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第十三話  恋の駆け引き! 悪役令嬢、王子様と約を交わす!

 窯場での騒動の後、まずは片付けから始まった。

 散らばった道具類は整えられ、壁にこびり付いた血肉は綺麗に洗い流された。

 幸い、登り窯は無事であった。急いで火の具合を確認し、状態に合わせて、再び窯に薪が放り込まれた。生き残った職人達はドワーフ技師デルフの指示の下、薪をくべる窯の炎と同じくやる気を取り戻し、作業に専念した。

 しかし、それでも暗い気持ちになるのを抑えきれないのも事実だ。

 つい先程まで肩を並べて作業していた仲間が、全員で五名も黒犬ブラックドッグに食い殺された。その僅かに食べ損じた遺骸は丁寧に布でくるまれ、礼拝堂へと運ばれていった。

 そんな慌ただしい光景を眺める視線が四人と一頭分あった。

 アイクが椅子に腰掛けながらそれらを眺め、ヒサコもまた同じくその横に用意された椅子に腰掛けていた。

 その後ろにテアとヨナが侍り、更にその後ろに黒馬つくもんが行き交う人々を目で追っていた。

 しかし、後ろにいる二人と一頭の意識は、目の前に腰掛ける二人、というより、アイクの方に向いていた。

 アイクの動きが物凄く焦れったいのだ。

 後援者パトロンとして、窯場の状況確認はいいとしても、その意識はヒサコに向いていた。しかし、話しかけれない。


(あぁ〜、王子様、完全に入れ込むわ。失陥寸前の城塞ね、これじゃあ)


 と、テア。


(はよ! はよ! 告りなさいよ、王子ぃ〜!)


 と、ヨナ。


(ヒヒィ〜ン!)


 と、つくもんがいななく。

 黒犬襲撃という吊り橋効果に加え、アイクが今まで出会ったことのない芸術に造詣が深い女性。鮮烈な出会いと、強烈な体験が、王子の背中を小突いていた。

 アイクは王子として何不自由ない暮らしをしてきて、体が病弱であることを除けば、実にのびのびと生きてきた。

 言い寄る女性は数知れず、されど、興味を惹かれる女性なし。恵まれてきたため、趣味の芸術以外に情熱を燃やすことはなく、ずっと過ごしてきたのだ。

 そんな王子がとうとう三十目前の人生において、初めての恋に目覚めたのだ。

 アイクがチラリと視線をヒサコに向けると、ヒサコはにっこりと微笑み返す。慌てて視線を逸らし、王子が顔を赤らめる。

 ひたすらこれの繰り返しであった。

 十以上も年下の娘に何やってんだと、後ろで見ているヨナはやきもきしているが、それはヒサコの中身が七十の爺だと知らないからである。

 知っているテアとしては、犠牲者がまた一人、としか思っていなかった。

 なお、そのヒサコはいたって上機嫌であった。窯場は無事であったし、迅速に動いたため人的被害も少なく抑えることができた。おまけに、王子の自分に対する好感度は天井知らずに上昇しており、まず満足するべき結果であった。

 しかも、襲撃してきた黒犬を、スキル《手懐ける者テイマー》で配下に加えることができた。今は黒馬の姿に擬態させているが、大幅な戦力増強であることには変わりない。なにしろ、相手に相応の術士がいなければ、倒すのがほぼ不可能な能力を持っているからだ。


(陶磁器作りもそうだけど、顔繫ぎ程度のつもりで訪れた温泉村への回り道。十分な収穫を得ることができたわ)


 このように考えているため、作り笑いをするまでもなく、満面の笑みを浮かべれるのだ。


「殿下、ようございましたね。すべてが元通りとは参りませんが、窯場は無事に稼働しそうですね」


「あ、ああ、ヒサコの申す通りだな、うむ」


 笑顔を向けるヒサコに対し、やはりぎこちない対応をするアイクであった。軽く言葉を交わすだけでこの程度では、一向に話が進みそうもなかった。


(ええい、殿下、なんでいつもみたいにシャキッとしないんですか。少年時代の初恋ですか!? いやまあ、女に興味のない生活から、いきなり魅力的な女性が出てきて、対応できてないだけか)


 ヨナとしては、もはや全力で二人の仲を取り持つつもりでいた。

 湯女ゆなとしてこの国内一の温泉村であるケイカ村で働くのも悪くはないと思っている。実際、稼ぎはいいし、毎日それなりに楽しみながら過ごせている。

 無論、客は貴族や富豪ばかりなので、その愛人枠にでも滑り込めればという欲もあった。

 だが、それ以上に美味しい餌が目の前にぶら下がっているのだ。


(そう、この二人を上手い事、引っ付ければあるいは!)


 片や王国の第一王子、片や公爵家のお嬢様、釣り合いの取れている最上級の組み合わせだ。この二人の間を繋ぎ、睦ましい状態を作り出すことができるならば、“おこぼれ”を頂戴できるかもしれないのだ。

 上手くすれば、そのまま召し抱えられ、二人の侍女頭になれる可能性すらあった。王子と公爵令嬢の侍女頭ともなると、下手な貴族よりも余程いい暮らしができるし、取次の際の“袖の下”にも期待できる。

 なんとしてでも、二人を引っ付けねばならない。そう考えるヨナであった。


(考えろ、考えるのよ、私! 将来の栄達のために!)


 ヨナの欲望丸出しの思考の波が周囲に飛び散り、すぐ横にいたテアがそれを感じ取って引いた。

 というよりも、自分以外の全員が欲望丸出しの思念を飛ばしているので、息苦しさすら感じていたのだが、どうにか顔には出さずに平静を装った。

 アイクは初恋を成就させるべく、慣れぬ女性とのやり取りに苦悩し、ヒサコはそれをおちょくりつつ、好感度を高めることに終始した。

 一方でヨナはそんな二人を見ながら切り出すタイミングを計り、つくもんにいたっては、お腹すきました、と言わんばかりに足元の草を食み始める始末だ。


(なんというカオス空間! 早く引き上げて、温泉入りたいな~)


 先程まで激戦を繰り広げていたのである。着衣はあちこちに汚れが付いており、髪もボサボサになっていた。普段なら人前には出れない格好だ。

 だが、誰も気にしてはいない。ヒサコも似たように汚れてはいるが、お構いなしだ。窯場と言うこともあって、汚れるのが当たり前な空間でもあるが、それ以上にアイクの煮え切らぬ態度に意識が集中しているのだ。

 どうしたものかとテアが悩んでいると、考えがまとまったのか、先にヨナが動いた。


「ヒサコ様、お召し物が汚れております。一度、戻って奇麗にされるのはいかがでしょうか?」


 ヨナの選択肢も“焦らし”であった。このままでは埒が明かぬと思い、一度引いて準備を“互いに”整えようと言う腹積もりであった。


「あら、そんなに汚れていましたかしら?」


 ヒサコが立ち上がり、あえてアイクに見せつけるようにクルリとその場で回った。確かに汚れてはいるが、そんなことなどお構いなしにアイクはヒサコの立ち姿が舞いでも踊っているかのように映り、らしくもなく生唾を飲み込んだ。


「はい、汚れています。湯に浸かり、奇麗になされるのがよろしいかと」


 これにテアも乗っかった。自分が風呂に入りたいと考えていたのもあるが、動かぬ進展を待つよりも、積極的に誘った方がいいという判断もあった。


「そうですか。まあ、二人がそう言うのでしたら、引き揚げましょうか。あまり長居して、お邪魔しても悪いですし、そういたしましょう」


 ヒサコのこの言葉に動揺したのはアイクであった。気の利いた台詞を言うこともできず、完全に置いてきぼりにされてしまったのではなかろうか、そう考えたからだ。

 しかし、そこはヒサコである。恋愛に不器用かつ不慣れな王子様を優しくエスコートした。


「殿下、これにて御前より失礼いたしますが、もし昨日よりお気持ちがお替りでなければ、今宵は社交場サロンにてお会いしようと思うのですが、いかがでございましょうか?」


 ヒサコのこの提案に、アイクは当然飛びついた。今はまだ昼前、社交場サロンの準備を整える時間は十分にあるし、気持ちを整理するのに丁度いいと考えたのだ。

 なにより、昨日は断られた誘いに、今度は相手が進んで乗ってきたのである。アイクとしてはこれを“脈アリ”と判断した。


「それは良い考えですね。今宵は社交場サロンにて語り明かしましょう」


「まあ、嬉しいお言葉ですわ。先日は無作法にもお断りしてしまいましたが、色々とお話をお聞きしたいものですわ」


「うむ。私もヒサコより、色々と聞いてみたいことがある」


 まるで少年のような無邪気な笑顔であった。芸術に対しては真剣に打ち込んできたが、女性の扱いには素人であり、どういう反応を示すべきかよく分からなかった。ゆえに、ただただ純粋に笑い、喜びを表現するよりなかったのだ。

 とはいえ、これで社交場サロンでの夜会で落ち合う約は取れた。それぞれの思惑は違うが、相手のことをさらに深堀するための状況は出来上がったと言える。

 それを見守るテアとヨナもよしよしと頷いた。

 なお、つくもんはようやく終わったかと言わんばかりに、草を食むのを止めた。

 かくして、次なる戦場は決まった。村の中央にある社交場サロン、そこは滞在中の名士や芸術家たちが集う華やかな空間であり、情報交換の場でもある。

 そして、今宵は王子と公爵令嬢の華やかな憩いの場となるのか、果ては戦場と化すのか、駆け引きはまだ始まったばかりであった。

 

 

             ~ 第十四話に続く ~

 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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[一言] なんだ、王子の性癖が前田ロリ家だとか高坂男娼じゃなくて、へうげものの織部が高麗から陶工の女性お持ち帰りした感じか
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