第七話 強欲なる領主! 小さな消えゆく命も取りこぼさない!
かくして、麻酔なしでの開腹手術という、前代未聞の荒行が行われた。
「行くぞ」
静かに、それでいて力のこもった声に、その場の全員が緊張した。
シューっと滑らかに妊婦の腹に刃物が差し込まれ、横向きに赤い線が走った。
血が漏れ出し、激痛が妊婦を襲う。どうにか堪えようとするも、それに耐えきれるわけもなく、叫び、泣き、暴れ回った。
しかし、体の各所はベルトで固定され、さらにティースとナルが全力で抑え込んでいた。
「地の精霊よ、大地を巡る大いなる力をここへ。傷つきもがく者に癒しと活力を与えよ」
暴れる妊婦に対して、マークが癒しの術式を発動させた。激痛によって削られる体力と気力をこれで補い、手術が終わるまで持たせようという、かなり強引なやり口だ。
ヒーサの手も急ぎつつも、慎重であった。ヒーサの頭の中には外科手術の知識も入って入るが、専門はどちらかというと薬学と内科であり、知識と技術はあっても、外科はそれほど得意ではない。それでも術者が補助に入ってくれるからこそ、麻酔なしの開腹に踏み切ったのだ。
人の腹部は何層にも分かれており、ヒーサは胎児を傷つけないように慎重に薄い層を一つずつ割いていった。その都度痛みが全身を駆け巡り、妊婦が暴れるが、ティースとナルが抑えつけた。
「よし、見えてきたぞ」
開腹部にようやく卵膜が目視でき、その向こう側に胎児の姿を確認した。
最後の一撃とばかりに幕を切り裂き、切開部に手を伸ばした。逆さになっていた頭部を掴み、ゆっくりと慎重に開いた腹から胎児を取り出した。
素早く臍帯を切除し、赤ん坊の状態を確認した。
だが、取り出した胎児の意識はすでになかった。手足がだらりと垂れさがり、生き物としての意思を感じさせなかった。肌も青紫に近く、酸欠、仮死状態に陥っていた。
「ティース、任せた! こちらはすぐに縫合に入る!」
「えっ、ええ!?」
いきなり渡された胎児にティースは慌てふためいたが、他の誰も頼ることができなかった。ヒーサは大急ぎで切開した腹部を縫合しており、テアはその補助として、針と糸を次々準備していた。ナルはティースが抜けた分の抑え込みに必死で、マークはさらに術式の出力を上げ、縫合した先から傷を癒すのに必死になっていた。
「どどどどど、どうすれば!?」
「逆さ吊りにして、尻を引っぱたけ!」
「は、はいぃ!」
ティースは言われるままに取り上げた赤ん坊の足を掴んで逆さ吊りにして、その小さな尻に平手打ちにした。
パシンパシンと音は響くが、赤ん坊の反応はない。
「まだだ! もっと強く!」
「はいぃぃぃ!」
パッシィィィンとここで更に音が響く。そして、赤ん坊が咳き込んだ。どこに詰まっていたのか、口から、あるいは鼻から羊水が噴き出し、この世に生れ落ちた証である産声を上げた。
「あ、泣き出しましたよ!」
「よしよし、何とかなるもんだな。こっちも終わったぞ」
ヒーサも手早い縫合でどうにか切開部を閉じ、そこにマークが使った大地の癒しが降りかかって、通常よりも早くに血が止まり、傷口も塞がっていった。
妊婦は産声を聞いて安心したのか、そのまま気絶してしまった。
「さすがに、この荒行はきつかっただろうしな。あとは術後の経過が良ければ完璧だが、こればかりはまだ分からん」
「そそそそ、そうですね! で、これ、どうにかして!」
赤ん坊のあやし方など分からぬティースは、ヒーサに助けを求めたが、それを無視して、家の外で待つ村人達に顔を出した。
「手術は成功した。赤ん坊は取り出せて、母親の方も生きているぞ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
集まっていた村人は一斉に歓声を上げ、特に赤ん坊の父親は大慌てで家の中へと駆けこんだ。
取り出したばかりの地と羊膜で汚れている赤ん坊が視界に飛び込み、飛びつくように駆け寄った。
「おおおおお! 我が子よ、よくぞ生まれてきてくれた!」
「はいはい、ダメですよ。汚い手で触らないでくださいね」
テアが興奮する父親を押しとどめつつ、赤ん坊を抱えるティースに要した産湯で洗うように促した。ティースはそっと赤ん坊を産湯につけ、体についた汚れを洗い落とした。
「……よし、こんなものですか」
用意していた布で赤ん坊をふき取り、さらに奇麗な布を巻いて産着とし、まだかまだかと興奮しながら待つ父親に手渡した。
「なかなか威勢のいい男の子ですよ」
「そうですか! おお、息子よ、よくぞ生まれてきてくれた!」
父親が絶叫し、赤ん坊が泣く。愛情たっぷりに頬ずりをし、一時はどうなることかと思った誕生を無事に祝うことができたことに感動した。
そして、その騒々しい室内の雰囲気に乗せられてか、気を失っていた母親も目を覚ました。
「でかしたぞ! 元気な男の子だ!」
「そうですか。ああ、無事に生まれてきてくれてありがとう、坊や」
まだ起き上がる力はないので、母親は抱きかかえられた我が子に手を伸ばし、その頭を撫でた。そして、ヒーサの方に視線を向けた。
「ご領主様、なんとお礼申し上げてよいやら」
「さすがに一人では無理だったがな。この場の皆が奮戦したからこそ、成し得たことだ」
ヒーサの謙虚な姿勢に感激しつつ、その周りの面々に対しても感謝と敬意を示した。
「まあ、本来は医者として生計を立てるつもりだったのが、何の因果か領主になり、皆を率いる立場となった。だが、医者としての本分と、領主としての強欲さが、今回の手術に走らせたのだがな。何より、生きようとする者を見捨てれなかった。ただ、それだけだ」
ヒーサは赤ん坊の顔を覗き込み、それから指で頬を突くと、むずがってまた泣き出してしまった。
「おっと、これは失礼。やれやれ嫌われたかな。退散するとしよう」
ヒーサはテアに道具類をまとめておくように指示を出すと、家から外に出て、まだ喧騒冷めやらぬ村人からの拝礼を受けた。
「ご領主様、なんとお礼を申してよいやら」
話しかけてきてのは村長であった。危うく母子共々損ないかねない状況であったのを、両方救うという荒業を乗り越えてくれたのだ。
「なに、領民が困っていたから助けた。ただそれだけのことだ。まあ、さすがにこんな荒業は二度と披露したくはないがな。皆が健康で暇を持て余すのが、医者として最も喜ばしいのだから」
病気やケガがなくなり、医者と言う存在が不必要な世界こそ、究極の理想である。それがないからこそ医者が存在し、病気やケガに対処せねばならないのだ。
「それに、カウラ伯爵家の面々の助力なくば、この出産は無事に成せなかっただろう。私の働きなど、微々たるものだ」
ヒーサのこの言葉は、謙遜ではあるが、同時に嘘でもない。カウラ伯爵家の面々、特にマークの術式による補助がなければ、まず母体を損なっていたことは疑いようもない。
麻酔なしでの開腹手術など、母体が暴れ回って真っ当な手術など出来はしない。しかし、ティースとナルがしっかりと抑え込み、マークが術式を使って癒しの力を注ぎ続けれたからこそ、今回の手術は成功したのだ。
ヒーサとテアだけでは、とても手が足りないし、母体を生かすのも無理であっただろう。
しかし、それを成した。腹を切り裂くと言う荒行を無事成功させたのだ。
それはすなわち、活躍したカウラ伯爵家への悪い心象が拭われた事も意味していた。
「……奥方様、先程は大変失礼いたしました。領主様とご一緒になられ、本来ならば礼を尽くさねばならぬというのに、よそよそしい態度で応じましたることをお詫びいたします」
「構いません。私がこちらに嫁いできた事情が事情ですし、怪訝に思われるのも無理なきことです。以後は、公爵家の一員として認めていただき、それ相応の対応をお願いしますね」
ティースは上機嫌であった。毒殺事件のことで公爵領内には伯爵家の悪い噂が飛び交っており、ティースを見る目も表面的には礼儀に則りつつも、よそ者、中には罪人として見ている者も多かった。
しかし、村長の今の発言を聞くに、ようやくそれが解消されたということでもあった。
無論、あくまでこの村限定の状況であるので、こういうことを積み重ねていけば、少なくとも悪感情は抑えていけると考えた。
そして、その第一歩こそ、今日この瞬間なのだ。
「村長、何はともあれ、新しい命が無事に生まれたのだ。まずは祝おう! と言っても、こちらも次の村への挨拶回りもあるゆえ、そろそろ出立せねばならないがな」
「おお、そうでございましたな。ご領主様、本日の件はいずれ改めまして、お礼を申し上げに参ります。重ね重ね、ありがとうございました」
村長が恭しく頭を下げ、ヒーサは満足そうに頷いた。
はっきりと言えば、《大徳の威》によるブーストによって、ヒーサの人望がさらに高まったのだ。かなり無茶な荒行ではあったが、見返りは十分であった。
医者としての名声はもちろんのこと、慈悲深く先鋭的な技術革新者として、ヒーサの名は大いに上がったのだ。
あとは勝手に噂が噂を呼び、名声が増大していくのを待てばいいのだ。
(医者と大徳の相性はいいって言ったのは私だけど、まさかこういう結果が出るとはね~)
テアは出立の準備を整えながら、村長と話すヒーサの横顔を眺めながら思った。
大徳の名君、革新的な医者、冠絶する策略家、無慈悲な暗殺者、数々の顔を巧みに使い分け、その時に適したスキルを使いこなしていた。
そこに妹が加わり、偽装も工作もその精度の高さは、スキルを与えたテアですらその予測を遥かに上回っていた。
戦闘系のスキルがないにもかかわらず、このまま魔王すら倒してしまいそうな、そんな気分すら抱かせるほどだ。
しかし、そんな乗り気な彼女に、ヒーサはまたしても冷や水を浴びせてきた。
村長との話も終わり、自分の馬の状態を確認しながら、ヒーサはテアを手招きした。さて今度は何事かと思いつつ、さりげなく近づいて耳元を差し出した。
「マークを《魔王カウンター》で調べとけ。こっそりとな」
「え? また!?」
またしても予想外の言葉に、テアは驚かされたが、まだ上機嫌に言葉を交わしているカウラ伯爵家の三人組に気取られまいと、必死で平静を装った。
「一応確認しとくけど、《魔王カウンター》は合計で三回しか使えないのよ。最後の一回を今使う価値はあるの?」
「誰かさんが一回無駄にしたのが悪い」
「はい、その節はすいませんでした」
これを言い出されると、テアとしては何も言い返せなった。
あまりに常軌を逸した行動の数々に、テアはヒーサこと松永久秀をこの世界の魔王だと断じ、法具を用いて調べたのだ。
だが、結果は“白”。腹黒さが限界突破していようと、魔王としては“白”だったのである。
(でも、前回の件もあるし、やっぱ従っておくべきかな~)
王都で出会った火の大神官アスプリクは著しい性格破綻者であると同時に、類稀なる凄腕の術士でもあった。可愛らしい少女であるにもかかわらず、腹黒さを表に出したヒーサと意気投合。
ヒーサの提案で調べてみたところ、極めて高い確率で魔王であることが分かった。
(ええい、やってみるか)
テアは懐にしまっていたモノクル型の法具を取り出し、マークを調べてみることにした。貴重な最期の一回ではあるが、すでに魔王と思しき者も見つかっているし、まあいいかという軽いノリであった。
だが、検査結果が出た時、テアはその表示された数字を疑った。
「え、うそ……。マークの魔王力は“八十七”ですって!?」
「ほう……。火の大神官とほぼ同値か」
「この数字なら、こっちが“魔王”としても覚醒してもおかしくないわ」
信じられない検査結果に、テアは頭を抱えた。
アスプリクの数字を見て魔王を発見したと喜んでいたら、今度はそれと大差ない数字をマークが叩き出したのだ。どちらも魔王の器としては申し分なく、どちらが魔王となってもおかしくない数字だ。
「そんな馬鹿な……。有り得ない。《魔王カウンター》の数字は絶対。こんな高い数値を出す個体が複数存在するなんて、やっぱりおかしいわよ、この世界」
テアは空を見上げ、遥か彼方にいるはずの上位存在を見つめた。所詮、この世界は神々の遊戯版であり、見習いの神の実力を推し量る試験場でもあるのだ。
だが、今回のこの世界はあまりに異例尽くしなのだ。聞いたことのない事象の目白押し。いくらなんでも、その数が多すぎるとテアは混乱した。
(そう、世界そのものがバグっているような感覚。でも、上位存在からはなんの連絡もないってことは、続けろってことなんだろうし、どうなっているのよ・・・)
考えても結論は出ない。この裏にいかなる深遠な理由があるのか、テアはそれについて思考を巡らせつつ、目の前の不可思議な状況に対応しなくてならなかった。
そう、本来一人のはずの魔王が、複数現れるかもしれない。そんな馬鹿げた未来を予想しながら。
~ 第八話に続く ~
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