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第十三話  初体験! 驚愕の結婚初夜!(1)

 いよいよ運命の瞬間が近づいてきていた。

 日も沈み、暗くなった屋敷の廊下を、二人の女性が歩いていた。片方の女性が持ち運べる燭台を持ち、淡く輝く蝋燭の明かりがもう一人の女性を照らしていた。

 照らし出される女性は、シガラ公爵の令夫人ティースであり、蝋燭を以て彼女を照らしているのがその専属侍女のナルだ。

 今、こうして暗い廊下を進んでいるのは、シガラ公爵ヒーサの待つ寝室へと向かっているからだ。

 ヒーサとティースは結婚してからというもの、多忙を極めてあちこちを飛び回り、とても夫婦としての営みをする余裕が肉体的にも精神的にもなかったのだ。

 しかし、突然なことに、ヒーサがティースを床に誘ったのだ。

 この日の巡察の途上、赤ん坊の出産に立ち会うこととなり、どうにもこうにも子供と言うものを意識しだした、というのが建前上の理由であった。


(そう、私はこれから、ヒーサの寝室へ赴く。なにかの手掛かりでもあれば、いいんだけど)


 ティースの感情は高ぶり、それを抑えるのに必死であった。

 ナルの推察では、ヒーサは凄腕の術士であり、それをマークのように秘匿していると考えていた。それこそ、裏の事情やヒサコに関する重大な手掛かりであり、そこに魔術工房的なものでもあるかもしれないと踏んでいた。

 希望的観測に過ぎるとも思っていたが、それでも屋敷内で調査できていないのはヒーサの寝室がある一角だけであり、何か掴めればという願望も含まれていた。


「ティース様、いよいよです。お覚悟はよろしいでしょうか?」


 主人を導くように蝋燭で照らしつつ歩くナルは、少し引き気味のティースの覚悟を質すべく尋ねた。

 なにしろ、これから人生で初めての男と女の同衾が待っているのだ。知識としては頭の中に入っていても、当然ながら緊張はするものだ。


「だ、大丈夫よ。こういう事をするってのは、前々から知っているし、きっと大丈夫、うん」


 やはり不安があるようで、言葉の端々からそうした雰囲気を匂わせていた。なんとも初々しい反応の十七歳乙女であるが、ナルとしては微笑ましいものであった。


「そういえばさ、ナルって、“初めて”はいつだったの?」


「私は十二歳のときですね。少女が大好物なとある貴人の屋敷での情報収集の際、その貴人に見初められて床を同じくした時ですわね」


「おおう、それはまた、色艶もあったものじゃない初体験で」


「まあ、仕事ですし、女の密偵、工作員なら色香は必須だと、父から常々言われていましたから」


 ナルの乾ききったかつての出来事に、ティースとしては返す言葉もなかった。


「もし、ナルが結婚するならさ、どんな人がいい?」


「さて・・・。あいにくと、二十歳目前まで齢を重ねた身の上ですが、男性に好意を持ったことは一度もありませんので、お答えいたしかねます。もし、誰かと結婚するとすれば、仕事上で夫婦になる必要があったときくらいでしょうか」


「あくまで仕事か~、ナルの伴侶は」


「はい。そういうように、鍛えられておりますから」


 ナルとしては、特に結婚などしなくてもいいと考えている。裏稼業を司っている密偵頭としては、その地位をマークにいずれは譲ってしまえば後継の問題もないし、どうしても子供がいるようになったのなら、別に結婚などしなくても“種”さえ貰ってくればいいのだ。

 庶子云々の話も、所詮は表で生きる人間のことであり、裏で動き回る人間にとっては庶子であるかどうかなど、問題にすらならないのだ。


「仕事上の仮面夫婦ね。今の私とヒーサがそれに近いか」


「お互い、素顔は隠していますからね。もっとも、秘匿したい情報をかなり抜かれてしまいましたから、こちらの連戦連敗です。その点では密偵頭たる私の不手際ですので、なんと申し上げてよいやら」


「まあ、してやられたときって、ほぼほぼナルがいないときか、動けないときだもんね。むしろそういう状況の時にこそ、最大限の警戒が必要ってことか」


 実際、ティースの指摘は当たっていた。

 先代伯爵ボースンが毒キノコを掴まされた時、ナルは別の任務で伯爵家から離れていた。

 他にも、御前聴取の際はティースが答弁していたため、侍女として側にいたナルが出しゃばって答弁することができなかった。

 他にも、ティースとナルが離れているときに、ヒサコが突っかかってくることが多々あり、見事にそれにしてやられてきたのだ。


「よくよく考えてみれば、毒キノコの件以外は、全部ナルの不在ないし行動不能時に、ヒサコにやられてるのか~」


「まったくもって、忌々しいことながら。機を見るに敏で、状況操作もやっているでしょうが、こちらの弱味を上手く突いていますよ。案外、毒キノコもヒサコの手筈かもしれませよ」


「あり得そうだから困る。まあ、何の証拠もないから、訴えかけることもできないけどね」


 二人の口から飛び出した何気ない願望の吐露であったが、それが真実を射抜いていたとは到底気付きようもなかった。

 そして、そうこうしているうちに、とうとうヒーサの寝室まで続く廊下に到着した。

 そこには二人の歩哨が立っており、先へ進むことを制限していた。


「では、私はここまでにございます。あとはお一人でお願いいたします」


「分かったわ。ありがとう、ナル」


 ティースはなるから燭台を受け取り、ナルと歩哨が見守る中、ゆっくりと歩きだした。


「ご武運をお祈りいたします!」


 ティースは背後から聞こえるナルの激励に対して、軽く手をヒラヒラさせて応じた。

 いよいよ迫る運命の瞬間だ。廊下を進み、ついにヒーサの寝室の前に到着した。蝋燭の灯に浮かぶ扉は、幻想的であると同時に、地獄への門扉にも見えた。


(この扉の向こうにヒーサがいる。そして、私はヒーサと共に、ここで一晩過ごす。ああ、一晩とは限らない。明日も呼ばれるかもしれないし、明後日もよばれるかもしれない。おそらくは、子供を授かるまでずっと続くかもしれない)


 初めてを夫に捧げ、名実ともに夫婦となるための儀式。それがこれから始まるのだ。

 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ティースは空いた方の手で扉を叩いた。

 コンコンコンッと薄暗い誰もいない廊下に妙に響いた。


「ヒーサ、昼間の約定通り、今宵は伽を務めさせていただきます」


 扉打ノックとティースの呼びかけに応じてか、ガチャリと扉の鍵が開いた。

 いよいよ始まる結婚初夜。ティースの心中には様々な思惑、期待、不安が飛び交い、それらをすべて凝縮した感情を相手に包み込んでもらおうと、胸を高鳴らせた。

 だが、それは即座に裏切られた。

 扉が開くと同時に手を引っ張られ、部屋の中へと引きずり込まれた。危うく手に持っていた燭台を落としそうになり、どうにかしっかり掴みながら崩れた体勢を起き上がらせた。

 引っ張った相手とは、場所が入れ替わられている。扉の前に立ち塞がられ、扉が閉まり、鍵もかけられた。

 そして、ティースは手に持つ燭台の明かりでその姿を確認すると、あまりに予想外の人物が立っていた。


「ハァ~イ♪ お姉様、お待ちしておりましたわ」


「ひ、ヒサコ!」


 ヒーサの部屋にやって来たはずなのに、待ち構えていたの義妹のヒサコ。

 どういうことだとティースは頭が混乱した。

 激動の結婚初夜は、まだ始まったばかりである。



          ~ 第十四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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