第十四話 初体験! 驚愕の結婚初夜!(2)
ティースはまさかの展開に驚いていた。
夫婦となってから初めて夫のヒーサと共に過ごす夜。ヒーサに招かれ、寝室に来てみれば、待ち構えていたのは義妹のヒサコであった。
何がどうなっているのか状況の飲み込めないままでいたティースであったが、これだけは確実であった。
ようやく迎えた夫との結婚初夜を、目の前の義妹がぶち壊そうとしているのだと。
「ヒサコ! これはどういうつもりよ!?」
突然の状況変化に驚きはしたが、ティースの心中はすでに戦闘態勢だ。
なにより、部屋の出入り口はヒサコの後ろにある。出ようとすれば、それを退けて押し通らなければならないのだ。
ティースは怒りの赴くままにヒサコを睨みつけるが、ヒサコはニヤリと笑って返した。
「どういうつもりもなにも、お兄様と一夜を共にしようだなんて、おこがましいにも程があります。お姉様、いえ、咎人の娘が」
「なんですって!?」
ティースは父ボースンが嵌められたと今でも思っており、無罪だと信じて止まない。にも拘らず、目の前の義妹は咎人であると断じたのだ。
怒りは収まるところを知らず、ティースは更に激高した。
「父を愚弄する気!?」
「愚弄する気も何も、実際に毒キノコで私の父を殺したじゃないですか。まあ、それで私が自由になれたのですから、ある意味では感謝していますが」
ヒサコの言は過激な内容ではあるが、嘘は言っていなかった。
ボースンが毒キノコを美物に混ぜて公爵家に贈ったのは事実であるし、先代公爵のマイスがいなくなったことでヒーサが後継となり、ヒサコという“架空の妹”が世に飛び出したのだ。
すべての始まりは毒キノコ。そして、その毒キノコはヒサコが用意した物。
ティースの目の前にはすべてが存在する。事件の裏も、真相も、何もかもが目の前に存在する。
だが、そこに届くほど、現実の霧は晴れてはいなかった。
「それより、ヒーサは、ヒーサはどこよ!?」
「お兄様でしたら、あちらでお休み中ですわ」
ヒサコが顎で部屋の隅を指すと、そこには長めのソファーがあり、その上にヒーサが横たわっていた。顔はあちら側を向いているので表情は分からないが、ぐっすりと眠っているようであった
「ヒーサ!」
ティースは寝込む夫に歩み寄ろうとしたが、ヒサコが素早く距離を詰め、その腕を掴み、動きを制した。グッとひっぱり、ヒーサに近付けまいと力を込めた。
当然、動きを止められたティースはヒサコの方を振り向き、再び睨みつけた。
「放しなさい、ヒサコ! 無礼ですよ!」
「無礼も何も、お兄様を害そうとする輩を止めているだけですわ」
「誰が、誰を、害するですって!?」
「お姉様が、お兄様を、ですわ」
さすがにこの一言に、ティースの堪忍袋の緒が切れた。持っていた燭台を近くの机の上に置くと、そのままヒサコに向けて拳を繰り出した。それも、平手打ちなどではなく、本気の握り拳だ。
だが、ヒサコは慌てることなくそれに対処した。
逃げるどころか逆に踏み込み、腕を捻りつつ、素早くティースの腹部に肘打ちを叩きこんだ。
「がはぁ」
いきなりの攻撃にティースは前のめりになると、そのままヒサコは足を払って転倒させ、捻った腕をそのままに覆いかぶさるようにして組み伏せた。
ティースは頭から床に叩き付けられ、苦痛で顔を歪めた。
「ああ、ごめんあそばせ、お姉様。隙だらけだったものですから、ついつい一発入れてしまいましたわ」
「ぐぅ……」
「でも、お姉様もあたしに殴りかかってきたんですし、まあ、問題ないですわよね」
「ぎゃ」
ヒサコはさらに腕を捻る力を加え、より強くティースを抑え込んだ。
ティースも必死で逃れようとするが、完全に組み伏せられており、捻られている腕はもちろんのこと、体をうつぶせのまま抑えつけられ、まともに動くことすらままならなかった。
「は、放しなさい、ヒサコ!」
「お断りします。放したら、また殴りかかってきそうですし」
「くぬ、この、この!」
「暴れても無駄ですわよ。完全にキメてますから、動けませんわ。お姉様、よっわぁ~い♪」
「なんで、なんで、動けないのよ!」
「筋力だけでブンブン振り回しているからですわ」
ヒサコはなおも力を抜かず、もがくティースを放さなかった。
「まあ、真っ当なぶつかり合いなら、お姉様の方が強いかもしれませんわね。剣術、槍術、弓術、馬術、色々と嗜んでいらっしゃるとお聞きしていますわ。ああ、そう言えば、この屋敷に初めて訪れた際は、短筒も身に付けていらっしゃったですし、砲術の心得もありますか! こりゃ凄いですわ!」
「くぬ! くぬ!」
「ああ、でも、ダメダメですわね~。肉体的な強さはお姉様が上かもしれませんが、でも、格闘術は修めていらっしゃらなかったようですわね。先程の殴り方、素手での戦い方を心得ている方の動きではありませんでしたからね」
もがくティースに更なる力が加えられ、折れるか折れないかと言うところまでギリギリ曲げられた。
折角、結婚初夜ということもあって、気合を入れて手入れしてきた滑らかな肢体も、汗まみれでべっとりと汚れてしまい、整えた髪もボサボサになった。
もう何もかもが台無しだ。
「私はどちらかというと、お姉様の従者ナルと同じやり方をしますからね。正面からはやり合わず、相手の隙をついて、毒薬や爆薬を使ったりします。ああ、生け捕りにすることもあるので、こうしたやり方もできますの。骨法、捕手、組手甲冑術、色々と身に付けておりますので、素手での戦いなら、お姉様に勝ち目はございませんわ」
無論、これらの技術は戦国日本よりもたらされたものだ。
松永久秀は一介の商人から一国の主にまで上り詰めた、下剋上の申し子である。当然、その智謀のみならず、数多の戦場での武功も出世の階段を上るためには必要不可欠なものであった。
敵将を討ち取るだけでなく、捕らえることもあれば、武器を失っても戦わねばならぬ場面もあり、徒手での戦い方も、戦国男児であるならば、洗練された技術を有しているのだ。
ヒサコも中身は戦国の梟雄ゆえ、それらの戦い方もできるのだが、女の身ではやはり筋力的に劣ってしまうため、実戦では使いにくいが、同じ女相手であれば有効に使うことができた。
「な、なにそれ!? は、初めて聞いたんだけど!?」
「そりゃあ、お姉様はどれだけ鍛えていようとも、根っこは貴族の御令嬢ですからね。私のような貴人のフリをする“悪役令嬢”とは違いますもの。素手でくんずほぐれつな泥臭い戦い方なんて、誰も教えたりしないでしょうね」
「ぐ……」
ティースも分の悪さを認めざるを得なかった。ヒサコの指摘通り、ティースは素手での戦い方など、特に意識したことがなかった。戦場に出て戦うことはそこまで深く考えておらず、あくまで鍛錬の一環として、数々の武芸に打ち込んできただけだ。
もちろん、いざとなれば戦に赴く気でいたが、あくまで指揮官としてであり、前線で切った張ったすることは想定していなかった。
まして、素手で殴り合うなど、想定外も想定外なのだ。
そして、よりにもよって記念すべき初陣が、あろうことかその格闘戦となってしまったというわけだ。
「ヒサコ、ヒーサに何をしたの!?」
ティースは現在の組み伏せから逃れるのは無理と判断し、舌戦に切り替えた。無論、隙があれば体を振りほどくつもりでいたが、まずは気を逸らせるために口を動かし始めたのだ。
「お兄様にはお休みいただいただけですわ。ご自身の睡眠薬でね」
「な……。あなた、自分の兄に一服盛ったの!?」
「大量摂取しない限りは大丈夫な薬ですから、問題ありませんわ。お兄様の仕様書通り、用法容量を守っていますから、ご安心くださいませ」
ヒサコはニヤリと笑い、クスクスと笑い始めた。あまりに常軌を逸した行動にティースは寒気すら覚えたが、それ以上に押さえ付けられている痛みから、汗を流し続けていた。
「私を押さえつけたり、ヒーサを眠らせたり、一体何が狙いよ!?」
「強いて言えば、“安全確認”ですわね」
「あ、“安全確認”ってなんのことよ!」
「そりゃ、決まっているじゃないですか。夜伽にかこつけて、懐に短剣でも忍ばせ、隙を見てそのままグサァーッと刺し殺してしまうとか」
「んなぁ!?」
とんでもない濡れ衣であった。第一、ヒーサを殺してしまっては、自分にも類が及ぶのは確定しており、現段階では生きていてもらわなくてはならないのだ。
いくら疑惑の対象とはいえ、殺害など論外であった。
「そんなこと、するわけないでしょ!」
「するかもしれないから、こうして私が調べているのです。ほんと、お兄様は甘々でいけませんわ。女を寝所に呼ぶときは、ちゃんと“身体検査”をしてからでないとね」
「ふざけないで! ふ、ふざ、ふざけ・・・」
その時であった。ティースは強烈な浮遊感を覚え、同時に体が熱を帯び始めてきたことを自覚し始めた。無理やり組み伏せられているからではない。なにか別の外的要因が、体を蝕み始めていることに気付いたのだ。
「フフフ……、どうやら、効き始めたようですわね」
ヒサコはなにやら怪しげな笑みを浮かべたかと思うと、ティースの拘束を解いてしまった。
ようやく自由になったとティースは安堵し、立ち上がろうとしたが、どうにも体の動きが鈍かった。近くにある天蓋付き寝台の四隅の柱を掴みながら起き上がるのがやっとであった。
「な、なにこれ……?」
「押さえつけられた痛みで気付いておられなかったようですが、この部屋は催淫効果のあるお香で充満していますの」
ヒサコの指さす先には、なかなかの名品と思しき凝った造りの香炉があり、そこから僅かばかり煙が漏れ出ていた。
「龍涎香を主成分に、ローズ、ラベンダーなどに加え、各種薬草も混ぜ込み作り上げた、お兄様特製の催淫効果のあるお香ですわ」
「そ、そんなものが……」
「まあ、花嫁のノリが悪かった時のためのとっておきだったのでしょうが、そんなものが必要ないくらい淫靡な女なようですし、お兄様も徒労でしたわね」
「う、うるさい、そんなわけないでしょ」
「ふふ、強がる口調の勢いがなくなってきてますわよ、お姉様」
ヒサコはそう言うと、ゆっくりとした足取りで距離を詰めてきた。まるで獲物を見定めた肉食獣のように、舌をなめずりし、笑顔を向けてきた。
ティースは逃れようとしたが、押さえつけられて逃げようとした疲労や苦痛から、思いの外体にダメージが入っており、お香の効果も合わさって、柱に掴まって立っているのがやっとであった。
そして、両者の距離が詰まると、ヒサコは勢いよくティースの両肩を押した。
ティースは倒されまいと必死で柱に掴んだが、どうにも思ったほどに掴む力が入らず、結局勢いのままに寝台の上に突き飛ばされた。
背中から倒れ、そこには柔らかい弾力が伝わり、ボーっとし始めた頭であっても、寝台の上に寝転がされたことを認識した。
そこへ、ヒサコが覆いかぶさるようにティースにのしかかってきた。
このままではまずいと、先程以上に必死でもがいたが、やはり力が思うように出てこない。
そして、両手首を掴まれ、完全に押さえ込まれた。ティースは寝台の上に寝転がされ、覆いかぶさるように自分の上には四つん這いのヒサコがいた。
「うぅ、な、なんで同じお香を嗅いでいるのに、あなたは平気なのよ・・・?」
「そういう体質だから」
実際その通りであった。この日の昼間にスキル《本草学を極めし者》のレベルが上がり、そこから新たなるスキル《毒無効》を得たのだ。この程度の香りなど、本当にただのお香で、脳を破壊するようなことはないのだ。
そもそも、《毒無効》を得た際に、この作戦を思いついた。一応薬学を駆使して作っておいたのだが、使うあてがなかったこのお香を、自分だけが無効化しながら使ったらどうなるか、試してみたのだ。
結果は良好。《毒無効》は有効に作用し、ティースだけが前後不覚の状態に陥っていた。
「さあ、お姉様、夜はまだ長いですし、私達で楽しみましょうか。“身体検査”が終わって、安全が確認されましたら、その際はお兄様に御引き渡し致しますので、その点はご安心を」
そして、ヒサコは自身の顔をゆっくりとティースのそれに近付けた。
ティースは思わず顔を背けたが、その視線の先には図らずも、義妹に盛られて眠らされたヒーサの姿があった。
本来なら、自分の上に跨っているのは、視線の先にいる夫のはずなのだ。それがどこをどう間違えたのか、のしかかっているのは義理の妹であった。
お香と訳の分からぬ状況に混乱しながらも、ティースは抵抗を諦めず、身をくねらせたが、その都度、身に付けた衣服が開けるだけであった。
乱れる義姉の姿に、ヒサコはさらに加虐心を刺激され、気分を高揚させるのであった。
絡み合う姉妹の夜は、まだまだこれからだ。
~ 第十五話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




