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第十二話  鉄拳制裁! 乙女の拳は神をも倒す!?

 窯場は静かなものであった。先程まで阿鼻叫喚の地獄が形成され、巨大な黒犬ブラックドッグに食い殺されるという惨劇の現場とは思えぬほどであった。

 だが、散らばった道具類が嘘ではなく現実の出来事であることを知らせ、また、飛び散って建物の壁にこびり付く血肉が嫌でも凄惨な光景を見せ付けてきた。


「ひどい有様ですね」


 ヒサコは乗っている黒馬つくもんから飛び降り、不機嫌そうに周囲を見回した。折角、見つけた陶磁器の生産施設を、妙な形で失いかけたからだ。


「まあ、窯自体に損害がないとはいえ、職人の方に被害が出たのは痛いな。丁重に葬ってやらねば」


 同じく馬に乗っていたアイクも、テアとヨナに助けられながら馬を下り、手を合わせ、亡くなった者達に祈りを捧げた。

 ヒサコもそれに習い、アイクの横に立って冥福を祈った。


「おお、王子! 無事でしたか!」


 祈りを捧げていると物陰から誰かが声をかけてきたのでそちらを振り向くと、そこにはドワーフの技術者デルフがいた。デルフは樽を思わせる体を動かして必死に駆け寄り、王子の無事を喜んだ。


「おお、デルフか! よく無事であったな!」


「いやぁ、ワシはこの通り足が遅くてな。逃げるよりも隠れた方が良いと思って、物陰に潜んでおったのです。銃声に惹かれて黒犬が去ってくれたおかげで助かりましたわい」


「そうであったか。まあ、無事でよかった。おぬしがおれば、またやり直せる」


 なにしろ、折角隣国から呼び寄せたドワーフの技師である。焼物だけでなく、色々と学び取らねばならないことは多いのだ。職人の損失は痛いが、その大元たるドワーフの技師がいなくなっては、何もかもが終わってしまうのだ。

 最悪の事態だけは回避できたと、アイクは胸を撫でおろした。


「さっきの銃声、お嬢さん方の仕事じゃな。助かったぞ」


「いえいえ。こちらも突然の事態に必死でしたから。御無事で何よりです」


 ヒサコがにこやかな笑みと共に手を差し出すと、デルフは少し恐縮しながらもその手を握り、しっかりと握手を交わした。

 ヒサコとしても、ドワーフ技師が生き残っていてくれたのは幸いであった。アイクがそうしたように、いずれはドワーフの招致も考えているため、伝手が失われなくてよかったと心底安心したのだ。


「窯は無事じゃった。火も何とかなると思う。だが、何人か死んでしまったのが残念でならん」


 デルフにとっては、ここの職人は一人の漏れなく自分の教え子であった。当初は積まれた報酬のみに興味があって出向いてきたのだが、次第に真剣な人間達の態度に打ち解け合い、酒を飲んでは語らう日々を楽しく思うようになっていた。

 だが、そんな見知った顔ぶれが幾人も帰らぬ人となり、言い表しようのない虚しさがデルフに襲い掛かっていた。

 そんな気落ちするデルフに対し、ヒサコはそっと肩に手を置いた。


「デルフ殿、こう言ってはなんでしょうが、割れた器を嘆くより、次に作る器のことに頭を悩ませましょう。あなたが立ち止まっていては、他の教え子が困ってしまいますわ」


 笑顔で答えるヒサコに対し、デルフは心打たれた。指摘された通り、教え子達が全滅したわけではないのであるし、教える側が不貞腐れているわけにはいかないのだ。

 それを気付かせてくれたヒサコに、デルフは笑って応じた。


「強い、強いのう、お嬢ちゃんは」


「強いと思ったことはございませんが、弱いとも思っておりませんわ」


「十分強いよ、お嬢ちゃんは。まるで、歴戦の勇者のごとき立ち振る舞いだわい」


 気を持ち直したデルフは、側に散らばるガラクタの山をかき分け、そこから何かを取り出した。ヒサコはそれを凝視すると、見知った品であった。

 それは巨大な巻貝。かつての世界でよく使った品だ。


「あ、それって、もしかして法螺貝?」


「おお、そうじゃとも。なかなかよい音を出すでな」


 そう言うと、デルフは大きく息を吸い込み、そして、法螺貝に息を吹き込んだ。


 ブオォォォォォォォォ! ブオォォォォォォォォ!


 けたたましい音が窯場どころか谷間に反響し、村全体に音を届けた。

 あまりに至近で大きな音がしたため、その場の面々は思わず耳を塞いでしまったが、ヒサコだけはなぜか懐かしむかのように恍惚とした表情を浮かべていた。


(あぁ~、この音色、たまらん! こう、合戦が始まるっていう高揚感が湧いてくる!)


 かつての世界で慣れ親しんだ法螺貝の音色に、在りし日の合戦風景を思い浮かべた。何度となく聞き、あるいは聞かされた音だ。懐かしくもあり、忌々しくもある、合戦の合図となる叫びであった。

 とはいえ、あまり表情に出すと奇異の目で見られるため、思い出は隅の方へと追いやった。


「今のは?」


「招集の合図じゃよ。これで散らばって逃げた連中も、騒動が片付いたと戻ってこよう」


 少し経つと、一人、また一人と散らばって逃げた職人達が窯場に戻ってきた。恐る恐るではあるが姿を現し、黒馬つくもんを腰を抜かす者も続出するが、そこはヒサコやアイクが説明して皆を宥めた。


「……で、結局、五名が殉職と言うわけか」


 アイクは食われた者の顔を思い浮かべつつ、冥福を祈った。それに倣い、他の職人も祈りを捧げた。

 なお、職人を食らった黒犬ブラックドッグは馬に姿を変え、すぐ横に控えているのだが、それを知っているのはヒサコとテアだけであり、毎度の欺瞞空間の誕生であった。


(ほんと、よくまあ、平然としていられるわね。ヒサコも、張本人つくもんも)


 実際、テアの見る限り、ヒサコもつくもんも祈りを捧げているようには見えるが、心中では良からぬことを考えているだろうと思った。なにしろ、この手のやり口は常套手段と化しており、何度も見せつけられてきたからだ。

 そして、祈りが終わると、早速ヒサコが切り出した。


「お尋ねしたいのですが、黒犬が現れる原因はなんだったのでしょうか?」


 至極当然の質問であった。テアの話によると、相当高レベルの怪物であり、普段は滅多に見られない存在なのだそうだ。そんな危険な存在が人里にホイホイやって来るとは思えず、何かしらの重大な理由があるのではないか、そう考えたのだ。

 だが、反応は鈍い。誰も彼もが首を傾げ、お互いに確認し合うが、明確な答えを持つものは誰一人としていなかった。


「つまり、化け物に襲われる理由らしい理由がないと?」


「そうなるな。本当に分からんぞ」


 アイクも同様に渋い顔でそう答えざるを得なかった。いきなり現れ、いきなり襲われたのである。なんとも答えようがなかったのだ。


「あの、一つよろしいでしょうか?」


 そう言って手を上げながら尋ねてきたのは、テアであった。当然皆の視線がテアに集中し、次なる言葉を待った。


「えっと、陶磁器を作る際には、山を削りますよね?」


「まあ、そりゃな。粘土を始め、混ぜる土はそこの山奥の採掘場から採取しておる」


 答えたのはデルフであった。デルフとしては良質の材料を求めて付近の山々を散策したことがあり、割と近くに良い土を見つけたときは喜んだものだ。

 そして、利便性を考え、この場所に窯場を設けることにしたのだ。


「では、おそらくそれが原因ではないかと」


「なんだと!?」


 テアの言葉には全員耳を疑った。土を掘ったら襲われたなど、とんでもない話だからだ。


「推察になりますが、この村の奥地は何かしらの聖域か、あるいは不浄な存在を封印した禁域か何かではないかと」


「ああ、そういうことか。立ち入ってはならなかった場所に立ち入ったと」


 アイクはテアの話を聞き、なんとなく納得がいった。


「確かに、この村の奥はかつて何かの聖域であったと聞いているが、何であったのかまでは伝わってきておらん。まあ、一応、ここの窯場建設時に《五星教ファイブスターズ》の司祭殿に依頼して、地鎮祭をしてもらったのだがな」


「それって、お祓いの効果がなかったってことじゃない」


 ヒサコは呆れ果てて吐き捨てるように言った。

 そもそも、宗教に帰依するほど信心深くはないのだ。なにより、寺社勢力とは散々やり合ってきた経験があるため、宗教などと言うものは唾棄すべきものだとすら考えていた。

 とはいえ、利用価値があるのも事実であり、それなりに保護してきたこともあった。神仏を有難がるものがいる限り、神社仏閣の造営や修繕を行うことで、名声と箔が付くからだ。

 使えるから使う。利用できるから利用する。乱世の梟雄にとっては、宗教などその程度の存在でしかないのだ。

 当然、害悪なれば、徹底的に排除することも辞さない。


「なるほど、土を掘っているうちに、その封印を破いちゃって、中から悪霊が飛び出したってわけか」


 ヒサコは奥部の谷間を見つめ、そう呟いた。もちろん、証拠もない推察に過ぎないが、それはもはやどうでもいい事であった。なにしろ、その強力極まる悪霊も、今や自分の傘下に入っており、心配事は消し去っていたからだ。


「それならば納得がいくな。では、どうするべきだろうか?」


 アイクは皆に意見を求め、周囲を見回した。

 そして、ヒサコが挙手した。


「これも推察になりますが、封印が破れた際に、それを抑えるべくもう一つの術式を仕込んでいたと考えられます」


「それがあの馬か」


「はい。黒犬を倒してくれたことからも、間違いないかと。つまり、被害は出たけど、すでに悪霊は消え去っているとみて問題ないでしょう。あとは、念のためにこの場に犠牲者の鎮魂の碑を建てて慰めつつ、採掘場にも荒ぶる山の神か守護霊に対して、敬意を示す賛美と謝罪の碑を建て、鎮護してしまわれるのがよいかと」


 ヒサコとしては、もう災いが降りかかることはないと確信しているため、特に行動を起こさなくても大丈夫であると知っていた。

 だが、黒犬に襲われた忌まわしい記憶だけは、皆の脳裏に残ってしまう。そこで碑文を立てて鎮めたという気にさせればよいのだ。

 心に隙間が生まれるからこそ、そこに怪異が入り込んでくるのである。病は気からと言うように、怪異もまた気の迷いから生じるものだと言うのが持論なのだ。


「それはならんぞ!」


 いきなり突き刺さるような声が飛び込んできたためそちらを振り向くと、そこには法衣に身を包んだ僧侶が立っていた。

 当然、《五星教ファイブスターズ》の司祭だということはすぐに分かった。

 教団は各地に教会や修道院などを建てており、そこを拠点に活動を行っている。様々な儀式の差配から、貧民への救済活動、果ては怪物退治まで、その活動内容の幅は広い。

 そして今、この地の司祭が登場と同時に空気が一気に重々しい、というか刺々しいものへと変わった。なにしろ、先程のヒサコの言を信じるのであれば、地鎮祭でこの土地にいた悪霊を鎮めれなかったことも原因の一つに挙げられるからだ。

 鎮めていればこんなことにはならなかった、そう考えると怒りが湧いてくるのであるが、あれほどの化け物相手では仕方がないと思う気持ちもあり、口に出すのは控えているのだ。


「これはこれは司祭様、わざわざお越しくださるとは」


 アイクは丁寧に応対してはいるが、やはりすべてを隠しれてはいないようで、少しばかり声色に苛立ちがこもっていた。

 それを知ってか知らずか、司祭はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。


「いけませんぞ、殿下。死者への鎮魂の儀式をするのは当然にしても、教団を解していただかねば清浄なる天界へは行けませんぞ。悪霊に胃袋ごと担がれたまま、冥府に赴くやもしれません」


 ヒサコは司祭のこの言葉を、遠回しな“お布施”の催促だと受け取った。儀式はこっちでやるから、お前らは金を用意していろ、というわけだ。

 これに対するヒサコの反応は“怒り”であった。

 神仏の名を使い、自らを貴ぶべき存在だと誤認し、貪り食うだけの存在。かつて嗅いだことのある愚者共と同じ匂いがするのだ。

 梟雄の記憶の中にある坊主はすべからくクズであった。酒を飲むし、女は抱くし、肉も喰らう。そして、人も殺す。武士と坊主の違いはただ一つ、お経が読めるかどうか、ただそれだけであった。

 信長まおうと数少ない意見の一致を見た点、それは宗教への徹底的な締め付けだ。正確には武装組織としての教団の力を削ぎ、ただの祭事と修行の場とすることであった。

 その点では、信長の行動は徹底していた。幾度の勧告を無視した延暦寺は焼き払い、邪魔立てする本願寺は潰しにかかった。

 一方で、伊勢神宮のように武装解除した宗教勢力には、極めて寛大な態度を通した。遷宮に際して援助を求めたところ、求めた額の三倍を出すと約したほどだ。


(虫唾が走る!)


 役立たずであるのに、喜捨だけはきっちり求めてくる。ヒサコは目の前の法衣をまとった業突く張りは、お灸をすえてやるべき相手だと認識した。

 そうなると、自然と足が前に出るもので、手も勝手に出てしまうのであった。

 皆が渋い顔をする中、ヒサコは無表情で司祭に歩み寄り、その頬に平手打ちをお見舞いした。なかなかにいい音が響き、誰しもが唖然とした。

 殴られた当人は、訳が分からないと言いたげにヒサコを見つめた。


「な、なにを……」


「足りないようですね、お仕置きは」


 そう言うと、今度は拳を握り、司祭の顔面を殴りつけた。鼻先に命中し、威力に押されて背中から倒れた。鼻からは血があふれ出し、唸り声を上げた。

 法衣は血と泥にまみれ、無様な姿を晒し、ヒサコはスカッとする思いでそれを見下した。


「俗物が! 儀式の失敗を横に追いやり、さらなる金の無心とはいい根性してるわね。こんなだから、《六星派シクスス》に走る者が増える一方なのよ」


 《五星教ファイブスターズ》の社会的役割が大きいのは承知している。貧民救済や怪物退治など、他にはできない仕事の多くを行っているのが教団なのだ。

 同時に、腐敗が進んでいるのもまた、教団の特異性ゆえだ。誰もできないからこそ教団が行う。つまり、競争相手がいないことによる堕落こそ、教団を蝕む病巣そのものと言えた。

 求められるお布施は、派遣されてい来る司祭の匙加減で決まり、中には割高な要求をして、上納金を差し引いた分を懐にしまい込む俗物が多いのだ。

 ゆえに、そうしたことの反発へ嫌気の差した連中が密かに異端の《六星派シクスス》に通じて、強欲な地元の司祭などを叩き出すといったことをしているのだ。

 教団からすれば仕事をして報酬を貰って何が悪いとでも言いたいのだろうが、不正に高額な報酬を要求されることに耐えられない人々が増え、不満が貯まってきているのだ。

 王権簒奪にも利用できることであるため、その辺りはきっちり調べあげていた。

 だが、それよりなにより、目の前の無能がイライラして仕方がないのだ。


「き、きしゃま、こんにゃことをして、たたてしゅむと」


「聞こえなぁ~い!」


 ヒサコはさらに前蹴りを再び顔面にお見舞いし、さらに勢いよく後ろに倒れた。そして、倒れこんだ司祭の顔を踏みつけ、グリグリとねじ込んだ。


「お黙りなさい、俗物が! 神の奇跡ってのを授かってんなら、あたしの攻撃を先読みして、かわしてみなさいよ! 罰が当たるって言うのなら、今すぐあたしに裁きの雷でも落としてみなさいよ! 偉そうなこと言う前に、あんたの意味のない儀式の果てに死んだ、ここの職人連中を生き返らせてみなさいよ!」


 ヒサコは苛烈さに、周囲はただただ茫然と見守ることしかできなかった。普段の余裕ある教養豊かな姿はどこにもなく、純粋な怒りの集合体と化した女性がそこにいた。


「ひひゃぁ……、ゆ、ゆりゅして……」


「許しを請うのは、私でもないし、神様でもない。死んだ職人の皆様方よ。だから、その機会を作って差し上げましょうか?」


 ヒサコは腰に帯びていた細剣レイピアの柄に手を置き、いつでも抜き放てるのを相手に誇示した。

 さすがにそれ以上はマズいと考えつつも、ヒサコの形相に恐れおののいて誰も動けなかった。ただ一人の例外を除いて。


「お嬢様、それ以上はいけませんわ」


 テアがヒサコの手を覆うように自らの手を乗せ、剣を抜こうとする動きを制した。


「死んだ方々への慈しむ心が、それを踏みにじる言動を行うバカへの怒りに転じられたのも理解できます。なればこそ、今再び神聖なる窯場を血で汚されるおつもりでしょうか?」


 テアは知っている。この悪役令嬢の中身は誰よりも強欲であることを。ならば、その欲を刺激してやれば、他の事なの些事でしかなくなるのだ。

 大事な茶器の製造施設をふいにするよりも、それを活かす道を選ぶはずだと。

 そして、その判断は正しかった。


「あなたも言うわね。バカにちゃんとバカって言ってあげたんですから」


「神は供物を求めない。求めるのは、人々の誠意ある心、愛に満ちたる心、ただそれだけでございます。誠意の形がたまたま金銭であったとしても、その多寡ではなく、心がこもっているかどうかです。神の名を騙り、金銭をたかる輩は私も好きではありません」


 “神様”からのありがたいお告げであった。誠実なる信仰心こそ、神の求めるものであると、神自身がきっぱりと言い切ったのだ。

 なお、本物の女神の言葉だとは、ヒサコ以外の誰も気付きようもなかったが、知っているヒサコとしては笑いが込み上げてくると言うものであった。


「フフフ……、では、お優しい従者の言葉もあったことですし、“今日”はこのくらいにしておいてあげますわ」


 いずれは倒して無力化するつもりでいたし、少し早めの開戦の狼煙と考えた。法螺貝も吹き鳴らされたし、これもまた一つの戦の合図かと結論付けた。

 ヒサコは足を退け、最後にもう一蹴りした後、踵を返して皆を見つめた。


「どなたか、このバカ者を家まで送って差し上げなさい。一人でお帰りになるには、少々酔っておられるようなので」


 なお、酔っているのは酒ではなく、自分が偉いと思い込んだ立場に酔っているわけだが、その言い回しは皆が気付いたし、納得もしたので頷けるものであった。

 もちろん、あくまで心の中だけではあるが。

 アイクはそれに応じて、側にいた二人に命じ、命じられた職人は司祭を肩から支えて教会の方へと歩いていった。

 こうしてようやく静寂が戻ると、いきなり大笑いする者がいた。アイクである。

 まるで溜まっていた水が一気に溢れて、堤防が決壊したかのように笑い出し、それに釣られて周囲も腹を抱えて笑い出した。


「ヒサコ、さすがに今のは肝が冷えたぞ! いきなり司祭を殴りつけ、ボコボコにしてしまうとは!」


「皆さんのお気持ちを、拳と足で表現したまでですわ。殿下と違って、歌を詠んでも、返してこれるだけの知能があるとも思いませんでしたので」


「そうかそうか!」


 アイクを持ち上げつつ、気に入らない司祭を徹底的に貶す。ヒサコの言葉は辛辣を極めた。


「しかし、後が怖くないですか? 気に入らなかったとはいえ、相手は司祭ですよ? 教団が何を言ってくるか知れたものではありません」


 ヨナの心配も当然のものであった。特権に近い立場を持つ者達の集団に対して、ある意味堂々と宣戦布告したようなものである。

 報復は必至と考えるべきであった。


「大丈夫大丈夫。なんか言ってきたら、こう言ってやればいいのよ。『鎮護の儀式のはずが、どういうわけか悪霊が飛び出してまいりました。教団は悪霊使いでもお抱えになっておいでか?』とね」


「おお、それは面白い! ヒサコ、その案を採用しよう。皆も良いな?」


 アイクの呼びかけには、当然皆が頷いた。元々気に入らなかった相手であるし、死者と言う明確な被害まで出たのだ。大した力を持ち合わせていないのに、権力と権威をかさに着て威張るだけの存在など、どうなろうと知らないのであった。


「それすら理解できず喚いてきたら、公爵家の名を出しても結構です。強引に黙らせてください」


「おいおい、いいのか、ヒサコ。公爵も困るのではないか?」


「いいえ、殿下。もし、今ここにいるのが私ではなくお兄様であったとしても、おそらくは同じことをしていたと思います」


「ほほう、それは興味深い。公爵も意外と血気盛んなようで」


 アイクは噂として聞いた程度であるが、シガラ公爵ヒーサは極めて温厚で理知的な性格をしていると聞いていた。目の前のヒサコとは性格が対照的だ。

 しかし、ヒサコの言葉を信じるならば、意外と大胆な行動もとてると言うことになる。中々に面白い兄妹と知己になれたと、内心更なる興味が湧いてきた。


「いえいえ、単に私もお兄様も“偽物”が嫌いなだけですわ。拝んで御利益のある存在であるならば、どんな方にでも拝礼いたします。そうでしょう、テア?」


「すいません、こちらに振らないでください」


 神様テアとしても、答弁に困る内容の問いかけであった。

 なにより、その問いかけをしたヒサコこそ、このように存在しないはずの嘘偽りだらけの人物でもあるからだ。ただ、スキルの力と中身の演技力によって、皆がいると錯覚しているだけだ。

 ここでまたもう一笑いが起き、ドヤ顔のヒサコと、困り顔のテアを包み込んだ。

 こうして、窯場で起こった騒動は終わりを告げた。公爵家と教団との間に微妙な傷跡を残し、それがどうなるかは誰にも分からない。



            ~ 第十三話に続く ~

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