第四話 邂逅! 芸術系第一王子!
噂の第一王子は最近、村最奥部の工房にこもりきりだと、ヨナから聞かされ、早速ヒサコとテアはそこに向かうことにした。
第一王子アイクは病弱で、政務にも軍事にも関心がなく、もっぱら芸術を愛する文化人として、隠棲していた。このケイカ温泉村の代官と一応名目上の役職を持ってはいるが、村の管理運営は部下に丸投げし、自分は芸術に打ち込んでいた。
自らが絵画や彫刻に精を出したりもするが、どこからともなく芸術家の卵を発掘してきては村に住まわせ、その後援者として世に出る後押しをしていた。
そんなわけで、アイクが代官として派遣されてからは、保養地としてだけでなく、芸術家の工房が軒を連ねることとなり、以前とは違った意味で活気が生まれることとなった。
村には社交場が新たに設けられ、その集まってきた芸術家のみならず、芸術に興味のある貴族もそこへ集い、様々な話題で華やかな雰囲気を作り出していた。
「まあ、芸術家の類は、後援者がいないとやっていけないからね。長谷川等伯、狩野永徳、どれも素晴らしい絵を書いていたけど、それを理解できて、後押ししてくれる人がいてこそ、世に作品が出た」
かつての世界で様々な芸術品を見てきたヒサコとしては、アイクに好感を持っていた。なにしろ、これから喫茶文化を一から育て上げる気でいるため、芸術面での助けを期待できるのだ。
茶室の床の間に飾る掛け軸や壁画、あるいは置物、用意するべきものはたくさん存在するのだ。それらを揃えるのには当然、芸術家の助けがいるし、その芸術家達の後援者がアイクなのだ。
最良としては、婚姻関係を結ぶことではあるが、そこまでいかずとも、とにかく仲を良くしておいて損はないのだ。
「絵で腹が膨れるわけじゃないものね」
「米で腹を満たし、絵で心を満たす、かしらね」
ヒサコとテアは楽しげに話し、足取りも軽かった。長く馬車に揺られる旅を続けていたので、大地に二本の足で立って歩くのが、少しこった体には丁度いいのだ。
そんな二人を、ヨナは不思議そうに眺めた。
「失礼ですが、随分とお二人は砕けた話し方をなさいますね。とても公爵家のお嬢様とそのお付きには見えませんが」
ヨナの疑問も当然であった。ヒサコは公爵家現当主の妹であり、一般人からすれば遥か上の存在なのだ。そんなお嬢様と、お付きの侍女がほぼタメ口で話しているのに、違和感を覚えるのだ。
「ああ、気にしないで。改まった席でないと、だいたいこんなもんよ。まあ、普段は主従って言うより、気の知れた友人みたいな感覚だから」
ヒサコの説明に、ヨナも納得した。貴族社会であっても、当事者同士がそれを許せば、かなり緩い関係にもなるということを聞いており、その実例が目の前に現れたのだと認識した。
なお、テアに言わせれば、“友人”ではなく、“共犯者”であった。様々な策謀の現場を見せられ、黙することを強要された間柄なのだ。
そうこう楽しそうに会話を交えながら川沿いの道を奥部に向かって進んでいると、その目的地と思しき工房が見えてきた。
そして、ヒサコはその工房を見て、目を丸くして驚いた。緩やかな山の斜面に沿って、いくつもの窯が併設されており、そのいくつかは煙突から煙を噴き出していたのだ。
「あれは登り窯!? ってことは、焼物を作っている!?」
まさか目的に一つである“焼物の窯場”がすでに国内にあることに驚いた。ヒサコは興奮を隠しきれず、後の二人をほっぽり出して、窯場へと駆けこんでいった。
窯場の職人達は目の色を変えて飛び込んできた女性に驚き、一斉にそちらを振り向いた。
「ねえ、ここって、もしかして、焼物を、陶器を焼いている場所!?」
息たえだえに尋ねてくる娘に気圧され、職人はどうしたものかと顔を見合わせていると、その中の一人が進み出て、ヒサコを笑顔で出迎えた。
「その通りだよ、お嬢さん。まあ、正確には、陶器ではなく、磁器だよ」
「磁器!? てことは景徳鎮!?」
「けいと、なんだそれは?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
ヒサコはうっかり口を滑らしたことに焦りながらも、興奮を抑えられずにいた。陶器も欲しいが、それよりさらに高度な技術を要する磁器の生産を行っていたことに驚いたのだ。
「それで、磁器は白磁ですか? それとも、青磁ですか?」
「随分詳しいね、お嬢さん。どちらも作っているよ。あっちの窯は白磁で、そっちの窯が青磁を焼成しているところだ。一番奥のは青い顔料で絵付けもしてある」
「染付まであるの!?」
ヒサコにとってはまさに宝の山であった。
磁器は極めて高温で焼成せねばならず、その技術を戦国日本は持っていなかったため、磁器は最高級の舶来品として扱われていた。当然、値段も極めて高額となり、大名ですらなかなか手が出ないほどの品となっていた。
それが今、目の前で焼かれているのだ。ヒサコは恍惚とした表情でそれらを眺め、訳の分からぬ職人達をドン引きさせた。
そこへようやくテアとヨナの二人が到着し、我を忘れて窯場を見て回るヒサコの姿を見て、こちらも若干引き気味になった。
「まぁ~た、悪い癖が出てるわね。でもまあ、目的の一つが見つかったんだし、当然か」
テアはヒサコが喫茶文化の創生を目指しているのを知っており、その基幹技術の一つである“焼物”を見つけてご満悦なのだと認識した。
なにしろ、カンバー王国の食器は木製ないし金属製であり、陶磁器はほとんど見かけなかった。茶碗を作るときにはこれが致命であり、陶磁器の技術も必須であると考えていたのだ。
そのため、工芸技術に優れた地妖精の所にも立ち寄る予定であったのだ。
周囲の見えていないヒサコを横目に、ヨナが前に進み出て、先程ヒサコに案内をしていた男性に頭を下げた。
「アイク殿下、お久しぶりです」
「おや、ヨナか。久しいな」
何気ないやり取りの中に、とんでもない言葉が飛び出した。目の前の煤と土に汚れた男性こそ、第一王子アイクその人だったのだ。
テアは慌てて頭を下げて挨拶したが、ヒサコは全然耳に入っていないのか、そのまま窯場をウロウロとしていた。
「申し訳ございません、殿下。我が主人はああなると、周りが見えなくなってしまいまして」
「別に構わんよ。むしろ、窯場に興味のある女性というのが珍しくて、面白いくらいだ」
特に気分を害した様子もなく、アイクは笑って応じた。
テアは改めてアイクを観察すると、なるほどと納得した。たしかに薄汚れているが、整った顔立ちは気品にあふれ、王族と言われるとその通りだと分かるくらいの金髪碧眼の貴公子であった。ただ、体が弱いせいか肉付きが悪く、王都で出会った次男ジェイクに比べて体つきが貧相だと感じた。
「それで、君の主人の名前は?」
「はい、殿下、ヒサコ=ディ=シガラ=ニンナと申します」
「おお、あの話に聞いていた新しいシガラ公爵の妹君か。なるほど、型にはまらぬ言動は、噂の通りだな。ジェイクからの手紙で記されていたまんまだ」
なにやらヒサコの言動に納得したのか、アイクは何度も頷いた。ちなみに、ジェイクはアイクの弟であり、現在は王国宰相として国の運営にあたっている。
「ヒサコお嬢様! こちらがお探しのアイク殿下ですよ!」
さすがに挨拶無しはマズいと思い、テアは大声でヒサコに呼び掛けた。すると、ようやく正気に戻ったのか、ヒサコはテアの方を振り向き、慌てて駆け寄ってきた。
「失礼いたしました、殿下。兄が探している物が見つかって、ついつい興奮してしまいまして」
「ほう、公爵は焼物をお探しか」
「はい、殿下。金属製やガラス製ではなく、焼物の杯が欲しいと申しておりました」
「なに、焼物の杯とな!? その発想はなかった!」
アイクは興奮気味にパンッを手を合わせ、新たなる発想の到来を喜んだ。
「なるほど、なるほど。今、ここでは皿や壺を焼いているのだが、杯というのは面白い! 手で掴める大きさに円筒状の物を仕上げれば、確かに杯として用いることができるな。次の焼きの際には、試してみるとしよう」
「それこそ兄の求めている品です。心待ちにしていることでしょう」
目的の物が早速見つかったと、ヒサコは心中で喝采の声を上げた。喫茶文化における重要項目である“茶碗”が国内生産できるという事実は思いの外、大きいのだ
「うむ、よかろう。物が出来上がった、公爵の所へ“売り”に行こう」
「まあ、殿下。商売上手でございますわね」
「それはそちらが悪いのだぞ。商取引において、欲しい物を赤裸々に述べては、相手に足元を見られる」
「仰る通りでございます。これは迂闊にございましたわ」
ヒサコとしては口を滑らせた格好となったが、アイクと親密度を上げるのであれば、多少の高値での買取も許容できるというものであった。
なにより、アイクという人物に好感を持てた。政治から身を引いているとはいえ、やはり王族としての血脈は息づいているのか、駆け引きというものを心得ているようで、その辺りは“元商人”として、交渉しがいのある相手なのだ。
「しかし、殿下。これほどの大きな窯場を設けられるとは驚きですが、どのようにして作られたのでしょうか?」
「なに、ドワーフの窯職人を招致してな。そやつに差配させている。おぉ~い、デルフ!」
アイクがそう呼びかけると、一人の小人がやって来た。
並の人間の胸元に届くかどうか低身長で、どっしりとした肉付きに、豊かな髭を蓄えていた。
(これがドワーフか。酒樽に手足と髭が生えて歩いているような姿って聞いてたけど、まさにそのまんまだわ)
最初、ドワーフの容姿を聞いたときは半信半疑であったが、実際に本物を見た後では、その説明の正しさを認めざるを得なかった。
「こいつが招致したドワーフの職人で、名をデルフという」
アイクはやって来たドワーフの肩を叩き、ヒサコに紹介した。
「まあ、ドワーフ族は初めてお目にかかりますが、なるほど、腕のいい職人揃いだとお伺いしておりましたが、どうやら本当のようですわね。デルフ殿、お目にかかれて嬉しいですわ」
「おう、嬢ちゃんも人間の女にしては目端が利くな。いい商売相手になりそうだ」
ヒサコはデルフと握手を交わし、互いに好感触を得た。
ヒサコとしては腕利きの窯職人とは仲良くしておきたいし、あわよくば引き抜きすら考えていた。一方のデルフも人間の国では陶磁器の普及がなされていないため、売り先に困るかもと思っていた矢先に、上得意ができたようなものだ。
どちらにとっても、これは有意義な出会いとなった。
~ 第五話に続く ~
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