第八話 キノコマイスター久子! 森の中は危険がいっぱい!
往診のため、公爵家の邸宅を出立したヒーサとテアは一路、西の方へと向かった。シガラ公爵領の西隣がカウラ伯爵領であり、カウラ伯爵の情報収集を行うためだ。
そして、領地の境界に程近い場所までくると、ヒーサは岩陰に身を隠し、その姿を女に変えた。
金髪碧眼である点は変わらないが、背丈は少し縮み、胸部は膨らみ、腕や足はスラっと細くなった。
ヒーサこと松永久秀は異世界転生する際にいくつかスキルを手にし、その一つが《性転換》であった。念じるだけで男と女を入れ替わることができ、それを使ったのだ。
「ふむ、まあ、こんなところかしら」
ヒーサ改めヒサコは自分の姿を嘗め回すように眺めた。服はテアが用意した外行用の女物に身を包んでいた。乗馬できるようにと、動きやすい服装ではあるが、やはり慣れない女の体には違和感を感じてしまうものであった。
「どう? 見た目的におかしいところはあるかしら?」
「まあ、外見は問題ないかな。ただ、慣れない女言葉を使ってるから、話し方がぎこちない」
「仕方ないでしょ。まだそこまで修練する時間がなかったんだから」
やはり、《性転換》を使いこなすのには時間がいるな、とヒサコは思った。
とはいえ、今は探索が主目的である。テア以外とは話すこともなさそうなので、今のところは良しとせざるを得なった。
「それより、テア、あんたも姿変えなさい。ヒーサの専属侍女と一緒にいるのは、さすがに後で勘繰られる可能性があるわ」
「あぁ~、それもそうね。なら」
テアが目を瞑って念じると、すぐに体に変化が出始めた。薄めの緑色であった髪は赤くなり、髪の長さも腰近くまであったのが、肩の近く辺りまで短くなった。
「おお、早い早い。これはどういう原理なの?」
「前にも言ったけど、今の私の体は自分の姿を模して作った人形だからね。髪の長さや色くらいのマイナーチェンジなら、簡単に出来るわよ」
「なるほど」
ヒサコは短くなったテアの髪を指でいじった。そして、その視線はテアの胸部へ突き刺さる。渋い顔で、なにか難色を示しているようであった。
「な、なによ?」
「簡単に変えれるのなら、ついでに胸の大きさも変えておいて。それで見破られても面白くない」
「胸の大きさで見破るとか、おかしくない!?」
「少なくとも、私は目利きができるわよ」
「どんな目利きよ!?」
相変わらず奇妙な特技をデフォで持っているなあと思いつつ、テアは言われるがままに胸の大きさも変えた。みるみるうちに萎んでいき、豊満なる曲線を描いていた衣服の胸元は真っ平になった。
「うむ、見事な断崖絶壁ね。リリンといい勝負ができるわ。よし、この姿の女神を“トウジンボウ”と名付けましょう」
「謝れ! 私と福井の人達に謝れ!」
「ふくい?」
「・・・ああ、そうか、福井に名前変わったのは、あなたのいた時代のもう少し後か。なら、越前国人衆に謝れ!」
「知らん」
プイッとそっぽを向いてしまうヒサコ。テアはその横顔を見て、素直に可愛らしいと感じた。腕を組んで頬を膨らませる、そうした仕草も演技としてやっているのだろうが、付け焼刃にしてはなかなかいい見栄えだと素直に感心した。
勝ち気でわがままなお嬢様、といった感じであろうか。
なお、その頭の中では、家督簒奪というかなりドギツイ内容の企てがなされており、わがままお嬢様を遥か通り越して、完全に悪徳を重ねる奸智の令嬢であった。
「さて、トウ、これからのことなんだけど」
「結局、その名前、使わせるんですか!?」
「私もあなたも“一人二役”で通すのよ。ヒーサとテア、ヒサコとトウ、この組み合わせで基本的には行動する。互いが同一人物だとバレないように、気を付けながらね。それとも、まんまトウジンボウの方がよかったかしら?」
「・・・トウでいいです、はい」
絶対おちょくっている、テアことトウにはそう思わずにはいられなかった。姿は違えど、ヒーサとヒサコは同じ心を持ち、その心は戦国の梟雄・松永久秀その人である。
梟雄と称されるほどの苛烈な人生を駆け抜けた武将であり、その強さに惹かれて女神は選んだのだ。もっとも、転生者としては操作性が最悪で、全然言うことを聞かないうえに、めちゃくちゃな行動を平然としてくるので、完全に持て余している状態であった。
「で、これからだけど、今日は街道沿いを中心に地形の把握といきましょう」
「待ち伏せですか? 不意打ちですか?」
もう女神は完全に投げやりになっていた。好きなようにやらせると約したことを、今ほど後悔したことはない。
「さて、それは調べてみてのお楽しみ~」
そう言うと、ヒサコは着替えた服などの荷物を、馬に下げていた道具袋に詰め込んだ。ヒョイッと馬に跨り、女神を見下ろした。
「ほら、さっさと行くわよ。あまり遅くならないうちに、屋敷に帰らないといけないしね」
「はいはい」
女神も同じく馬に跨り、ゆっくりと轡を並べて馬を走らせた。
目の前には山林が広がり、そこを貫く街道を二人と二頭は進んでいった。
***
情報収集、地形把握が目的であったが、女神の耳に入ってくるヒサコの呟きは、物騒以外の何物でもなかった。
なにしろ、
「ああ、この橋、見計らって落としてしまえば、いい時間稼ぎになるわね」
とか、
「おお、ここ、ここいいわ。崖上から落石で立ち往生、あわよくば圧殺できるわ」
とか、
「うほぉ~、毒キノコの群生地、たまんないわねぇ~。これ、たらふく食わせたい」
などと、本当に貴族の令嬢(脳内設定)かと問いかけたくなる言葉ばかりが飛んできた。
まあ、トウとしてはこうなることは分かり切っていたが、それでも実際に目の前ではしゃぐ御令嬢(中身は七十爺)を見せつけられるのは、なんとも考えさせられるものであった。
森の木陰で毒キノコを物色する令嬢など、この世界では目の前の転生者くらいだろう。
「それで、どのキノコをどうやって食べさせるの?」
「さてさて、どうしましょうかね。あ、それより、トウ、今すぐ後ろに飛び退きなさい。足元のキノコ、やばい奴だから」
そう言われたので、トウは足元に視線をやると、そこには真っ赤なキノコが生えていた。まるで地獄から亡者が手を伸ばしているかのような異形のキノコであり、炎とも噴き出す血にも見える鮮やかなキノコであった。
そして、そのキノコのことを知っていたので、トウも慌てて飛び退いた。
「っぶな、カエンタケ」
「触ってたら、オダブツだったわよ」
二人の知る限り、最強の毒キノコである。ほんの一欠けらで致死量になる毒を含み、食べずとも触れただけで、見た目よろしく炎に触れるがごとく焼けただれてしまうほどであった。
「これは利用できないわよ。こんなもん、口に入れられないし、加工するのも手間すぎるわ。もう少し分かりにくくて相手に食わせやすい毒キノコでなくてはダメ」
「結局は食わせる気、満々じゃない!」
「そうですわよ。ふむ、使えそうなキノコはありそうですけど・・・。それより、何人か、私達と一緒に遊びたい方々がいらっしゃるようですわよ」
「え・・・?」
ガサガサと木の葉を踏み抜く音とともに、抜き身の剣を見せつけながら男が数名現れた。ボロを身にまとい、手入れが全然なされていないボサボサの髪や髭面。見るからに、私共は盗賊でございますと説明文でも記載されてそうな出で立ちであった。
「ヘッヘッヘッ、お嬢ちゃん方、こんな薄暗い森の中でお散歩とは危ないなあ」
「そうそう、物騒な危ない動物が出てきたりするもんな」
などと、“危ない動物”がうら若き乙女二人に、下品な息とよだれを吐き出しながら近づいてきた。
ちなみに、二人はほぼ丸腰だ。ヒサコが採取用に登山用小刀を腰にぶら下げているだけだ。
一方で相手はちゃんとした剣であり、しかも頭数も多い。どうあがいても勝ち目はなかった。
(ああ、もう。こういう時のために、戦闘系のスキルがいるってのに。《剣聖の閃き》を確保してたら、その小刀一本で瞬殺できるわよ)
せっかく引き当てたSランク戦闘スキルを見向きもしなかったことが、ここへ来てツケが回ってきた格好となった。トウが心の中で舌打ちをしているのだが、その横のヒサコは全く動じていない。
まるで“手慣れている”かのようにゆったりとした足取りで前に進み出た。
「ぐへへへ、まずはこっちの嬢ちゃんから俺らの相手をしてくれるってか?」
「悪かねえな。見たところ、結構いいとこのお嬢様っぽいが、まあ、たまにはこういう高嶺の花を手折ってみるのもいいんじゃね?」
お約束、テンプレな台詞が並ぶ中、ヒサコは男達のすぐ手前まで歩み寄った。
「遊びを始める前に、いくつか質問よろしいでしょうか?」
「おお、いいぜ。かわいこちゃんとのお喋りは大歓迎さ」
「では、最初の質問。あなた方はいわゆる、野盗の類ですか? それとも外法者でしょうか?」
「・・・後者だ」
その答えを聞いた途端、ヒサコは不気味な笑みを浮かべた。まるで、地獄の窯から湧き上がってきた魔女のごとく、邪悪な笑みを浮かべていた。
それを見た男達が引くほどの、見てはならない笑顔だ。
「ならば、交渉の余地はありますね。皆様方、私はこういう者です」
そういうと、ヒサコは懐からペンダントを取り出した。純金の台座に緑玉がはめ込まれた物で、それだけでも相当な価値がある。
そして、それを見つめた男達のうちの一人が目を丸くして驚いた。
「お、おい、あんた、そりゃシガラ公爵の紋章じゃねえか! 公爵家の人間か!?」
「公爵令嬢のヒサコと申します」
もちろん、嘘である。公爵の子供はあくまでヒーサの方であって、同一体であってもヒサコは子供と認知されているわけではない。あくまで、ヒーサがスキルで変身した姿がヒサコであるからだ。
「んな!? お、おい、お前ら、この人には手を出すなよ」
男は怯みながら数歩下がり、他もそれに合わせて後ずさりした。
「うわ~、紋章見せびらかして怯ませるなんて、どういう黄門様プレイ・・・」
ちょっと離れたところにいるトウがぼそりと呟いた。なお、耳のいいヒサコにはしっかりと聞こえており、それゆえに意味が分からず首を傾げた。
「黄門・・・、たしか“中納言”の唐名だったと思うけど」
「ああ、気にしないで。百年後のちりめん問屋のお話だから、黄門様は」
「ちりめん問屋が黄門様とは、これいかに?」
まあ、後で聞くかと考えつつ、ヒサコは男達に向き直った。
「さて、私が公爵令嬢と認識しての狼藉ということでよろしいかしら?」
「あ、いや、その・・・」
「私とそこの侍女を辱めたいのであればそうなさればいいですが、その後は遺骸を父上に献じなさいませ。そう、目の飛び出すようなお礼をなさることでしょう」
正直、そんなことをすれば、本気で物理的に目が飛び出しかねない。その可能性があるからこそ、目の前の女性には手が出せないし、頭を悩ませるのだ。
そんな困惑する男達に対して、ヒサコは笑顔で手を差し伸べた。
「ですから、先程述べましたように、“交渉の余地”があると言ったのですわ」
「それはどういう・・・」
「あなた方に一仕事、お願いしたいのです。そして、その仕事が完遂した暁には、外法者を解除するよう父上に申し出て差し上げましょう。無論、それとは別に謝礼金もご用意いたします」
「本当か!?」
案の定、食いついてきた。してやったりと心の中で思いつつ、顔には出さずに話を続けた。
「はい、本当のことでございます。何しろ私、密かに父上の命を受け、今もその仕事の下調べをしておりましたし、少し人手が欲しいなと考えておりましたからね。あなた方の協力がございましたら、それこそ、成功は約束されたようなもの。ここ周辺の地理には明るいのでございましょう?」
「そりゃあ、ここらでひっそりと暮らしているからな」
「ますます結構なことですわ。是非、あなた方全員を雇い入れさせてくださいまし。私、誠実をモットーにしておりますので、嘘は申しません」
その時点で嘘じゃん、とトウは危うく口走りかけたが、喉まで出かかったそれをどうにか抑え込んだ。今までの相方の言動から、誠実さの欠片もなく、嘘も方便と言わんばかりに自身への利益誘導に余念のない姿勢を貫いてきた。
関わらない方がいいわよと、盗賊の皆様方に忠告したいが、まあ、相手もこちらを襲撃しようとした上に、しかも外法者である。遠慮の必要もないかと、トウは思った。
「・・・で、仕事の内容ってのはなんだ? それを聞かないことには、引き受けれんぞ」
「まあ、そうですわね。簡単に申しますと、事故に見せかけた暗殺、標的はカウラ伯爵です」
それを聞いて、男達は逆に血の気が引いた。事故に見せかけるとはいえ、貴族殺しの片棒を担げとと言ってきたからだ。
「そ、そりゃあ、いくらなんでも」
「でも、日の当たるところに出たいのでしょう? ねえ、外法者さん」
外法者とは、“法を無視する者”ではなく、“法に無視される者”のことを指して言う。なんらかの罪を犯した者が、公衆の面前で外法者宣告を受けることなのだ。
その宣告を受けた者は、あらゆる法が適応されなくなる。例え、誰かに面白半分に殺されたとしても、下手人は法で裁かれることはない。なぜなら、外法者は殺人罪という法が適用されないので、罪自体がないことになるからだ。
殴られようが、奪われようが、どうなろうと関知せず。法による保護が一切ないので、外法者は人前に出てくるのが難しいのだ。
ゆえに、その状態の解除という報酬は、何よりも得難いものなのだ。日陰者が日の下に出れるのであれば、それこそなんだってやってしまうのである。
「・・・それで、いつやるんだ?」
「数日中にカウラ伯爵が街道を通って、この公爵領にやって来るわ。そこで、ちょっと先にある崖の辺りで落石に巻き込まれた体を装って、事故死していただきます。そう、あくまで“事故死”です。襲撃しろとは申しません。石を落とすだけですから」
「そ、そうか。事故だよな、それは!」
「はい、事故でございますわ」
あ~あ、口車に乗っちゃった。まんまと男達は丸め込まれたのを、トウは哀れに感じつつ、結局は外法者だし、別にいいかと思った。
「ですので、皆さんはしばらく街道を見張っていてください。正確な日時が分かりましたら、すぐに渡りを付けますので、見張りと、石運びでもやっていてください」
そう言うと、ヒサコは自身の馬まで戻り、それに吊るしておいた道具袋から小袋を一つ取り出した。それは財布であり、中にはジャラリと擦れるお金が入っていた。
「はい、これ。手付金に受け取っておいて」
「うお、こんなにいいのかい?」
「構いませんわ。大仕事になりますから、その程度の手付金では申し訳ないくらいです」
さすがに、男達は現金なもので、実際の報酬を一部とはいえ見せつけられると、俄然やる気が出てきたのだ。日陰者の立場をおさらばでき、さらに謝礼金で社会復帰のための地位も用意できる。この仕事は受けざるを得ないのだ。
「分かりました、お嬢様。準備しながら指示を待っておきます」
「はい、よろしくお願いしますね。落とす石は、なるべくご立派なものを、ね」
よしよし上手くいったとヒサコは胸中で喝采を上げた。
そして、馬に跨り、トウと共にその場を立ち去って行った。
***
無言のまま山林を進んだのち、ようやく街道まで戻ってくると、トウは安堵の溜息を吐いた。
「ここまでくれば大丈夫ね。さすがに盗賊に襲われるなんて、思ってもみなかったわ。公爵領は治安がいいですし、あの手の輩はいないと思っていたわ」
トウの言葉はもっともであった。治安の良し悪しは貴族の統治が隅々まで行き届いているかの証左であり、盗賊が跋扈するなどは威信に関わってくるのだ。当然、徹底的な討伐が行われるのが常である。
「まあ、乱世の方がああいう輩が多いのは認めましょう。でも、平和な時代であろうとも、社会に馴染めず、社会から外れたり外されたりする者はいるものですわ」
「そりゃあねえ。それより、本気で暗殺する気?」
先程のやり取りをきいていると、もはや殺すのが確定事項としか聞こえなかったのだ。
「ああ、あれは逃げるための出まかせ。もちろん、使えるかもしれない手札の一つにはするかもしれないけどね」
「じゃあ、ほったらかしにすることもあり得るってこと?」
「そうよ。だって、公爵令嬢なんて“現段階”ではいないし、訴え出たところで、気でも触れたか外法者め、で終わっちゃう話だもの。手付金貰えただけでも感謝してもらわないとね」
「おおう、なんという外道。嘘は言わないんじゃなかったの?」
「あれ? そうでしたっけ? うふふ・・・」
またしても悪そうな笑顔でヒサコは答えた。そして、その手の中にそこらで適当にむしったキノコが握られていた。そして、それは毒キノコである。
「森で出会ったキノコさん達は、いったいどんなお味がするのかしらね。もちろん、私は食べるつもりはありませんが」
「やっぱり、食わせる気満々じゃない。怖いなぁ」
などとやり取りをしていると、ヒサコの姿はヒーサに切り替わっていた。いくら美形とはいえ、女物の服を着ているさまは、さすがに滑稽であった。
「おい、女神。なんならそこらの木陰で、ワシのキノコを食していくか?」
「結構です。毒気がきつ過ぎて、腹を下すどころじゃすまなさそうなんで」
「それは残念」
などと言いつつ、またその姿をヒサコに戻した。
「さてさて、面白くなってきたわね。どんな悲劇喜劇が展開されるのか、これから楽しみだわ」
「喜劇で終わってくれる方がいいんだけどね」
悪そうな笑顔を浮かべるヒサコに、どこまで付き合わされるのか。自分の未来は暗いものだと、トウは嘆かざるを得なかった。
~ 第九話に続く ~
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