第十話 走る漆黒! あたしの愛馬(犬)は従順ですわよ!
悪霊黒犬との激闘を制し、辛くも勝利を収めたヒサコとテアは、気が抜けたせいか、その場にへたり込んでしまった。
なお、被害はかなり痛いものであった。
今までここへ運んでくれた荷馬車が二頭の馬共々ぐちゃぐちゃに潰れ、道脇で無残な姿を晒していた。荷物は周囲に散らばり、中には破損したりするなどして、使い物にならなくなっている。
特に痛いのは玉薬であった。少し小さめの樽に油紙で厳重に封をしていたというのに、荷馬車が横転した際に全部ぶちまけてしまった。これでは使い物にならず、実質、それが補充できるまでの間、銃が使用不能になってしまった。
「まあ、代わりに強力な用心棒が手に入ったけどね」
ヒサコは自分から伸びている影を見ながら上機嫌に笑った。
なにしろ、先程まで死闘を繰り広げていたあの恐るべき怪物が、自分の支配下に入ったのである。たった二枠しかないスキル《手懐ける者》の支配数ではあるが、枠を潰すだけの価値はあった。
これ以降、大抵の相手は蹴散らせるからだ。
「とはいえ、びっくりしたわ。いきなり黒犬だもん。しかも王侯級。普段なら、まずお目にかかれないほどの大物よ」
「そうなんだ。まあ、あの面倒臭さは、もう二度と戦いたくないけど。この鍋がなかったら、間違いなくやられていたわ」
ヒサコは此度の戦の軍功第一の鍋を撫で回した。神の力が宿り、陽光に照らされて淡く輝き、取手も諸手を上げて喜んでいるようにすら見えた。
「にしても、なんでその鍋、そんなに強化されたのかしら? 前はなんの変哲もない、ただのステンレスの鍋だったのに」
テアとしても、そこが分からなかった。首を傾げ、指でツンツンしながら、あちこち眺めてはいるが、特に以前と変化らしい変化は見られなかった。
「作った本人も、分からないの?」
「分かんない。そもそも、こんな強力な武器になるなら、絶対没収されるし・・・。まあ、いるのよね、たまに。転生者強化のために、ルール違反の道具持ち込む奴が。大抵は見つかってお仕置きされちゃうけど」
「手早く魔王をどうにかできれば評価は上がるし、不正する輩もいるでしょうよ」
どこの世界にも不正を働く者はいるものだと、ヒサコはニヤリと笑った。神と言えども、考えることは人間の延長線上にあり、ただ奇跡の行使のみがその差異ではと考えると、愉快で仕方がないのだ。
「で、あたしの推察なんだけど、鍋は最初は何の変哲もない鍋で、この世界に来てから変質した。あるいは、覆われていた布が取っ払われて、真なる力に目覚めた、という感じじゃないかと」
「ああ、なるほど。そういう感じか。あの『次元の狭間』の段階では、普通の鍋だった。うっかり捨てちゃった《古天明平蜘蛛茶釜》の代わりに渡したってことで、大目に見られたと。で、そのままこっちの世界に飛んで、何かの拍子に力が付与されたか、私が無意識に付けちゃった奇跡が目を覚ました」
「そうそう、そういう感じ。あと、平蜘蛛は……」
「すみません。ほんと必死で探してますから!」
この点だけは一切ぶれない。本気でこの世界の一件が片付く前に平蜘蛛を見つけておかないと、色んな意味で我が身が危ういのだ。テアは背筋を震わせ、早期の発見を祈るばかりであった。
「でも、それだと、何が切っ掛けなのかしら? 劇的な変化を与える状況って、今以外にあった?」
「何を呆けてるのよ、女神様は。あったわよ。それもかなり前に」
「え、うそ……!?」
すんなり答えるヒサコに対し、テアは思い当たる状況が分からず、首を傾げた。
「う~ん、思い浮かばないわね。いつの話よ」
「この鍋の初陣」
「初陣……って、毒キノコをグツグツ煮込んでたときじゃない!」
前のカウラ伯爵であったボースンを罠に嵌めるため、通り道の脇でキノコを振る舞い、まんまと毒キノコを掴ませたときだ。
ヒサコ的には、あれが鍋の初手柄であり、そして、全ての始まりでもある大功でもあった。
「そして、あの時、あたしは感謝の意を込めてこの鍋に《不捨礼子》と“銘”を与えた。それこそが変化の兆し、ではないかしら?」
「……あ、契約魔術! 契約、あるいは召喚術式を執り行う際には、相手の名を呼び、この世に定着させる楔とするのが当たり前。つまり、それまで無銘の鍋だったのが、銘を与えられたことにより、物に魂が宿った。そういうことね!?」
「ま、いわゆる“付喪神”ってやつみたいな感じかしら。物が長い年月の果てに霊力を得て、動いたりするやつ」
ヒサコの推察は筋が通っており、テアも納得せざるを得なかった。ヒサコは魔術の講義を受けたことはなったが、『時空の狭間』において触れた《知識の泉》が、様々な知識を与えている。そこから基礎的な魔術の知識を引っ張り出し、先程の推論に辿り着いたのだ。
(ほんと、頭いいわね。すぐに応用を思いつく)
この圧倒的な切り替えの早さや応用力こそ、パートナーの最大の武器ではないかとテアは思った。
そもそも、先程の黒犬との一戦も、やっていることはメチャクチャではあったが、倒すための方法を最後の最後まで模索し、最終的に“鍋”に到達させたのだ。
テア自身はすっかりその存在すら忘れていた鍋のことを、ヒサコはしっかりと覚えていたのだ。
無論、鍋の一撃が効くかどうかは賭けではあったが、その存在を認識していなければ、賭けすら成立していないのだ。
「でも、付喪神ってさ、百年、千年と、長い時間をかけて力が備わっていくはずよね? 一ヵ月かそこいらで、物を変質させるほどの事って有り得るの?」
「う~ん。これは私の推論だけど、私が作ったせいじゃないかしら?」
「あなたが原因とな?」
ヒサコとしては興味の惹かれる回答であり、気持ちを高ぶらせながら次なる言葉を待った。
「ヒサコの言う“付喪神”ってさ、物に霊力が宿るのが前提なんだけど、その宿る物が全部“人造”ってことなのよね。で、今回は私が作ったから“神造”の鍋ってことになる。つまり、私やあなたの魔力とは相性がいいから、すぐ近くに吸収しやすい魔力源が二つもあった結果、手早く変質してしまったってところじゃないかしら?」
「ああ、それは有り得そうね。つまり、“神”の手によって生み出され、“銘”を得て目を覚まし、側に“侍る”ことによって魔力を蓄え、“危機的状況”に陥った持ち主を救うために、覚醒したと」
「う~ん、字面だけ見た場合、熱血系漫画なら熱い展開なんだけど・・・」
二人の前にいる助けてくれた英雄は、“鍋”である。キラキラ輝き、ドヤ顔(と思われる)で両の取手を突き出してくるステンレスの鍋なのだ。
もう少し格好いい武器ならば絵になるだろうが、いくら何でも武器としては不細工過ぎた。
「まあ、とにかく、今回の戦の勲功一位は、あなたなのは間違いないわ、《不捨礼子》。あとでたっぷり磨いてあげるわ」
ヒサコは愛器を撫で、その功績を讃えた。なにしろ、手元の鍋がなければ、確実に命を落としていた危うい状況だったのだ。功を讃え、丹念に磨いてやらねば、無作法と言うものである。
「まあ、鍋の状況は分かったとして、こっちの状況はどうしましょうか?」
テアが見渡す周囲の状況は、まさに地獄絵図であった。
荷車を引いていた馬二頭は、ズタボロの体を晒し、血と肉片を周囲に散らばらせていた。
また、横転した荷車は幌が破れ、荷物を周囲に散乱させており、そのいくつかは使い物にならなくなっていた。
これを買い揃えるとなると、路銀では到底賄いきれないほどの高額になるはずだ。特に馬二頭は、出費として痛いどころか、用意できないであろう。
「・・・あ、そうだ。黒犬、出てきなさい!」
主人からの命に応じ、その影から黒い犬が一匹飛び出してきた。なお、先程の巨体はどこへやら。出てきたのは片手で摘まみ上げれるほどの、小さな黒毛の仔犬であった。
「アン! アン!」
「あら、可愛い」
テアはしゃがみ込んでその小さな頭を撫で回した。とても先程まで食い殺さんと襲い掛かってきた怪物とは思えないほどの愛くるしい姿だ。尻尾をパタパタ振り回し、じゃれついてくる様は心を和ませてくるものであった。
「あれま、随分と小さくなって」
「多分、体力も魔力も消耗し尽くしたから、省エネのために体を小さくしているんでしょうね。どのみち、あの巨体で歩き回られると邪魔だし、目立つし、しばらくはこのままでいいんじゃない? もしくは、当面は影の中に潜めておくとか」
「いいえ、手駒は有効活用しないとね」
そう言うと、ヒサコは転がっている馬の死骸を指さした。
「さあ、つくもん、あれがあなたの朝餉よ。腹いっぱい食べなさい!」
「アン!」
黒い仔犬は嬉しそうに馬の死体へと駆け寄っていった。
「……つくもん?」
「あの子の名前。あたしの下僕なんだし、名前くらいは付けておかないとね」
「付喪神?」
「それもあるけど、《九十九髪茄子茶入》からかしら」
「あ、そっちか」
平蜘蛛と並ぶもう一つの大名物茶器の名を、新たなる下僕につけたのだ。二つとない天下の名器であり、そこまであの黒い仔犬を気に入ったのだ。
なお、その可愛らしい仔犬は、その可愛らしさをどこぞへ放り投げ、顔だけ巨大化してムシャムシャと馬を貪り食っていた。
「うわ・・・、食事風景は見るもんじゃないわね。てか、食べた肉の量と、体の大きさが一致しないわね。胃袋の構造、どうなっているんだか」
「何事も有効利用よ」
そうこうしているうちに、つくもんはあっさりと馬二頭を食らいつくし、満足そうにげっぷした。その表情からも満ち足りた感があふれており、体力はある程度回復したようだ。
「では、主人として命じる。取り込んだ馬の姿に擬態しなさい!」
「アォ~ン!」
つくもんが一鳴きすると、その矮躯はみるみるうちに膨れ上がり、巨大な馬へとその姿を変えた。
全身を覆う獣毛は元より、風になびく鬣まで黒一色だ。しかも、太陽に照らされて艶すら見えており、まるで漆器の置物でも見ているかのような、純粋な黒の巨躯を見せ付けた。
「まさかの輓馬!?」
「よし、このくらい大きければ、一頭でも荷馬車を牽けるわね」
実際、馬と化したつくもんの姿は大きかった。先程の馬よりも、二回りは大きな体をしており、黒と言う威圧感漂う容姿も相まって、化け物のようにしか見えなかった。
「ちょっとさぁ、これはいくら何でも、自己主張強すぎでは!?」
「じゃあ、馬二頭、どうやって用意するのよ? お金、そこまで余裕ないわよ」
「そりゃ、馬二頭お買い上げじゃあ、金額的に厳しいけどさ。それでも、これはちょっと・・・」
この巨躯で、しかも黒一色。闇夜であれば溶け込むだろうが、昼間であれば逆に目立ち過ぎる。能力的には問題なくても、見栄えが良すぎるというのも考えものだとテアは唸った。
「まあ、仕方ないでしょ。これが最適解だと思って、諦めましょう」
「大幅な戦力増強と思いきや、別の頭痛の種を生むとは」
「なるようになるわよ。つくもん! あたしら二人を背に乗せなさい!」
ヒサコの命に応じ、つくもんは頷いて応じた。
ワサワサ揺れていた尻尾が急に伸びだし、まずそれがヒサコを絡み取った。そのままヒサコの体を持ち上げ、自身の背に落とし、さらにテアも同様に持ち上げてから背に落とした。
「おお、こりゃ凄い! 便利便利! 格好いいわよ、つくもん!」
「ヒサコ、はしゃいでるとこ申し訳ないけど、人目のある所じゃできないわよ。どう考えても、化け物扱いされるわ、あれじゃ」
馬の騎乗方法としては、明らかに逸脱していた。どこの世界に、馬が尻尾で騎手を絡み取り、背に乗せるなどと言うやり方をするだろうか。どう考えても、異形の何かだと思われるのがオチだ。
「まあ、つくもん用の馬具もないんだし、仕方ないと言えば仕方ないわよ」
「まあ、鍛冶屋に急ぎで作ってもらわないダメか」
「馬車の修理もね」
幸いなことに、馬車本体の損傷は少なめであった。車輪車軸は無事であるし、あくまで横転しているだけだ。幌の梁が折れてしまっているので、そちらの付け直しが必要ではあるが、思ったほど損傷はしていないようであった。
「さて、それじゃまあ、殿下の下へ行きますか」
ヒサコはポンポンとつくもんの首筋を叩くと、つくもんはゆっくりと歩き出し始めた。馬具を一切付けていない裸馬のため、下手に走っては振り落としてしまうため、遠慮しているのだ。
「フフフ……、暴れん坊かと思いきや、命令がなくて気遣いができるいい子じゃない。でも、つくもん、少し走っても大丈夫よ。ほれ!」
ヒサコはまたつくもんの首筋を叩くと、軽く駆け足をし始めた。重厚感のある走りであり、おそらく正面から見れば腰を抜かすほどの威圧感はあるかもしれないと思わせた。
「白馬の王子様ならぬ、黒馬の御令嬢ってところかしら?」
「その王子様を迎えに行くんだけどね」
二人は悪くない乗り心地の新たな旅仲間の背に乗り、逃げ延びたであろうアイクとヨナの下へと急ぐのであった。
~ 第十一話に続く ~
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