第十二話 帰宅! 今宵、二人は同床の約を交わす!
合コンの話をしたり、夫とその妹の疑惑に迫ったり、レベルアップしたりと、忙しない村と村との移動であったが、次なる村に到着した。
予定していたよりも遅かったため、待ちわびた村人がソワソワしながら待っており、それを見たヒーサは、遠巻きながら集まる村人に手を振ると、歓声と共に皆が手を振って応じた。
(ここでも歓迎か。ほんと、“外面”に関しては完璧よね)
前を行くヒーサと、歓迎の意を示す村人達を交互に見ながら、荷馬車を操るナルはそう思った。
何をどうやっているのか分からないが、とにかくヒーサの人気、人望はすさまじいものであった。領内のどこへ行っても歓迎を受け、人々は来訪を歓迎し、別れを惜しんだ。
これほど、人心を掴んだ領主など、他に存在しないであろう。
「おい、ナル」
少し考え事をしていると、いつの間にかヒーサが馬車に馬を寄せてきていた。慌てて思考を止め、そちらを振り向いた。
「なんでしょうか?」
「今日の巡察はあの村で中断する。マークの回復が悪いようだし、念のためにな」
「えぇ~、残念だわ」
ティースが幌から顔を出し、二人の会話に割って入り、巡察の中断を残念そうにぼやいた。
ティースとしては、色々と見聞を広めるためのいい機会と捉えており、特に前の村での出産の立ち合いというものは、良くも悪くも影響を与えていた。
とはいえ、ナルとの会話でヒーサとヒサコへの警戒心も呼び起こされており、安易な旅行気分と言うものは薄れてはいたが。
「そこで、ナルには今日回る予定だった村や町に中止する旨を伝えてきてほしい」
巡察を中断するのであれば至極真っ当な話ではなったが、ナルは露骨に嫌そうな顔をした。
それもそのはず。中止の伝令が主目的でなく、ティースとの別行動を仕組む方が怪しいと感じたからだ。先程のヒサコによる奇襲もまた、ティースと別行動しているときに発生していた。
そう考えると、使い番として行ってこいというのは、ティースが無防備になることを意味していた。しかも、今回はマークがまだ回復していない状態である。
先程以上に危険なのであった。
それを知ってか、ヒーサはニヤリと笑ってきた。
「テアは私の専属侍女であるが、同時に医者の助手でもある。往診も兼ねている以上、離れて行動するわけにはいかない。マークはまだ体調がよくないし、公爵夫人であるティースを使い番扱いするのは論外だ。となると、残るはナル、お前しかいない」
ヒーサの言は正論であった。もしこの中で使い番として走らせるとなると、ナル以外の選択肢は有り得ないのだ。
どうしたものかと悩むナルであったが、そんな彼女にティースは肩をポンポンと叩いて落ち着かせようとした。
「私は大丈夫だから、行ってきてちょうだい」
「ですが・・・」
「いいから、行ってきて。大丈夫、この場で何かするようなことは、もう多分ないと思うから」
ヒサコが奇襲を仕掛けたのは、朝一で飛び出してずっと準備と待ち伏せをしていたからだと、ティースは考えていた。
ここで更なる追撃が来るとは思えないし、あるとすれば屋敷に帰ってからではないかと判断した。
屋敷内であるならば、ナルと合流すれば怖いものなしである。ずっと一緒にいるし、ヒサコが仕掛けてくる隙もないはずなのだ。
「分かりました。ですが、注意してくださいね。いつちょっかい出してくるか分かりませんので」
こうして、再び別行動をすることになったナルであった。
村に着くと同時に、空いていた馬に跨り、次の村へと駆け出していった。とにかくさっさと伝令役をこなし、一秒でも早く主人の下へ戻るためだ。
そして、毎度のごとくヒーサ一行は村人達から歓迎され、しばしの間、歓談するのであった。
その心の中に次なる策を秘めながら。
***
村の巡察も一段落が付き、帰路に着こうと一行は準備に取り掛かった。
受け取った貢物を荷馬車に載せ、医者の道具も詰め込み、あとは帰るだけとなった。
この時にはマークもさすがに起き上がり、荷造りの手伝いをしていた。ナルとまたしても別行動を取ることとなり、今度こそ何事もなく帰ろうという気持ちが強く、無理を押して動いている状態であった。
(癒しの術式の連続使用が、ここまで影響があるものとは知らなかった。知らなかったとはいえ、これは俺の不手際だ)
それがマークの偽らざる本音であった。
術士としては相当な腕前であると自負しており、特に得手とする地属性の術であれば、国内でも指折りだと考えていた。それがこのざまである。
(おそらくは、慣れない連続使用が原因。普通は、傷口を塞いだり、体力を回復させたら終わりの治癒術を、“切り刻む相手を死なせない”という、特殊な条件下で使い続けたためだろう。これは今後の修行の課題になるかな)
手術自体は成功したものの、その後の無様は叱責を受けてしかるべきことであったが、ティースもナルもよくやったと褒めてくれるだけで、特に責めてくる様子もなかった。
主人や姉貴分の優しさが、却ってマークには辛かった。
次に何か起こるまでには、対処法を考えておこう。そう考えつつ、辛い体をおして馬に跨った。
ヒーサが愛馬に鞭を打ち、村人との別れを惜しみながら馬を走らせると、ティースとマークもそれに倣って馬を走らせ、荷馬車の御者をナルに代わって務めるテアもまた、荷馬車を進ませた。
「さて、ティースよ、まだ全部は回れてはいないが、巡察はどうであったかな?」
村から離れて程なくしてから、並走して馬を走らせるティースにヒーサは尋ねた。
「いい経験になりました。正直、ただの人形のごとく振る舞わされるかと思っておりましたが、思った以上に見聞を広める機会に恵まれました」
「それはよかった。まあ、開腹なんぞ、もう二度と御免だがな。さすがに、ああいうのはめったに起きないと思っておけよ。毎回あれでは、私も、マークも、身が持たん」
ヒーサはわざとらしく肩をすくめ、マークの方へ視線を向けた。
「マークよ、あの手術はお前の力があればこそ、成功したのだ。誇ってもよいぞ」
「ですが、その後で無様を晒してしまいました」
「あの程度では、無様のうちには入らん。大戦を終えれば、誰しも疲労で立ち往かぬものよ。戦傷は誉れだ」
ヒーサは神妙な面持ちのマークを励まし、その活躍ぶりを評した。実際、マークなしでは麻酔なしからの帝王切開で、母子とも救うなどという荒技は不可能であったし、ヒーサもマークへの評価は否応なく高まっていた。
「どうだ、マーク。いっそのこと、私の所に来ないか? 待遇は考えさせてもらうぞ」
「ちょっとちょっと! 堂々と目の前で引き抜きするの、止めてもらえませんか!?」
当然ながら、ティースが抗議の声を上げた。術士という隠し要素を暴かれたとはいえ、マークはカウラ伯爵家の最高戦力なのである。引き抜きなど、当然認めるわけにはいかなかった。
「ご安心ください、ティース様。そんなつもりは更々ありませんよ。伯爵家には今生にてお返しできないほどの恩義を受けております。どこへも行きはしませんよ」
「ならいいけど。本当に、どこにも行ってはダメよ!」
念押しして、部下を繋ぎとめようとする微笑ましい光景に、ヒーサは思わず笑ってしまった。
(やれやれ、実力ある忠義の士を引き抜くのは容易ではないな。曹孟徳が関雲長を引き抜こうとした時もこのような感じであったのかな)
以前本で読んだ古の唐土の武将のことを思い出し、ままならない人材集めに歯がゆく思いつつも、同時に楽しさを覚えた。
ままならない世の中を、実力で切り開いてこそ、乱世の生き様であるからだ。
「さて、ティースよ、少しお前に命じて起きたことがある」
「頼む、ではなく、命じる、ですか」
「ああ、その通りだ」
立場的にティースは弱い。もし、ヒーサがその気になれば、どんなことでも命じてきても、拒否できないのだ。
それでも、今まではあくまで“依頼”や“要請”という形を執り、そうした案件の決断はティースが行った、という体裁を取ってくれていた。
しかし、今回は“命令”である。
さて、どんな言葉が飛び出すやらと身構えたら、気の抜けるような一言が飛び出した。
「今宵はお前と過ごすこととする。伽を致せ」
「・・・ふぁ!?」
予想外過ぎる一言に、間抜けな声を出し、体勢を崩して落馬しかけたが、どうにか堪えた。それほどまでに、ヒーサの言葉はティースにとって意外であったのだ。
「ななななな、何をいきなり言い出すのですか!?」
「結婚初夜がまだであったしな」
「いや、まあ、そうですけど」
「いや、あれだ、先程の夫婦を見ていると、なんと言うか、子供が欲しくなった」
「捻りも何も、あったものではありませんね!?」
ティースとしても、焦るしかなかった。理知的な夫から漏れだす言葉は、あまりにも考えなしな発言であり、同時に気恥ずかしさすら感じさせた。
確かに、昼間の夫婦のような仲睦まじく、また二人に愛されながら生まれてきた子供というのは幸せだろう。実際に目の当たりにし、赤ん坊を取り上げた身としても、それはよく感じ取れた。
だからと言って、今少し雰囲気と言うものを考えてもいいのではないかと、妙に不器用な夫に対して恨めしく思うのであった。
(ああ、もう! こういう時に限って、ナルがいない! てか、こうやってナルを遠ざけつつ、焦るの見て楽しんでない!?)
ナルがいれば助言を受けれただろうに、こういうときだけ見事に不在である。
夫を見やれば、ニヤリと笑っており、やはり掌の上で転がされているような感じがしていた。
そうかと言って、マークに助けを求めるのも論外だ。なにしろ、まだ精通してるのかどうか怪しい十一歳の少年である。いくら何でも、初夜についてどうこう助言を求めるのは常軌を逸していると言わざるを得ない。
そうしたものかと視線を泳がせていると、少し後ろで荷馬車に揺られているテアと視線が合った。
立場は違えど、同じ女性である。とにかく助けて、と言う感じで熱い視線を送ってみたのだ。
テアとしても、これから起こるヒーサの悪巧みに付き合わされるので、ティースに対してはいささか同情的になっていた。
そんな思いがあったため、やれやれと思いつつ、救いの手を差し伸べることにした。
「ヒーサ様、今少し雰囲気というものに、ご配慮いただけませんか? 奥方様が困惑していらっしゃいますよ?」
テアにとっては、ギリギリ限界まで絞り出した配慮の言葉であった。ティースに対しては同情的にはなりつつも、ヒーサの悪巧みを止めるつもりもなかったからだ。
あくまで、テアの目的はヒーサと一緒に魔王をどうにかすることである。
ヒーサの言動は、はっきり言って無茶苦茶であるし、常軌を逸している場面も度々遭遇している。しかし、“魔王探索”という至上命題に対しては、極めて真摯に向き合っていた。
実際、アスプリク、マークといった“魔王力”の極めて高い、魔王候補をすんなり発見しており、その眼力は認めざるを得なかった。
もしかしたら、今回もそれに該当するかもしれない。そう考えると、本気で止めに入ることを躊躇してしまうのだ。
「雰囲気よりも、“実技”を重視するのでな。私の部屋に踏み込んだら、びっくりするぞ」
「言い方ぁぁぁ!」
テアのツッコミが虚しく響き渡り、ティースはさらに気恥ずかしさと困惑から顔を真っ赤にした。
なお、あまり理解していないマークは、とにかく主人が何か大変なことになりつつあることを肌で感じながらも、自分にはどうすることもできないと悟ってか、オロオロ狼狽えるだけであった。
こうして、勢いそのままに二人の結婚初夜が決定したのだが、ヒーサで言うところの“びっくり”では済まされない悪辣な罠が待ち受けているとは、ティースは全く考えてはいなかった。
~ 第十三話に続く ~
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