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第十九話  恋煩い!? 白無垢の少女は公爵に想いを寄せる!

 モンス=シガラにある《五星教ファイブスターズ》神殿は元々旧市街地側に建てられていた。しかし、数代前のシガラ公爵が都市の大規模改修を行い、公爵邸、神殿共に現在の位置に移動することとなった。

 その際にかかった神殿の移築、及び改装の費用は全て公爵家が負担している。

 歴代の当主から篤く信仰され、多額の寄進を受けており、公爵家と神殿勢力との関係は良好であった。

 しかし、ここ最近では不穏な空気が領内に忍び寄って来ていた。

 その原因は何と言っても、『シガラ公爵毒殺事件』である。

 先代当主であったマイスが嫡男セイン共々、毒殺された事件であるが、その裏に異端宗派《六星派シクスス》の存在がまことしやかに語られており、公爵家も神殿勢力もその捜索に余念がないのだ。

 平穏無事な世界に強烈な毒物が入り込んできたため、両勢力とも必死に捜査を繰り広げているのだが、一向に手掛かりが掴めていないというのが実情だ。

 そんな大忙しの状況下で、今度は総本山から“火の大神官”が派遣されてきたのだ。事態を重く見たうえでの幹部派遣かと思いきや、あろうことか公爵発案の事業促進のためということだ。

 無論、名目上は捜索の補助というのもあるが、主目的はやはり新事業の方に注力しているようで、神殿から術士を何名か引き抜く結果になってしまった。

 ただでさえ捜査で忙しいのに、人手を奪ってくるとはと、神殿を管理する司祭は快く思っていない。それを解消するための訪問というわけだ。

 丘の上にある神殿に到着すると、まず現れるのは大礼拝堂だ。千名を超える収容人数を要し、数々の儀式もここで行われる。一般人もここまでは入ることを許されており、熱心な信者は毎日長い階段を上ってお祈りをするし、そうでない者も安息日にはよく足を運ぶものだ。


「ま、今日はこっちじゃなくて、“奥の院”の方だよ」


 そう言うと、アスプリクは礼拝堂の横を素通りし、その奥にある施設へヒーサを案内した。

 礼拝堂を“表”とするのであれば、一般人立ち入り禁止区域が“奥”に該当する。主に神殿を管理する司祭の住居や執務室、書庫や金庫など、公爵領全域の宗教施政を執り行えるような場所となっていた。

 なお、神官や巫女などの一般的な神職従事者の住居は、丘の麓にあり、宿直担当以外はそこに住んでいるのが一般的だ。

 アスプリクは奥の院の一角にある高位聖職者が滞在するための宿泊施設をあてがわれており、そこを住処としていた。

 すれ違う神官や巫女はアスプリクに恭しく頭を下げるが、それに対してアスプリクは特に何の反応も示さずに進んでいく。

 もし、これがヒーサと公爵家の家臣のやり取りであるならば、気さくに声をかけていくところであるが、アスプリクはその手の気遣いや人心の掌握と言うものを一切考えていないのだと理解した。


(本当に他人に対して心を閉ざしているのだな)


 閉ざしてしまうだけの過酷な経験をしてきたのだろうが、それを解きほぐして多少は人付き合いというものを考えれるようになればと思わないでもなかった。

 なにしろ、ヒーサには割と懐いているが、他の面々とはそうではない。もし、そこでいざこざにでもなればたまったものではないし、その辺りの柔軟性を身に付けてくれれば、もっとよりよい関係を築けるのではと考えていた。

 そして、奥の院と呼ばれる一角に入り、アスプリクの居住区画に足を運んだ。途中、神官に呼び止められたが、すぐにアスプリクであると気付き、すぐさま平伏した。

 今のアスプリクは平服であるが、半妖精ハーフエルフにして白化個体アルビノという特異過ぎる容姿を持っているため、一度でも会ったことのある人間はすぐに判別できるのだ。

 急いで世話係である側回りの巫女が現れ、一緒に部屋へと入っていった。

 ヒーサとトウはそのまま部屋の前で待機していると、着替え終わったアスプリクが部屋から出てきた。赤を基調とした法衣を身にまとい、火の刺繍が施された豪華な帽子を被っていた。

 火神の高位聖職者が着る装いであり、アスプリクはヒーサの前でぐるりと一回転して見せつけた。


「公爵、どうかな? 僕の姿は?」


 実際のところ、ヒーサは目の前の少女を愛くるしいと思っている。十三歳の割には背が低かろうが、耳が尖っていようが、髪や肌が白かろうが、目が赤かろうが、ただただ純粋に美しいと感じていた。

 王族や大神官と言う立場、特異な容姿、他の追随を許さぬ術の才能、それらが合わさって、心を閉ざしてしまうほどの孤独を味わってきたのだ。

 その本質を見抜いるからこそ、ヒーサはきっぱりと言い切った。


「はっきり言って、似合わんな。先程まで来ていた平服の方が遥かに“らしく”思うぞ」


 思った反応と違うので、アスプリクは目を丸くして驚いた。

 側に控えていた巫女に至っては、露骨に睨みつけてきたほどだ。教団の最高幹部に対して、法衣が似合わないと堂々と言ってしまったのだ。これ以上にない暴言と言えよう。

 だが、アスプリクは少し寂しげな笑顔を向け、ヒーサの手を取った。


「やはり公爵はいいな。面と向かってそんなことを言ってくれるのは公爵だけだ」


「あいにく、私は“嘘”が嫌いでな。“嘘”はなるべく付かないようにしている」


 その時点で嘘じゃないか、と言いたげなトウであったが、ヒーサは当然それを無視した。


「さて、それじゃ司祭に面会を頼んでおいてくれ。公爵も同席するから待たせないように、と念を押しておいてくれ」


 アスプリクは側仕えの巫女にそう命じると、巫女は心得ましたと恭しく頭を下げ、司祭のいる執務室へと向かった。

 そして、周囲に誰もいなくなると、アスプリクはヒーサにもたれかかって来た。身長差があり過ぎて、胸どころか腹部に顔を埋める格好となった。


「なあ、公爵・・・、ううん、ヒーサ、近頃さ、この法衣が凄く重たく感じるんだ。君と出会ったあの日からずっとだ」


「それはあれだ。私に恋をしているからだ」


 ズバッと言い切るヒーサに、後ろに控えていたトウはやれやれと言わんばかりに首を振った。結婚したばかりだと言うのに、何を言っているんだ、と。

 だが、アスプリクにはそれが響いたらしく、抱きついてきた。


「僕はさ、産まれてこの方、誰からも愛されたことも好かれたこともないんだ。母は僕自身が殺してしまったし、父からは実子と認知されなかった。兄からは煙たがられ、王宮の宮仕えからは腫物扱いだ。教団の連中も、僕の才を利用することしか考えてない」


 アスプリクの口から漏れ出たのは、十三年間の人生のあらましであった。誰一人として彼女を愛さなかった、そういう話だ。

 いったい、周囲がこの小さな体にどれほどの重圧を駆け続けたのか、察しが付くと言うものであった。


「でもさ、ヒーサ、君だけは違った。君だけは、偽りない本心をぶつけてくれた。たとえ僕の力を欲していたのだとしても、それを、面と向かって言ったのは君だけだ」


「言ったろう? 私は嘘が嫌いなんだ」


 ヒーサはアスプリクの手を解き、それから両脇に手を差し込んで持ち上げた。出会ったあの日のように、またその小さな体を持ち上げたのだ。

 上目にしか見れないヒーサの顔が、アスプリクと同じ高さとなり、二人は見つめ合った。

 前回は喜びのままに声を上げたが、今はどういうことか気恥ずかしさが出てしまい、アスプリクは白い顔を紅潮させた。


「お前の辛い人生は明らかに周囲が悪い。母を焼き殺すと言うとんでもない業を背負って生まれたのならば、それを理解して優しく包み込んでやるのが周囲の年配者の務めだ。それをせず、ただ生かしておくのは育児放棄ではなく、人としての尊厳への冒涜だ。人ではなく、物として育てたのだからな」


 ヒーサの顔は笑顔のままだが、明らかに不機嫌になったのか、声色に怒気を含んでいた。そんなヒーサをアスプリクは興味深く見つめた。

 下心や恐れのない感情をぶつけられたのは、本当に珍しい事であったからだ。


「絢爛豪華なしつらえも悪くはない。だが、時にはその奥底にある本質に迫らねばならない場合もある。削いで、見つめて、削いで、見つめて、その先にある“素”の状態をな。下手な味付けや装飾などせず、素のままを楽しむ。それが出来ぬのは未熟の極みだ」


「素のままの僕……」


「ああ、そうだ。はっきり言おう。アスプリク、今のお前には“余分なもの”が多すぎる。似合わぬ法衣がまさにその象徴。年端に釣り合わぬ肩書や重責を背負わされ、しかもそれを助けるでもなく放置し、周囲はただ利用し続けてきた。だから年の割に小さいのだぞ」


「一言余計だ~! これから大きくなるから!」


 アスプリクは足をジタバタさせながらヒーサに抗議した。

 その姿は実に愛らしく、ヒーサからすれば仔犬が尻尾を振ってじゃれついているようにしか感じていなかった。


「だが、お前は取り戻す機会を得た。清算しろ、十三年分の時間を。そして、それは間違いなく取り戻せるのだからな。苦渋に満ちた十三年ならば、次の十三年を幸福で満たしてやればいい。苦いを知るからこそ、甘いということをより噛み締めれるのだ」


「ヒーサ、本当にそんなことができるのかい?」


「ああ、できるとも。お前はやり場のない怒りを知っている。誰にも愛されない孤独と悲しみを知っている。それこそが証拠だ。誰かに怒りを向けれるからこそ、誰かを愛することを学ぶができる。孤独を知るからこそ、寄り添われた時の悦びを感じることができる。悲しさを知るからこそ、楽しみを求めて努力できる。ゆえに、お前は取り戻せるのだ。もし、人生を諦めているのであれば、何の感情もなく日々を過ごすだけの抜け殻になるからな」


「そっか……、僕は取り戻せるんだ!」


 アスプリクの見せた笑顔は見た目相応の愛らしい笑顔であった。出会った頃は壁を作り、誰も寄せ付けいない雰囲気があったが、一度目の会合で打ち解け合い、二度目の会話で喜びを覚えた。

 もう彼女には孤独を怯えることはない。こうして話せる“トモダチ”がいるのだから。

 ヒーサに抱き上げられているアスプリクは、今までの人生で感じた事のない充足感を得ていた。

 利用されるだけの人生に、自分の足で立って歩くことを示してくれた“おともだち”にようやく出会えたからだ。

 腹を割って話すことがこんなにすっきりするものなのだと、十三年の人生の中でようやく悟る事が出来た。

 ずっとこうして話していたい。ずっとこうして抱いていて欲しい。その想いが頭と心臓を駆け巡り、体中を熱くさせた。

 そこへ水を差すように足音が聞こえてきたので、ヒーサは慌ててアスプリクを床に下ろした。さすがに大神官を気安く持ち上げるのは体裁が悪すぎたためだ。

 アスプリクは不満に感じつつも、まだ立場と言う鎖が法衣の形をして縛っている以上、友とのんびり語らうことなどできはしなかった。

 足音の主は先程の巫女で、アスプリクは彼女に話しかけ、あれこれ指示を出した。

 それをしり目にササッと廊下の壁際により、ヒーサとトウが周囲に聞こえないように小声で話し始めた。


「あなたもよくもまあ、あんだけ臭い台詞を吐けるわね」


「あの程度で気をよくしてご機嫌とれるなら安いものだ」


「やっぱり嘘だったんかい!」


「嘘ではないぞ。本心で話した。だから、少女の心を射止めたのだぞ。なにしろ、私は戦国一の真っ直ぐな正直者なのだぞ」


「我欲に忠実と言う点では、確かに正直者だわ。それがどういうわけか、アスプリクには響いたと」


 たしかに、あの小さな少女のハートを射抜いたのは間違いなさそうだ。少し離れたところで巫女と話しているアスプリクの顔は、先程よりも機嫌がよさそうに見えていたからだ。


「誰かを憎むことと愛することは表裏なのだ。すべて人間の感情の動きであり、正か負か、それだけだ。あの娘は今まで“負”が強すぎた。ならば、私が“正”をかけてやればいい。それで均衡が取れて、より人間らしくなろう。物から人へ、その通過儀礼には多少手荒な過程を必要とするのかもしれんが、今までのツケを払ってもらうつもりで、我慢してもらわねばな」


「簒奪とその後の混乱を我慢しろと?」


「あんな可愛い娘にしてきた仕打ちを思えばな。国王に法王、国の頂点が寄ってたかってあの娘をいじめたのだ。その仕返しを食らって国がひっくり返ったとしても、自業自得と言うものだ」


「なお、それに便乗して美味しいところを搔っ攫う模様」


「戦国ゆえ、致し方なし。隙を見せた方が悪い」


 こういう一切のブレがないところが、トウの目の前にいる男の魅力であり、怖さでもあるのだ。欲する物は何が何でも手にしようとする貪欲さは、あまりに真っ直ぐすぎるのだ。


「で、これからどうするの?」


「アスプリクは完全にこちらの擁護をしてくれるだろうし、ヒサコがケイカ村でしでかした騒動を鎮める。同時に、特産品の宣伝も兼ねてな」


「自分で放火しておいて、自分で鎮火してりゃ世話ないわね」


「なぁに、いつものやり口ではないか。“まっちぽんぷ”とか言うのであろう? そのためのそれだ」


 ヒーサはトウが抱える二つの木箱を見つめた。どちらにも先程の工房村から仕入れた漆器が入っており、その宣伝のために神殿に足を運んだようなものだ。

 ここの司祭の反応次第で、今後の“漆器ブーム”に影響が出てくるため、全力で当たるつもりでいた。


「持てるものはすべて利用し、金銭を稼ぎ出す。来るべき喫茶文化を花開かせるための元手となるであろうな」


「そこは魔王討伐のための軍資金と言って欲しいわね」


「二人の魔王候補を調べ上げ、しかも一ヵ所にまとめたのだ。これ以上働けと言われても困る。魔王探索と言う依頼された仕事はきっちりこなしたのだ。あとはこの世界が終わるまで、この世界を満喫するだけよ」


「はいはい。早く魔王が正体表さないかな~」


 そうこう話していると、あちらも話が終わったのか、アスプリクがヒーサに手招きをした。

 そして、三人は司祭の待つ執務室へと向かった。色々と交渉しなければならないことはあるが、アスプリクを味方に引き入れた以上、負けはないと確信していた。

 ヒーサは足を進めながら、ニヤリと笑うのであった。



           ~ 第二十話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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