第二話 実は経験者!? 手慣れていたのはそういうことか!
「そういえばさぁ、ヒサヒデ。ちょっと尋ねてみたいことがあるんだけど」
街道を行く荷馬車を御しながらテアが尋ねた。周囲に誰もいない、二人きりの状態のときは、ついつい中身の方の名前で呼んでしまうのだが、久秀もまたテアを“女神”と呼ぶので、特に気にすることもなかった。
これもまた、両者の間にある“秘密”と言う名の信頼の大元であり、ある種の確認動作的なものと言えた。
「なんと言うか、ヒサヒデってあんまりにも手慣れ過ぎてない?」
「なんについての?」
「いや、ほら、スキルの扱い方についてよ。ヒサヒデは頭が回るし、びっくりするくらいの図太い神経してるのは分かるけど、《性転換》や《投影》の使い方が完璧すぎるから」
テアとしてはそこが引っかかるのだ。
テアも今まで幾人もの人間を転生させ、間近でそれらを見てきた。だが、今回の“共犯者”はその適応が異常に早すぎるのだ。
なにしろ、普通の人間は術など使えない。異世界だからこそのスキルなのだ。術式の大元は各世界に散らばるものだが、それを意識的に使える者はほぼ存在しないと言ってもいい。
実際、松永久秀という男も術の使えないただの人であった。
だが、惑うことなく与えたスキルを瞬時に使いこなし、適応してしまった。
戦闘系のスキルならば、ある程度理解はできる。例えば、元の世界で剣士であった者が、特殊な剣技を習得すると、熟練までがド素人が覚えるより極端に短くなるようなものだ。
要は、ヒーサ、ヒサコの一人二役があまりにはまり過ぎて、テアとしては不思議なのだ。
「ああ、そのことね。なんてことなわよ。あたしはこれが“二回目”だから」
シレッと言い放つヒサコであったが、その回答はテアを驚かせるのに十分であった。
「え、“二回目”ってどういうこと!? 以前にも異世界に飛ばされたことがあるの!?」
ヒサコの回答にはそうとしかとれないものであり、テアにとっては驚愕の事実であり、納得の現実であった。松永久秀という男があまりに手慣れている現状の説明として、経験がある、とした方が納得いくというものであるからだ。
「ああ、ごめん。言葉足らずだわ。えっとね、かつての世界で体験したのよ。邪悪な術士の悪辣な所業をね。つまり、今回は“やる側”だとしたら、かつては“やられた側”ってわけ」
「あなた基準の“邪悪”ってなによ・・・?」
「あたしに非道な真似をする奴のことよ」
「いやいやいやいやいや」
自分はあれほど悪辣な真似をしておいて、自分がやられる側だと許さないとは、なんとも狭量なものだとテアは思った。
とはいえ、目の前の悪辣な策士をして、“邪悪な術士”と言わしめる相手には興味が湧いてきた。
「あなたを引っかけるなんて、大した術士ね。どんな人かしら?」
「“果心居士”という名前でね。あたしだけじゃなくて、信長も秀吉も光秀も、みんなやられたもの」
「名だたる顔触れ、全員やられるとは、大した術士ね」
ますます気になりだして、テアは思わずヒサコの方を振り向いた。その表情はかつての苦い記憶があるのか、渋い顔をしていた。
「まず、秀吉の件だけど、誰にも知られたくないかつての秘め事を暴露され、怒って果心を捕らえるのだけど、火炙りになる直前に、ネズミに姿を変えて逃げてしまったわ」
「幻術か、変身系の術式ね」
あの世界では“本物”の術士はこの世界以上に希少価値が高いので、それだけでも相当な腕前だとテアは察した。
「で、信長は果心が見事な地獄絵図の屏風を持っているのを聞き知って、それを所望したのよね。で、果心はきっぱりと断ったの。怒った信長は部下に命じで果心を切り殺し、屏風を奪った」
「まさかの外道な魔王ムーブ!? “名物狩り”ってそういうことなの!?」
「ひどい奴でしょ、信長は」
いくら弱肉強食の戦国乱世とはいえ、“殺してでも奪い取る”を本気でやっていたとは、テアも唖然とした。しかも、領土ではなく、一枚の屏風を得るためにである。乱暴にも程があった。
と同時に、まあ、あっちの世界の魔王だし、とも納得してしまうテアであった。
「ところが奪った屏風が、なぜか真っ白になってね。その数日後、殺したはずの果心がひょっこり信長の前に現れて、『相応の金子を差し出せば、絵は元通りになる』って言ったのよ。信長は果心に金百両を支払うと、途端に屏風に絵が浮かび上がってきたわ」
「魔王にすら金を出させるのか・・・。確かに、凄い術士だわ」
死を装ったり、物を隠してしまうのは、幻術系の術士のよくやる手口ではあるが、余程精通しているのだとテアは感心した。
「そうした話を聞きつけ、是非会ってみようと、光秀は自分の屋敷に果心を招き、酒宴を設けたの。で、酔った勢いで術を披露しようと言い放ち、飾ってあった船の浮かぶ湖が描かれた屏風に向かって手招きすると、その船が屏風を突き破って飛び出し、屋敷を水浸しにしてしまった。やべぇやり過ぎた、と言ってその船に乗り、屏風の中に消えていったそうよ」
「それも凄いわ。よし、上位存在に申請出して、その人のスキルカードも用意しておくわ」
「やめて。見た瞬間に破り捨てたくなるカードは実装しないで」
ヒサコの反応を見るに、本当に嫌がっているように見えた。ここまで嫌悪感を演技以外で露骨に出すのも珍しく、テアは思わずクスリと笑ってしまった。
「で、あなたは何をされたのかしら?」
「・・・思い出すのも身震いする案件なんだけどね。光秀のように、あたしも屋敷に果心を招いたのよ。で、何度か杯を重ねているうちに意気投合しちゃってね。ついうっかり、口を滑らせたのよ。『数多の戦場という修羅場をかいくぐってきた自分に恐ろしいものなど、この世にはない!』てね」
「ほほう。で、果心さんはどう返してきたの?」
「『ならば、あの世から連れてこよう』、これが果心の返事であり、恐怖の日々の始まりだったわ」
ヒサコは急に頭を抱えだし、ガタガタと震え出した。
「それからというもの、屋敷に死んだ女房が現れ始めたわ。襖の隙間からこっちを覗き込んできたり、顔を洗っていると水桶の水面に顔が浮かんできたり、庭を歩いていたら縁側の下から這い出てきたり、食事をとっていたら、いつの間にか隣で同じく食事していたりね。屋敷のどこに行こうと女房が現れ、こちらを見ながらニヤニヤ笑ってくるのよ」
「ホラーすぎるわ!」
降霊術か、あるいは幻術を利用した嫌がらせなのだろうが、戦国の梟雄がびびるほどの状態ならば、さぞや凄まじい所業の数々を行ったのだろう。その狼狽ぶりも含めて、是非とも拝見したかったと、テアは思った。
「で、それからどうなったの?」
「果心を再度屋敷に招き、『もういい。勘弁してくれ』って言ったら、女房は出なくなった」
「あ、すんなり解除してくれたんだ」
更なる追撃を受けて、松永久秀が卒倒する展開を期待していただけに、テアとしては今一つインパクトに欠ける話であった。
「で、どの辺りがあなた基準の“邪悪”になるわけ?」
「何を言っておる! 愛妻家の“ワシ”の、死んだ女房を目の前に呼び出して、あれやこれやと仕掛けてきたのぞ! 繊細で、シャイな“ワシ”にはきつい! 外道も外道よ!」
「シャイ? 繊細? 愛妻家? あと、口調戻ってるわよ~」
似つかわしくない言葉が飛び交い、テアは首を傾げたが、ヒサコはいたって大真面目らしく、らしくない不機嫌さを出し、荷馬車の床をバンバン叩いた。
「あたしはね、愛妻家なの! だから、死んだ女房に化けて出られるとか、本当に怖かったの!」
「ティースへの所業はなんなのよ。とても愛妻家っていう台詞は信じられないわね」
「あ、そっちは“これから”優しくするから」
特に悪びれた風もなく、平然と言い放つヒサコに、テアはため息を吐いた。ヒサコがティースに恨みを買い過ぎて、生霊祟りにでも合わないことを願うばかりであった。
「つまり、果心っていう最悪な奴に二度と後れを取らないように、術の見破り方や対処法をあれこれ模索していたの」
「なるほど。つまり、幻術封じを考えてきたからこそ、逆に自分が術士になったらどう行動するべきかというのが、最初から分かっていたと」
「思考を反転させたらいいんだしね。弁舌は得意だし、おまけに変身までできるようになれば、応用はいくらでも利かせれる」
「納得。あなたの手際の良さは、事前の準備があればこそか」
ああも尋常でない速度でスキル《性転換》や《投影》を使いこなしたのは、幻術使いとやり合った経験があったからだと理解できた。何もないところにいきなりスキルを渡されるのと、事前に考えていたことを、状況に合わせて少し変形させて応用させたのでは、馴染むまでの時間に差が出て当然と言えた。
新米兵士を鍛え上げる基礎訓練と、熟練兵が兵装換装のための慣熟訓練では、同じ“訓練”でも意味合いが全く異なるのだ。
頭がいい上に、事前準備をしていた事柄がスキルと噛み合ったのであれば、熟達が早かったのも頷けるというものだ。
「とはいえ、撹乱や工作にはもってこいのスキルのラインナップだけど、戦闘系のスキルがないのは勿体ないわね。レベルアップの派生でも、戦闘系の獲得は難しいし、本当に今後は“見ているだけ”になりそうだわ」
テアは斥候役であろうとも、ある程度は戦闘に対応できるようにはしておきたいと考えていた。だからこそ、次元の狭間では、戦闘系スキルを推していたのだ。
やはり最後にモノを言うのは、“筋肉”か“魔力”であり、魔王との戦いに備えておきたかった。
しかし、現在の状況は、完全に相方の道楽に付き合わされる旅路であり、魔王探索の役目は終わったから、後は勝とうが負けようがどうでもいいという態度である。
(もう少し、協調性や援護について、考えてくれないかな~)
切なるテアの思いであった。いくらやれるだけの仕事をこなしたとはいえ、もう少しやりようがあるのではないかと思い悩んだ。
そんなテアの視界の遥か先に、湯気が立ちこめる谷が見えてきた。
「ねえねえ、あれじゃないかしら? 目的の保養地は」
テアの声を聴き、ヒサコは再び幌から顔を出し、遠くに見える谷を確認した。
「あれね。王家御用達の高級温泉地『ケイカ温泉村』は」
ヒサコはほのかに漂ってくる硫黄の香りを鼻で嗅ぎ取り、ニヤリと笑った。
「あぁ~、たまんないわね、この鼻に突き刺さる硫黄の匂い! これこそ温泉って感じ! 十河一存殿と行った有馬温泉を思い出すわね」
「その件って、確か、十河って人を暗殺したって騒がれてなかった?」
「そう、それ! 事実無根も甚だしいわ!」
ヒサコはまた不機嫌になり、荒々しい鼻息を噴き出した。貴族令嬢としては無作法この上ないことであったが、それほどまでに憤激しているようであった。
「元々さ、一存殿とは仲が悪かったわよ。あっちは武勇轟かせる武辺者で、こっちは筆と頭でのし上がった商人出身の文官。そのあたりが気に食わなかったんでしょうね。まあ、一存殿は当時の主君だった三好長慶殿の弟だし、礼儀正しく振る舞ってたわよ」
「それがまた、なんで暗殺騒ぎなんかに?」
「一存殿が体調が悪いとのことで、有馬温泉への湯治を誘ったんだけど、その帰り道で問題発生。帰りの馬が葦毛であったので、『有馬権現は葦毛を好まないため、その馬には乗らないほうがいい』と忠告したのだけど、一存殿はそれを無視して走り去り、帰宅途上で落馬してそのまま亡くなってしまったわ」
「それじゃあ、ただの事故じゃない」
「そうなんだけど、あたしの出世を妬む輩は山ほどいてね。それが噂の発信元。それに噂好きな京雀が乗っかる形で広まり、気が付いたら一存殿は暗殺されたって話が流布されたのよ。もっとも、そこから立て続けに三好家の御歴々が亡くなって、先程の噂も相まって、全部あたしの仕業ってなった」
「日頃の行いって大切よね」
実際、この世界に来てからの梟雄はやりたい放題であり、テアはその裏も表もばっちり見てきた。それでいて、表向きは“仁君”で通っているのだから、スキルと演技力の凄まじさは感嘆を禁じ得なかった。
「あのねぇ、その頃は“まだ”そこまでのことはやってないわよ!」
「そこからハチャけるわけか」
「でも、これだけははっきり言わせてもらうけど、言うこと聞かない将軍は始末したし、東大寺だって焼いちゃったけど、三好家乗っ取りはやってないからね! 次々と周りが死んでいって、気が付いたら権限が自分のところに集まっちゃっただけだから!」
言うだけ言ってすっきりしたのか、ヒサコは一度深呼吸をしてから、再び視線を遠くにある温泉村へと向けた。
「さて、旅の間にたまった垢を洗い流して、ついでに、王子様を口説いちゃいましょうか」
「それ、逆じゃない?」
「今回は様子見に近いからね。温泉の方が楽しみよ。ヤッホォ~イ!」
珍しくはしゃぐヒサコの姿に、テアはなんとなしに安心し、思わず笑みがこぼれた。
魔王は他の組に任せて、こちらは仕事を終えた御褒美として温泉を楽しむのも悪くはない。なんだかんだで、テアもヒサコの流儀に染まりつつあり、街道の先にある温泉村に馬車を急がせた。
~ 第三話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




