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第十一話  馬上デート!? 黒馬に乗った悪役令嬢と恋愛素人の王子様!

 二人からアイクのことを任されたヨナは、アイクを支えながら必死で逃げ、まずは人目に付かなさそうな納屋に逃げ込んだ。

 さらに遠くへ逃げた方がいいかもしれないが、すでにアイクは限界が来ており、呼吸も荒く、顔色も優れない。病弱ゆえの体力のなさが響いていた。


「よ、ヨナよ、助かったぞ」


「殿下、お礼の言葉よりも、まずは呼吸を整えてください。荒い息で気取られるやもしれません」


 ヨナは納屋の扉を少し開きながら、周囲の様子を窺っていた。あの黒い怪物は上手く引き付けてくれたようで、周囲は静かなものであった。

 取りあえずは怪しい気配もないので、ヨナ自身も安堵し、何度か深呼吸をして落ち着いた。


「殿下、あの黒い化け物はなんなのですか?」


「分からん。私は朝早く窯場にやって来て、窯番の横で火の具合を見物していたら、いきなり山の奥からやって来たのだ。何人か食われた。そこから、皆とバラバラに逃げてしまってな。後はどうなっているか分からんよ」


 バラバラに逃げれば、運が良ければ逃げれると、皆が判断したのだろう。結果として、アイクはどうにか逃げ切ったが、他の職人達がどうなったかは不明だ。


「皆、上手く逃げてくれればよいのだが……」


「そうですね。私としても、ヒサコ様とテア様がどうなっているか」


「おお、あの二人か。わざわざ注意を引いて、こちらが逃げるのを助けてくれたが、無事でいて欲しいものだ」


 そうは言いつつも、アイクもヨナもあの二人については、半ば諦めていた。なにしろ、あの怪物相手にたった二人でどうこうしようなど、無茶が過ぎるというものであった。

 勇敢を通り越して、無謀とすら思える。しかし、その無謀な行動によって、自分達が救われたことも事実であり、場の雰囲気としてはあまりに重すぎた。


「…………! まずいです。何かこっちに近付いてきます。黒くて、大きいのが」


「先程の奴か?」


「いえ・・・。遠目には、犬ではなく、馬に見えます。あ、誰か乗っている」


 ヨナは警戒しつつも、近付いてくるそれを注視した。そして、その視線は捉えた。近付いてくるのはやはり馬であり、しかもかなり大きい。

 そして、その背には、着ている服や髪の色からヒサコとテアであることが確認できた。


「あのお二人のようです。巨大な馬に乗っています!」


「おお、無事であったか!」


 アイクはゆっくりと立ち上がり、ヨナに支えられながら納屋から外に出た。

 外に出ると、アイクの目にも大きな馬が近づいてくるのが確認でき、確かにあの二人が跨っているのも確認できた。

 ヨナはアイクを支えながら離れた場所にいる二人に分かるよう手を振ると、あちらもヨナを視認したのか、馬首をこちらに向け、足を速めた。

 そして、間近まで黒い馬が近づいてくると、その大きさに二人は圧倒された。


「おお、なんという見事な黒毛の馬よ。山が歩み寄ってくるようだ!」


 アイクは見栄えよい馬の圧倒的な存在感に打ち震えた。先程まで命からがら逃げていたことなどすでに忘却の彼方へと追いやり、黒毛の馬に魅入られた。

 なにより、その背に跨る二人の美女が、馬の威圧感とのギャップもあって、まるで女神か天女のごとく、アイクの目には映った。


「殿下、御無事ですか!?」


 ヒサコは颯爽と馬から飛び降り、テアもまたそれに続いた。

 なお、ヒサコの背には銃を担ぎ、腰には剣を帯びており、なぜか鍋を被っていたりしたが、公爵家のお嬢様とは思えぬほどの泥と血で汚れていた。あの化け物相手に、どれほどの死闘を繰り広げられていたのか、容易に想像できるというものであった。

 二人はアイクの前に跪き、頭を垂れた。


「おお、ヒサコ、無事であったか。よくぞあの怪物相手に生き延びてくれた」


 アイクは感激のあまりヒサコの手を握り、その無事を喜んだ。


「して、あの巨大な馬はなんだ?」


「実のところ、私共もあの馬に助けられました。殿下がどうにかお逃げになられた後、私共もどうにか交戦しつつ、逃げようかと思っておりましたら、突如としてこの馬が現れ、黒犬を踏み潰してくれたのでございます」


 毎度お馴染みの嘘説明であった。誰も見ていなかったのが幸いし、どんな嘘でもつき放題だ。なにより、“神造法具”と化した《不捨礼子すてんれいす》の存在は秘匿しておきたかったのだ。


「なんとなんと! それは凄まじい! いやはや、それにしても見事な馬だ」


 アイクは改めて目の前の馬を見上げ、その周りをぐるりと一周し、その巨躯を眺めた。


「あの怪物を仕留めてくれるとは、なんとも頼もしいことよ!」


「どういうわけか、すっかり懐かれてしまいまして、こうして背の乗ることも許してくれました」


「おお、これほどの馬を手懐けるとは、ヒサコも大したものだ!」


 アイクは自身が助けられたこともあって、ヒサコへの称賛を惜しまなかった。

 なにより、昨日以上に目の前の公爵家のお嬢様に興味を持ち始めたのだ。

 昨日は芸術に深い造詣を示したかと思うと、今日は一転して勇猛果敢に怪物に挑み、これを倒した。文武両道に優れている、などと軽い言葉で済ませられぬほど、この金髪碧眼の美しい令嬢は、今まで出会ってきたどの女性よりも、群を抜いて優れていたのだ。

 それゆえに、アイクはヒサコを今まで感じたこともない高鳴りを覚えつつ、それを見つめた。

 それに対するヒサコの反応は、少しばかり冷たく、アイクの感情を知った上で流す対応を取った。


「殿下、他の職人や窯場が心配でございます。無事を確保いたしましたし、一度戻りましょう」


「あ、ああ、その通りだな」


 ヒサコの素っ気ない態度にアイクはようやく正気に戻り、視線を遥か遠くの窯場に向けた。


「急いで戻らねば、窯の火が消えてしまうやもしれん。急いで戻ろう」


「はい、殿下。裸馬ゆえ、いささか乗り心地は悪うございますが、こちらにお乗りください」


 ヒサコの言葉に反応してか、黒馬つくもんがその場にしゃがみ込んだ。

 まず、ヒサコがその背に飛び乗り、続いてアイクもそれに続いて背に跨った。


「では、しっかりお掴まりください」


「お、おお。では、失礼する」


 アイクは前に座るヒサコに手を回し、しっかりと抱き着いた。

 その際に、ヒサコの髪から鼻に滑り込むいい香りをアイクは感じ取り、ドギマギした。言い寄る女性は数多く入れど、進んで抱き締めた女性など、今の今まで一度もなかったのだ。


「どうかなさいましたか、殿下?」


「あ、いや……、いい香りがするな、と」


「ふふ・・・。さすがにこのみすぼらしい姿で御前に侍るのもどうかと思いましたが、着替えもぐちゃぐちゃになってしまいましたので、せめてと無事だった香水を付けさせていただきました」


「おお、そうであったか」


「では、いきますわよ」


 ヒサコは黒馬つくもんの首元を叩くと、それに呼応してガバッと立ち上がった。アイクは振り落とされまいとしっかりとヒサコに掴まり、またその背中をテアが手で支え、無事に跨ったまま、振り落とされずにすんだ。

 そして、その高くなった世界の姿に、アイクは感動した。


「おお、これは凄い。世界とは、僅かに顔を上げるだけで、こうも違って見えるものなのか」


「高さだけではございませんよ、殿下。前からしか見ていない物を、横から、あるいは後ろから眺めるだけでも、違った味わいがあるものでございます」


「うむ、そなたの申す通りだ」


「では、参りましょうか。さ、お行き」


 ヒサコの命に従い、ゆっくりと気遣いながら黒馬つくもんは歩みを始めた。下手に揺らして落ちてしまわぬよう、その足取りは慎重であった。

 アイクにとって、目に入る光景は思いの外、新鮮であった。普段の移動は、驢馬を用いた荷車を使い、王族としては少々みすぼらしい格好をしていた。

 工房や窯場で汚れるであろうという理由で、社交場サロン以外ではそこいらの村人と変わらぬ格好をしていたのだ。

 こうして馬に乗るなど久方ぶりであるし、まして大きな輓馬に跨るなど初めてであった。

 しかも、成り行きとはいえ、出会って間もない女性に抱き着き、一緒に馬に乗っているのだ。

 先程の危機的状況も相まって、心臓は高鳴る一方であった。


「つり橋効果、命の恩人」


「そして、香水で追撃の一打」


 馬より少し離れて後を歩く、テアとヨナは馬に跨る二人を見ながら核心的に呟いた。互いの言葉に納得し、一緒になってウンウンと頷いた。


「これ、じきに落ちそうですわね」


「色々あり過ぎたとはいえ、あのお堅い殿下を一日足らずで陥落させますか」


「偶然か、運がいいのか」


「運命とやらを強引に引っ張りこんだのでしょう。それだけの実力がおありのようですから」


 二人としては、ヒサコの幸運と実力に驚かざるを得なかった。

 王子をかばい、黒犬を倒す。おまけに、文化的な素地も見事な物で、すべてがアイクの好意のベクトルをヒサコに向けさせるかのように、あつらえられているかのようであった。

 なお、窯場でもう一波乱あるということは、さすがに誰も予想してはいなかったが。



            ~ 第十二話に続く ~

 

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