第二十一話 宗教改革! 密室の三賢者はかく語りき!
ひとまずの協力関係を構築させることに成功したヒーサは、胸を撫でおろした。第一段階は成功。
だが、問題はむしろここからだ。
ここで選択を間違うと、協力関係があっさり破綻してしまう危険がある。
だが、ライタンとの強固な関係を築く上では、避けては通れない道でもあった。
ヒーサはチラリとアスプリクに視線を向けると、それに気付いた少女は頷いて応じた。いつでもどうぞ、といった感じだ。
よし、では始めるかと、ヒーサは軽く深呼吸をしてから口を開いた。
「ときに、上級司祭様」
「不要だ。人目を気にするときでないときは、様はいらない。名前で呼んでくれ。こちらもそうする」
思った以上に踏み込んできた発言に、ヒーサが逆に気圧された。壁は高いが、それさえ超えてしまえば割と話が通る。
信頼の証とも取れるが、それを裏切った時が怖い。そうヒーサは読み取った。
「では、ライタン殿、まずは我が妹の不徳を謝罪いたしたい」
「妹……。ああ、最近身内認定したという庶子の娘か。名は確か、ヒサコ、だったか?」
「はい、左様でございます」
「それで、その娘がどうかしたのか?」
「単刀直入に申しますと、とある司祭の不手際をなじり、半殺しにしました」
あまりの話の内容に、ライタンの脳が一時的に停止した。なにしろ、公爵家のお嬢様が、怒り任せに司祭を半殺しにしたと言うのだ。あまりに突飛な話に、頭が付いて来なかったのだ。
だが、ようやくそれを理解すると、さすがに目を丸くして驚いた。
「司祭を半殺しにしたですと!? なぜそのようなことを!?」
当然罪に問われるべき案件であるが、“不手際”の点が気になって怒りはひとまず保留としておいた。
「まあ、驚くの無理ないさ。僕もそうだった。でも、話を聞いている分には、半殺しはやり過ぎたと思うけど、明らかに教団側の不始末だと思う。ヒサコが怒るのも無理ないかな」
事情をすでに知っているアスクリプは、最大限の擁護のつもりでライタンにその言葉を投げかけた。
ライタンとしては内容を聞いていないので、アスクリプの言葉を全面的に受け入れるわけにはいかなかったが、明らかな非があるときっぱりと断じた点は聞き逃すわけにはいかず、さらに落ち着いてヒーサの言葉を待った。
「現在、ヒサコはケイカ温泉村に滞在しています」
「ああ、あそこか。私も一度、足を運んだことがある。戦場帰りの特別俸給としてな。なかなかのどかでいい場所であった」
「私もそのうち、足を運んでみたいとは思っております。で、そこの村は現在、第一王子のアイク殿下が代官として統治しており、一種の芸術村を作ろうかと計画を進めているようなのです」
「ああ、その話は聞いたことがある。まあ、アイク殿下は体が弱いし、隠棲して芸術に精を出しておられるとか。私には縁遠い世界ではあるがな」
質実剛健なライタンにとて、芸術とは金持ちの道楽としか考えていなかった。美しい物を美しいと思える感性は持っていても、それに入れ込める感覚が分からないのだ。
「で、そのアイク殿下が入れ込んでいる工房が、山から下りてきた悪霊黒犬に襲われ、職人に多数の被害が出てしまいました」
「む……。黒犬か、厄介な相手だな。術を使えぬ者には厳しい相手だ」
「はい、その通りです。で、問題なのは、その工房を立てる際、山の精霊を鎮めるための地鎮祭を執り行っておりましてな。にもかかわらずに襲われてしまったのです」
「なるほど、“不手際”というのはそういうことか」
不手際と言う点は、ライタンも納得した。儀式がちゃんと機能せず、山の怒りを買って、荒ぶる存在を呼び込んだのだとすれば、間違いなくそれを行った者の資質が問われるというものだ。
「しかも、黒犬が暴れていた時には顔も出さず、騒ぎが終わってからノコノコ工房に現れましてな。犠牲者の死を悼んでいるところに、鎮魂の儀式の催促。つまり、『儀式は失敗したけど、追加で儀式してやるから、金を用意しとけ』ということです」
「さすがは“先輩”。金に汚いところは相変わらずか」
ライタンは吐き捨てるように述べ、露骨な不快感を示した。
「おや? ケイカ村の司祭とはお知り合いで?」
「リーベと言う名で、修道士時代の先輩だよ。確か五歳年上だったと思うが、まあ何と言うか、“尊大”という言葉が服を着て歩いているような人だ。他人をとことん見下し、上役には媚びへつらい、そのくせ術士としての実力も神職や学者としての見識も乏しく、出自だけは無駄に高い愚か者だ」
「ライタン殿がそこまで言われるのだ。相当ひどいのだろうな」
なお、その酷さはヒサコの姿で体験しており、間違いなくクズだということは認識していた。
「まあ、その場に居合わせたのなら、なるほど、妹君が半殺しにもしたくなるだろう」
「ご理解いただけましたか!」
「理解はできても、納得はできんがな。司祭に暴行を加えたのは、やはり罪として重いぞ。いくら理由を並べ立てたとて、妹君を罰しかねん。しかも、公爵家の者とはいえ、庶子だからな。そのあたりから反感を持つ者もいよう」
正式な夫婦の間からではない子供は、神よりの祝福を受けない存在と認識する神殿関係者もかなりいるのだ。そういう点においては、ヒサコの立場と言うのは悪いと言える。
「それで、妹君は今どうしている?」
「さすがにやり過ぎたと反省して、逗留先の屋敷を封印し、断食行をしているそうです」
「ふむ……。反省の態度を示す、と言う点では初動としては悪くない。だが、あのクズ先輩相手では効果があるかどうか疑問だな。動き回れるようになったら、何をしてくるか分からんぞ。嫌がらせと言う点に関しては優秀だからな」
「救いがたいですな。まあ、ですからこそ、こうして恥を晒すことになろうとも、ライタン殿にご相談しているのですから」
いっそのこと、暗殺してしまった方が早い気もしないでもなかったが、さすがにこの状況での不審死は怪しまれると考えた。最悪、黒犬を使えばいけるであろうが、騒動のほとぼりが冷めるまでは、あまり戦力として使いたくはないのだ。
「何より、相手が少々悪いですな。出自が高いと言ったが、先輩の出身はセティ公爵家。ヒーサ殿と同じく三大諸侯に名を連ねる名門! 確か現当主の腹違いの末弟だったかな」
初耳の情報に、ヒーサはさすがに眉をひそめた。
三大諸侯についてはある程度調べているが、セティ公爵家は“軍事”に優れた武名の名高き公爵家だ。領地がジルゴ帝国との国境に程近い場所にあるため、戦に駆り出されることが多々あり、戦慣れした精強な軍団を保持しているのだ。
その精強ぶりから、他家の兵力であるならば、その三倍を持って当たらなければならない、とさえ言われている。それほどの精鋭揃いの武門の家柄なのだ。
もう一つの三大諸侯として、ビージェ公爵家が存在する。こちらは“知識”に優れた学問の名門だ。建国以来、数多くの学者や術士を輩出しており、歴代法王の半分近くはビージェ公爵家かその分家筋の出身であり、現法王も現在のビージェ公爵家当主の叔父にあたる。
数多くの図書館や学校などの教育施設を運営し、ヒーサの通っていた医大もビージェ公爵家が管理運営する学校であった。
そして、ヒーサの率いるシガラ公爵家は“財貨”に優れた国内一の資産家であり、保有資産は王家すら凌ぐと言われている。生産性の高い広大な農地に加え、埋蔵領豊富な銀山を有し、多くの事業に投資して巨万の富を築き上げてきた。
“武”のセティ公爵、“知”のビージェ公爵、“財”のシガラ公爵、この三家が三大諸侯と呼ばれ、得意分野では王家を上回る力を有していた。
つまり、ケイカ村での一件は、謀らずも二つの公爵家の代理戦争と見れなくもないのだ。
(ちと面倒だな。我がシガラ公爵家は毒殺事件のゴタゴタで、一時的とはいえ勢力が落ちている状態だ。本調子に戻すのにはもう少し時間がかかる。ここで他の三大諸侯とぶつかるのは得策ではない)
なるべく穏便に着地しなくてはならない。ついついあの司祭のバカさ加減に憤激して殴り飛ばしてしまったが、ここに来て妙な展開になったと、さすがのヒーサも頭を悩ませた。
「ときに、あの司祭は異腹弟で庶子ではないと?」
「ああ。あちらの母は後妻だからな」
後妻であるならば、正式な夫婦と言う事であり、庶子(という設定)のヒサコとは立場が異なる。やはり立場上、不利になるのは否めない。
「ライタン、ここは下がるべきではないと考えるよ。こんなバカげたことを繰り返し、門地や力で強引に押さえ込もうとするから、民衆の中に愛想を尽かす者が増えるんだ」
ここで今まで討議を見守っていたアスクリプが意見を発した。
ライタンがそちらを振り向くと、露骨に不機嫌なアスプリクの顔が見えた。もううんざりだ、そんな雰囲気がにじみ出ていた。
教団の腐敗が進んでいるのはライタンもその通りだと考えているし、どうにかせねばという焦りもある。しかし、相手が悪すぎるというのも事実だ。
なにしろ、問題の司祭リーベは三大諸侯の出身者であり、公爵家当主の末弟なのだ。
一方のヒサコは同じ三大諸侯の出身とはいえ、庶子であり、何の官職や聖位を持たない娘だ。争うには分が悪すぎると言わざるを得ない。
だが、引き下がると言う選択肢がないのも、アスプリクと意見を同じくしていた。もしここでうやむやにしてしまっては、また同じことが繰り返されるだけで、《六星派》膨張の源である“民衆の離心”を食い止めることなどできないのだ。
そして、ライタンは考えに考えた末に、一つの結論に達した。
「致し方ありません。ここは“より巨大な力”で包囲網を築きましょう」
「より巨大な力、か。具体的には?」
ヒーサの問いに対して、ランタンはヒーサとアスプリクを交互に見やり、そして、それぞれに手を差し出した。
「王家とシガラ公爵家、そして、微弱ながらこの私、この三者を以て『対セティ公爵家包囲網』を提案します」
「包囲網……か」
懐かしいフレーズの言葉を聞き、ヒーサは思わずニヤリと笑った。かつて、織田信長に対して幾度となく仕掛けた包囲網。仕掛けた分だけスルリと抜けだされたものだが、今度ばかりはしくじれぬと、やる気がみなぎって来たのだ。
「まず、今回の一件は第一王子であられるアイク殿下の工房で起きた、ということを喧伝します。しかも地鎮祭を施しながら、悪霊を呼び込むと言う失態。これの強調も忘れずに方々に情報を拡散させます。これで王家はこちらに引き込めましょう」
「可能ですな。アイク殿下は確実にヒサコを擁護するでしょう。あの現場に居合わせて、憤らぬ者はおりますまいからな。あとは王都にいる第二王子のジェイク宰相閣下も、神殿勢力の伸張には快く思っていないご様子。事情をちゃんと説明すれば、おそらくは協力的な態度を示してくれるでしょう」
ヒーサの予想では王家の抱き込みは、それほど難しくないと判断した。
アイクはヒサコにぞっこんであるし、自分の工房に被害が出たことも重なって、むしろ積極的に包囲網に参加してくるだろう。
ジェイクの方も、アスプリクへの負い目があるため、自分とアスクリプの連名で書簡を出し、説得すれば悪いようにはしてくれないはずだ。念のために、マリュー、スーラの両大臣に口添えを頼めば、さらに天秤を傾けることも可能なはずであった。
「あと、問題があるとすれば、サーディク兄だね。あの人、将軍として前線に出張っていることが多いから、セティ公爵家とは昵懇の仲なのよね」
アスプリクからの新情報に、またもヒーサは驚いた。時間がそれほどなかったとはいえ、まだまだ情報収集ができていない証左であり、抜けや穴があった事を思い知らされた。
そうなると、自然とアスプリクへの評価が上がっていった。
王家と教団、双方の奥を見知っている目の前の少女とは、やはり懇意にせねばと改めて確信した。
「ふむ……、戦友同士の固い絆というわけか。まあ、そこらへんは、アイク殿下か、ジェイク宰相閣下に口添えを頼むとしよう。とにかく、動かないでいてくれればそれでいい」
「まあ、それが無難でしょうな」
ヒーサの意見にライタンも賛成し、アスプリクも頷いて応じた。軍事に秀でた存在が、これ以上敵方に回られるのも面倒極まりないのだ。
「法王聖下や他の教団幹部、それにビージェ公爵家はどうするべきだろうか?」
ヒーサの問いかけには、さしものアスプリクもライタンも即答しかねた。現状敵ではないが、敵に回ってもおかしくないからだ。
なにしろ、今回の一件を“穏便”に片付けようとした場合、さっさとヒサコを処断してしまうか、逆にリーベ司祭の口を閉じさせるかして、事件そのものを“無かった事”にするのが一番なのだ。
前者は当然、ヒーサ視点では論外であるし、後者であるならば教団側やビージェ公爵家が泥を被りかねない。それを嫌って、反発する可能性は十分に考えられた。
つまり、包囲網どころか、最悪のパターンとしては、王家(の大部分)とシガラ公爵家と教団内部の革新勢力、王家(の一部)とセティ公爵家とビージェ公爵家と教団主流派、この二陣営の抗争にまで発展しかねない。
文字通り、国を真っ二つにする大規模内戦になりかねない。
当然、ヒーサの頭の中によぎるのは、あの大戦である。
“応仁の乱”
かつて、足利将軍家の後継問題が諸大名の複雑な利害と絡み合い、ついには当時の大勢力であった細川家と山名家を中心に東西両陣営が激突した、戦国乱世の端緒となった大戦。京の都は荒廃し、戦乱を全国へと波及させ、実力主義、弱肉強食を世に解き放った忌まわしき戦である。
(混乱は“望むべき”状況だ。混乱の中でこそ、下剋上がなされるのだ。上に取って代わる好機となりうるのだ。乱の発生当時、東西両陣営を股にかけて暴れ回り、一陪臣から越前国主にまで上り詰めた、越前朝倉家初代英林公のように。あるいは、同じく一陪臣ながら美濃一国を実質支配し、室町幕府の奉公衆にまでなった持是院妙椿ように)
ヒーサの中に得体の知れぬ熱いものが駆け巡った。血が騒ぐ、そう表現するより他ない何かが、全身を駆け巡ったのだ。
下剋上、国盗り、一介の商人から大和国主にまで上り詰めた戦国の梟雄にとって、それはまさに己の存在意義そのもの。
暑く滾るのも無理ない話であった。
(だが、まだ早い。準備が整わぬ内からの開戦は厳禁だ。戦力が拮抗状態での開戦、博打に出るにはまだ早い。圧倒的強者となった信長に仕掛けるのとは、状況が違うのだぞ)
むしろ、ここは刃を交えず政治力を以て穏便に済ませ、それから相手の戦力を削いで行く方が賢いと言うものだ。
ゆえに、ヒーサは込み上げてくる熱い物を必死で押さえ込んだ。
「懐柔しよう。そのための“名物”だ」
ヒーサは机の上に置かれた漆器のセットを見つめた。
「先程述べた通り、この名物を法王聖下に献上する。同時に、この三名の連署を記した書簡を送り、今回の件の穏便な解決を願い出る。無論、王都にいるジェイク宰相閣下にも同様の手紙を送り、王家の方からも教団側に説得と言う名の圧をかけてもらう」
「それで引っ込みが付きますかな?」
「付かせねば、国を真っ二つに割った内乱の幕開けとなる。そんなものを望むのは、バカか、イカレか、もしくは“まともじゃない人間”だけだ」
ヒーサの迫力に押され、ライタンはその意見を頷かざるを得なかった。
「ま、僕はどっちでもいいんだけどね」
ぼそりと呟くアスプリクの一言。幸い、ライタンは驚愕していたため聞き取れなかったが、ヒーサの耳にはしっかりと届いてしまった。
(この娘は、本当に歪んでいるな。現状の変更、ただそれだけを望んでいる。それが叶えば、周囲がどうなろうと知ったことではない、か)
ヒーサとしては目の前の少女との協力関係を崩すつもりはないので、激発するのだけは避けなばならなかった。最悪、巻き添えを食らってしまうし、それは決して望むべきものではないのだ。
(なにより、魔王候補二人の存在、これが厄介だ。内乱で無駄に戦力を消耗したところに、魔王復活が重なったら、かなり面倒な事態になる。もし、潜んでいる魔王が“二虎競食の計”を目論んでいた場合、最悪の結果になる。そして、魔王候補は目の前にいる)
迂闊に開戦などと行かない理由は、目の前の少女にある。もし、目の前の少女が魔王であるならば、それに沿った行動は厳に慎むべきであった。
同じく魔王候補のマークも、これまた一切の動きを見せない不気味な存在だ。
女神の話では、転生者と神の組があと三つ存在し、すでにそちらへは情報を送っているそうだが、一向に連絡がないのも気になるところであった。
情報不足、結局はそこに行きつくのだ。
(斥候役を受けたにしては、情報不足なのは怠慢か。いやいや、そもそも早めに魔王候補を絞り込んだだけでも、結構な働きのはずだぞ。一向に動くことも、渡り一つ出してこない他の組が悪い)
信用のならない味方は、却って足を引っ張る。かつての経験からそれを学んでいたが、魔王退治には他三組の協力も必須であり、とにかく待つしかなかった。
ヒーサは歯がゆく思いながらも、まずは目の前の案件を処理しなくてはと、漆器を指さした。
「その名物をばらまき、一大漆器ブームを起こす。誰も彼もが欲しがるくらいの、大きな波をな。そうなると、現状漆器を唯一生産できるシガラ公爵領の価値が上がり、“箔”と積み上がった“財”を以て城壁となす」
「その宣伝はアイク兄の領分だね」
「おそらく、その完成品を持っていけば、喜んで協力してくれるだろう。差し当たって、その漆器セットを三つ用意する。国王陛下、法王聖下、そしてアイク殿下、それぞれに渡す」
「三人に見せびらかしてもらって、人々の欲しいと思う“物欲”を揺さぶろうってことか。ハハッ、やっぱり面白いね、公爵は!」
アスプリクは愉快に拍手をして、ヒーサの意見に賛同した。ライタンも特に反対意見もなかったため、無言で頷いて賛意を示した。
「よし、では、それを主軸にして動くとしよう。三者に漆器を贈り、ブームの下地を作る。同時に事件の全容を説明し、穏便な解決を願い出る。これでいいかな?」
「そうだね~。アイク兄のところには多くの詩人や作家がいるはず。その漆器を見せれば、皆こぞってその美しさを讃える作品を書いてくれるはずだ」
「それでよろしいかと。では、私は法王聖下への書簡をしたためますので、過不足の文言がないか、後で添削をお願いします。書簡が整いましたら、三人の連名を添えて、漆器と共に王都、総本山へ送りましょう」
やるべきことは決まった。そうなれば、動き出すの早い。三人は椅子から立ち上がり、ライタンは自分の執務机に向かい、ヒーサとアスプリクは出口に向かって歩き始めた。
「あ、そうだライタン。君の決心が鈍らないよう、もう一つだけ言っておきたい事があるんだ」
扉の前で踵を返し、アスプリクはライタンを見つめた。
少しの躊躇いの後、意を決してその言葉を吐いた。
「僕はね、こんな貧相な体をしているが、もう“処女じゃない”んだ。ライタン、君ならこの意味、分かるだろう?」
「な……」
ライタンは無垢だと思っていた少女が、実は汚された存在だと知り、衝撃を受けた。
そして、考察の結果、すぐに驚愕の事実に気付く。庶子とはいえ王族、しかも教団の最高幹部たる大神官に名を連ねる存在、そんな少女に手を出せるとなると、それは法王ないし他の最高幹部しか存在しないのだ。
「おや、人間の男は興奮しないとか、前に言ってませんでしたか?」
「公爵、その文言の枕詞には、“普通の感性”ってのが付くんだよ。あの聖なる山の中に、“普通の感性”を持った人間がいるとでも?」
ヒーサの目には、目の前の少女が怒り狂い、同時に泣いているようにも見えた。誰も助けてくれない場所に小さな身一つで放り込まれ、いい様に弄ばれる。外に出るときは、悪鬼や亜人との戦闘のみだ。
家族もない、友人もない、頼れる上司も、部下も、仲間もない。あるのは、自分に向けられた歪んだ感性と、術の才能を利用しようとする打算だけだ。
(これでは歪んで当然か)
ヒーサの中でやるべきことが増えた。どちらかと言うと、教団に関して言えば、アスプリクを最終的に法王にでも据えて、組織改革をしようかと考えていた。だが、それはアスプリクが拒絶するであろうことを思い知らされたのだ。
教団の壊滅、ゆえの《六星派》への参加というわけなのだ。
(焼き払わねばならん。むしろ当然の報いよ。自らを“聖なる職に就く者”と驕り高ぶった生臭坊主共には、アスプリクの炎によって焼き尽くされるのがお似合いだ。そう、かつての延暦寺のように)
信長が行った比叡山延暦寺の焼打ち、当時の松永久秀は京の町に滞在し、どす黒い煙を山越しに見ていた。時代が変わる、そう感じさせる何かを感じ取った。
そして、この世界においては、自分にその役目が回って来たのではと思った。
「そんな……。総本山は、聖なる山は、そこまで“腐って”いるということですか!?」
「君が思っているよりも、ずっと深刻なんだ。だから、そんな物欲を揺さぶる進物が、有効に働いてしまうんだよ」
吐き捨てるように言い放つと、アスプリクはヒーサを伴って部屋から出ていった。
あまりに衝撃的な告白にライタンは衝撃を受け、その手は震えていた。
だが、止まるわけにはいかない。自分が止まっては、改革の機会が永遠に失われる。そう奮い立たせて、ライタンは震える手を必死で押さえ込み、筆を手に取るのであった。
~ 第二十二話に続く ~
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