第八話 次なる村へ! 梟雄と女神の会話!
麻酔なしによる帝王切開という荒行を成功させたシガラ公爵家御一行は、村人達の感謝の声を耳にしながら、惜しまれつつも次の村へと出立した。
ここで、今までなら馬で先行しつつ、荷馬車がそれを追走するという格好となるが、手術という慣れぬ仕事にティースが消耗し、マークも術式をかなり使用して疲労がたまったことから、この移動に関しては、馬ではなく、荷馬車に乗って休みながら移動することとなった。
なお、二人が乗っていた馬は、ヒーサとテアが受け持っていた。
片方の手で自身の乗る馬を操りつつ、もう片方の手で誰も乗っていない空馬の手綱を引いた。速度は出ないが、荷馬車程度には出るため、先行はできないが、一緒に移動する分には十分であった。
なお、これはヒーサによる提案であった。ティースとマークが思いの外に疲れていたことへの気遣いもあったが、本当の狙いはそれぞれのチーム内での情報のすり合わせが主目的であった。
ティースとマークは当初、この申し出を断り、今までと変わらず馬で行くと言ったのだが、意外なことにこのヒーサの提案を受けましょうと、ナルが勧めてきたため、承諾したという流れであった。
「案外、三人の中で一番気が合うのが、ナルかもしれんな」
ヒーサはニヤリと笑いながら、隣を並走するテアに話しかけた。
現在、公爵家と伯爵家の物理的距離は空いている。互いの会話を聞かれないために、それを察してナルも操る荷馬車を絶妙な位置取りをしていた。
「なんなのよ、この合コンの作戦タイムのような、絶妙な“間”は!?」
「“ごうこん”とは何だ?」
「あ~、えっと、同数の男女が何人かで集まって、飲んで歌って喋って楽しんだ後、気に入った相手がいれば、そのまま逢瀬に突入! みたいな?」
「ほう。面白そうな催し物だな。今度、頭数を揃えて、やってみるか」
「おい、既婚者」
すぐ後ろを走る荷馬車の中に、自身の嫁がいるのにこの発言である。テアとしては窘める以外の言葉を持ち合わせていなかった。
「と言っても、男二名、女三名では、数が合わんな。厨房頭のベントでも誘うか」
「てか、本気でやる気!?」
「割とな。で、女神としては、三者のうち、誰と逢瀬に突入するかね?」
振られたティースは真面目に三人の顔を思い浮かべ、そして、無理と言わんばかりに首を横に振った。
「・・・あなたは論外として、十一歳の子供に、ちゃらけた料理人とか、どれも無理なんだけど」
「え~、ワシは論外なんだ。ワシの中では、おぬしが一番なのに」
「だから、既婚者ぁ!」
思わず叫んでしまい、テアは慌てて口を手で塞いだ。相も変わらず、女神の肢体に狙いを定めているようで、微妙に乗っている馬と馬の間を広げた。
「ちなみに、その次はナルで、最後にティースだな」
「自分の伴侶を最後に挙げるとか、ほんと最低ね」
「いやまあ、現段階では、ティースとの婚儀は領地や財産目当てだからな」
「清々しいまでのクズムーブに、恐れ入るわ」
ヒーサのこの発言に、テアは本気でティースに同情した。《大徳の威》でどんどん精神への浸食が進み、ヒーサに対して好意を持ち始めているというのに、肝心のヒーサの心境は一向に変化していなかったのだ。
これでは、ティースが本当に哀れと言うものだ。
(でもな~。神が人間なんかに、情を移して、絆されるなんてのは論外だし。無慈悲に切り捨てるのがいいか、ただ眺めるだけか、天上の目線ってのは、どうもまだ馴染まない)
こういうところでは、まだまだ神としては見習いだなと、テアは気持ちを切り替えた。
「というか、ティースよりナルの方が評価上とか、意外なんだけど」
「あくまで、“女”として見た話だ。ティースは女としての経験値が低すぎて、色香すら仕事道具にするほどに熟達しているナルには、到底及ばんよ。それに、おそらくは性格的には近い」
「そりゃまあ、あちらさんは密偵であり、工作員であり、暗殺者だもんね。思考の方向があなたに似てるのも無理ないわ」
テアとしては、現状で最も警戒するべき相手だ。はっきり言って、《大徳の威》が効力を発揮していないのが、この公爵領内の人間では彼女だけだと言っても差支えがなかった。
スキル《大徳の威》は魅力値にブーストがかかり、誰からも好意を向けられるスキルである。
しかし、何事にも例外がある。それは、スキル使用者に対して、始めから明確な敵意や疑心を抱いている場合には、本来の効力を発揮しないのである。
ナルは裏稼業に染まり切っているため、常に警戒態勢だ。しかも、毒殺事件の黒幕はヒーサではないか、と疑っている節もあった。
そんな心が閉まり切った状態では、さしものスキルも意味をなさないのだ。
ティースやマークも当初はナルと同じく警戒していたが、前者はヒーサの恋愛劇場(大嘘)に騙され、後者は修行不足により、心の隙間から絶賛浸食中であった。
ナルだけが、スキルの影響を受けていないのだ。
「まあ、そんな御三方だけど、問題はあの少年よね」
「《魔王カウンター》がしっかりいい数字出してしまったからな」
「それ! 王都で出会ったアスプリクが魔王力“八十八”を叩き出し、今度はマークが“八十七”だもんね。どっちが魔王になってもおかしくない」
「魔王が複数いるという可能性は?」
「それはないわ。魔王はただ一人。これが崩れると、世界のルールが根幹から崩れてしまうもの」
テアの言葉を聞き、ヒーサはしばし考え込んだ後、少し躊躇いつつも口を開いた。
「魔王は一人、という前提で、現状を鑑みて、わしなりの推論がある」
「聞きましょう」
「魔王は一人だが、それが降臨するべき器が複数である、と言う可能性だ」
「じゃあ、アスプリクもマークも魔王そのものではなく、あくまで候補ってこと!?」
「魔王がまだ降りてきていない、という前提ではあるがな」
ヒーサの予想にテアは驚きはしたが、十分にあり得ることだと納得し、同時に戦慄した。
「ってことはさ、《魔王カウンター》が意味を成さないってことじゃん。複数候補がいるなら、すぐに規定回数使い切って終わりだわ」
「それはないと思っている。魔王候補は三名、というのがワシの予想だ」
「その根拠は?」
「この世界での出来事は、あくまでおぬしの神様としての実力を測るもの。制限のかかった術具を使わせるなら、その回数を超える数の囮を用意するのは、性格が悪すぎる」
「はい、戦国の梟雄様より、性格悪い宣言入りました~。さすが上位存在様、いい性格してます~」
「もうすぐおぬしも、その仲間入りだがな」
なんとも複雑な思いを抱かせる指摘であった。テアとしては慈悲深い愛される神様になりたいと思っているのに、これでは奸智を巡らせる系の神になってしまいそうであるからだ。
「もし、ワシが監督官であるならば、見えやすい位置に“三名”の候補を配置し、どれが本物かと悩むさまを眺めるだろうな。最初に一人の発見で浮かれて回数を浪費したらば笑い飛ばし、無事に三名の候補者を見つけても、あれこれ干渉して絞らせず、頃合いを見て降ろす、と言う感じかな」
「その説が正しいなら、あと一人、要監視対象者が野放しになっているってことじゃん!」
「どっかの誰かが、一回浪費したせいでな」
ヒーサはこれでもかと笑い飛ばしたが、テアとしては納得がいかなかった。なにしろ、この世界で出会った人々の中で、誰が一番魔王っぽいかと言えば、紛れもなく目の前の男であるからだ。
あれだけ色々な外道ムーブを見せられながら、検査しなかったらそれこそ怠慢以外の何物でもない。
「女神よ、他に心当たりは?」
「ない! 見事にない! アスプリクも、マークも、かなりの魔力持ちの術士ってこと。つまり、それに該当する条件で、この世界で出会った人物って、あなたくらいだもん。それは否定されている」
「欠陥品の検査道具を渡されたという可能性は?」
「だったら、とっくに上位存在から一報入っているわよ。なにも言ってこないってことは、続行せよってことなの」
確かに、テアもこの世界そのものに違和感を感じることはあるが、それでも世界の崩壊などという大それた前兆は一切感じられない。
そうなった場合は、緊急避難用の移送系術式を用いて、時空の狭間に戻れるようにはしてあるが、そういう状況でもないのだ。
なにしろ、世界は平穏であり、目の前の男の魔王じみた非道な振る舞い以外は平和そのものであった。
「となると、要監視対象者に気を配りつつ、そのまま行けと言う事か」
「それ以外にはないわね。しかし、あなたとその二人以外で、魔力持ちの性格破綻した危ない奴なんていたかな~」
「おいおい。それではワシが性格破綻者みたいな言い方ではないか。このような平和を愛する文化人を捕まえておいて、何たる暴言よ」
「少なくとも、平和を愛する文化人は、初手から身内暗殺なんてしないわよ」
やはり目の前の男と一緒にいると、どうも感覚や感性が狂ってしまいそうになると、テアは改めて思い知らされた。
まだまだ先の見えぬ状況に悩みながらも、馬の脚は止まることなく前に進むのであった。
~ 第九話に続く~
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