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第五話  梟雄の微笑み! 秘密を暴き、弱味を握れ!

 のどかな田園風景とは打って変わって、その場は殺意と疑念で埋め尽くされていた。

 公爵の就任、ならびに嫁いできた花嫁のお披露目として、領内の巡察を行っていたヒーサとその一行は、一触即発の状態に陥っていた。

 この巡察に同行していなかったヒサコが実は先回りして待ち伏せしており、巡察中の一団に爆弾投擲で奇襲攻撃を仕掛けてきたのだ。

 なお、その爆弾は中身が空っぽの見せかけの爆弾であり、特に被害はなかった。

 だが、襲撃を受けたと判断した従者のマークが主人であるティースを守るために、秘匿していた術を使ってしまい、その正体を暴かれたのであった。


「さあさあ、答えてくださいな、お姉様! 術者は全員、教団所属のはず。にも拘らず、そこの少年は教団関係者ではない。どういう事情なのか、教えてくださいな!」


 問い詰めるヒサコに、ティースは苦悶の表情を浮かべた。どう答えようとも、マークの正体を伏せていたことには変わりないからだ。

 これが教団にバレたら色々と面倒なことになる。それだけはどうにか防がねばならなかった。

 だが、そんなただならぬ空気の中、詰め寄るヒサコと悩むティースの間に割って入る者がいた。


「そのあたりにしておけ、ヒサコ」


 割って入ったのは、ヒーサであった。ティースをかばうように立ち、詰め寄るヒサコを押しとどめた。

 夫の意外な反応にティースは呆気に取られた。マークの件を伏せていたことを、責めるでもなじるでもなく、責め立てる妹を宥めようとしていたからだ。


「お言葉ですが、お兄様。いささか、その女に甘すぎます。現に、術士を密かに囲い込み、何か良からぬことを企んでいたに決まっています。そうでないなら、事前にこちらに伝えてもよかったのに」


「できるわけないでしょう、そんなこと!」


 ティースの叫びも無理なかった。教団は関係者以外の術士を認めていない。教団に無理やり組み込むか、拒否すれば異端者として処分するか、この二択である。

 ゆえに教団所属を拒む術士は、隠者としてどこかに潜むか、《六星派シクスス》に身を投じるか、そのどちらかしか選択肢はないのだ。


「どっちみち、お兄様を信用していないということではありませんか! それでよく、夫婦だなんだと言えますね! 大聖堂で見せた誓いの口付けとは、一体何だったんでしょうかね!?」


「そ、それは……」


「お兄様、もうこんな女に甘い顔することないですよ! どんだけ後ろ暗い事を企んでいるんだか。さっさと伯爵領に軍を送り込んで、全土制圧しましょう!」


 それはティースにとって最悪以外の何物でもなかった。ヒーサの好意と言うギリギリのところで踏みとどまっている伯爵領の吸収合併を、秘密の暴露と言う最悪の形でご破算になってしまうからだ。

 貪り尽くされ、吸収され、後には何が残るのか。まさに悪夢としか言いようのない状態だ。


「そのくらいにしておけと言ったはずだぞ、ヒサコ」


 冷たく、それでいて重みのある言葉がヒーサから発せられた。


「ですが、お兄様!」


「いいから、黙っていなさい」


 有無を言わさぬ迫力に、さしものヒサコも閉口せざるを得なかった。不満は大いにあるが、目の前の兄の迫力に押され、そっぽを向いて黙り込んでしまった。

 それを確認してから、ヒーサはティースの方を振り向き、その顔を見つめた。

 ティースは今まで感じたことのない悪寒と恐怖に襲われた。ヒーサから発せられる気配があまりに刺々しく、自らの失態の大きさを感じることとなった。

 直視できない視線に、ティースは思わず目を背けた。


「こちらを向きなさい、ティース」


 冷めきった声がティースの耳に突き刺さった。振り向いた瞬間に刺されそうな、そう感じさせる迫力があった。

 だが、逆らえない。逆らったら、首が飛ぶかもしれないほどに、怒りを感じ取っていたからだ。

 ティースも覚悟を決め、ゆっくりと夫の方を振り向き、冷ややかな視線の前に自らの怯え切った顔を晒した。

 しばしの間、特に言葉を交わすこともなく、お互い見つめ合った。

 なんとも気まずい沈黙であったが、それに耐えきれず、とうとう口を開いた。


「ひ、ヒーサ、ごめんなさい」


「何か私に謝るような悪い事でもしたのか?」


「マークが術士であることを伏せていたことが」


「ああ、それなら別に怒っていない。このまま使い続けるといい」


「……え?」


 意外な言葉が夫の口から漏れだし、ティースは目を丸くして驚いた。てっきり、教団に報告するかと思いきや、何もしないと言っているに等しいからだ。


「え、ええと、その、よろしいのですか?」


「よろしいもなにも、マークはティースの従者だ。こちらが如何どうこうするつもりはない。どうするかを決めるのは、あくまで主人であるティースだ」


「り、理屈はそうですが」


「なぁに、教団の連中に義理立てするほど、熱心な信徒というわけではないしな。新事業の助力も、あくまで火の大神官との直接契約だ。火の大神官には礼を尽くすが、それ以外の連中はわりとどうでもいい。チクったところで、何の益にもならん」


 あくまで、利益になるかどうか、害悪かどうか、それこそがこの男の判断基準であった。

 利益になるのであれば平然と悪を成し、損害を被るのであれば相手が善でも叩き潰す。

 それが修羅の巷を具現化した戦国の理である。


「術士の件は、ここにいる四人が黙っておけばいいだけの話だ。っと、ナルも知っている口だな、これは。なら五人が黙っていればいい」


「私のことを忘れないで!」


 会話に割り込んできたのは、テアであった。怪しい草むらの方に向かい、そして、引き返してきたところだ。なお、手にはウサギが二羽両脇に抱えられていた。


「おお、すまん。忘れていた」


「専属侍女の存在を忘れるとか。ああ、それと、草むらにいたんで、捕まえておきましたから、夕食にでもどうぞ」


「おお、これはいい。見事なウサギだ」


 ヒーサはテアからウサギを受け取ると、それをそのままマークに手渡した。

 呆気に取られたのは、ティースとマークだ。あれだけのことがありながら、まるで関心がないかのように振る舞っていたからだ。それも主従揃って。



「どうやら、お前の感じた気配はこいつらだったみたいだな。気負い過ぎて、気配を探り間違えたな。それに、ヒサコの潜んでいた背後の木に注意が行ってなかったのも問題だ。気付いていれば、防げた奇襲だ。猛省しろ、若き密偵にして術士よ」


「努力いたします」


 自身の失態で色々と主人に迷惑をかけてしまったため、マークとしても大人しくヒーサの言葉を受け入れざるを得なかった。

 少なくとも、術士としての腕前だけでなく、密偵としての腕前も磨いておかねば、到底主人を守ることなどできないことが、今日の一件で露呈してしまった。

 そんな収まりつつある光景を面白くなさそうに見ているのはヒサコであった。折角骨を折って秘密を暴露したというのに、どういうわけか関係が修繕してしまったからだ。


「ああ、面白くない! 面白くない! 折角、お兄様の目を覚まさせてあげようと思いましたのに、どんな色香をお使いになられたのやら」


「そんなことはしていません!」


「どうだかねぇ~。ああ、つまらない! つまらないから、あたし、帰る!」


 そう言うと、ヒサコは踵を返し、屋敷への道を歩き始めた。


「お前、徒歩できたの!?」


「そんなわけないでしょう、お兄様。こんな開けた場所に馬を置いてたら、伏せてあるのがバレバレですわよ。少し離れたところに隠していますの!」


 やはり怒っているのか、口調は荒く、淑女にあるまじき態度を歩調で示しながら、ヒサコは立ち去っていった。もちろん、見えなくなる位置まで進ませてから、ちゃんと消去しておいた。


「やれやれ、あいつにも困ったものだ。私のために必死になってくれるのは嬉しいが、どうもやり方が過激すぎる。今少し淑女の立ち振る舞いを意識してほしいものだ」


 ヒーサはため息を吐きながら頭を掻きむしり、いかにもといった感じの悩ましい姿を見せつけた。それもこれも、お転婆な妹に振り回される兄を演出するためだ。

 白々しいことこの上ないが、これに気付いているのはテアだけであり、ティースもマークも完全に騙されていた。

 あるいは密偵としての練度が高いナルならば、何かしらに気付いたかもしれないが、今は不在だ。その危険性があればこそ、また偽爆弾を察する可能性があればこそ、ティースやマークから切り離したのだ。それらしい状況を作り出して。


「さて、ティース、あまりお前も気分のいい物ではないが、ちゃんとケジメは付けておこう」


「はい・・・」


 重大な隠し事をしていたのである。どんな叱責や罰が飛んでくるか、ティースは怯えながらそれを待った。

 そして、腰に手を回され、抱き寄せられた。


「ほぇ~?」


 なんとも気の抜けた声がティースから発せられた。面罵でも、叱責でも、殴打でもなく、目の前の貴公子がとった選択は抱擁。抱き寄せられ、体は密着し、息がかかりそうなくらい顔が近付けられた。

 何事かと、ティースは震えながらも顔を真っ赤にした。


「まあ、人間、隠し事の一つや二つはあるだろうが、家の存亡に関わるような真似だけはしてくれるなよ。夫婦となったからには一蓮托生。妻のことは全力で擁護するつもりではいるが、それでも庇いきれなくなることもある。まして今、お前がやったのは教団に全力で喧嘩を売る行為だ。それがどれだけ危険な事か、分からないわけではあるまい?」


「はい・・・、その通りです」


 もし、この場に教団関係者がいれば、術士隠匿の罪で間違いなくマーク共々、火炙りにでもされていたことだろう。そうなると、連座で公爵家やヒーサの方にまで飛び火しかねないのだ。

 その点では、ヒーサに叱責されても仕方がないが、ヒーサは怒ってはいるものの、それを我慢して妻を軽く窘める程度にしていた。


「お前にはお前の思惑もあるし、それについては“今回に限って”は不問としよう。しかし、次はないからな。私が怒っているのは、秘密にしていたということよりも、公爵家に害を及ぼしかねない秘密を抱え、しかもそれが稚拙なやり方で暴露されてしまったことだ」


「その点は、申し訳ありませんでした」


「隠し事をするなら、私やヒサコにばれないくらい完璧にやれ。できないなら、私に話せ。隠すための知恵は貸してやれる。ティースが伯爵家を大事に思うように、私にとっても公爵家が大事なのだ。それを巻き添えで傷つけられようとした。その点で怒っているということは、重ねて言い含めておくぞ」


 ヒーサの言い分に、ティースは返す言葉もなかった。

 もし、なんらかの事情でマークのことが漏れた場合、連座でヒーサにまで影響が出てしまい、公爵家もまた潰えてしまう可能性があったのだ。自分よりも家のことを、そう考えるのは何も自分だけではないと、ティースは思い知らされた。

 実際、ヒサコの悪戯でマークが術士であることがバレてしまい、もしこの場に教団関係者がいれば面倒事になっていたのだ。

 それを分かった上で、身内しかいないこの場でヒサコも仕掛けてきたのであろうが、情けない限りである。秘匿の技術も、その後の言い訳も、まったくもって無様すぎるのだ。


「まあ、あれだ。夫婦の間で隠し事はなしだ。今後はちゃんと相談しなさい。私もそこまで優秀とは言い難いが、それでも力にはなってやれる」


「はい、本当に申し訳ございませんでした」


 ようやく安堵したのか、今度はティースがヒーサにしがみ付いてきた。両手をヒーサの背中に回し、しっかりと抱き締め、顔を埋めた。

 ヒーサはその頭を優しく撫でてやり、腰に回したてもさらに力を込めた。


「あぁ~、ごほんごほん」


 すぐ横でテアがわざとらしく咳払いをして、むつみ合う主従夫婦に注意を促した。


「御二方とも、仲がよろしいは結構なことですが、早く出立しませんと、寄り道しているナルの方が先に次の村に着いてしまいますわよ。続きは夜になさってください」


 テアの忠告ももっともなことであった。もし、ナルの方が先に着いてしまうと、今度はあちらの方が取り乱してしまいかねない事態になりそうだからだ。

 二人は名残惜しそうに抱き合う姿勢を解き、気恥ずかしそうに笑い合った。


「確かに、急がねばならんな。マーク、さっさとそのウサギを絞めてくれ。準備が整ったら、急いで次の村に向かうぞ」


「かしこまりました」


 マークの態度も幾分和らいだのか、ヒーサに向ける警戒の色が薄くなっていた。主人がヒーサに歪んだ形とはいえ好意を示した以上、従者としてもそれに倣う姿勢を取ったのだ。

 マークはウサギの処理にかかり、ティースもそれを見守るように見つめた。

 それを見計らって、ヒーサとテアは少し距離を取り、声が聞こえないようにひそひそと話し始めた。


「よくまあ、あれだけ白々しい事が言えますね。妻には秘密はなしだと言いつけておいて、自分はそれこそ秘密しかないじゃないの」


「バレなければ犯罪でもなんでもないのだぞ? 秘密は嗅ぎ付けられた時、初めて秘密となり得るのだからな。見つからなければ、それは存在していないと言う事だ」


「ああ、そうですか。まあ、バレなければね。あなたの擬態は完璧ですものね。さっきのヒサコの使い方も、ほんとスキルを使いこなしているって感じでしたわね」


「女神よりお褒めいただき、光栄であるな」


「それも含めて、白々しいのよ、ったく」


 テアは相変わらずの共犯者パートナーの態度に苦笑いするよりなかった。擬態は完璧、看破も絶妙、これの相手を強いられているティースに本気で同情を覚え始めていた。


「それで、ああいう感じでいいの?」


「なんのことだ?」


「伯爵領のことよ。ヒサコに喋らせていたけど、軍を派遣して全土制圧しないのかってこと。今なら弱味を握っているし、簡単に事が運ぶと思うけど」


「なにそれ、怖い。さすが女神様、やることがえげつないうえに、人でなしであるな。……あ、人じゃなくて、神か。怖いな~」


「どの口が言うのよ!?」


「この口だな」


 ヒーサはニヤリと笑った。

 その笑み潜む含意を読み解くのに、どれほど苦労しただろうか分からぬほどだ。


「もし仮に、すぐにでも全土制圧したとしよう。それ自体は簡単に終わるが、そこで終わりでないのが、“統治”というものだ。無理やり制圧されたのでは、人心掌握に時間がかかる。もちろん、《大徳の威》があるのであるから、掌握することは可能だが、しばらく伯爵領にかかりきりになる。つまり、行動の自由が制限されかねないのだ」


「まあ、そりゃそうでしょうね。統治には時間がかかるから」


「であればこそ、制圧ではなく、献上という形を執るのだ」


「……まさか!」


「言ったであろう。城攻めは、女子を口説き落とすことと同じこと。責め立てるも焦らし、向こうから抱いてくれ抱いてくれとせがむように仕向けるのだ」


 なんというスケベ根性な策謀。テアは絶句した。

 そして、ティースの態度を見る限り、間違いなくその精神は浸食されつつあるようであった。


「城を攻めるは下策、人の心を攻めるが上策、城攻めの基本だぞ。私は築城の名手であるが、それゆえに城の攻め方も心得ている。伯爵領と言う城を攻めるのではなく、城を支配するティースを攻める。ティースを支配すれば、伯爵領もまた自由に差配できるようになるというわけだ」


「うん、いい性格してるわ、ほんと」


「弱味を握り、その上で情けをかければ、あとは勝手に折れてくれる。男には力で訴えかけ、女には情に訴えかける。これが基本的なやり方だ」


 ニヤニヤ笑うヒーサに、テアは苦笑いするよりなかった。いよいよ目の前の男に慣らされすぎて、何も感じなくなっている自分がある意味で怖かった。


「でもさあ、あなたのお城、燃えちゃったじゃない」


「その通りだ。我が最高傑作たる信貴山城は燃え落ちた。人の心をいつにできなかったがためにな。ゆえに、今度は上手くやってみせる」


 そして、ヒーサは周囲を見渡した。見渡す限り自分の領地。誰も渡すつもりのない、自分だけの城だ。


「いずれ、公爵領と伯爵領を合わせた領域で、王国と戦になろう。だが、落とさせはしない。誰にも渡さない。ここは全て私の物だ。今度と言う今度こそ、難攻不落の城を築いてみせよう」


「そして、お茶を飲んで愉悦に浸ると」


「おお、女神よ、お前も分かって来たではないか。天守の上から攻め来る阿呆共を見下ろし、壁や罠に阻まれ、のたうつ様を眺めながら飲む茶は格別であろうな」


 いよいよ見えてきた野望成就に、ヒーサはますます気分が高揚していった。もう間近だ、あと少しだ、そう思わずにはいられない。


(つ~か、やっぱり、こいつが魔王でしょ。ほんと、《魔王カウンター》故障してない!?)


 笑う梟雄の笑顔を見ながら、女神は戦慄せざるを得なかった。

 これから先、益々混迷を深めていくであろう事態に恐怖しながら。



          ~ 第六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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