の言う通りに考えてみた。


(もし、ランドルフが『好きになってもいい』と言ってくれたら……?)


 今までずっと「好きになるな」「惚れるな」と言われてきたので、そうしないといけないのだと思ってきた。だから、(かたく)なに「好きじゃない」と言い張って、また自分でもそう思い込むようにしてきた。だけど、好きになってもいいのなら――。


「うーん……?」


(私は、ランドルフのことが、好き?)


 心の中でそう呟いてみたけれど、なんだかしっくりこなかった。


 だって、一緒に寝たいのは、ただ単に温かくて安心するからだし。

 シフォンケーキを作るのは、狼にぺろりと食べられないようにするためだし。

 やきもちと言われてもピンと来ないし。


 それに、好きかどうかを考えようとすると思考が停止してしまう。まるで鍵のかかった扉を前にしているかのように、どうやってもその先に行けない。

 扉の向こうには、きっと本当の自分の気持ちがあるはずだ。だから、扉さえ開けばいろいろ分かるのだと思う。けれど、ランドルフの「好きになるな」という言葉がその扉に鍵をかけている。その鍵を開ける方法をクローディアは知らない。


「ううーん……?」


 うんうん唸り始めたクローディアを横目で見ながら、新人三人組はこそこそと囁き合う。


「クローディア姫には、まだ難しかったっすかね」

「まあ団長も団長で鈍感っぽいっすから」

「どう見ても両想いに見えるっすけどね」


 夕日に照らされた訓練場に、ぴゅうと一陣の風が吹いた。

 くしゅんとクローディアがくしゃみをする。


「ああ、クローディア姫。もう寮の部屋に戻った方がいいっすよ。ここでうんうん唸ってても、たぶんすぐには答えが出ないと思うっす」


 三人組がクローディアを支えるようにして立たせ、帰るように促してきた。クローディアはこくりと頷き、素直に歩き出す。


「ありがとう、新人さん。私、よーく考えてみるね」


 振り返ってそう言うと、新人三人組はにこりと笑顔を返してくれた。


「もやもや、早く晴れるといいっすね!」

「うん!」




 次の日、クローディアはシンシアに食堂の手伝いを頼まれた。いつもお世話になっている師匠の頼みということで、クローディアははりきって調理室に入った。


「……え? 私が食堂で出すシフォンケーキを作るの?」

「そう、お願い!」


 シンシアがぱんっと両手を合わせて頼んできたのは、翌日に出すシフォンケーキの作成だった。


「もうすぐ新年でしょ? せっかくだから食堂にも新しいメニューを追加したいなと思ってるんだけど、時間が足りなくて。クローディア姫が作ってくれたらすごく助かるのよ」

「え、え、でも私、この頃失敗ばっかりで……」


 戸惑うクローディアの背中から、ヴァルターがぴょこんと顔を出した。


「クローディア。できないって思ってたら、本当にできなくなっちゃうんだぞ。おれさまも頑張るから、クローディアも頑張るんだぞ!」

「ヴァルちゃん……」


 確かにそうかもしれない。

 クローディアはぐっと拳を握ると、シンシアに向かって大きく頷いてみせた。


「私、やってみる! 頑張って、おいしいシフォンケーキを作ってみる!」


 コックコートに似た白いワンピースに、手早くフリルエプロンをつける。頭に丸っこい帽子をかぶり、くるりと一回転。キリッと決めるクローディアの隣で、ヴァルターも白いエプロンをつけ、もふもふの両手を突き上げた。


「さあ、シフォンケーキ作りを始めよう!」


 いつもと違う場所、違う道具でシフォンケーキを焼くのは緊張する。でも時折シンシアが様子を見に来て、丁寧なアドバイスをくれるので少し安心した。クローディアはヴァルターと協力しながら、ひとつひとつ作業をこなしていく。


 そうして焼きあがったのは、ふんわりとおいしそうなシフォンケーキだった。


「や、やったー! 久しぶりに上手にできた!」


 オーブンから出したばかりのシフォン型をくるりとひっくり返して冷ましていると、シンシアが「お疲れさま」と言ってお茶を持ってきてくれた。

 クローディアはにこにこしながら、シンシアと一緒にお茶を飲む。


「ありがとう、シンシア師匠! 私、ちょっとだけ前進した気がする」

「ふふ、よかったわ。……ところで、前に言ってた『救いの天使』についてジルから聞いた?」

「……うん」


 こくりと頷いて、クローディアはぽつりぽつりと今の状況について語ることにした。

 ジルフレードから「救いの天使」の話を聞いた後、ものすごくもやもやしたこと。

 新人三人組に、それは「やきもち」だと言われたこと。


「それでね、よーく自分の気持ちを考えてみることになったの」

「なるほどね……で、答えは出たの?」

「まだ」


 クローディアはしょんぼりしながら、力なく首を振った。


 あれからクローディアなりに真剣に考えてはみたのだ。昨夜、眠っているランドルフの背中をじっと見つめながら、彼のことが好きなのかどうかを考えていたのだけど、結局答えが出る前に寝てしまった。


 シンシアはクローディアの背中を慰めるように優しくさすってくれる。


「クローディア姫は本当に素直よね。それに比べてランドルフときたら……一度がっつり言ってやろうかしら」

「シンシア師匠? がっつりって?」

「いいかげん自分の気持ちくらい自覚しろって」


 シンシアが暗い笑みを浮かべながら、力強く拳を握る。ちょっと恐い。

 クローディアは膝の上にいたヴァルターを思わずぎゅっと抱き締めてしまった。


(だ、大丈夫かなあ? シンシア師匠強そうだから、ちょっと心配……)




 次の日のお昼。

 クローディアが作ったシフォンケーキが食堂に並ぶことになった。クローディアは調理室から食堂の様子を窺う。食堂の中は昼食を食べにきた騎士たちでいっぱいだった。


 ちゃんと上手にできたはずだけど、おいしく食べてもらえるだろうか。緊張でぷるぷる震えつつ、シフォンケーキの行方を見守ることにする。

 と、そこにランドルフがやってきた。クローディアは慌てて頭を引っ込め、彼に見つからないようにそっと覗き見をする。


(ランドルフ、私が作ったシフォンケーキ、食べてくれるかな……?)


 ほんの少しの期待を込めて、クローディアはランドルフを見つめ続けた。

 けれど。


 ランドルフは大好物であるはずのシフォンケーキを、なぜか手に取ってはくれなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >扉の向こうには、きっと本当の自分の気持ちがある >ランドルフの「好きになるな」という言葉がその扉に鍵をかけている。 >その鍵を開ける方法をクローディアは知らない。 うーーーーー。なんと…
[一言] >クローディア姫には、まだ難しかったっすかね いやいや18歳で恋とかを知らないって言うのは……王家の教育とかがなっていないんだわ(;'∀') 王家はせめて恋愛小説を情操教育に取り入れればよか…
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