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第五話  贈呈! 差し上げるのは“漆黒”

 ヒサコは上機嫌であった。よもやこんなにも早く窯場が見つかるとは思わず、目的の一つを早くも達成したからだ。

 しかも、予定になかった地妖精ドワーフのデルフとも知己となれたのも大きかった。

 また、出会ったばかりではあるが、第一王子アイクもこちらに関心を持ってくれていると手応えはあったので、更なる好感触を掴むため、追撃の一手を打つこととした。


「そうそう、殿下。今日ここに参上いたしましたのは、是非差し上げたい品があって参った次第です。どうかお納めください」


 そう言うと、ヒサコはテアに視線で合図を送り、招致したテアは布で包んで持ち運んできたそれを差し出した。


「これはご丁寧にどうも。さて、何が飛び出すやら」


 アイクとしても期待大であった。今までの会話から、ヒサコは芸術面への造詣が深いことが分かっていた。贈り物ときたら、酒や美物、宝石や貴金属と相場が決まっており、芸術性も独創性もないものばかりで、アイクをうんざりさせてきた。

 しかし、今回は期待できると、包んであった布を捲った。

 そして、姿を見せたのは真っ黒な“箱”であった。


「こ、これは……!」


 呻いたのは、アイクではなく、隣に立っていたデルフのようであった。


「デルフ、これがなにか知っているのか!?」


 アイクも見たことがない光沢を帯びた黒い箱に驚いており、その正体を欲した。


「いやぁ、ワシも木工品は専門ではないので、よくは分からんが、類まれない逸品だと分かる。恐らくは、何かの液体、樹液だろうか、それを何度も何度も繰り返し塗り続けたのではないかな?」


「ご名答。さすがはドワーフ、目利きが素晴らしいですわ」


 ヒサコは素直に感心し、その眼力を称賛した。


「それは“漆器”と申しまして、ウルシの樹液を何度も塗り重ねますと、このようになります」


「なんと、本当に樹液がこれほど見事な黒を生み出すのか」


 アイクは興味津々に黒い箱を眺めた。いつしか窯の職人達や絵付け職人も集まってきており、誰もがその黒い箱を興味深く眺めた。

 さすがにアイクの眼鏡に叶った芸術家や職人達であり、黒い箱の持つ価値というものに気付いたようであった。


「この箱だけでも芸術品だ。たった一色、黒しかない箱であるのに、なんとも言えぬ、こう、惹かれる何かがある」


「お褒めいただいて嬉しい限りですが、それはまだ本当の意味での完成品ではありません」


「なに? これほどの品でも、まだ未完だと?」


 魅了されたアイクとしては、驚嘆せざるを得なかった。なにしろ、未完ということは、これよりさらに高みを目指せるという事でもあるからだ。


「はい、実はその箱には装飾がなされておりません」


「この黒に装飾すると言うのか……。勿体ない気もするが、どのような装飾を」


螺鈿らでんを用いようかと考えています」


「螺鈿だと!?」


 声を上げたのは、またしてもデルフであった。


「デルフよ、螺鈿とはなんだ?」


「王子、螺鈿とは、砕いた貝殻を張り付ける装飾の方法なのです。海に近い場所に住む者が用いる装飾だとは聞いておりますが、なるほど、この黒には貝の光沢が合うやもしれせんな」


「おお、そのような技法があるのか」


 まだまだ知るべき技術は多い。芸術の深みは底が知れぬと、アイクはいたく感心した。


「ヒサコよ、見事だ。この箱といい、螺鈿とやらを用いる発想といい、素晴らしいものだ。完成の暁には、是非見せていただこうか」


「はい、殿下。出来上がりましたら、早速に“売り”に参りましょう」


「おっと、先程の意趣返しか。これは降参だ!」


 アイクは上機嫌に笑い、ヒサコを始め、周囲の人々も大声で笑った。芸術を解する者同士の交流は、かくも華やかなものなのだ。


「ですが、殿下。代わりと言ってはなんですが、今日は箱だけではなく、中身もございますよ」


「なに? ああ、“箱”だからな。中身がないとな」


 アイクは蓋に手をやり、掴んでそれを開けた。すると、ふわりと梅の香りが周囲に漂い、アイクの鼻から頭へ、そして、全身へとそれが運ばれた。

 中身は先程手折った梅の花咲く枝だ。梅花の香りが箱に閉じ込められ、蓋を開けたことにより、一気に解放されたのだ。


「梅の花、その香りが贈り物とは、なんとも面白い趣向よ。・・・おや?」


 アイクは香りの余韻に浸りつつ、白い梅花の美しさに見惚れていると、箱の中には一枚の紙切れが入っており、そこにはこう書かれていた。




 ~ 君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞしる ~




「これは……」


「あなたでなくて、いったい誰に見せるというのでしょうか。この梅の花の色も香りも、理解できるのはあなただけなのですから」


「おお、なんとも心に染み入る歌だ」


「では、返していただきたいですわ」


 突然のヒサコからの申し出に、アイクはどうしていいか分からず、首を傾げた。


「歌は、五・七・五・七・七、この韻を踏んで読むのが、シガラ公爵家での流行でございます。そして、歌を贈られた者は、それに対する返し歌を詠むのが慣わしでございます」


 短歌が流行っているなど嘘っぱちであるが、僻地に住んでいる分、遠地の情報入手は難しいはずだ。なにより、芸術を愛でる者が真新しい手法に乗ってこないはずはないと踏んでいた。


「ほう、そうなのか。それはなかなかに面白い趣向だ!」


 案の定、アイクはヒサコの誘いに乗り、歩きながら考え始めた。

 そして、ゆっくりと歩を進めて、七歩目でぴたりと止まり、きびすを返してヒサコを見つめた。




  ~ 春風や あかぬ色香の 梅の花 今も昔も 同じ形見か ~




「ヒサコよ、これでよいかな?」


「お見事にございます。さすがは殿下、即興で返してきますとは、感服いたしました」


 ヒサコは拍手でアイクの返歌を褒め称え、周囲もまた拍手や歓声で囃し立てた。


(梅花と共に、紀友則きのとものりの歌を入れてみたけど、ちゃんと短歌の形式を理解して返してくるとは、王子様やるじゃない。本当にこのままお付き合いするのも悪くないわね)


 文化芸術に秀でた王子は、さすがのヒサコも掛け値なしに称賛した。窯場のこともあるため、婚儀云々を抜きにしても親交を深めておきたい。そう考えた。


「よい趣向であったぞ、ヒサコよ。どうだ? 今夜は社交場サロンにて、皆と語り明かさぬか?」


 このアイクからの誘いは皆を驚かせた。アイクは人を誘うことはあまりない。王子という立場上、社交場サロンに赴けば、誘わなくても勝手に人が集まってくるからだ。

 そのため、アイクが是非にもと思わない限りは、誰かを誘うことがない。しかも、周囲が記憶している限り、女性を誘ったことなどなかったのだ。

 しかし、ここでがっついて飛びつかないのが、ヒサコであった。


「殿下、お誘いは大変嬉しいのですが、公爵領より長旅を続けてきたため、体が疲れております。このまま夜会に出ては、粗相があるやもしれませんので、本日はお断りさせていただきます」


 きっぱりと断ったヒサコに、先程以上の驚きが広がった。

 仮にも一国の王子からの誘いを断るなど、誰も考えていなかったのだ。しかも、先程までああも仲良くやり取りしていたのにも関わらずである。

 アイクもまさか断れるとは考えていなかったようで、明らかに表情が戸惑っていた。

 そんなアイクを眺めつつ、にこやかな笑顔をヒサコは見せた。


「村には数日滞在いたしますので、お気持ちが変わりませんでしたら、またお誘いくださいませ」


 まずは断り、それでいて道も残しておく。ごく単純な焦らしではあるが、“慣れていない”王子様には十分な効果があった。少し焦りながらも、ヒサコの言に頷いて応じたのだ。


「そ、そうか。長旅であったし、ヒサコの言う通りであるな。また明日にでも誘うとしよう」


 アイクの反応に満足し、ヒサコは今一度笑顔を振り撒いた。


「殿下、先程の返し歌はとても良かったですよ。また、お聞かせくださいませ」


 ヒサコは恭しく頭を下げ、テアとヨナもそれに続き、頭を垂れた。そして、きびすを返し、振り返ることなく窯場を立ち去った。

 ただ、アイクは名残惜しそうに三人姿が見えなくなるまで見守っていたことは、背中からの視線でなんとなしには感じているのであった。



             ~ 第六話に続く ~

短歌って、本当に難しい。一場面をバッと切り出し、たったの31音で表現する。


古典読んでて、よくこんな言葉選びができるなと感心します。


我が身の未熟さよ・・・。


(-ω-;)ウーン



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ヾ(*´∀`*)ノ

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