第二十話 口説け! 上級司祭を説得せよ!
モンス=シガラの神殿、その奥の院は神殿関係者以外の立ち入りができない区画である。高位聖職者が寝泊まりする居住区、業務を行うための執務室、あるいは書庫など、シガラ公爵領内にある関連施設の管理運営を行う中枢部だ。
そして今、ヒーサの前には神殿を管理運営する司祭の執務室前に来ていた。
関係者以外は踏み入れないが、ヒーサが公爵であることと、アスプリクという教団最高幹部の先導があるため、立ち入りが許されていた。
(ま、できれば、こういうところには来たくはないんだけどな)
ヒーサにとっては、宗教施設に入り、聖職者に頭を下げるなど真っ平御免であった。
なにしろ、かつての転生前の戦国日本においては、寺社勢力と散々もめてきた過去があるからだ。寺を焼くこと数知れず、逆に襲撃されることもあり、とにかく宗教勢力は厄介極まりないと考えていた。
しかも、この世界の《五星教》なる宗教は、術士の一元管理と運用を任されており、誰も逆らえないほどの強大な戦力を有しており、王家と言えども迂闊に手が出せないほどの大勢力なのだ。
尊大極まる態度はヒサコに変身して訪れたケイカ村で見せつけられており、うんざりしていた。
しかし、無視するには相手が大きすぎる上に、新事業の円滑な運営のためには術士の配備が必須であるため、“表面的には”友好的に接しなくてはならなかった。
扉が開かれ、アスプリクを先頭に執務室に入ると、中では一人の男性が待ち構えていた。
「ようこそ、公爵殿。いささか仕事がたまっていてね。待たせて済まなかった」
早速の嫌味であった。普通に歓待の言葉をかければいいものを、わざわざ仕事が溜まっていると言うあたり、急な来客に少しばかり不機嫌であるようにヒーサは感じ取った。
「お久しぶりでございますな、ライタン上級司祭代行様」
「……代行の文字は外れて、正式な上級司祭になっておるぞ」
「おおそうでしたか、これは失礼いたしました、ライタン上級司祭様」
この件は知っていたが、敢えて牽制を兼ねた嫌味返しであったが、不機嫌さを助長させるだけであった。友好関係を築かねばならないと思いながらも、やはり坊主は好きになれないという現れが染み出た結果だ。
(事前に仕入れた情報だと、ライタンは後ろ盾の一切ない貧民の出身。しかし、齢四十にも達しないながらも、すでに上級司祭の地位にあるほどの実力者。警戒せなばならんな)
教団の出世の道筋としては、まず全員が各地にある修道院に入れられ、そこで修道士として修行に励む。読み書きは当然として、経典の習得、才のある者は術の訓練など、そうした修行を修了した者は正式に神官として各地に派遣される。
派遣先で適正に合わせて仕事が振り分けられ、そこで出世していくのだが、この際に出身云々が大きく影響する。親が貴族や富豪などで寄進の額が大きい者は安全な場所や都市近郊の大きな神殿に派遣され、逆に後ろ盾のない者達は危険な従軍神官になったり、あるいは価値の低いド田舎の神殿に送られたりと、待遇に差が出てしまうのだ。
しかし、そうした逆境を跳ね返したのが、ヒーサの目の前にいるライタンという男であった。
ライタンは後ろ盾のない貧民の出身であり、正式な神官になった後は従軍神官として、国境紛争が絶えないジルゴ帝国との最前線に送り込まれた。
そして、そこで獅子奮迅の大活躍を見せるのだ。
ライタンは極めてまれな二重属性の適性を持ち、火と風を操る術の才に恵まれ、攻め寄せる亜人達を次々と屠った。実力があり、実績を積み上げると、すぐに中央からの誘いがあったが、同時に派閥間の抗争に巻き込まれた。
教団は、火、水、風、土、光の五つの神殿勢力が派閥を形成し、時に協力し、時に足を引っ張り、自派閥の伸張に躍起になっていた。
ライタンは術の適性から、火の神殿と、風の神殿の双方から誘いを受け、派閥間の綱引きの結果、風の神殿に所属することとなった。
それからも順調に出世していき、今ではモンス=シガラのような大きな神殿の管理運営を任されるまでになった。
後ろ盾のない貧民出身者としては異例の出世であり、それだけ実力が高く評価されている証であった。
ちなみに、ライタンの纏う法衣は緑を基調としており、これは風の神に使える者の姿であったが、同時に火を使えることを見せるために、被る帽子には、火と風の二種類の刺繍が施されていた。
また、頭髪は丸坊主であった。最前線で修羅場を潜り抜けた者は髪が邪魔になるからと、短くしたり、あるいは完全に剃ったりする者が多い。その名残が、司祭として神殿を任される地位になりながらも、丸坊主を続ける姿に現れていた。
「さて、ライタンも時間が惜しいみたいだし、さっさと始めちゃおうか」
アスプリクはその小さな体を執務室の中にある上座の椅子に身を投げた。同時に、ヒーサとライタンも軽く会釈し、左右の椅子に腰かけた。
神殿内においては世俗の階級など関係なく、教団での地位で席順が決まると言ってよい。アスプリクは教団の最高幹部であるため、当然上座に座る。しかし、“有力な後援者”でしかないヒーサと“上級司祭”のライタンを左右の同じ位置に座らせたと言うことは、この場においては同列の、対等な話し合いを行うことを意味していた。
もし、これが愚鈍な司祭などであれば、ヒーサに対して下座に移れとでも言うであろうが、そんな馬鹿な真似をするようなライタンでもなかった。
アスプリクがこの場にいること自体が異例な事であり、しかもヒーサとは懇意にしているとの情報もすでに耳にしていた。下手に“一般信者”を攻撃して、“上位者”の機嫌を損ねるよりかは、まずは相手の出方を窺うことを是としたのだ。
(なるほど。後ろ盾もなく、実力のみでのし上がってきただけはあるな。これは久々に面白そうな相手とやりあえそうだ)
ヒーサはすでに相手の思惑を察してはいたが、それだけに油断はできないを気を引き締めた。
「では、まずはライタン上級司祭様、公爵位の相続以降、挨拶に参れなかったことをお詫び申し上げます。また、正式な上級司祭の就任の件、重ね重ねおめでとうございます」
「なに、例の毒殺事件以降、お互い忙しい身であったからな。気にはしていませんよ。《六星派》の捜索の件もありますし、人手が足りていないのが実情ですから」
早速牽制を入れてきた、そうヒーサは感じた。
例の漆器作りの工房村に、術士を何名か派遣してもらっているため、神殿の人手が減っているためだ。
ヒーサは術の力を使い、大地の力を強めて“うるし”の樹液量を増やしたり、あるいは熱や湿度を調整して品質が悪くならない程度に高速乾燥させたりと、漆器作りの速度を大幅に早めることに成功していた。それもこれも、アスプリクが圧力をかけ、渋っていたライタンを動かしたおかげだ。
なお、その対価として、ライタンに付いていた“代行”の文字を消すことに尽力しており、そのあたりでは互いに得となる取引であったと言える。
ただ、《六星派》の捜査を第一と考え、公爵領における異端派の暗躍を止めたいライタンとしては、訳の分からない公爵肝入りの新事業とやらに人手を割くのは、やはり気が進まなかったのだ。
あくまで、秩序第一、それがライタンの考えであった。
「はい、仰る通りでございます。その点においては重ねて感謝申し上げます。そこで、今日来訪いたしました理由の一つといたしまして、新事業の一つが稼働の目途が立ち、仕上がった完成品をご覧いただこうと考えたのでございます」
ヒーサがパンパンと手を叩くと、部屋の隅に控えていたトウが歩み寄り、ライタンの目の前に大小二つの箱を置いた。
そして、そのうちの小さい方を開封し、中身を取り出した。漆器の杯であり、外側は黒塗り、内側は朱塗りであった。また、外側には金の装飾が施され、吹き抜ける風をイメージした意匠がなされていた。
一目見たライタンは素直に美しいと感じた。だが、“それだけ”であった。
「なるほど、公爵が力を入れられるのも理解できるな。これは美しい品だ。“中央”の御歴々ならば、きっと欲しがるでしょう」
自分には興味がない、そうバッサリと切り捨てたのだ。
これについては、ヒーサは残念には思いつつも、特に焦ることもなかった。貧民出身で実力のみでのし上がって来た者であれば、文化芸術の素養などはあまり期待していなかったためだ。
(真面目で実直、それでいて芸術を理解できても入れ込むことはない。賄賂で俗物を懐柔するでも、アイクのように美術品に目がないでもない。説き伏せて協力体制を確立するには、もっと別の“実”と“利”が必要か)
金銭や物品での懐柔ができるのであれ、単純に片付けることができたのだが、今回は相手が悪かった。
しかし、ヒーサはそれも見越して、二の矢を用意していた。
「お気に召していただけて感謝いたします。つきましては、最高の逸品ができておりますので、そちらは法王聖下に献じようと考えております」
ヒーサの言葉に応じ、トウが今度は大きな箱を開けた。その中身はまた漆器で、杯が五つとお盆のセットであった。
杯にはそれぞれ、火、水、風、土、光を連想させる意匠が金で描かれていた。また、お盆は螺鈿の装飾が施されており、光沢のある“藤の花”が浮かび上がっていた。
先程の物よりさらに美しい、ライタンは素直に感心した。
「杯とお盆の組の方は法王聖下に、最初の杯の方は上級司祭様に献上申し上げます。まだどこにも出回ってない希少な品でございますので、どうぞお納めください」
ヒーサの二の矢は自尊心をくすぐることであった。
漆器はまだ出来上がったばかりで、どこの市場にも出回っていない。外にあるのは、アイクに献上した漆器の箱だけだ。それも装飾が施されていない黒一色の物だけだ。
一方、目の前にある漆器は黒に加えて朱塗りも施してあり、しかも、金や螺鈿で彩られている。間違いなく、今目の前にある物だけがこの世界に存在する完成された漆器なのだ。
それを先んじて手に入れる。それも法王と同様の物を、杯だけとはいえ手にすることができる。名誉を重んじ、自尊心の強い者であれば必ず引っかかる。そうヒーサは考えた。
だが、その思惑はまたも外れた。
「ふむ、これまた美しい品であるな。五星の神の意匠に加え、それを“連なる結束”を思わせる藤の花の上に載せる。悪くない発想の絵図だ。法王聖下はこれにお喜びを示されるだろう」
ライタンは素直に謝意を示しつつも、やはり自分には関係ないと言わんばかりの態度であった。美しいとは感じつつも、芸術品など自分には似合わない、そういった態度だ。
(やれやれ、実直過ぎるのも考えものだな。金銭、名物での買収が効かない面倒な相手よ。まあ、それならそれで、こやつの心の奥底にある感性に訴えかけるのみ)
ヒーサにまだ焦りはない。一の矢、二の矢と外されても、まだ三の矢がある。そして、その三の矢は確実に命中すると言う絶対の自信があったからだ。
「あまりお気に召さないご様子ですな」
「公爵の献上品は美しい。それは認めよう。だが、必要なのは器ではなく、中身であろう? いかに高価な食器を揃えようとも、盛られる肉や野菜、パンがなくては腹が満たされぬ」
「仰る通りです。貧民から身を立てて、ここまで上り詰めた御方であれば、貧しき者達のことも理解してきましょうな」
ヒーサは勝利を確信した。真面目で実直、しかも貧民の辛さを身を以て体験している。頭の中には説き伏せる言葉選びが急速に組まれ、詰将棋のごとく指し手を構築させた。
「ですからこそ、今手掛けている事業にご協力願いたいのです」
「その理由は何か?」
「有体に申せば、失業者対策、職業斡旋でございます」
「ほう・・・」
少し身を乗り出し、その瞳に初めて興味の二文字が浮かび上がる。ヒーサがようやくライタンへの取っ掛かりを得た瞬間であり、二度と離さぬ返し針を撃ち込んだ瞬間でもあった。
「聞き及んでいるかもしれませんが、これを製造する工房村を新たに作り、その作業従事者に罪の軽微な囚人を用いています。まだ腕前としては微妙ではありますが、木工職人や彫刻家の指導を受け、その実力は確実に向上しております。刑期を終えた後には、そのまま当地の職人として雇えるようにはなるでしょう」
「すると、公爵は囚人の社会復帰の後押しをしているということか!?」
「前科者を雇い入れるのは、雇用する側としては難色を示すものです。いつまた問題行動を起こすのでは、という疑念が付きまといますからな。ならば、そうしたあぶれそうな者に職を斡旋してやれる場所を作り出せばよいのです。再び犯罪に手を染めることがないように」
「おお、まさしくその通りだ。結局、食うに困って犯罪に走る輩の多い事が問題なのだ。ならば、食い扶持を得るための職場を用意する。うむ、理に適っている」
ライタンがヒーサの意見に賛意を示した。ヒーサとしてはヨシヨシと満足そうに頷き、うまく乗ってくれたと判断した。
かつて貧民としての苦労を知っているライタンであれば、貧困に喘ぐ者を救済するという言葉に乗っかると考えたヒーサの思惑通りの反応であった。
「ご覧の通り、お見せした漆器は間違いなく売れます。芸術にあまり関心を持たない上級司祭様にも、その美しさだけは認めていただけました。また、未完成の品ではありましたが、第一王子のアイク殿下にもすでにお見せしておりまして、確かな感触を得ております。つまり、この漆器作りは間違いなく、新たな産業として根付くことでしょう」
「そこに、囚人や、貧者を入れるというわけか」
「はい。“うるし”は毒です。肌が大いに荒れてしまうため、敬遠する者もおりましょう。しかし、それに見合うだけの賃金が払われるのであれば、また状況は変わりましょう。今は囚人を用いておりますが、そうした高い賃金目当てに人が集まり、さらなる発展を遂げることは確実!」
ここぞとばかりにまくし立てるヒーサ。漆器作りを産業として根付かせるためには、目の前の堅物司祭の協力が不可欠だ。
漆器自体には興味がなくとも、貧者救済となれば話は変わってくる。そこを徹底的に訴えた。
「先程、上級司祭様が仰られたように、食うに困る者が犯罪に走るのです。ちゃんとした職を得られ、食い扶持が確保されているのであれば、犯罪を犯す者は確実に減ります。犯罪の件数が減れば、秩序、治安は保たれ、人々は安心して暮らせます。そして、それこそ、《六星派》に対する最大の対抗策となるのです!」
「異端派への対策とな?」
「現状への不満が《五星教》への反発を生み出している、私はそう考えています。大神官様や、上級司祭様の前ではあまり言いたくはないのですが、教団は腐敗しています! それこそが、異端派をのさばらせている最大の元凶です!」
神殿内での教団批判、ヒーサは一気に勝負に出た。最悪、アスプリクからの助け舟を期待しての、大きな博打であった。
当然、ライタンの眉は大きく吊り上がった。よもやこの場で教団批判をしてくるとは考えもしていなかったため、大きく驚き、同時に憤った。
だが、冷静になって考えると、その通りだと頷いている自分がいるのも事実であった。
教団に改革が必要だと言うことは、ライタン自身、前々から思っていたことだ。口では奇麗事しか言わない幹部ではあるが、それが行動を伴っていないのだ。救済や平和を謳いながら、やっていることは搾取以外の何ものでもない。
神の奇跡と称される術式の使用を独占し、民衆を貪っている者もいると聞いている。そして、上層部は“上納金”だけに目を奪われ、その現実を顧みようとしない。
民衆が訴え出ようと、遥か山の上にいる最高幹部には、その声が届かない。
だが、今この空間は違う。
目の前にいるのはただの民衆ではなく、それを率いる公爵と言う確たる地位と力を持つ者だ。
そして、火の大神官という、普段なら“下界”に降りてくることのなど滅多にない、教団の最高幹部もいる。
二人同時に現れた。示し合わせたかのように現れた。むしろ、示し合わせたからこそ、こうして自分の前に現れたのだとライタンは感じ取った。
ライタンはチラリとアスプリクに視線を向けると、軽く笑いつつ頷いているのが見えた。教団の最高幹部が自身の目の前で教団批判が展開されたと言うのに、怒ったり不快感を示さずにむしろ笑っている。つまり、その批判を“肯定”と受け取ったわけだ。
目の前の年不相応な小さな大神官もまた、自分と同じく現状の不満と改革の必要性を認識しているということだ。そうライタンは確信した。
ならば、恐れることはない。今こそ、さらけ出す時だ、と。
「・・・公爵、あなたのお気持ち、しかと受け止めた。小さな一歩かもしれぬが、協力できることは協力していこう。皆が笑って暮らせる世を築くために」
「いえいえ、こちらこそ出過ぎた発言をしてしまいまして申し訳ございませんでした。あなた様のご理解を得られただけでも、本日は大変有意義な話し合いになりました」
そして、二人は立ち上がり、机越しに固い握手を交わした。公爵と上級司祭の“同盟”が成立した瞬間であり、それをアスプリクは笑顔と拍手で承認した。
なお、脇に控えていたトウは複雑な表情で眺めていた。
(ああ、また一人、犠牲者が・・・)
民を思う大徳の君主、それが今日のヒーサの被っている毛皮だ。
ヒーサの持つスキル《大徳の威》は魅力値の大幅なブーストをかけ、他人を惹き付ける力を発揮する。民衆を思う姿で訴えかけ、大胆にも神殿内で教団批判を行い、思いの丈の強さを見せつけた。
こういう真っ直ぐな訴えには、真面目で実直な者ほど引っかかりやすい。まして、貧困対策ともなれば、貧民出身のライタンにはことさら効くのだ。
(ノリノリのところ、悪いんだけどさぁ~。こいつ、単に文化発信者としての金看板と、それらを普及させるための財が欲しいだけだからね~。奇麗事言っても、こいつの根の部分は“数寄者”だからね~。間違っても、民衆のためにすべてをなげうつ覚悟の領主、じゃないからね~)
心の中で、聞こえないように忠告を発した。もちろん、声に出して言わなかった以上、ライタンの耳にも心にも届いてはいない。
トウは知っている。自分の“共犯者”にとって同盟とは、『利害が一致している間だけの期間限定のお友達』であることを。
そして、ライタンがその同盟に今、加わったのであった。
~ 第二十一話に続く ~
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