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第十八話  器! それは全てを受け入れる覚悟の証!

 ヒーサ以下、公爵家のいつもの顔触れは馬車に乗って移動中であった。

 御者台にトウとナルが腰かけており、トウが手綱を握って馬を操り、ナルは周囲の警戒に当たった。

 また、馬車の中にはヒーサとティースが並んで座り、それに向かい合う形でアスプリクと仕事から戻って来たマークが腰かけていた。

 目的地へ向かう道中、アスプリクがなにかとマークにちょっかいを出して、マークがそれに迷惑がると言う光景が繰り返された。

 アスプリクは事前に仕入れた情報から、マークが自分ほどではないにせよ、かなりの使い手の術士だと聞き、興味を持ったためだ。


(こうして見ると、どちらも年相応の少年少女なんだがな)


 マークは十一歳、アスプリクは十三歳、並んで遊ぶには丁度いいとも言えなくもない。しかし、片方は暗殺術まで叩き込まれた工作員であり、もう片方は前線帰りの大神官である。

 しかも、両者揃って、女神の見立てでは“魔王候補”であり、いつ魔王として覚醒してもおかしくないということだ。

 監視はしつつ、同時に宥めすかし、今後に備えねばならないが、今はこの微笑ましい情景を続くことが祈るばかりであった。


「それで、だ。皆にはちゃんと話してなかったが、向かっているのは、山中に新たに作った集落だ。ある物の工房を回すためだけに建設したのだ」


 ヒーサの説明が始まると、視線がそちらに集中した。


「つまり、特産品作りの職人の村ってことですか」


「そうだ、ティース。そして同時に、囚人の村でもあるがな」


 ヒーサが意味ありげな笑みを浮かべると、ティースはさすがに困惑した。

 囚人ということは、牢屋、監獄が存在するということである。そんな施設をわざわざ山中に作るなど、合理的とは言い難いのだ。


「囚人がなぜそんな所に?」


「比較的罪が軽微な者とな、取引をしたのだ。その作っている工芸品が少々厄介でな。色々と危ないのだ。で、その作業に従事するなら、働き次第で刑期を短くすると交換条件を出した」


「ゴミ共の廃品利用か。教団うちも真似するべきだね」


 歯に衣を着せぬアスプリクの言い様に、ヒーサもティースも苦笑いするしかなかった。目の前の白無垢の少女は、とにかく倫理観が乏しいのだ。

 ヒーサもそういう意味では同類なのだが、社会に溶け込めるように“擬態”することができるのに対し、アスプリクはそれができない。思ったことをそのまま口にして、考えたことを倫理や道徳を抜きにして利益を追求してしまう。

 言ってしまえば、ブレーキが壊れたヒーサが、アスプリクなのである。

 厄介ではあるが、幸いなことにヒーサに懐いてはいるので、完全に制御不能と言うわけではなく、今後は改善していかねばと考えていた。

 そうこうしていると、山道に入る手前で見張りに呼び止められた。

 馬車の車窓からヒーサが顔を出し、兵士達に労いの言葉をかけると、敬礼の後、すぐさま門が開かれた。


「随分と厳重ですね。宝物でも守っているみたいです」


 マークは率直に感想を述べた。実のところ、この警戒厳重な区域には、ナルもマークも気付いてはいたのだ。“村娘”の探索の件もあるが、少しでも毒殺事件の真相を探るべく、時間を見つけては屋敷は元より、公爵領内を調べて回っていた。

 その過程でここの存在も知ったのだが、思いの外警戒が厳重で手をこまねいているうちに、今こうして堂々と正面から入る機会を得たのだ。


「まあ、マークの言う通り、実際に宝物を作っているからな」


 ヒーサは自信満々に述べるので、皆の期待もますます上がって来た。

 そして、林道を抜けて村に到着すると、アスプリクは飛び出すように馬車から降りると、続いてヒーサ、ティースと降りて、最後にマークが忘れ物の確認をしてから降りた。

 そこへ、一人の薄汚れた初老の男が進み出て、恭しく拝礼した。


「お待ちしておりました、公爵閣下。着替える時間もないほど急ぎ作らせておりますので、不快かもしれませぬが、どうぞ汚れた姿で侍ることをお許しください」


「工房長、畏まらなくてよい。作業の進捗具合が優先だ」


 ヒーサの言葉に工房長は今一度頭を下げた。


「ささ、ご注文の完成品もございますので、早速工房をご案内いたしましょう」


 忙しなく職人が作業に当たっている中を、一行は興味深く眺めながら進んでいった。

 木製の椀や箱に真っ黒な何かを塗り続けているのは見て分かったが、それが何であるのかは分からない者が多かった。


「ヒーサ、これは何をしているの?」


「ここではな、“漆器”という物を作っているのだ。あ、丁度乾燥棚から出てきたやつがあるし、じっくり眺めてみてくれ」


 ヒーサに言われるがままに、皆が目の前に置かれた純粋なる黒い箱を眺めた。吸い込まれるような黒であり、日の光で光沢も出るほどに輝きを持つ、なんとも不思議な黒であった。


「こりゃ、見事なもんだ。こんな純粋な黒、そうそう見られるようなもんじゃない」


 アスプリクは黒い箱の漆器を手に取り、じっくりと観察した。見れば見るほど純な黒であり、今まで見たことのない美しさに見惚れてしまった。


「その段階のはできていたんで、ヒサコに持たせておいた。おそらく、アイク殿下に献上しているはずだ。芸術品に目がない殿下だ。真新しい漆器とやらに、さぞや驚くことだろう」


 実際、献上した漆器はアイクの琴線に触れ、一緒に贈った梅の花と短歌と共に、その心を射止めたのだ。ヒサコに惚れ込む端緒になったので、試作品とはいえ漆器を持たせて正解と言えた。


「だがな、それはまだ完成品ではない。工房長、できているだろうな?」


「ご注文の品はできておりますぞ」


 そう言うと、工房長はパンパンと手を叩くと、職人が漆器の箱を持ってきて、皆の前に置いた。そして、誰しもが絶句した。

 黒い箱の表面に細長い金色の線が走り、まるで流れる雲を思わせるように描かれていたのだ。


「見事だな。蒔絵の漆器、ようやく完成か」


 ヒーサの言葉からは感無量と言わんばかりの嘆息がにじみ出ていた。実際、自慢するだけの出来栄えであるし、誰もがその美しさに見惚れて、視線を離すことができなかったのだ。


「たしかに、見事、としか言いようがありません。なるほど、これがヒーサの言っていた新しい特産品というわけですか」


「そうだ、ティース。これをシガラ公爵領の特産工芸品として売り捌く。貴族や富豪が先を争って手に入れようとするはずだ。この美しさを見せられてはな」


 絶対の自信を持って言い放つヒーサの言葉は力強く、誰もそれを否定できるものはいなかった。

 真っ黒な箱に、金色の線で描かれた雲海、じつに見事な取り合わせであり、欲しがる者はいくらでもいることだろう。


「では、作業工程をお見せしましょう」


 工房長がそう言うと、皆もそれに従って村はずれの森までやって来た。

 何人かの作業員が何やらせっせと木に刃物で横線を入れているのが見えた。


「こちらでは、“うるし”の木から、樹液を採取を採取しております。先程皆さんがご覧になられました黒は、これが大元になります」


「へぇ~。あの見たことがない黒は、樹液が元になっていたのか」


 アスプリクが興味深そうに眺め、じっくり見ようと近寄ると、ヒーサがそれをとどめるべく、優しく肩を掴んだ。


「それ以上は近寄らない方がいい。“うるし”は人の体には毒だ。下手に近付くと、肌がやられる。ゆえに、これが“囚人”のお仕事と言うわけだ」


 よく見ると、樹液採取を行っている者は、腕に赤っぽい腕章を巻いていた。他の作業場ではいなかった目印を見せ付けていた。

 つまり、肌の荒れやすい一番きつい作業を、囚人にやらせているということだ。

 慣れればそこまでかぶれるようなこともないが、今は速度重視の作業をしているため、危険度が高い。そのための囚人との司法取引なのであった。


「刑期短縮の代償が、肌荒れと言うわけね。まあ、確かに痛くてかゆそうだわ」


 ティースは荒れている肌の採取作業の従事者を見ながら納得した。自分なら、絶対に真っ平御免な作業と言えた。あの黒には魅力を感じるが、自分が作るとなるとまたそれは別の話であった。


「次に採取してごみを取り除いた樹液を下地として塗る。珪藻土を混ぜて粘りを加え、これを何度も塗り、そして乾かす。これの繰り返しでございます」


 工房長の説明の通り、職人達が何度もうるしを塗っては乾かす作業を繰り返していた。器の表面も、内側も丹念に塗られていき、木製の器がいつしか先程の“漆黒”に満たされていた。


「そして、ここからが絵付けにございます。乾いたうるしの層の彫刻刀で少しばかり削り、再びうるしを塗って余分なうるしを拭います。そして、金粉を撒き、それを拭き取りますと・・・」


「わ、すごい! 金色の絵図が飛び出てきた! そっか、掘った部分に金粉が入り込んで、絵になったってことね!」


「左様でございます。掘った溝に入り込んだうるしが結着材となり、金粉が定着するというわけです」


「こんなやり方があるんだ」


 ティースの目には、まるで魔術でも使われたような錯覚に陥るほどの衝撃を受けた。今まで芸術品を何度も見てきたが、目の前の漆器は明らかに異質な物だと感じた。それほどまでに一線を画した姿を、目の前に見せつけているのだ。

 ヒーサは出来上がった漆器の杯を一つ掴み、それをナルに差し出した。

 突然のことにナルは驚きはしたものの、それを受け取り、じっとそれを見つめた。


「さて、ナル、職業柄、それなりの目利きもできると思うが、こいつは売れると思うかね?」


 ヒーサの表情は真剣そのものであり、ナルはちゃんとした評価を下さねばならないと、じっくりと手にした黒い器を眺めた、


「売れ・・・ますね。今までの工芸品とは明らかに存在する世界が違います。そのような感じです。欲しがる者はいくらでもおりましょう」


 凝った造りの食器の類を、ナルは何度も見てきているし、価値あるものだと認識していたが、目の前の器はその遥か上を行っていた。芸術品に飲み物を注ぐ、そう表現すべき器が今、自分の手の中に納まっているのだ。


「ナルにそう言ってもらえるのは嬉しい限りだよ。最高の賛辞だな。だが、それだけではないぞ。工房長、完成した“あれ”を持ってきてくれ」


 工房長が駆け足で離れ、それから程なくして黒いお盆を持って戻って来た。色艶から、そのお盆も漆塗りが施されているのは、誰の目にも分かった。

 だが、見せつけられた絵面が、これまた異次元の存在であった。

 工房長がお盆を見せると、その表面には、光沢のある藤の花が描かれていたのだ。

 全員が言葉を失った。あまりの美しさに見惚れてしまい、誰も言葉として表現することができなかったのだ。

 そんな驚く皆をしり目に、ヒーサはナルから椀を返してもらい、それをお盆の上に載せた。


「うむ、漆器の杯と盆の完成だな」


 ヒーサは満足そうに頷いた。

 混じりなき純粋な黒、そこに浮かび上がる金、あるいは光沢の花。夢でも見ているのかと思うほどの、調和のとれた美しさが目の前に現れたのだ。


「え、ちょ、え? これが、杯と、盆、ですって?」


「そうだよ、ティース。あ、ちなみに、お盆の方は、螺鈿らでんという技法を用いてある。光沢のある貝殻の内側を型抜きして、張り付けてあるのだ。その上からうるしを塗って、磨いて、それを繰り返し、そして出来上がる。黒地に光沢、なかなか映えるだろう?」


 口ではサラッと言うが、映えるなどという言葉すら表現として弱く感じるほどの出来栄えが、皆の前に現れた。黒、そこに浮かび上がる金や光沢の輝き、今まで見たことのない別世界の味わいだ。

 ヒーサは漆器の盆と杯の組み合わせを掴み、そして、再びなるに差し出した。ナルは震える手でそれを受け取ると、カタカタと盆と杯が音を上げ始めた。


「さて、ナル、今一度聞こう。それは売れるかね?」


「売れるどころの話ではありません。奪い合いになりますよ、これは」


「これ以上にない評価だな」


 勝利を確信した満面の笑みを浮かべ、ヒーサは満足げに頷いた。

 ヒーサはナルからお盆を受け取り、改めてそれを皆の前に差し出した。やはり美しい、それが皆の偽らざる本音のようで、誰しもがその輝きに見惚れた。


「これが公爵領で手掛ける新事業“漆器作り”だ。この装飾の施した黒き器を売り捌く。さあ、気張るがいい、工房で働く者達よ! 特別報奨金をだしてやるぞ!」


 威勢のいいヒーサの掛け声に、工房村のあちこちから拍手と歓声が上がった。気前のいい主君には、誰しもが歓迎する物だ。


「よし、まずはこれをアイク殿下に贈ろう。宣伝のためにもな」


「アイク兄なら、多分ひっくり返るぞ」


「それが狙いだよ、アスプリク。殿下の感性を刺激して差し上げるのだ。負けじと、窯場で良き陶磁器を生み出すことに必死になるだろうさ」


 ヒサコ視点でアイクと言う人物を観察してきたが、芸術に関しては非常にこだわりの強い、それでいて柔軟な思考の持ち主だと判断した。

 この逸品を見せられては、病弱な体に鞭を打ってでも釣り合う作品を生み出さねば、気が済まないだろうと予想を付けた。奮起してくれれば、茶器の作成に近付くこととなる。

 ヒーサにとっては、貴重な完成したばかりの漆器セットを贈るくらい、後々のリターンを考えれば安いものであった。


「さらには、国王陛下や法王聖下にも献上する。フフッ、側近共がこれを見れば、欲しくなるだろうよ。そこで値段を吊り上げる」


 漆器の事業には勝ちが見えた。ヒーサはそう判断するだけの実感を、周囲の視線から感じ取った。

 特に芸術に入れ込んでいるわけでもない面々にもかかわらず、これほどまでに惹き付けられたのだ。目の肥えた貴族相手であろうとも、間違いなく大金をせしめるだけの力がこの器にはあった。


「いいか、皆、よく聞け。この器は私自身だ。華やかで、皆を楽しませ、全てを受け入れる。そんな世界を作りたい。だから、お前達も力を貸してくれ。決して、悪いようにはしない。むしろ、いい夢を見させてやろう!」


「「お~!」」


 ヒーサの呼びかけに、思わず声を張り上げながら拳を振り上げたのだ。ティースも、アスプリクも、普段は素っ気ないマークまで、それに加わった。

 だが、それを離れて見ている冷めた二人がいた。トウとナルだ。

 トウはヒーサの“裏”を知り尽くしているので無邪気に同調する気にはなれず、ナルはヒーサへの警戒心が興味を遥かに上回っており、主人や義弟のようには振る舞えないのだ。


「トウ、あなたはいいの? あの輪に加わらなくて」


「加わる気にはなれませんね。頭が痛くて」


 ナルにしてみればかなり意味深な回答ではあったが、トウはそう答えざるを得なかった。

 この世界に降臨してからというもの、パートナーに振り回されっぱなしであったのだ。どぎつい策で人を陥れ、抹殺したかと思えば、器一つでああもはしゃげるその神経が理解できないのだ。


(修行不足だな~、私も)


 仮にも見習いとはいえ神を名乗る自分が、たった一人の人間を御しえなくてどうするのかと、少しばかり自信を失いつつあるのだ。

 同時に、その状況を楽しんでいる自分がいることも自覚していた。現在、人の目線に立って物事を見ているとはいえ、本当に退屈しなくて済む忙しない日常が面白くて仕方がないのだ。

 次はどんな手を使ってこちらを“困らせて”くるのか、逆に心地よさすら感じていた。


「そうだ、ナル。一つ、あなたに尋ねてみたいことがあったのよ」


「なにかしら?」


「あなたにとって優先すべきは、“カウラ伯爵家の繁栄”かしら? それとも、“主人ティースの幸せ”なのかしら?」


 グサリと心臓を貫く質問であった。ナルははしゃぐ四人から視線を外し、トウに視線を向けた。特にこれといった感情の動きを感じさせない、遥かな高みからの問いかけに聞こえた。


「分からない……わ」


「多分、少し前までのあなたなら、前者を選択していたのではなくって?」


「……まるで、ずっとこちらを見てきたような言い方ね」


「そうかもしれないわね」


 今は別人に変身しているが、トウはテアとして、ずっとカウラ伯爵家の面々を見てきたのだ。多少の心境の変化くらい察することは造作もないのであった。


「伯爵家の復興は大前提。でも、今のティース様は本当に楽しそう。以前の笑顔が戻ってこられた。あの忌まわしい事件の起こる前のね」


「それは良かったわ。公爵夫人として、いえ、ヒーサと言う人物の伴侶として、馴染んできて、楽しんでいると言う事の証なのですから」


「不本意ではありますがね」


 ナルとしては、伯爵としての立場も考えて欲しいと思いつつも、ティースの楽しそうな笑顔を見ていると、その重荷を外すのが一番ではないかとすら思えるようになっていた。

 だが、ヒーサから感じる黒い影が、警戒心を呼び起こすのだ。

 あくまで気のいい人を演じつつ、気が付いたらすべてを奪っていそうな、そういう雰囲気を感じるからこそ、ナルはヒーサへの警戒心を緩めないのだ。

 そして、それは“当たっている”のだが、確たる証拠があるわけでもない。あくまで、予測であり、あるいはナルのそうあるべきという“願望”、あるいは“嫉妬”でもあるのだ。

 いつもティースの側近くにいるはずの自分が、気が付けば疎外感を感じるほどに距離が空きつつあるのを嫌でも意識させられているのが昨今の状況だ。ヒーサが自分がいるべきティースの横を奪った、そう感じ始めていた。

 それは密偵頭としては失格である。主人のためにあらゆる事象に目を光らせ、時には一切の感情を排して邪魔者を屠る。それが求められるのだ。

 しかし、同時にナルはティースを妹、あるいは友人のように付き合ってきてもいた。人目を気にしなくていい場面では、かなり砕けた関係なのがその表れでもあった。

 家の繫栄か、ティース個人の幸せか、今突き付けられた命題は、思った以上に重くのしかかった。


「まあ、悩み多き状況でしょうけど、ナル、早めに答えを出しておくことをお勧めするわ。迷いは自分を追い込むことになるわよ」


「それは“忠告”かしら? それとも“助言”?」


「いいえ、“警告”です」


 ゾクッっとするような気配をトウから感じたナルは、反射的に懐の隠し武器に手が伸びた。だが、寸前のところで正気に戻り、気を取り直して姿勢を正した。


「“警告”とはどういう意味かしら?」


「そのままの意味よ。今はお遊び程度に考えているけど、あまり“おいた”が過ぎると、始末されるって事。あの優しそうな貴公子は、その気になったら誰でも容赦なく崖の上から蹴落としてくるわよ」


「それは感じている」


「だったら、耳を塞ぎ、口を閉ざし、足を止め、主人の幸せな姿を目で追うだけにしておきなさい。利害が対立したら、即座に消されちゃうわよ、あなた」


 女神の立場からすれば、ナルがあれこれ嗅ぎ回って、ヒーサの妨害をするのが好ましい事ではなかった。無論、あの毒殺事件の裏事情を知っている者としては、逆に応援したくもあるが、そうなるとヒーサの立場を危うくするのだ。

 そうなっては“魔王探索”という最大の目的が崩れてしまうことになる。

 今はヒーサの手引きによって、魔王候補が一か所に集まり、監視しやすい状態にまで持ってこれたのだ。ここで妨害されたらたまったものではない。

 結局、ナルには大人しくしてもらっているのが一番なのだ。

 

(そう、今なら笑って済ませられることでも、いざ事が起こるなんて時に動かれたらマズい。その予防的措置で、消されちゃうかも)


 ヒーサはカウラ伯爵家の面々とのやり取りを楽しんではいるが、煩わしくなったら消すことくらい、彼我の戦力差を考えれば造作もないのだ。

 それを理解していればこそ、裏でコソコソ探りを入れるようなことをしているのが、ナルなのだ。

 ゆえに、先程の質問にナルは即答できなかったのだ。

 家を優先すべきか、主人を優先するべきか。表情にこそ出さなかったが、ナルの心には不安が浸食しつつあった。

 先程、ヒーサは言った。この器は私である、と。

 まさにその通りだと、ナルは戦慄した。見た目は華やかでも、その土台は黒。すべてを包み込み、あるいは飲み込む。混じり気のない黒、すなわち“漆黒”なのだ。

 早く見つけねばならない、答えを。

 恭順か、反抗か。

 家名か、主人か。

 ナルの瞳には、黒き器が魔王の操る祭具のように写り、迫る恐怖が一層感じられるのであった。



           ~ 第十九話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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