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第十七話  打ち合わせ! 情報の擦り合わせは何より大事!

 ティースは激怒していた。怒り狂って暴れ回っていないのがおかしいほどに、鬱憤を溜め込んでいた。

 理由は簡単。自分の目の前で夫であるヒーサがイチャついているからだ。

 ヒーサが積極的に別の女に手を出しているわけではない。むしろ、表情からはどうしたものかと迷っているようなのは明白であった。

 だからと言って、自分の目の前で別の女に抱き着かれるのを消極的とはいえ、半ば認めている点に関しては怒りを覚えていた。

 ちなみに、ヒーサに抱き着いているのはアスプリク。現国王の娘であり、《五星教ファイブスターズ》の大幹部たる火の大神官だ。半妖精ハーフエルフで、しかも白化個体アルビノという特徴のあり過ぎる見た目だ。おまけに国内でも一、二を争うほどの術士としての才覚に恵まれており、他人からは気味悪がられ、恐れられた。ゆえに、好んで近づく者はいなかったのだ。

 しかし、ヒーサは例外で、ある意味生まれて初めて一人の“人間”として自分を見てくれた特別な存在として、アスプリクは見ていた。今まで得ることのできなかった“トモダチ”、ヒーサはその記念すべき第一号なのだ。

 ゆえに、べったりとしがみ付いていた。


「アスプリク様、そろそろ離れていただけませんか? 話が進みませんゆえ」


 静かだが、明確な怒りのこもったティースの声が、その場の全員に突き刺さった。

 なぜ妻が怒っているかについては、ヒーサが一番理解しているので苦笑いするしかなかった。その原因が他人にあるとしても、だ。


「あぁ~、うん、アスプリク、そろそろ離れてくれ。本気で話が進まん」


「ぶぅ~」


 不満げに口を膨らませるアスプリクであったが、ヒーサにそう言われてはやむを得ないと、ようやく抱きつくのを止めた。天才と謳われる術士ではあるが、言動は幼子と大差ない。

 ちなみに、現在位置は診療所から応接間へと変わっており、そこの長椅子にヒーサを挟み込む格好でティースとアスプリクは腰かけていた。

 十七歳、十七歳、十三歳の組み合わせであり、端から見ればある意味微笑ましいと見えなくもないが、実際のところは正妻である女伯爵と横恋慕してきた王女殿下による男の奪い合いでしかなかった。


「それで、トウ、ヒサコが“また”やらかしたと?」


 ヒーサがそう尋ねると、側に控えていた赤毛の侍女トウに視線が集中した。

 トウはヒサコの専属侍女であり、同時に連絡要員ないし、諜報員として活動しているとヒーサは皆に説明しているが、実際はヒーサの専属侍女であるテアの変身した姿なのであった。

 しかし、事情を知らぬ者にはそれが分からないため、『自身の片腕であるテアを付けた上に、さらに凄腕をもう一人密かに配する』という過保護ぶりを見せてしまう結果となった。

 遠出をさせてほとぼりを冷ますと同時に、ヒサコの成長を促すのが目的ではあるが、根の部分はやはり兄バカか、と思われてしまった。


「はい。ヒサコ様は現在、ケイカ村にご滞在中です」


「あ、有名な温泉があるとこよね。一度は行ってみたいな~」


 ケイカ村は国一番の温泉村であり、上流階級の人間であれば、一度は訪れたいと考える場所だ。ティースの反応も、貴族としては当然の感想であった。


「そこはな、元々、お前との新婚旅行で行く予定だったんだぞ。事件がなければ、立ち寄るつもりだったんだ」


「あ、そうだったのですか」


「ま、今は執務に忙殺されて、そんな遠出する暇もないないがな」


 以前、ヒーサは作り話ではあるが、毒殺事件がなかった場合の二人について話したことがあった。のんびり旅をしながらエルフの里まで行くということだが、残念なことに自分もティースも気軽に旅行ができない立場になったために流れた、ということにしておいたのだ。


「代わりにヒサコを向かわせたわけなのだが、トウよ、ヒサコは何をやったんだ?」


 自分でやっておいて白々しいことこの上ないが、あくまで初めて知ったという風を装わねばならないため、尋ねたのだ。

 このことを知っているのは実際に現場にいたトウだけであった。

 なお、ヒーサとヒサコが同一人物であることは、以前会ったときに共犯者アスプリクにも伝えてはあるが、どんな騒動なのかは知らなかった。


「単刀直入に申しますと、ケイカ村の教団の司祭様を半殺しにしました」


 サラッと言ってのける内容にしては、かなり剣呑とした話であった。トウの口から漏れ出た言葉は驚き呆れるものであり、ティースもナルもめまいを覚えた。

 ようやく去った嵐が、まるで引き返してきたような感覚であった。

 しかし、ヒーサはそうした感情を抑え込み(ように演技しつつ)、トウに再び視線を戻した。


「それで、ヒサコが司祭様を半殺しにした理由は?」


「当人に言わせれば、詐欺行為だそうです」


「詐欺?」


「はい。地鎮祭で鎮めたはずなのに、山から悪霊黒犬ブラックドッグが現れ、襲われたそうです」


悪霊黒犬ブラックドッグだと!?」


 当然知っている内容ではあるが、ヒーサの演技は続行であった。厄介な相手に出会ったな、これをしっかりと演出せねばならなかった。

 実際、ティースもナルも黒犬については知っているようで、顔色は険しくなっていた。

 なお、アスプリクの方は、余裕じゃん、とでも言いたげに何の反応もなかった。


「それで、黒犬に襲われたヒサコは大丈夫なのか!?」


「直後に人一人半殺しにするくらいには、ピンピンしております」


「うむ。無事でよかった」


 実際、ヒサコの姿で黒犬つくもんと戦った際は、怪我一つなく、神造法具《不捨礼子すてんれいす》の力によって撃退したが、よく無事だったなと今更ながら冷や汗をかいた。


「しかし、どうやって黒犬なんて撃退したんだ? あれは確か、物理攻撃が効かなかったと記憶している。術者がいないと、討伐は難しいと思うが?」


 そう言って、ヒーサはアスプリクに視線を向けた。なにしろ、この白き幼子の姿をした神官は、怪物退治の専門家であり、国内屈指の術士であるからだ。


「そうだね~。普通の人間じゃ、まず無理な相手だ。でも、僕なら瞬殺だよ。浄化の炎で黒い毛並みを真っ白に燃やして終わりさ。仮に、王侯ロード級のレア種が現れたとしても、時間稼ぎしてくれる肉壁がいれば、十分対処は可能さね」


 つまり、準備さえしていれば、神造法具なしでもつくもんに勝てると言い切ったのである。


(やはり、尋常でない術士だな)


 ヒーサは素直に感心した。同時に、“魔王候補”でもあるため、警戒心もさらに高まった。


「それで、ヒサコはどうやってそれを退けたんだ?」


「同じく山から黒い馬の姿をした守護霊が現れ、黒犬を倒してしまいました」


「おお、助けが来たのか。それはよかった」


 ヒーサは状況を理解し、胸を撫でおろした。もちろん、これらすべてヒーサとトウの“茶番”であったが、それに気付いているのは正体を知っているアスプリクだけだ。


「残念。どうせなら、腕の一本くらい、齧っちゃえば良かったのに」


「ティース様、思っていても、口に出してはいけない言葉もありますよ」


 ティースの暴言をナルは窘めたが、全くその通りとしか思っていなかったため、遮る言葉に一切のやる気を感じさせなかった。

 ヒーサはやれやれと苦笑いを浮かべつつ、トウに視線を戻した。


「で、その後に、ヒサコは司祭様を半殺しにしたと」


「はい。窯場の職人が何人か殉職してしまいまして、それを心苦しく思われていたようです。しかも、騒動が終わってから司祭様が顔を出し、慰霊のための儀式を執り行うからと、まあ、遠回しではありますが金銭の催促をなさったみたいで」


「相変わらずのクソだな、辺境区の司祭は。ガチの最前線で戦ってみろってんだ」


 アスプリクとしては、ヒサコの半殺しについては肯定するつもりでいた。なにしろ、自分は魑魅魍魎が跋扈するいわく付きの霊地や、あるいはジルゴ帝国との最前線を巡っては、悪霊や亜人と戦ってきたのだ。ぬるま湯に浸かり、堕落しきった教団関係者など、何人かぶち殺して風紀の引き締めでもやった方がいいとすら考えていた。

 そんなお怒りのアスプリクの横では、なにやらヒーサが目を輝かせながらトウを見つめていた。


「トウよ、私の耳が病気でなければ、今の発した言葉の中に、最重要の言葉が含まれていたはずだが?」


「ええっと、もしかして、“窯場”ですか?」


「それだ!」


 ヒーサは勢いよく立ち上がり、トウの両肩を掴んだ。


「あるんだな!? ケイカ村に、窯場が!」


「あ、ありまぁす!」


「実に結構!」


 ヒーサはこれ以上になく悦び、手を叩いて大はしゃぎした。普段の物腰穏やかな貴公子とは思えぬほどの乱れっぷりだ。


「あ、あの、ヒーサ?」


「うぉっと、すまんすまん、落ち着こう」


 ティースの茫然とした顔に正気を取り戻し、気持ちを落ち着かせて再び席に着いた。


「いやぁ~。ドワーフの工房にでも行かねば、窯場はないと思っていたが、国内にあったとは重畳重畳。器作りもできるというわけだ」


「器、ですか?」


「ああ。飲み物を飲むには、当然それを注ぐ杯がいる。それを作るのだ。木でも、金属でもない、土から作った器だ」


 カンバー王国において、飲み物を飲むための杯は、大半が木製か金属製で、稀にガラス製を用いる程度であり、それ以外の材質の物で飲むことはない。

 しかし、喫茶文化を根付かせたいと目論むヒーサにとっては、土で作った茶碗は必須事項であり、当然それを作る窯場も整備しなくてはならなかった。


「まあ、これはドワーフの技術でな。土を成形してから焼くことにより、その形をのまま石のようにカチカチにしてしまうのだ」


「へぇ~、そんな技術をドワーフが持っているんですね」


「かなり難しい技術だが、土でできていても、水にびくともしなくなる。それで飲み物を飲むことだってできるのだ」


 ヒーサの説明にも熱が入ると言うものだ。なにしろ、文化を根付かせるには、賛同者を多く集めて、更に拡散させていくことが必要になるからだ。

 幸いなことに、アイクというこの国の第一王子がヒサコにほの字であるため、そこを介して情報発信していけば、想定よりも早く喫茶文化が広まるのでは考えていた。

 あとは、身近な人々にも興味があれば引き込んでいこうとかんがえていたが、ティースもその気がありそうなので、夫婦で茶を楽しむ日もそう遠い事ではないなと考えた。


「公爵閣下、話が逸れておりますよ。ヒサコ様の件を」


「おっと、そうだったな。ナルの言う通りだ。トウ、その後のヒサコはどうなった?」


 ヒーサは趣味の世界から現実へと引き戻されたため、少しばかり不機嫌になったが、それを態度に表すことはせず、トウに続きを促した。


「全然反省する気はないようですが、体裁だけは整えておくということで、現在、宿泊している邸宅を封印し、三日間の断食行の真っ最中です」


「ぐははは! ヒサコらしいやり口だな! 教団関係者が押しかけて来られても困るから、断食行の名目で引き籠ったか!」


 ヒーサは大笑いをして、目の前の机をバンバン叩いた。そのはしゃぎ様は、ティースを唖然とさせるのに十分であった。


「ヒーサ、笑い事じゃないですよ。仮にも罪のない教団関係者をボコボコにしたんです。何を言われるか分かったものじゃないですわ。しかも、ヒサコは庶子です。そこから無理やり傷口を広げて、最悪、異端審問にかけられることだって考えられます」


「そうなった場合は、教団がシガラ公爵家に対して宣戦布告したとみなし、全力で叩き潰す」


 ほんのわずかな時間ではあるが、ヒーサの気配が明らかに変わった。先程まではしゃいでいたとは思えぬほどに殺気をまとい、ティースどころか、荒事になれているはずのナルでさえ、ゾクリと背筋に寒気を覚えるほどであった。


「それにな、ティース。罪はないと言ったが、教団側に明確な非があるぞ。地鎮祭をやった上で、悪霊が出てきたのだ。しかも死者まで出た。その上、追加で金の無心ときた。むしろ、ここまでやられて怒りを感じないのなら、ヒサコを勘当していたところだ。もし、ヒサコの代わりに私がその場に出くわしたとしても、同じことをしただろうな」 


 声色からヒーサは本気で怒っていると、その場の全員が感じ取った。

 実際、現場を見たトウとしては、兄妹の中身である乱世の梟雄が珍しく憤っていたのをまざまざと覚えていた。あそこまで怒っていた相方を見るのは初めてであり、その手の腐った宗教者をことさら嫌っていると言う事なのだろう。


「そうだね。僕もヒーサの意見に賛成だ。儀式もまともにできないバカには、それ相応の鉄槌を下してやるべきだ」


 こちらも露骨なほどに不快感を示してきたのが、“大神官”アスプリクであった。自他ともに認められた術士としては、へまをやらかして悪霊を取り逃がすバカなど、消すのが一番だと考えたのだ。


「どこの管轄下は知らないけど、無能な上に強欲とは、救いがたい愚か者だ」


「それで、君の管轄だった場合は笑えんがな」


「ああ、ヒーサ、それならそれで別にいいよ。責任もって、“おしおき”してやるだけさ」


 アスプリクは火の大神官として、現場の神官達に対しての指揮監督権を有している。さすがに教団自体が大きすぎて、全部を把握しているわけではなく、どうしても漏れが生じることもあった。

 その修正がなされぬまま、無能が居座ったままというのはいただけなかった。

 もちろん、《六星派シクスス》の視点で見れば、現場が無能であるのは望ましい事であったが、ヒーサが気をかけている窯場が危うかったことを考えると、早いうちに修正をと考えてしまうのだ。

 アスプリクにとっては、産まれて初めての友人ヒーサがなにより大切なのだ。


「あ、そうだ。ケイカ村にはアイク兄がいるはずだけど、ヒサコとはどうなんだい?」


 アスプリクが思い出したように尋ねた。なにしろ、ヒーサに対してヒサコを用いた政略結婚を行い、アイクを篭絡して、第一王子と言う立場を利用しようと提案したのはアスプリク自身であった。

 接触はしているはずだが、どういう進展具合なのかが気になったのだ。

 それに対して、トウはどう言うべきか言葉に詰まった。


「えっと、その……、正直に話しても?」


「正直に話してもらわないと、あちらの様子を把握できないよ」


「ですよね。では、正直に申し上げます。アイク殿下はヒサコ様に“ぞっこん”でございます」


 トウの言葉にその場の全員が固まった。はっきり言えば、理解の及ぶ範囲になかったからだ。


「……ええっと、ぞっこん、とはどういうこと?」


 ティースも言葉の意味は理解しているが、それが第一王子と外道令嬢の間に当てはまるのかどうかが理解できていなかった。


「はい、好きで好きでたまらない、ということでございます」


「……誰が、誰を!?」


「第一王子のアイク殿下が、公爵家妹君ヒサコ様を、です」


 懇切丁寧に答えたトウに対し、やはり間違いないと全員が理解した。せざるを得なった。

 そして、大爆笑が発生した。もう笑うしかないかったのだ。


「凄いじゃないか、ヒサコは! あのお堅いアイク兄を、こうも短時間で骨抜きにするとは! 僕が考えていた以上にすごいや!」


 アスプリクは満面の笑みを浮かべ、盛大に拍手をした。よもや、策を弄するまでもなく、こうも事態が好ましい状態に動くとは考えてもいなかったのだ。


「どんな魔術使ったのよ!? あのヒサコにぞっこんって」


 ヒサコの性格の悪さは、ティースが一番知るところではあるが、そのヒサコが王子様を惚れさせるとは理解の及ぶところではなく、殿下を医者に診てもらうべきだと思った。

 なお、ヒサコの兄が医者なのだが、その医者も現在、大爆笑中であった。


「いやはや、素晴らしいではないか! どうやら、妹の嫁ぎ先に悩まなくて済みそうだな。ひっきりなしに婚姻の申し出はあったが、第一王子となら、まあ、送り出しても問題あるまい」


「まあ、確かにそうではありますが」


 ヒーサとティースなどはまさにそれで、毒殺事件さえなければ、二人が顔を会わせるのはティースが輿入れのため公爵領に入った時が初になるはずであったのだ。

 仮に、ヒサコとアイクの婚儀が成立したのであれば、互いに面識がある上に、趣味嗜好が似通っている分、随分とマシな部類に入ることは疑いようもなかった。


「なにより、だ。一般庶民ならいざ知らず、上流社会における婚儀とは、家と家を繋ぐ絆を形として表したものだ」


「それはそうですが、ヒサコですよ!? あんなのを王族に嫁がせて、色々と問題がありはしませんか!?」


「ティースの言う事も分からんでもない。だが、王族との繋がりは重要だ。婚儀などと言うものはな、“熱い心”で感じるものではなく、“冷たい頭”で打算に基づいて取り決めるものだ。我々とて、そうであろう?」


 ヒーサの言葉に、さすがにティースも返答に窮した。

 実際、自分もまた“打算”に基づいてシガラ公爵家に嫁いで来たからだ。

 毒殺事件の真相を追うため、公爵領や公爵家を調べる必要があると感じたからこそ、不本意ながらヒーサとの婚儀を承認したのはティース自身だ。

 御前聴取の結果、そうせざるを得なかったと言う点はあるが、ヒーサを愛して結婚を選んだと言う事はない。

 あくまで、自分の家のために結婚を選んだのだ。

 ただ、ティースにとって幸いであったのは、夫が“理知的で話の分かる人物”であり、心をほだされ、徐々にだが惹かれつつある点であった。


(結局、そうなるのよね。個人の感情より、御家第一。どこも一緒。ヒーサにしても、妹の嫁ぎ先が王族なら、文句なんてないでしょうしね)


 当人同士の恋愛感情などそっちのけで、家と家を結ぶための証として、婚儀を結ぶのが上流階級の結婚である。

 ティースはそれを今更ながらに強く感じるのであった。


「幸いなことに、私とティースは婚姻後にこうして仲良くなれたが、なかなか歯車がかみ合わぬことなどよくある話。しかし、殿下とヒサコは恋愛結婚という極めてまれな状態だ。ハハッ、これはなかなかに愉快ではないか」


「本当に恋愛できているのかは、不安でなりませんが」


 ティースに言わせれば、ヒサコが演技や話術を用いて王子を篭絡し、王族夫人の地位を欲しただけではないかと勘繰ってしまうのだ。

 そして、そんな主人の不安を側に控えていたナルは、より具体的な思考を進めていた。


(でも、あのヒサコよ。アイク殿下をそそのかして、王家を乗っ取る気じゃないかしら? 何しろ、アイク殿下は第一王子、本来なら家督を継ぐ立場。病弱で隠棲していたから、王位は次男のジェイク宰相閣下に譲られた。それにイチャモン付けたら……?)


 ナルとしてはその状況に危惧せざるを得なかったが、さすがにそれは難しいかとも考え直した。

 そもそも、アイクは病弱と言う理由で王都を離れ、田舎暮らしを続けているのだ。芸術絡みの案件では確かに名声を得ているが、政治家、軍人として無名と言えた。なにしろ、実績がないからだ。

 そこを強引に割り込んだとしても、今更王都の宰相の派閥が許さないだろう。つまり、現段階では、ヒサコが王子をそそのかして野心を吹き込んだとしても、徒花となるのがオチだ。

 しかし、不安要素が目の前に“二つ”も存在するのだ。


「いやぁ~、いいんじゃないかな? ヒサコと殿下の組み合わせは!」


「そうだね~。女っ気のないアイク兄にようやく春が来たんだ。これは全力で応援しないと」


 そう、花嫁兄ヒーサ花婿妹アスプリク、この二人の存在が恐ろしいのだ。

 片や、三大諸侯の一角を占める公爵家当主で、鋭い刃を隠し持つ男。

 片や、教団の最高幹部であり、国内屈指の腕前の術士の少女。


(もし、この二人の意を受けて、ヒサコが殿下と接触し、今は波風のない王位継承問題に大嵐を引き起こすのだとしたらば?)


 十分あり得そうなことに、ナルは冷や汗をかいた。そう、目の前の二人ならやりかねない。あのヒサコならやりかねない。すべてがそれに向かって動いているような、そんな気がしてならないのだ。


「よしよし。では、二人の仲を加速させるための、秘密兵器を投入しようではないか!」


 そう言うと、ヒーサは席から勢いよく立ち上がり、周りを見回した。


「皆、少し出掛けるぞ。とっておきの品が完成したと報告があってな。詳しい内容はまだ話していなかったが、新事業に関することだ」


「おぉ~、それは楽しみだ。どんな物がでてくるのか、じっくり見させてもらうよ」


 アスプリクもはしゃぎながら席を立ち、またしてもヒーサに飛びつき、身長差があるためいささか高低差があるのだが、腕を組んだ。

 それを見たティースも慌てて立ち上がり、逆の腕を掴んで、自身の腕を絡ませた。

 そして、ヒーサを間に挟み、睨み合い、牽制し合い、視線と視線がぶつかり合って火花を散らせた。


「おやおや、徒花より先に、火花が散りましたか。両手に華で、ようございましたね」


 トウから嫌味の一言が飛んできたが、実際のところ、悪くない気分なのは間違いなかった。美しくも可憐な花に挟まれるのは、男冥利に尽きるというものだ。

 こうして一向は、ヒーサの言う新事業に関する事柄を見るために、屋敷を出立した。何が出てくるのか期待に胸躍らせつつ、よぎる未来の不吉な想像に、不安を抱える者を伴いながら。



           ~ 第十八話に続く ~

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