2:捨てられ王女のひみつ婚(2)
クローディアはへにょりと眉を下げ、ランドルフを見上げる。
「私、どうしたらいいの?」
「俺に聞くなよ。というか、お前はこれからどうしたいんだ?」
ランドルフの問いかけにクローディアは戸惑いながらも、今、自分が抱いている希望をおずおずと口にした。
「私、やっぱりお城に帰りたい。それで、『おかえり』って言われたい。だから、明日はとりあえずお城に行ってみる」
「そうか。……まあ、そうするのが一番かもな」
ランドルフは頷くと、気を取り直したように部屋の扉へと手を伸ばした。くるりとドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。
キィと高い音が鳴り、クローディアのところからも部屋の中が見えるようになった。
淡い明かりに照らされた室内には、机と椅子、それにベッドが一つずつ設置されている。宿屋だからなのか、ずいぶんと簡素なものばかりだ。ベッドの傍には旅行用の鞄が置いてあり、その周りに着替えの服が散乱していた。
部屋の中央に目を向けると、キャロットオレンジ色の絨毯の上に何かもふもふとしたものが転がっているのに気づく。そのもふもふは小型犬くらいの大きさで、明るい青色をしていた。オレンジと青――色相が対照的なのでなんだかすごく目立っている。
一体何なんだろうと首を傾げていると、そのもふもふが突然ぴょこんと起き上がった。
クローディアはびくっと体を震わせ、慌ててランドルフの背中にしがみつく。
「ら、らんどるふ! もふもふが動いた!」
「ん? ……ああ、こいつは俺の連れだ。別に恐がることねえよ」
「へ? 連れ?」
「あ、もしかしてお前、俺と二人きりだと思ってたのか? 悪いな、期待に添えなくて」
口の端を引き上げて笑うランドルフに、クローディアはぷうと頬を膨らませた。
「別に期待なんてしてないもん。連れがいるならいるって、はじめに言っておいてほしかっただけだもん」
連れがいると知っていたら、もふもふを見ても驚かなかったはず。こんな風にランドルフの背中にしがみつかなくてもよかったはずなのだ。
クローディアは膨れっ面のまま、ランドルフの背中越しにもう一度もふもふを観察する。
青いもふもふは、大きさだけでなく、その姿も小型犬にそっくりだった。
ふわふわのしっぽが勢いよくぶんぶんと左右に振れている。黒くてまん丸な瞳はキラキラと輝き、小さな耳はぴんと誇らしげに立っていた。
ランドルフは背中にくっついたままのクローディアに苦笑しながらも、青いもふもふを紹介してくれる。
「こいつはヴァルター。言っておくけど、犬じゃねえからな。『もふもふ竜』っていう種類の竜だ」
「もふもふ竜?」
「珍しいだろ? 竜といえば、大蛇に似た体にコウモリみたいな羽がついてるタイプがほとんどだからな。こんな風にもふもふした毛を持つ小型の竜はすごく希少だ。ああ、こいつは人間の言葉を理解してるし、話すこともできるぞ。ほら、ヴァルター、自己紹介は?」
ランドルフが呼びかけると、青いもふもふは二本足で立ち上がった。それから、とてとてと近付いてきて、クローディアを見上げてくる。
「はじめまして、おれさまは『もふもふ竜』のヴァルター! 十歳なんだぞ!」
このもふもふ、思ったよりも可愛らしい声をしている。
「おれさまは竜だから、立派な角や素敵な羽があるんだぞ。見る?」
ヴァルターが額の毛を持ち上げると、黒くてつやつやした角がぴょこんと現れた。背中には鳥の羽によく似た形の青い翼。その翼は小さいながらも元気よくぴこぴこと動いているので、飾りというわけでもなさそうだ。
こういう角や翼を見せられると、確かにこの子は竜なのだと納得してしまう。
(こんなに小さくて可愛い竜もいるんだね……)
クローディアは妙な感動を覚えながら、小さなヴァルターと目線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「あ、あの、はじめまして。私はクローディアっていうの。仲良くしてもらえると嬉しいな」
「おう! わかった! おれさま、クローディアと仲良くする!」
ヴァルターは黒い瞳をキラキラさせて、しっぽをぶんぶん振った。思っていたよりも友好的な反応が返ってきたので、クローディアは安心してへにゃりと笑う。
「ふふ、ありがとう。少しの間だけどよろしくね、ヴァルちゃん」
「ふぉっ?」
ヴァルターが黒い瞳をぱちぱちと瞬かせる。その直後、ぱああと顔を輝かせて、ぴょこぴょこ跳ねつつ踊り始めた。
「おれさま、ヴァルちゃんって呼ばれるの初めて! とっても嬉しいんだぞ! クローディア、もっと呼んで!」
「え、ヴァルちゃん?」
「くふふ、くふふ! おれさま、ヴァルちゃん! くふふ!」
楽しそうに踊るヴァルターを見ていると、クローディアもなんだか楽しくなってくる。ほわんと明るい空気が部屋全体に広がった。
ところが。
「喜んでいるところ、水を差すようで悪いが……」
ランドルフの低い声がヴァルターの踊りを止めた。
「ヴァルター。お前、俺がいない間に何をしていた?」
「ふぉっ? おれさまはちゃんとお留守番してたんだぞ。ひとりでも泣いたりしなかったし、お部屋を走り回ったりもしなかったんだぞ!」
「じゃあ、あれは一体何だ?」
半眼になったランドルフが指さした先には、空になったお菓子の袋が転がっていた。
「お前、勝手におやつを食べただろ」
「……ランドルフの気のせいじゃない?」
目を逸らしたまま答えるヴァルターの口元には、よく見るとおやつのかけらのようなものがついている。
ランドルフはひょいとヴァルターを抱き上げると、じっとその顔を見つめる。
「俺の気のせいなんかじゃねえ。……食べたよな?」
「えへっ」
ごまかしきれないと思ったのか、ヴァルターはこてんと首を傾げてにこりと笑った。それから慌ててランドルフの腕から逃げ出して、クローディアの胸に飛び込んでくる。
「わわ、ヴァルちゃん?」
「おれさま、ピンチ! 助けてなんだぞ!」
「えええ!」
しがみついてくるヴァルターを抱っこすると、ふんわりと柔らかな匂いがした。
小さな体は温かくて抱き心地がいい。
クローディアはぽんぽんとその小さな背中を撫でながら、ランドルフの様子を窺う。すると、ランドルフは呆れたように、はあと大きなため息をついた。
「ヴァルターは後で説教な。で、クローディアだっけ? お前はそのびしょ濡れの服を着替えろ。ほら、俺の服を貸してやるから」
ぽいっと大きな男性用の服を投げられて、クローディアは慌てた。その服は腕の中にいるヴァルターにちょうど覆いかぶさる形になり、驚いたヴァルターがジタバタともがく。
なんとかヴァルターを助け出しつつ、ここでふとクローディアは首を傾げた。
(着替えるって……どうやって?)
クローディアは王女だ。一人で着替えたことなんてない。
だから、こう言うしかない。
「らんどるふ。着替えるの手伝って?」
「だから呼び捨てにするなって。『さん』をつけろよ、『さん』を……って、ええっ?」
ランドルフの素っ頓狂な声が部屋中に響いた。
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