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第三話  到着! やって来た温泉リゾート!

 ケイカ村。遥かな昔、《五星教ファイブスターズ》の聖人が発見したとされ、古くから温泉村として栄えてきたとされる由緒ある場所だ。谷間に存在する村で、中央を流れる川を中心に村の建物が立ち並び、湯気の登らせる温泉施設が随所に見られた。

 この村は王家御用達の保養地であり、長きにわたり王族から愛されてきた温泉だ。

 近年では王族以外にも開放され、貴族や富豪も足を運ぶようになり、高級温泉リゾートして人々から認識されていた。


「で、その代官として派遣されているのが、今回の標的である第一王子のアイクね」


 ようやく見えてきた村の入口に視線を向け、幌から顔を出すヒサコが言った。長旅とあって埃まみれであるが、ここでようやく疲れと垢を落とせると気分上々であった。


「名目上はここの代官だけど、仕事はほぼほぼ部下に丸投げしていて、自分は芸術に勤しんでいる。まあ、病弱で、道楽な王子様ってところね」


 テアもまたヒサコの言葉に相槌を打ち、谷間の村を眺めながら言った。

 カンバー王国の現国王には、四人の子供があり、その内訳は三男一女だ。

 長男のアイクは病弱を理由にここケイカ村に引き籠り、王位継承権まで弟に譲って、絵画や彫刻などの芸術に打ち込んでいた。

 宰相として国政全般を取り仕切る次男ジェイク、将軍として国境の守りについている三男サーディク、火の大神官として怪物退治を行う末子のアスプリクとは大違いの、気ままな暮らしというわけだ。

 また、芸術をこよなく愛する者として、絵師、彫刻師などの芸術家をケイカ村に集め、ある種の芸術村のような場所を形成しており、村では保養に来た貴族のみならず、そうした芸術家も多く滞在しており、活気ある賑わいを見せていた。

 そして、村の入口に到着すると、村の守衛に呼び止められた。村の性質上、一般の人間は入れないことになっていた。入ろうと思えば、王族や公爵級の大貴族の紹介状、あるいは村の代官の許可証が必要になっており、国内最高の高級リゾート地の敷居の高さを物語っていた。

 なお、その“公爵”は自分自身であるため、その点は問題なかった。

 ヒサコはシガラ公爵の花押入り紹介状をテアに手渡し、テアはそれを守衛に見せ、公爵の妹とその付き人であることを明かした。

 ここの守衛はお役目柄、貴族の花押や旗指物の絵柄を覚えておく“紋章官”が選ばれることになっており、差し出した紹介状の真贋を見極めることができた。


「・・・本物でございますね。ようこそお越しくださいました、シガラ公爵家のヒサコ様。ケイカ村一同、心より来訪を歓迎いたします」


 守衛頭が恭しく頭を下げ、周囲の守衛もまたそれに倣って頭を下げた。さすがに客が貴族や富豪ばかりの温泉村とあって、その警備に当たる守衛もまた、貴人への作法を心得ているようであった。


「ありがとう、守衛の皆様方。三日ほど滞在することになるけど、よろしいかしら?」


 テアがにっこりと微笑みながら尋ねると、場慣れしているであろう守衛も少し緊張した。なにしろ、ヒサコは見慣れた顔であるが、中身は女神である絶世の美女だ。周囲の人間にはない何かを感じ取ったのだろう。


「畏まりました。料金は先払いになります」


「はい、では、こちらを」


 テアは財布から金貨を取り出し、既定の料金を支払った。さすがに高級リゾートとあって庶民なら到底出せない金額であったが、そこは公爵家の人間である。軽くポンと差し出した。


「確認いたしました。よきお時間を過ごせるよう、五つ星の神々の御加護があらんことを」


「はい、皆様にも神の御加護があらんことを」


 加護を与えるのは自分なんだけどなぁと考えつつ、テアは再び笑顔を向けた。

 そして、守衛と入れ替わるように、一人の女性が進み出てきた。黒髪の美しい女性で、メイドの姿をしていた。

 その女性がヒサコとテアに恭しく頭を下げてきた。


「ようこそ、高貴なるお方。私、滞在中のお世話を務めさせていただきますヨナと申します。御用向きは私にお申し付けください」


 村に滞在中は専属の使用人が付くことになっており、身の回りの世話や村内の案内役など、何不自由なく過ごせるようになっていた。

 そうした行き届いたサービスがあるからこその高額料金であり、紹介状がないと入れない敷居の高さがあるのだ。


「宿泊施設までご案内いたしますわ」


 ヨナと名乗ったメイドは馬車馬のくつわを握り、優しく引っ張りながら歩き始めた。馬もそれに従い、引っ張られる方に足を踏み出した。

 ケイカ村は谷間に設けられた村で、中央に川が流れ、それを挟み込むように各種温泉施設や食堂が軒を連ね、また社交場サロンと思しきのどかな村には不釣り合いな立派な建造物も見受けられた。

 そして、緩やかな傾斜部には宿泊施設が立ち並んでいた。ちなみに、ホテルのような巨大な宿泊施設はなく、すべてコテージだ。

 道行く村人も貴人相手の商売が主な産業であるため、誰も彼もが礼儀正しく品のある振る舞いが見受けられた。


「ねえねえ、ヨナ。ちょっと質問いいかしら?」


 ヒサコは幌から顔を出し、行き交う人々を見ながら尋ねた。


「はい、お嬢様、なんでございましょうか?」


「なんていうか、この村、女の人が多すぎない? ざっと見ただけで、男の二、三倍はいるような感じがするけど」


 実際、ヒサコの言う通り、村人は女性の数が見ただけで分かるくらい女性の数が多かった。しかも、どういうわけか、美形ばかりだ。

 目の前のヨナもそうだが、基本的に作法から見た目まで、高水準と言わざるを得なかった。


「それはですね・・・。お嬢様に言うのもお恥ずかしいことながら、こうゆう温泉だらけの村ですので、気分が浮ついて一夜の逢瀬を楽しむ、ということですわ」


 ヨナの回答はたしかにお嬢様に告げるには色っぽい話ではあったが、ヒサコは別に動じたりはしなかった。なにしろ、慣れているからだ。


「ああ、要するに、湯女ゆなってやつね」


「博識でいらっしゃいますね」


 性に関する知識、特にこうした場所での出来事に対して、貴族のお嬢様なら慣れていないと思いきや、平然と返してきたので、ヨナは少しばかり驚いた。

 湯女は入浴中の身の回りをする女性のことで、垢すりや髪梳きをしてくれる。そして、客が“男性”であることも当然あるので、そのまま床入りということもままあった。


(それで、髪を結い上げた女性がいないわけか。有馬温泉にもいたなぁ~)


 基本的に女性、特に既婚の女性は未婚の女性と見分けがつきやすいよう、髪を結い上げておくのがこの国での風習であった。そのため、髪を下ろしている女性は、若いか、未婚か、商売女の三種類におおよそ分類できた。

 そして、ケイカ村の女性はその多くが髪を結い上げていない。美人揃いでそういう場所ということは、この村全体がある種の娼館というわけだ。

 であるならば、目の前のヨナもそういう事なのだろうと、ヒサコは認識した。


「それなら、ヨナも貴族の愛人枠狙いかしら?」


「この村に運よく紛れ込めたときは、そのような感じでしたわね。特に、滞在中のアイク殿下には色々と粉を掛けたものですわ」


「フフフ、王子様狙いとはまたお目が高い」


「でも、全然ダメでしたわ。あの王子様って本当に変わり者ですから、ここに住まわれてから、誰もお手付きになったことがないんですよ。せいぜい、絵画や彫刻の題材モチーフとして、お声掛けされる程度でしたわ」


「へぇ~、本当に芸術にしか興味ないんだ」


 ヨナも間違いなく美人に分類される端正な容姿の持ち主だ。それの色仕掛けに一切応じていないとなると、その手の類は通用しない可能性が高い。手にした情報は値千金であった。


(篭絡するのには第一印象は重要。単純な色仕掛けは無駄で、《大徳の威》も使えない。さてさて、どうしようかしら)


 色香には自信があったが、それは意味がない事が分かった。さらに、《大徳の威》はヒーサの状態であるからこそ効果の発揮するスキルであり、悪名轟くこのヒサコの状態では使えない。それどころか、カードブレイクによって、スキルが永久に使えなくなることもあり得たので、今回は見送りだ。

 つまり、“色香”以外の方法で、王子の気を惹いて自分に興味を持ってもらう必要があった。難しい注文ではあるが、王権簒奪の第一歩からつまずくわけにはいかないと、ヒサコは必至で頭を働かせた。

 そうこうしていると、宿泊施設であるコテージに到着した。村が一望できるちょっとした高台の上にあり、眺望を楽しむのには最適なコテージであった。

 周囲は手入れの行き届いた生垣が取り囲まれ、馬車もそのまま入れるほどに大きな門をくぐると、石造りの家屋が見えてきた。屋敷と言うにはいささかこじんまりとしているが、それでも庭付き一戸建ての建物だ。庶民の家とは比べものにならないほど立派であった。

 また、庭には色とりどりの草木もあり、庭師がしっかりと手を入れているのが分かった。


(こういう庭で野点のだてを楽しむのも一興かしらね)


 かつて見慣れた日ノ本の苔むしたわびの庭園も美しいが、こうした華やかな庭も悪くはないと、ヒサコは素直に感心した。

 なにしろ、この度は“喫茶文化”そのものの創設が最重要課題なのだ。森妖精エルフからは茶の木の種を、地妖精ドワーフからは鋳物、焼物を、それぞれ融通してもらわねばならないのだ。

 どういう茶の文化が花開くのか、それはこれから次第であった。

 “王権簒奪”など、むしろそちらの“ついで”でしかないのだ。

 気分よく馬車から飛び降りたヒサコは、財布から銀貨を取り出し、それを指で弾いた。クルクル回りながら銀貨は宙を舞い、それをヨナが掴んだ。


「着いて早々申し訳ないけど、噂の王子様に会ってみたいの。先触れとして面会予約をしてきてくれないかしら?」


 ヒサコの言葉にヨナは恭しく頭を下げ、それから急ぎ足で家から出ていった。

 それを見送ってから、ヒサコは改めてぐるりと庭木や草花を眺めた。いくつもの花が咲き、見る者を楽しませる空間が演出されていた。


「で、王子様へのお土産はどうするの?」


 テアは庭の景色を楽しむヒサコに尋ねた。相手先に訪問するのに、何も持たずに行くのはさすがに失礼であるし、土産を持っていくのは当然であった。

 だが、何を持っていくかが問題であった。


「美物は相手の好みが分からないから難しいわよね。特に、王子様は病弱だから、下手な物を食べさせたら大事になりかねないし。金品も当然却下。王族を相手にするには財布が足りないし、そういう物で喜ぶような人でもなさそうだし・・・」


「となると、芸術的な何か、かしら?」


「そうなるわね。でも、目を引くような、絵画彫刻なんてないし。ああ、もう! 『私を食べて!』作戦が使えないと、意外と手狭になるわね、策の範囲が」


「そんなことまで考えていたの!?」


「むしろ、色香は常道でしょう」


 女の工作員であれば、色香を用いて情報収集や撹乱をするのは当然と言えた。まして、相手を篭絡しようと言うのである。女の体を使わない手はなかった。

 ただし、テアの視点で見れば、ヒサコの中身が七十爺だと知っているため、ただただ純粋に気持ち悪いとしか思わなかった。


「仕方ない。この世界ではどうかは分からないけど、王子様の芸術の感受性に期待してみますか」


 そう言うと、ヒサコは今一度ぐるりと庭を見渡し、それから視線が止まった。その先には、白い花を咲かせる梅の木があった。

 二、三、黙考した後、考えがまとまったのか、ヒサコは頷いて梅の木に歩み寄った。


「これで、行ってみましょうかね」


 厳選した枝を手折り、それを鼻に近付けてその香りを楽しんだ。


野梅やばい系の何かかしらね。この世界の品種は名前がよくわからないけど。一重咲きの小さな花が可愛らしく、漂う香りも素晴らしいわ」


 もう一度、ヒサコはその香りを吸い込み、恍惚とした表情を作り出した。


東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」


「何、その歌?」


菅原道真すがわらのみちざね公が大宰府に流される直前に歌ったものよ。自邸に咲いた梅の花に、別れを惜しんで歌ったものだけど、この愛でるに能う小さな花と馥郁(ふくいく)たる香りを思えば、道真公の惜しまれる気持ちが分かるというものよ」


 テアが見つめる梅を嗅ぐヒサコの横顔は、妙に哀愁漂う憂いた顔に見えた。普段からは想像もつかない、儚くも可憐な娘の顔だ。

 下衆外道なる黒き衣の下には、簡単に手折れる梅の枝のごとき姿もまた存在する。

 悪辣な策士であり、同時に文化人でもある相方の一面を、テアはまざまざと見せつけられた。


「贈り物はこの梅の枝。用意しておいた“最終兵器”も、ここで使いましょう!」


「え? “アレ”をもう使ってしまうの?」


「そう。エルフやドワーフに贈るより、ここで使ってしまった方が有効な気がするからね」


 ヒサコの顔は元の悪巧みをするそれに戻っていた。

 そう、王子を篭絡するための第一手が決まったのだ。

 贈り物は手に入れたばかりの“梅の枝”。されど、その枝を包み込むは黒い策謀。

 そして、この一手こそ、悪役令嬢の国盗り物語の記念すべき初手となるのであった。



           ~ 第四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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