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第十話  暴け! 兄妹の裏事情!

 揺れる荷馬車の中、ティースとナルのやり取りは続いていた。ティースにとっては夫のヒーサ、義妹のヒサコに関することであり、しっかりと考察せねばならぬことであった。

 

「私が思いますに、ヒーサとヒサコは一蓮托生。いえ、一心同体、あるいは完全なる操り人形、そう感じさせるほどに引っ付いている感じを覚えます。公爵位の相続と、それに伴う統治の確立だけでも大変だというのに、新規で伯爵領まで組み込むことは至難の業です。しかし、その伯爵領に自分の言うことを聞く“分身”でも送り込めるのであれば、その限りではありません」


「その分身がヒサコだっていうの!?」


「あくまで推察に過ぎませんが、そう考えるのが一番しっくりくるのです。現に、ヒーサが追うべき負の側面を、ヒサコが壁になって受け止めているように、事態は推移しています。まるで初めからそれが生まれてきた運命さだめであったかのように」


 毒殺事件からこの方、事態はヒーサにとって都合のいい事ばかりが起こっていた。そして、その流れを作り出しているのが、ヒサコの絡んでくる案件なのだ。


「私はあるいは、ヒーサもまた、マーク同様、術士としての力を有する隠者なのではないかと思います。そして、自分の体を元にして、女性の分身体作り出した。すなわち“人造人間ホムンクルス”がヒサコの正体では、というのが私の現段階での考えです」


「なんというか、壮大なお話ね」


「薬学、医学、そして、人体構造にも熟知。医術と魔術の合わせ技、それこそがヒーサの力の根源ではないかと」


 分身を生み出すという点では、ナルの推察は当たっていたが、よもや《性転換》による入れ替えと、《投影》による分身体の生成、《手懐ける者テイマー》の遠隔操作だとは、さすがに考えが及んではいなかった。

 しかし、指摘されればなるほどと納得する点もあってか、ティースもこれまでのことをナルの推論に合わせて思考した。


「そうなると、ヒーサがこれまでのことの黒幕ってことなの!?」


「まだ何の証拠もない、単なる推察に過ぎませんがね。しかし、毒殺のことが事件であった場合、誰かが仕組んだことであり、それによる利益を得ているのは、他でもないヒーサだということです」


「一番の受益者が、事件の黒幕……と」


「はい。……と言っても、なんらかの証拠を突きつけない限りは、鼻で笑われるでしょうがね」


「そのための“村娘”探索だしね」


 ティースにとっては父ボースンに毒キノコを掴ませた仇敵であり、事件の裏を知る重要な証人となる人物だ。探し出して捕縛する、それこそ、現状を打開する唯一の手段なのだ。

 そして、ナルは一連の会話によって、ティースの顔から毒気が抜けてきたのを確認した。


(よしよし、呆けた顔は消えてきた。術式が少し薄れたかしら)


 ナルはヒーサが錬金術のみならず、精神系の術式も使う複合型術士マルチキャスターだと思っていた。大抵の術士は得意系統が存在し、それ以外の系統や属性はからっきし、という場合が多い。

 しかし、ナルは錬金術による人体錬成、さらに精神汚染、異なる系統の術式を熟達していることから、ヒーサがやはり化け物の類だと認識していた。

 とはいえ、術士でない自分が対処できないということでもなかった。

 特に精神系の術式ならば、暗示によって上書きし、汚染を薄めることは可能だからだ。口八丁いいくるめなど、工作員の技術を使えば、それほど難しくはない。


(そう、《魅了チャーム》の術式なんかいい例よね。あの術式は、受けた側がかけた側を親しい友人や恋人と誤認させるもの。尋問やなんかだと、ホイホイ喋ってくれるけど、『自害せよ』みたいな無茶ぶりな要請をしてしまうと術が解ける。親友や恋人がそんなこと言うはずないものね。でも、そう考えると、ヒーサの使う術式は規格外の強さよね)


 なにしろ、ヒーサの使っている《大徳の威》は強力極まるのである。常に名君としての振る舞いを求められるが、一度でも会ったことのある者であれば、ナルのような警戒状態の相手でなければすぐに虜となり、重ね掛けすれば効力も増していく。

 しかも、規模としては国家規模で影響下に置くことができる。“名君”の演技が必要とはいえ、強力かつ広範囲。それゆえに《大徳の威》はSランクのスキルなのだ。 


「でもさ、ナル。仮にあなたの説が正しかったとして、人造人間ホムンクルスを錬成できるほどの工房なんてどこにあるのって話」


「それなのですよ。仮説がいまいち自信が持てないのは。どこにもそれらしき場所がないのです」


「ああ、やっぱり調べていたのね」


「それはもう。密偵ですからね」


 なにしろ、情報を掴んでくるのが、密偵としての最重要任務である。ヒーサやヒサコの裏事情など、是非とも入手しておきたい情報なのだ。


「はっきり言って、公爵家の屋敷は隙だらけです。まあ、金庫室や武器庫など、一部の重要施設は警護を置いていましたが、あとはザルもいいところです。屋敷内はマークと手分けして、おおよそ全部把握しておりますが、魔術工房の類は一切ない。怪しいと踏んでいた外れにある診療施設も、本当にただの診療所でしたからね。地下室もなかったです」


「じゃあ、屋敷の外は?」


「その可能性もありますが、やはり、手近な所に隠し部屋を用意しておくのが最良でしょう。人間、大事なものはやはり手元に置いておきますから。なにより、主君が屋敷の外に出るなら、当然門番を始め、家の者が気付きます。そうした兆候もないかと尋ねてみれば、往診と称して出ていく姿は目撃されていますが、実際に直轄地を見て回っているようなので、工房にこもるといた時間はなさそうです」


「じゃあ、やっぱり屋敷の中に?」


「そう睨んでいるのですが、今のところは未発見です」


 屋敷の構造はすでに把握しているが、構造上、隠し部屋や秘密の地下室などは見当たらないし、それっぽい雰囲気もなかった。

 まるで、好きなだけ家探ししてみろ、と言わんばかりに隠していないのだ。絶対に見つけられないという自信があるのか、あるいはそうした施設が屋敷内にはないのか、だ。


「あと、ヒサコの私室にも潜り込めました」


「お、一番怪しい奴の部屋ね。どうだった?」


「あの部屋は……、人間のいる部屋ではなかった」


「はぁ?」


 どうにも要領を得ない回答であったが、ナルは冷や汗をかいており、何があったのかと、ティースの興味を引いた。


「なにか気になるものでもあった?」


「いえ、その逆です。何もなかったのですよ。それこそ、生活感が一切感じられなかった」


「どういうこと?」


「人間、寝泊まりしていれば、必ず痕跡が残ります。寝室であれば、シーツのしわや汚れ、机の上の使用された筆記具やあるいは化粧道具、あとは体毛のような体の一部が、どこかにあるものです。ですが、あの部屋にはそれらが一切感じれなかった」


 まるで、誰も暮らしておらず、ただ単に用意された部屋、そういう感じがしたのだ。


「でも、それだったら、掃除のときに奇麗にしたりするでしょう?」


「それでも、ほんの微かに残ってしまうものなのですよ、生活の痕跡と言うものは。それを手掛かりに調べることもありますからね。使っているはずなのに、使っていない。まるで、幽霊にでも騙されているような、言い表しにくい感覚なのです」


「でも、ヒサコが幽霊ってことはないでしょ。私も間近で何度も接しているわ。命の息吹も感じるし、頭はムカつくほどに聡明で、触れることもできる。あれを幽霊と思えなんて、まず無理よ」


「だから、奇妙なのですよ。存在するのに、存在を証明できない。目の前にいるはずなのに、存在はあやふやで、そう、実体のある幽霊といった感じでしょうか」


「それって、幽霊と言えるの!?」


 考察すればするほど、ヒサコの存在の不気味さが際立ち、それを操っていると思われるヒーサが恐ろしく感じてしまうのだ。


「しかし、一つだけ、あの屋敷で調べられていない一角があります。あるいは、そこにこそ、何かあるのではと考えています。まあ、希望的観測もなくはないですが」


「どこ、それ?」


「ヒーサの寝室、私室がある区域です」


「ああ、なるほど」


 ティースは納得した。主君の寝室に入り込むなど、余程の信頼を勝ち得た者でしか入れないのは当然であった。ティース自身も自分の部屋への立ち入りは、専属侍女を始め、ごく一部の人間にしか許可を与えてはいなかった。

 中がどうなっているかなど、本人か、あるいはその一部の人間にでもならない限りは把握しようがないのだ。


「あそこは警備が徹底されています。以前に、専属侍女が内通者になっていた件もあったので、あそこはヒーサ本人と専属のテアしか立ち入れないそうです。しかも、その一角に通じる廊下には歩哨が常駐しており、通り抜けるのも困難です」


「なるほど。何かあるかもしれないわね」


「はい。ですので、ティース様に頑張っていただかなくてはなりません」


「え? 私?」


「はい。ヒーサの寝室に入れる機会が与えられているのは、他でもない、公爵夫人たるティース様くらいなのですから」


 そこまで告げられて、ティースは再び顔を真っ赤にした。


「えと、あれよね!? ひ、ヒーサの寝室に呼ばれるってことは、アレをナニして、ドッカーンってことよね!?」


「表現はあれですが、まあ、そうなります。代わりに私が行ければいいのですが、ヒーサも私に関しては警戒していますし、夜伽の依頼をしてくることはありますまい。いくら“スゴイ”と言っても、手近にもっと美人もいますしね」


「うぅ~。そりゃ、テアに比べたら、私もあなたも一段、二段は落ちるとは思うけど~。きっぱり言われるのは釈然としない」


 なお、テア、ティース、ナルの中では、ティースが一番下の評価を受けていたとは考えもしなかった。

 ナルとしては、色香を用いた情報収集など、目新しい物でもなかったのでそれが可能ならばやる気でもいたのだが、さすがに主君ティースの伴侶に対してそれをやるのは乗り気でなかった。


(そう、もし、ヒーサが野心を自制して、このままティース様とむつまじい夫婦になり、子をなして、分家としてカウラ伯爵家が存続できるのであればそれでよし。それが現状、生き残るという条件でなら、最良と言えるわ。私がでしゃばる必要もない。……でも、不安要素はどう考えてもヒサコの存在。あれの動き次第では、また盤面が狂う)


 そここそが、ナルの考えがまとまらない最大の障害であった。

 現に、先程も自分の不在を用意し、ティースとマークを嵌めて、更なる弱味を握ってきたのだ。ヒーサに渡したくない秘密を暴かれ、立場がさらに弱くなってしまった。

 それもこれも、みんなヒサコと言う不確定要素が原因なのだ。


(悩んでも仕方ないか。ティース様に期待して、ヒーサの寝室に探りを入れてもらいましょう。ヒサコの動きに警戒しつつ、探りの結果次第ってところか、現状こちらが打てる手は)


 マークの正体を暴かれた以上、さらに動きにくくなったのは事実だ。ナルとしても、次々と枷をはめられていく嫌な感じしかしなかった。

 それでも抗わなければならない。目の前で馬に跨る男が、あるいはその妹が、いかに悪辣な策を用意しようと、それを乗り越えて主君ティースを守らなくてはならないのだ。

 ここは敵中、周りに味方はなし。切り札のマークは正体を見破られ、ティースもヒーサの手籠めにされつつある最悪の状況にある中、ナルは更なる危機感を覚えざるを得なかった。



          ~ 第十一話に続く ~ 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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