第十七話 朝チュン! 昨夜はお楽しみでしたね!
チュンチュンと外から聞こえる小鳥のさえずりと、窓より差し込む朝日の煌めきに、ティースは眠りの世界より呼び起こされた。
寝起き直後なうえに、どうにも頭がガンガンうるさく響き、体を起こすのも一苦労であった。
「ええっと……」
上半身を起こし、眠る前に何があったかを徐々にだが思い出してきた。そして、赤面した。
まず、自分が素っ裸であることに気付き、次いで部屋の隅にあるソファーではヒーサが横になっていることを認識した。そしてなにより、ヒサコに好き放題弄ばれたことを思い出したのだ。
薬を飲まされ、体の自由を奪い、“身体検査”の名の下に、体の隅々まで撫で回された。這い回る指や舌先はまるで蛇が絡みつくように不快であり、同時に恐怖となった。
だが、同時に悦楽を感じている自分も存在し、そのことが恥であり、怒りであり、無力感すら呼び起こし、顔を赤く染め上げたのだ。
「うぅ……、なんでこんなことに!」
ティースはかけ布団を破れんばかりに強く握り、起こした上半身を更に前屈みにして、顔を埋めた。
泣いた。鳴き声こそ上げなかったが、涙がボロボロと目から零れ落ちた。
覚悟を決めてヒーサとの結婚初夜を迎えようとしたのに、妨害され、弄られ、辱めを受けた。
恥ずかしさ以上に、明確な殺意が湧いてきた。義妹をこのままでは済ませまいと。
コンコンコンッ!
扉を叩く音で、ティースは怒りで我を忘れかけていた意識を、現実へと呼び戻された。
「ヒーサ様、朝にございます。御着替えをお持ちしました」
扉の向こうから女性の声が飛んできた。声色から察するに、専属侍女のテアだということはすぐに分かった。
とはいえ、こんな姿を晒すわけにはいかず、ティースは大いに焦った。
「あ、ああ、その声はテアかしら?」
「左様でございます。……ああ、昨夜はお楽しみでございましたね。失礼いたしました」
一片も楽しむ余地もなかったのだが、喚いたところでどうにもならないことはティースにもよく分かっていたので、まずは身だしなみを整えねばならなかった。
「ご、ごめんなさい。まだ裸なの。もう少し後にしてもらえるかしら?」
「畏まりました。では、後ほどまた参ります」
扉の向こう側のテアの気配が消えたのを確認してから、ティースは寝台から起き上がって、床に放り投げられていた自分の寝間着を着た。
随分と皺くちゃではあったが、さすがに自分の侍女以外に裸体を晒すわけにはいかず、やむなくそれを着込んだ。
そして、未だにソファーの上に寝入っているヒーサの所へ歩み寄った。
目を瞑り、静かな寝息を立てている夫に、ティースは複雑な感情を向けていた。
昨夜は夫であるヒーサと初めて一緒に過ごす夜になるはずであった。だが、待ち構えていたのはヒサコであり、ヒーサは奥のソファーで寝入っていたのだ。
おそらくは自分同様に薬を飲まされ、眠りの世界へと誘われたのであろうが、自分が弄ばれて助けを欲するときに、スヤスヤと眠っているのはどうにも腹立たしかった。
もっとも、あくまでヒサコの悪さであって、目の前の夫を責めるのは筋違いであったが。
「ヒーサ、起きてください。ヒーサ!」
ティースは横になっているヒーサの体を揺さぶり、起きるようにと何度も声をかけた。
そして、ようやく起きたのか、呻き声を上げながらゆっくりと体を起こした。
「うぁぁぁ、よく眠ったな。ああ、でも、なんだか寝すぎて、体が重いな」
ヒーサはソファーに腰かけ、鈍い動きの体を解し、すっきりしない頭を動かそうとした。
「てか、なんでティースがここにいるんだ?」
「なんでって、昨夜、私をお呼びになったのはヒーサではありませんか?」
「・・・ああ、そういえばそうだ。ティースと結婚初夜を過ごすはずだったんだ。それなのに寝入ってしまうとは、手術の疲れが出たのかな?」
どうにもしっくりこないヒーサの回答に、ティースは苛立ちを同時に覚えた。昨夜のことを何一つ覚えていないからだ。
「ヒーサ、昨夜のことは覚えていないのですか?」
「昨夜? えっと、確か夕食の後、部屋に戻る前に居間でヒサコといくつか話をして、それから部屋に戻ったな。部屋に入る前後から、眠気で記憶があいまいになっているが」
「……そのヒサコと話している時に、なにかお飲みになられましたか?」
「ヒサコの用意した葡萄酒を飲んだはずだが」
ヒーサの言葉を聞き、ティースはやはりと思った。昨夜のヒサコの話では、睡眠薬をヒーサに飲ませたと言っていたので、飲み物の中に混ぜたのだろうと推察したのだ。
「ヒーサ、今すぐヒサコを拘束してください!」
「朝から穏やかではないな。昨日のことをまだ恨んでいるのか?」
「それもありますが、それ以上に“昨夜”のことです!」
「昨夜? 昨夜、ヒサコと何かあったのか?」
呑気に尋ねてくるヒーサは腹立たしかったが、それ以上にヒサコへの感情が勝っていた。
「きっぱりと言いますと、昨夜、この部屋で、ヒサコの待ち伏せに会いました。そして、わ、私をこれでもかというほど、・・・その、は、辱めました」
屈辱的な答弁であるが、はっきり言わねば伝わらないのも承知しているので、ティースは恥を放り投げて義妹を糾弾する方を選らんだ。
「ふむ……、事実なら、由々しきことだな、それは」
そう言うと、ヒーサは近くにあった呼び鈴を手に取り、チリンチリンと音を鳴らした。
程なくして、隣室に控えていたテアが姿を現した。
「おはようございます、ヒーサ様、ティース様」
「ああ、おはよう、テア。それより、歩哨を呼んできてくれ」
「歩哨を? ただちに呼んで参ります」
テアは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに命令を実行に移すべく、頭を下げてから部屋を出ていった。
「なんのために歩哨を?」
「以前の部屋から、警備のしやすいこの部屋に移ってな。それで、この部屋に入ろうと思ったら、歩哨が立っている地点を通らないと、ここまで来れないようになっている。だから、歩哨に聞けば、昨夜の出入りしたのは誰か、それを判断できる」
「なるほど……」
ティースはヒーサの説明に納得した。なにより、ナルにも似たようなことを言われ、それゆえにヒーサの寝室は密かに調べることが難しいと話していたのだ。
そうこうしているうちにテアが戻って来て、さらに歩哨二名もまた、恭しく頭を下げてから部屋に入室し、さらにヒーサとティースが座るソファーの前まで来ると立膝をついて跪いた。
「夜勤明け間近だというのに、ご苦労だった。面を上げよ」
歩哨二名は今一度頭を下げてから、促されるままに顔を上げた。
「ティース、この二人に見覚えは?」
「昨夜、この部屋に来る前に会っております。この二人が昨夜からの歩哨で間違いありません」
「だよな。でだ、二人とも、昨夜から、この部屋に入った者のは誰であったか、覚えているか?」
ヒーサの質問に、二人は一度顔を見合わせてから、口を開いた。
「我々の前を通り、この部屋へと通じる廊下を進まれたのは、公爵閣下、専属侍女のテア殿、それと奥方様の、三名でございます」
「んなぁ!?」
予想外の回答に、ティースは目を丸くして驚いた。
「ちょ、ちょっと待って! ヒサコがここへ通らなかったの!?」
凄まじい剣幕で、前のめりに尋ねてくるティースに、歩哨の二人は驚いたが、夫人に尋ねられたので、より正確に答えねばならなかった。
「はい、奥方様。昨夜は三名のみ我らの前を通られ、他の者は通っておりません」
「妹君に関してですが、さらに正確に述べますと、我々の目の前まで公爵閣下をお見送りなされ、そのまま元来た廊下を引き返されました」
ティースの考えていた回答ではなかったため、ますます混乱に拍車がかかった。
「え? じゃあ、昨夜のナルみたいに、目の前まで見送って、そのまま引き返したと?」
「はい。その通りです。つまり、昨夜、我々が目撃したのは五名。公爵閣下、奥方様、妹君、テア殿、ナル殿で、その内の妹君とナル殿は引き返した、ということになります」
念を押して尋ねても、答えは変わらなかった。
ならば嘘か演技かと言うと、そういう風にも見えなかった。二人は明らかに落ち着かないティースに対して引いている感じがしており、これで演技なら兵士を辞めてどこかの劇場で務めた方がいいだろう、というほどの振る舞いであった。
「分かった。ありがとう、下がってよし」
ヒーサの言葉に歩哨二人は頭を下げ、部屋を退出していった。
残ったティースは信じられないと言わんばかりに、怯えながらヒーサを見つめた。
「おかしいです、こんなの! だって、昨夜ここに来た時、確かにヒサコがいたんですよ!?」
「しかし、歩哨の話では、ここには来ていない。引き返したと」
「そんな、そんな……!」
ティースは怯えに怯え切っていた。昨夜のことが嘘だったなど、絶対にありえないのだ。
薬で頭の中がぐちゃぐちゃにされていたとはいえ、あの気持ち悪いくらいの這いずる感覚を、全身くまなく覚えているのだ。
それだけではない。組み伏せられ、締め上げられた苦痛も覚えている。幽霊だの、幻だのとは、到底思えなかった。
「……隠し通路。そう、隠し通路やなんかが」
「おいおい、ここは公爵家当主の寝室だぞ。外から侵入を許すような、間抜けな隠し通路なんぞがあるとでも?」
「そ、それは……」
ヒーサの言はもっともであった。脱出用の隠し通路ならあるかもしれないが、その逆は安全上有り得ないはずなのだ。
おかしいおかしいと思いながらも、明確な答えが出ない。本当に幽霊か何かなのかと、疑いたくなってきていた。
そんな混乱するティースをヒーサは肩を掴み、優しく抱き寄せた。小刻みに震える妻の体を抱擁し、その頭を撫でた。
「あぅ……」
「本当に、薬にやられたのかもしれんな。昨夜、ちと奮発してとっておきのお香を焚いていたはずだし、それが合わなかったのかもしれん」
ヒーサの視線の先には、香炉があった。ティースもそれについてはヒサコに説明を受けており、催淫効果のある香が焚かれていた。
「その点ではすまなかったな。合わない薬なら、何かしらの副作用が出てもおかしくはない。今少し、ティースに配慮すべきであった」
「いえ、そんな……」
ティースの視界に入る香炉の存在が、昨夜の忌まわしい記憶を掘り起こしてくるのだが、それをヒーサは優しく撫でて落ち着かせようとした。ヒサコのそれと違い、ヒーサの愛撫は思いの外暖かく、優しく、心に染み入っていった。
ティースは自然と頬をヒーサに摺り寄せ、その温もりを余すことなく感じた。
「ん~、しかし、これではすっきりせんな。……よし、こうしよう」
ヒーサはティースを少しだけ離し、視線を合わせた。
「朝食のあとにでも、この部屋を家探しするといい。無論、その手の“専門家”であるナルとマークを使ってな」
「え? いいんですか?」
さすがに、ヒーサの提案はティースにとって意外過ぎた。どこの世界に主人の部屋を家探しする家臣がいるというのか。それも、主人が進んでやれなどと。
「このままでは、ティースがこの部屋を安心して訪れることもできんからな。じっくりと何かあるのか探してみるといい」
「そ、それをご許可いただけるなら」
「よし、決まりだな!」
ヒーサはもう一度子供をあやすかのようにティースの頭を撫でてやり、それから室内で待機していたテアに視線を向けた。
「テア、ティースを自室まで連れて行ってやれ。さすがに、この状態のティースを一人で戻らせるわけにはいかんからな」
「畏まりました」
テアは了承した旨を会釈で表し、二人に歩み寄ると、手をティースに差し出した。
ティースはその手を掴むと、ゆっくりと引っ張り起こされ、ソファーより立ち上がった。
「ではな、ティース。食事の後は一緒に“宝探し”としゃれこもう!」
「は、はい。では、後ほど食堂で」
「うむ、気を付けてな」
ヒーサはソファーに座ったまま見送り、テアとティースが退出するまで姿勢も表情も崩さなかった。
そして、二人が退出し、扉が閉まり、足音も聞こえなくなってから、ようやくニヤリと笑った。
「ククク……。まあ、“ヒサコ”の侵入経路は、堂々と真正面なのだがな。まず気付くまいて」
この詐術も、《性転換》と《投影》の合わせ技であった。
まずヒーサ(本体)がテアとヒサコ(偽物)を伴って寝室に向かい、歩哨の前で見送ってヒサコ(偽物)は元来た道を戻る。そして、人目のないところでスキルを解除して偽物は消しておく。
寝室に入った後は、《性転換》を使ってヒーサはヒサコの姿になり、次いで《投影》を用いて、ソファーの上にヒーサ(偽物)を用意する。
これがヒサコ(本体)とヒーサ(偽物)が寝室にいた状況を作り出したのだ。
このやり方なら、歩哨は絶対にヒサコが部屋にいたことなど認識できないであろうし、嘘をつかせなくてもヒサコの存在を否定するのだ。
そして、嗅がせた薬によって、ティース自身の記憶もあいまいにし、“幻覚を見た”という可能性を残しておく。無論、肌に残る記憶からまず否定するだろうが、混乱する材料にはなるのだ。
「さて、あとはうるさく言ってきそうなナルを、自身の立ち合いの上での家探しという完璧な証拠を差し出してやれば、ククッ、どういった反応を示すであろうな」
無論、ヒーサの頭の中には、いくつものパターンがすでに予測してあり、そのどれを選択しようと、切り抜ける自信はあった。
あとは、先程そうしたように、混乱するティースに対して、“優しい夫”を演じていけば、ナルがどうこう言って来ようとも、《大徳の威》の浸食は止められなくなるのだ。
「あとは、適当にヒサコを旅立たせる理由をつけてやれば、これにて楽しい楽しい新婚生活も大団円となるわけだ」
いよいよ今回の最後の盤面がやって来たとヒーサは意気込み、ソファーより立ち上がった。
そして、テアが持ってきた着替えに袖を通し、身だしなみを整えると、部屋を出て食堂に向かって歩き始めた。
その足取りは軽く、外でさえずる小鳥の声がなんとも小気味良く感じるのであった。
~ 第十八話に続く ~
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