第九話 荷馬車の中! 気になるあいつを分析せよ!
次の村へと移動中、ヒーサとテアが馬で少し前を進み、その後ろをナルが操る荷馬車が続行していた。
中々に絶妙な位置取りで、時折叫ぶテアの声以外は聞き取ることもできない。ナルも必死で聞き取ろうと耳をすませているが、馬車のガタゴトと言う音が邪魔になり、なかなか上手くいかなかった。
(まあ、あっちもあっちで考え事か。お互い、伏せている情報はあるし、それの推察、考察はあるでしょうよ。こっちも少しの時間だけど、まとめれるだけまとめておきましょうか)
なお、ナルの予想に反して、目の前の二人は“合コン”について話しているのだが、さすがにそれは推察できるものでもなかった。
そして、視線をチラリと荷馬車の内側に向けると、中にはティースとマークがいた。
そのうち、マークは横になって寝入っていた。なにしろ、麻酔なしの開腹手術で妊婦が死んでしまわないように、手術中はずっと癒しの力を術式を用いて注ぎ込んでいたのだ。いくら訓練を積んでいるとはいえ、まだまだ十一歳の少年であるし、疲労の蓄積から休息を必要としていたのだ。
一方のティースは自分の手を見ながら、少し笑っていた。端から見るとなんとも怪しい雰囲気ではあるが、ナルはその心中を察していた。
「ティース様、赤ん坊を取り上げてみて、いかがでしたか?」
「うん、すっごい感動した! 人間って、ああやって生まれてくるんだって分かったから」
ティースのはしゃぎ様はまるで子供であった。目を輝かせ、あのときの情景を嬉しそうに語り、命の誕生と言う瞬間に立ち会えたことを何よりも喜んでいるようであった。
「まあ、先程のは最悪の難産でしたし、本来ならあそこまで苦労することもないのですがね」
「それでもすごいわよ! ああ、でも、あんな無茶ぶりの選択を焦りも見せずに選択できる、ヒーサってほんと同い年とは思えないわね」
何気なしに口にしたこの言葉であるが、ナルもそこが引っかかるところであった。
目の前の女主人であるティースは十七歳、そして、その夫でもあるヒーサもまた十七歳である。似たような時間をこの世で過ごしてきたはずなのに、経験値があまりにも違い過ぎるのだ。
ヒーサは医大に留学して、その手の知識や技術が豊富であり、最年少で医師免許を取得した程には天才であることには間違いない。だが、それを考えたとしても、その思考も行動も、場数を踏み過ぎている感が拭い切れないのだ。
まるで、何十年も生きてきたと思わせるほどに、落ち着き過ぎていた。
「ティース様、率直にお聞きします。ヒーサのことをどうお考えですか?」
含意が色々と含まれている言葉であるが、ナルはこれで本心を聞き出しておかねばならないと判断し、少し出過ぎた質問かもしれないと考えつつも尋ねた。
ティースはそんなナルの心情を知ってか知らずか、少し呆けた顔をした後、顔を赤くして、はにかみながら指で床を弄り回した。
「な、なんというか、その……、カッコいい、かな」
「語彙力……」
「だ、だって、それしか言い様がないもの!」
普通にしていればかなり頭の回るはずの主人が、これでもかというほど慌てふためくのは新鮮ではあったが、そうも言ってられないのが現状であった。
公爵の令夫人、伯爵家の当主、この二つが現状ティースが背負っている看板であるのだが、今目の前にいるのは、間違いなく“恋する少女”以外の何ものでもなかった。
気品も風格もあったものではない。完全に骨抜き状態なのだ。
「だって、ナルだって見たでしょう!? あんな豪胆な男の人って、見たことないもの。母を助けるか、子を助けるかって選択を迫られる中、両方を助けてしまうなんて、誰にもできっこない。でも、やってしまった。だから、……カッコいい!」
「それは同感です。あれは紛れもなく異常なほどの才覚のなせる技です」
ナルも暗殺者の端くれであるため、人を殺めることもある。必要に迫られれば、機械的に次々と人を刺すこともできる。だが、助けるために助ける人を刺し、手元の狂いなく切り刻むなど、とてもではないができそうになかった。
それをやってのけただけでも、脅威と言わざるを得ない。
「ヒーサは言った。『自分は“強欲”だ』と。何も失いたくない、そういう欲望の塊だって。でも、それを私は“不屈”だと考えている。何かに必死になるのは、とても素晴らしいことだと思う。それも領民のために、小さな命を救うために戦う様は、本当にカッコいい!」
「私は正直な話、それほど心動かされる話には思いません。公爵領には二十万からの民が存在します。そのうちの一人を助けた程度で、名君だ仁君だなどというのは違います。それはあくまで医者としての名声であるべきで、領主の力量とは関係ありません」
「むぅ~、ナルが冷たい」
ティースにとっては人生初の“ノロケ”なのである。最初から政略結婚と言うのが分かり切っていた婚儀ではあったし、事件のことや鬱陶しいことこの上ない義妹の件もあって、最初はヒーサに対しても懐疑的で、強く警戒していた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、前評判通りの温和で理知的な青年であり、それでいて心身両面での強さも兼ね備えていることまで分かってきたのだ。
おまけに、本来なら父の仇として、ティースに辛く当たってもおかしくないのに、礼に則った接し方で嫁いだその日から通していた。
はっきり言えば、悪くないどころか、最高の伴侶なのである。ヒサコの扱い以外は文句の出しようもない、完璧な貴公子なのだ。
「ティース様、あえて申し上げておきますが、我々の目的は伯爵家の存続です。いつ消されてもおかしくないような状況をどうにか切り抜け、次に繋げることこそ至上命題だということをお忘れなく」
「分かっているわよ。それに……、そうなるってことはさ、ヒーサの子供を私が産むってことだね?」
恥ずかしがりながらも必死で声を出し、ティースはまた顔を赤くした。
先程、出産に立ち会う機会に恵まれたため、そうしたことがすんなり想像できてしまうのだ。結婚して伴侶となれば、いずれは床入りして子作りに励み、その結果として赤ん坊を身ごもるのだと。
「……そう、ですわね。現状、伯爵家を存続させる手段としては、お二人の間に御子が複数人生まれ、そのうちの一人に伯爵位を相続なさるのが現実的でしょう」
理想としては、ティースが伯爵家当主のまま婿養子をとることであったが、ヒーサとの結婚でその可能性が断たれてしまった。
残る方策としては、伯爵位を奪われることなく過ごし、その間に子をもうけて次世代に伯爵位を渡してしまうことだ。こうすれば、カウラ伯爵家はシガラ公爵家の分家として存続することができる。
従属的な立場を強いられるとはいえ、家名はしっかりと残るのだ。
「お取り潰しにされ、吸収合併されても文句の言えない立場からの道筋としては、それが最良なのかしらね~」
「間違いなく。しかし、同時に最悪な別の道筋もあります」
ナルの手綱を握る手に思わず力がこもる。そして、少し躊躇った後に言い放った。
「ティース様より伯爵位を強奪し、それをヒサコに相続させる、という筋書きです」
「んなぁ!?」
前置き通り、最悪なシナリオであった。ティースにとっては、立場的にも、心情的にも、決して許容できない道筋だ。
ナルの話を聞いているうちに、ティースの表情にも変化が見られ、呆けた色合いが薄れていった。
自分がなんのために公爵家に嫁いできたのか、それを思い出してきたかのように。
気になる存在の分析は、まだ続く。
~ 第十話に続く ~
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