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第二十四話  旅立ちの時! ヒサコの冒険はこれからだ!

 シガラ公爵の屋敷の前には、ずらりと人々が並んでいた。屋敷で働く者達もそうだが、ここの主人である公爵家当主ヒーサ、その夫人ティースも含まれていた。

 家中総出のお見送りの真っ最中なのだが、その見送る人物は随分とみすぼらしい格好をしていた。

 見送られるのはヒーサの妹のヒサコ。庶子として長らく秘匿されて育てられたのだが、ヒーサの公爵就任と同時に正式な公爵家の一員と認められたのだ。

 そこへ隣接するカウラ伯爵家からティースを花嫁として迎え、陰惨な毒殺劇の舞台となった公爵家の屋敷にも、ようやく華が戻ってきたかと人々は考えた。

 だが、その期待はあっさりと裏切られた。

 そのヒサコとティースの仲がすこぶる悪く、顔を合わす度に口論を繰り広げ、止めに入る者に止むなき事情ありと説明していた。

 だが、目の前の光景は説明と食い違う。公爵の代理人として出立するのであれば、豪華な馬車でも用意するのであろうが、用意されたのは幌付きの荷馬車。とても公爵家の令嬢が乗るべき代物でなかった。

 しかも、ヒサコの身に付けている衣服は、良く言って行商人の旅装束程度の物。とても貴族令嬢の身に付けるものではなかった。

 つまり、これは実質的には“追放処分”ではないかと、皆は考えた。

 主人は嫁と妹のケンカに嫌気がさし、妹を体のいい理由を付けて他所へ移す。そう考えたのだ。

 しかし、それを否定する材料もあった。ヒサコの旅に、テアが同行するという点だ。

 テアの有能さは、屋敷の全員が知るところであった。ヒーサの専属侍女であり、同時に行政秘書官も兼ねていた。しかも、とびきりの美女だ。たなびく緑色の髪を風で流しながら歩く姿は、男のみならず女からも羨望の眼差しで見られていた。

 才色兼備という言葉が、これほど当てはまる存在など、まずいないだろう。それが周囲のテアに対する評価であった。

 であるならば、追放するヒサコにそんなできる側近を付けるわけもなく、追放などではなく、必ず戻ってくる、あるいは戻って来いという、兄妹の無言の意思表示ではないかと判断した。


「では、行ってまいります、お兄様。ネヴァ評議国での件はお任せくださいませ」


 ここで、ヒサコの目的地を知った者も多かった。遥か彼方、妖精族が多く住まうというネヴァ評議国。そこで何かをするように頼まれたということだ。

 そんな遠方まで妹を遣わすのだ。余程の任務なのだろうと、皆が考えを改めた。

 追放などではなく、れっきとした仕事。腹違いとはいえ、公爵の妹を派遣してでもやっておきたいことがあるということだ。

 もっとも、その仕事の内容は“茶の木の種”を手にする、ということだと知る者は少なかった。


「うむ、ヒサコよ、道中気を付けるのだぞ」


 旅立つ前の名残惜しさか、兄と妹は抱擁を交わし、次なる再開を約束した。

 だが、ここにも欺瞞工作があった。なにしろ、今はヒサコの方が“本体”であり、居残るヒーサの方が“分身体”であるからだ。

 《性転換》、《投影》、《手懐ける者》、スキルの複合使用により、完全に周囲を欺いているのだ。

 分身体の遠隔操作は心配ないほどに熟達しており、余程本体側に危急の状況が生じない限りは、スムーズな操作ができる。念のために速度の出る馬よりも、荷馬車を選んだのは、持ち帰る積み荷のこともあるが、日中はできるだけ分身体の操作に集中したいため、本体の方を動かさなくていい状態にしておきたかったからだ。

 抱擁を終えた二人は少し距離を開け、もう一度お互い頷き合って無事を祈った。そして、ヒサコはすぐ近くにいるティースに視線を向け、満面の笑みで義姉を見つめた。


「では、お姉様、行ってまいります」


「ええ、行ってらっしゃい。道中は、魔獣とか、亜人とか、竜族とかに気を付けるのよ」


「もぉ~、お姉様ったら~。願望駄々洩れですよ」


 二人とも笑顔であるが、言葉の応酬は隠しようもない刃が感じられた。見えざる剣で鍔迫り合いが始まり、聞こえるはずのないガチャガチャという金属の擦れる音を耳が拾っていた。


「それはさておき、私がいない間はお兄様にたっぷり甘えておいてください。数日前から、凄い声が寝室から響いていると、テアから聞き知っておりますから、心配はないようですが」


 公衆の面前で言うべき内容の話ではなく、ティースは顔を真っ赤にしてしまった。

 なお、長旅の前に“播種たねまき”をしておこうと、圃場ティースをしっかりと耕しておいたのだ。すべてが上手くいけば、帰宅する頃には発芽していることだろうという期待もあった。


「ヒサコ、あんたねぇ、もう少し場を弁えるとか考えないの!?」


「この場だからこそですよ。夫婦円満、子作り結構。家臣一同も安心できるというものですよ。身内が減った分、どんどん増やしていただかないとね」


「あ~、はいはい、分かったから、さっさと行きなさい」


 ティースは手を払って、露骨に行ってしまえと邪険に扱った。

 了解しましたと言わんばかりにティースは荷馬車の荷台に乗り込み、テアも御者台に腰かけ、手綱を握った。

 そして、皆が見守る中、テアは馬に鞭を入れ、荷馬車がガタゴトと動き出した。

 ヒサコは馬車の後部から身を乗り出し、大きく手を振って皆に別れを告げた。


「お姉様、あたしが帰ってくるまでに、一人くらいは産んどいてくださいね~。傅役もりやくはお引き受けしますので~!」


「あなたにだけは、絶対任せないわよ!」


 ティースとしてはとんでもない提案であった。子供に傅役もりやくを付けるのは当然としても、それをヒサコに任せては、子供がどんな歪み方をするか、知れたものではなかった。

 しかし、その心配はない。ヒーサがヒサコの縁組を進めると言っているし、帰ってくる頃には話をまとめて嫁ぎ先にお引越しになるはずだ。騒々しい義妹がいなくなり、御心穏やかな環境で過ごすことができる。

 もし、子供が生まれてきたとしたら、それはそれで素晴らしいことかもしれない。早く生まれて欲しいという点では、珍しくヒサコと意見を同じくしていた。

 そんな心中を見抜かれたのか、いつの間にか隣に立っていたヒーサに肩を掴まれ、そっと抱き寄せられた。普段は何かと読みにくい言動をする夫だが、二人きりのときは優しく、同時に“激しい”。

 ヒサコに結婚初夜を台無しにされた翌日から、毎夜ヒーサと寝所を共にしてきた。

 始めは恐ろしくてガタガタ震えた。なにしろ、ヒーサとヒサコは兄妹とあって顔立ちが似ており、雰囲気もなぜか似ていた。

 しかし、夫は優しく、そして激しく、愛してくれた。

 心地よかった余韻だけを頭に残して、気が付いたら朝になっていることが日課となった。

 そして、朝起きて、着替えをして、朝食を取り、日々の雑務を秘書官として夫と歩んできた。

 おそらくは、これからもずっとそうなるのだと、ティースは思っていた。

 毒殺事件からこの方、気の休まる時間もなく、ひたすら駆け抜けるか振り回されるかの日々であったが、ようやく平穏な日常がやって来た。そう感じていた。

 そして、最初は疑いを持って接していた夫ヒーサも、文句の付けようもない人物だということも知ることができた。

 だからこそ今、ティースは幸せを感じているのだ。

 あるいは、事件のことなど全てを忘れて、平穏な日々に身を投じてもいいのではないか、そんな誘惑が心の中に忍び寄っていた。

 復讐か、平穏か、ティースの心は揺れていた。



         ~ 第二十五話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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