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第十四話  参上! 悪役令嬢は黒馬にて蹂躙す!

 日が傾きかけたころ、ケイカ村のほぼ中央に位置する社交場サロンに人が集まりつつあった。

 ケイカ村は谷間に囲まれた温泉湧き出る村であり、一見さんお断りの格式高い温泉として名高かった。余程の名門貴族の紹介状でもなければ村に入ることすらできず、それにゆえに客層は国内でも上位の人々ばかりであり、ある意味顔見知りばかりであった。

 また、第一王子のアイクが代官として赴任してからは、芸術方面にも力を注いでおり、彫刻家や絵師など、多数の芸術家も工房アトリエを構えるようになり、ある種の芸術村としての側面も持つようになった。

 そのため、そうした貴族や芸術家の集まる場である社交場サロンは大幅な改修が施された。芸術家にとっては自身の作品を発表する場となり、貴族はそれを買い求めたり、場合によっては仕事を依頼したりするなど、それはそれは華やかな空間を作り出していた。

 だが、その日ばかりは主役の座は主催者であるアイクではなく、その招かれた女性の客人であった。

 シガラ公爵ヒーサの妹であるヒサコだ。

 ヒサコは王国の社交界において今、密やかに注目を集めている人物であった。

 『シガラ公爵毒殺事件』において、それを上手く取りまとめたヒーサの手腕と、それを支えたヒサコの名が上流階級に広まっていたためだ。

 しかも、ヒサコは十七歳という年齢ながら、未だに婚約者がいないという状態であった。というのも、ヒサコは庶子としてヒーサが当主に就任するまでは公爵家の一員として認められていなかった経緯があり、婚儀云々の話がなかったためだ。

 庶子ということで敬遠する者もいるが、それよりも公爵家と縁続きになりたいと考える者も多く、すでに二十件以上も縁組の話が舞い込んできていた。

 そんな注目を集める御令嬢が、社交場サロンに顔を見せる。そう聞くと、是非とも会っておきたい、できれば公爵家との顔繫ぎをしておきたいと考える者は多いようで、その夜の社交場サロンはいつもより多くの来場者が訪れており、一味違う熱気に包まれていた。

 こうなることを予想していたアイクは、普段よりも料理や酒を多めに用意していたのだが、それでも足りるだろうかと心配したほどだ。

 アイク自身もすでにヒサコにゾッコンであったが、周囲の来客も同時に恋敵でもあるのだ。自分に、あるいは自分の縁者にヒサコを嫁がせようと画策している者もおり、アイクとしては気が気でない心境であった。

 とはいえ、社交場サロンの主催者が子供じみた態度を出すわけにはいかず、普段とは無縁の緊張と焦燥の中にあったが、どうにか平静を装っていた。

 そんなこんなで、アイクは来客達と言葉を交わし、談笑していると、ヒサコの来訪を告げる呼び出しがあった。


「おお、来られたか。早速出迎えるとしよう」


 アイクは高鳴る心臓を抑え込みながら、玄関の方へと向かうと、我も我もと周囲まで早く噂の御令嬢を拝もうとそれに続いた。

 そして、呆気に取られた。あまりに規格外すぎたのだ。

 なにしろ、とんでもなく巨大な黒毛の馬に乗り、玄関まで堂々と乗り付けてきたからだ。

 窯場での騒動は噂程度で聞いてはいたものの、実際に悪霊黒犬ブラックドッグを退治したという巨大馬を目の当たりにして、さすがに度肝を抜かれた。

 なにより、その黒馬を平然と乗りこなすヒサコに対しても、だ。

 ヒサコは颯爽と馬より飛び降り、着地を同時に居並ぶ面々に対して拝礼した。ドレスのスカートを掴み、頭を垂れた。見目麗しく、それでいて優雅な立ち振る舞いは見事であった。

 馬に跨って現れたのとは対照的に、実に大貴族の令嬢らしい振る舞いであり、そのギャップに居並ぶ人々は言葉を失った。

 ちなみに、ドレスは宿泊施設の方に下ろしていたため、騒動には巻き込まれずに済んだ。

 おかげで、こうして着飾って社交に参加することができたのだ。

 赤のゆったりとしたドレスで、要所要所に真珠が散りばめてある非常に高価な品だ。炎のごとき情熱ある魂をドレスで表現しつつ、公爵家の財の高さを見せ付けるかのようであった。

 また、普段は下ろしている金髪も、今日は結い上げていた。


「ふつつかな若輩者のこの身をわざわざお招きくださったアイク殿下、並びにお集りの皆様方、今宵はよい月でございますわね。私、ヒサコ=ディ=シガラ=ニンナと申します。どうぞ良しなに」


 庶子だと聞いていたのになかなかどうして、堂に入った礼儀作法であった。巨大馬に乗ってきたときはどうしようかと思ったが、礼節に則った態度を見て、ようやく皆が正気に戻ったのだ。

 それらを代表して、あるいは先を越されまいと、アイクがヒサコの前に進み出た。


「ヒサコよ、よく来てくれた。私も、皆も、待ちかねておったぞ!」


 アイクは満面の笑みを浮かべてヒサコに歓迎の意を示し、周囲の人々もまた拍手で注目の御令嬢を出迎えた。


「さあ、酒も料理も抜かりはない。今宵は存分に語り明かそうぞ!」


「元よりそのつもりでございます。私の武勇伝がよろしいでしょうか? それとも、我が公爵家が手掛ける新事業のことでもお聞かせいたしましょうか? あるいは、芸術品についででも?」


「おお、話すことは山ほどあるな。無論、全部だ! 時間の許す限りな!」


「まあ、殿下ったら!」


 ヒサコは少しばかり品がないと思いつつも、強引なアプローチに出た。アイクの横に立つとそのまま自分の腕をアイクの腕に絡ませ、腕を組んだのだ。しかも、これみよがしに胸を押し当てて。

 ヒサコの胸部はテアほどでないにせよ、なかなかに豊かな物を持っていた。押し合てれば、余裕で弾力を感じれるほどの大きさがある。

 これはアイクにとって初めての体験であった。今まで言い寄る女性は幾人もいたが、そのすべてに壁を作り、近寄らせなかったのがアイクであった。女性に対してはほとんど興味なく、興味があるとすれば彫刻や絵画の題材モチーフとしてであって、目の前の生の女性には触れることすらなかったのだ。

 その気になれば、花園の一つや二つ築ける立場にありながら、周りにいるのは芸術家の男ばかりで、女っ気はほとんどなし。そんな生活なのだ。

 そこへ、産まれて初めて“妹”以外で気を揉む女性が現れた。美人というだけでなく、芸術に造詣が深く、それどころか自身が持ち合わせていない技法や情報を教えてくれたりと、学ぶ点が非常に多い。しかも、学識豊かなだけでなく、勇猛果敢で悪霊黒犬ブラックドッグをも退けたりと、今までに出会った女性では断トツの才女であった。

 ゆえに生じた隙に、ヒサコはまんまと滑り込んだのだ。

 押し当てられた胸は衣服越しに腕へと伝わり、それが脳内の今まで感じたことのない情欲となって暴れ始めたのだ。

 心臓に悪い、と思いつつ、それを堪えることなどできなかった。その気になれば振り解くこともできたであろうが、頭がそれを否定した。むしろ、このまま行け!と言わんばかりであった。


(ヨシ! そのまま篭絡しちゃって!)


 と、心の中でガッツポーズを取るヨナ。


(なお、中身は七十爺というオチ)


 と、嘆きながらツッコミを入れるテア。


(ヒヒィ~ン)


 送迎終わったんで上がりますね~、と言わんばかりに庭先で横になるつくもん。

 そんな二人と一頭に見守られながら、社交場サロンへと入っていった。



               ~ 第十五話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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